分取 SFC の入門ガイド
分取 SFC の紹介
精製とは、品質低下、汚染、純度低下、または異物混入の原因となるあらゆる物質を取り除くことです。化学分野では、精製とは、物質を各成分に分離し、不純物を除去することです。古来、人々は生活の質を高めるために化学物質を分離・精製する方法を使用してきました。創薬から化学工業、天然物、および食品の生産に至るあらゆる分野において精製は欠かせません。一般的な精製の目標は、物質の分離、混合物の組成の変更、または干渉物の除去です。具体的には、構造解析、活性研究、製品処方と濃縮、不純物プロファイリングなど、幅広い理由で精製を行います。精製という課題に対処するために、複雑性と有効性がさまざまな数多くのソリューションが存在します。しかしながら、ハイスループット環境における化合物の精製および分離が多くの場合、生産性のボトルネックとなっています。そのため、より高速で効率的なツールが必要とされています超臨界流体テクノロジー(SFx)には、精製ワークフローに関連する手順を合理化および簡素化するために設計されたさまざまな CO2 ベースの手法が含まれています。このような SFx テクノロジーの 1 つが分取超臨界流体クロマトグラフィー(分取 SFC)です。この入門ガイドでは、精製テクノロジーとしての分取 SFC の原理、アプリケーション、装置、およびワークフローを紹介します。
SFx テクノロジーの紹介
超臨界流体テクノロジー(SFx)は、SFC に基づく精製の根底にある概念です。ウォーターズの SFx 手法には、抽出(SFE)、分析クロマトグラフィー(UPC2)、および分取クロマトグラフィー(分取 SFC)があり、これらはすべて主な溶媒として亜臨界または超臨界 CO2 を利用します。SFx テクノロジーでは、液体の有機溶媒や水系溶媒の代わりに CO2 を使用することで、液体ベースの精製に代わる補完性が得られ、費用対効果が高く、環境にも配慮した手法となっています。SFx は、有機溶媒廃液が少なく、環境への負荷が少ないことから「環境にやさしい」テクノロジーと見なされています。SFx テクノロジーは、LC 精製と比較すると速度と選択性が向上しているため、複雑な出発物質から最終生成物に到達するまでにかかる時間と費用が大幅に削減できます。装置テクノロジーの最近の進歩により、今では幅広い精製アプリケーションにおいて SFx 手法の分離能が発揮されています。
溶媒としての CO2
流体は、その臨界圧力と臨界温度を上回ると、超臨界流体になります。臨界点では、液相と気相の界面が消滅し、液体と同程度の密度を持つ高圧で圧縮された気体となります。また、超臨界流体は、気体と同程度の高い拡散性および低粘性を示します。超臨界流体の溶媒和力は主に密度と関連しており、圧力と温度を操作することで調節できます。一般的に、密度が高いほど、溶媒和力が強くなります。温度低下または圧力上昇により、密度が高くなります。逆に、温度上昇または圧力低下により、密度が低くなります。図 1 に CO2 の相ダイヤグラムを示します。ある状態から別の状態への物理的な変化と重要なポイントが示されています。
多くの物質は超臨界状態に達するために極端な条件を必要とする上、好ましくない性質を示します。表 1 に、一部の超臨界物質の超臨界流体条件とそれに伴う性質を示します。他の超臨界物質とは異なり、CO2 は、可燃性、爆発性、毒性、腐食性がないため、一般に安全と見なされます。CO2 の超臨界状態は、31℃ および 74 bar で容易に達成できるため、許容範囲内の温度および圧力で密度を操作することができます。また、臨界温度が比較的厳しくないため、熱的に不安定なサンプルにも適しています。CO2 は、他の工業プロセスから簡単に回収されるため、比較的安価です。これは、環境の CO2 レベルに対する影響がニュートラルであることも意味します。これらの利点により、CO2 は超臨界流体テクノロジーで最も一般的な物質となっています。
物質 |
臨界温度(℃) |
臨界圧(bar) |
コメント |
二酸化炭素 |
31 |
74 |
物理的状態を容易に調節可能 |
水 |
374 |
221 |
極端に高い温度・圧力が必要 |
メタノール |
240 |
80 |
極端に高い温度が必要 |
アンモニア |
132 |
111 |
腐食性が高い |
フレオン |
96 |
49 |
環境に有害 |
亜酸化窒素 |
37 |
73 |
酸化剤 |
n-ブタン |
152 |
38 |
可燃性が大きい |
分取 SFC を可能にするテクノロジー
SFx ワークフローを用いた精製
精製ワークフローは、アプリケーションの要件に基づいて、複雑性および必要性がさまざまな複数のステップで構成されます。基本的なレベルでは、SFx 精製のワークフローには以下の構成要素が含まれます(図 2):
出発物質またはサンプル:サンプルは、天然由来の植物性のもののように複雑なものもあれば、特性が明らかな医薬品候補化合物のように比較的単純なものもあります。それによって、サンプル前処理が必要であればその程度や精製のスケールが決まります。また、サンプルおよび最終生成物の、熱安定性、極性、溶解度および反応性など、サンプルの取り扱いを左右する情報をできる限り多く得ることも役に立ちます。
サンプル前処理:精製プロセスの最初のステップでは、出発物質の状態およびアプリケーションの目的や適用範囲に応じて、サンプルを適切に前処理する必要があります。サンプル前処理には、粉砕、乾燥、抽出、ろ過または単にサンプルを溶液に溶解させるなど、多くのステップが含まれることがあります。SFx ワークフローでは、超臨界流体抽出(SFE)が最初の(サンプル前処理)ステップとなります。SFE は工業製品、バイオ植物、または天然物を取り扱うアプリケーションで一般的に使用されています。
サンプル精製:精製は、サンプルの複雑性を減らしたり、分析や製品処方のために特定の純度仕様内で最終生成物を単離するために実施します。SFE で前処理したサンプルは通常、ターゲット化合物と不純物が含まれる複雑な混合物です。SFx ワークフローでは、分取超臨界流体クロマトグラフィー(分取 SFC)は 2 番目のステップ(精製)であり、抽出物から 1 つまたは複数のターゲット化合物を精製します。分取 SFC は、SFE だけでなく、その他の多くの方法で前処理されたサンプルにも適用できます。
最終生成物:最終生成物は、ワークフローの最終目標です。最終生成物は、分析により得られたデータや情報である場合も、プロセスで使用される高純度物質である場合も、直接利用できる最終生成物である場合もあります。最終生成物に応じて、ワークフローの成功に必要な装置および方法が決まります。SFx ワークフローでは、抽出(SFE)および精製(分取 SFC)の前後のサンプルの分析を UltraPerformance コンバージェンスクロマトグラフィー(UPC2)を使用して実施します。
SFx 以外のワークフローでも、これらの SFx テクノロジーのいずれかを調製、精製、または分析のステップとして必要に応じて利用できます。
分取クロマトグラフィー:HPLC から SFC への進展
分取高速液体クロマトグラフィー(分取 HPLC)は、20 年にわたって最も頻繁に使用されてきた精製手法の 1 つです。具体的には、製品の精製に広く使用されているファインケミカル、製薬、バイオテクノロジー業界でよく使用されている分離プロセスです。この期間にわたって、分取 HPLC は、特にキラル精製において、非常に効率的で適用可能な手法に発展しました。逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)には、半汎用固定相(C18)および一般的に適用される水とアセトニトリルの混合移動相を使用するというメリットがあります。RPLC は質量分析(MS)に対応しており、MS と組み合わせた RPLC(RPLC-MS)が、多くの研究環境下において標準的な精製法となっています。
分取 HPLC には、広く使用されているとは言え、いくつかの欠点があります。特定の量の化合物を精製するために必要な移動相の容量が、処理するサンプル全量と較べて多くなります。一般的に HPLC で分取したフラクションには大量の溶媒(有機溶媒と水系溶媒の両方)が含まれますが、これを蒸発乾固して最終生成物を得るには時間とエネルギーを要し、これが生産性のボトルネックになります。
LC で使用する溶媒は、(蒸発および曝露によって)局所的にも化学廃棄物の燃焼によって広範にも環境汚染の原因になります。順相液体クロマトグラフィー(NPLC)では通常、移動相として 100% 有機溶媒が使用されるため、さらに環境に有害と考えられます。このような環境要因があるため、LC で使用される溶媒の入手および廃棄にかかる費用はますます膨れ上がり、溶媒使用量の少ないプロセスまたは環境によりやさしいプロセスが求められる要因となっています。SFC はこのボトルネックの軽減、時間短縮、溶媒廃棄量と費用を削減する業務改善の実現が可能な代替技術です。最近では、SFC 装置の進歩により、キラル・アキラル精製の強力なツールとして、この手法に対する関心が新たに高まっています。SFC は、HPLC に代わる分析および精製のためのより「環境に配慮した」製品です。
SFC はクロマトグラフィーである
超臨界流体クロマトグラフィー(SFC)は、(通常は有機溶媒を含む)混合亜臨界(液体)および超臨界 CO2 を移動相の主な溶媒とするクロマトグラフィー手法です。すべてのクロマトグラフィーと同様、SFC では、固定相(カラム)と移動相(溶媒)の間の分析種の分配に基づいて成分を分離します。HPLC と SFC には多くの類似点があります。例えば SFC では、アイソクラティック分析法条件とグラジエント分析法条件のいずれも実行でき、紫外線(UV)、フォトダイオードアレイ(PDA)、エバポレイト光散乱(ELS)、質量分析計(MS)などの一般的な検出手法すべてに対応しています。一般的な分取 SFC ワークフローは HPLC のワークフローと同じであり、分析法開発、スケールアップ、フラクション分取、分取したフラクションの純度分析が含まれます(図 3)。また、回収率および純度に関しても RPLC と同等で、SFC の方が回収率の高いアプリケーションもあれば、HPLC がより適したソリューションとなるアプリケーションもあります。
SFC は通常、順相クロマトグラフィーの原理を利用しています。SFC が HPLC と異なる点は、移動相の主成分として、ヘキサンやヘプタンなどの非極性溶媒の代わりに CO2 を使用していることです。超臨界 CO2 は圧縮性流体であるため、圧力および温度が溶媒強度を制御するのに使用される重要なパラメーターとなり、保持および選択性に影響を与えます。超臨界 CO2 は不燃性で毒性が極めて低く、高い拡散性と低い粘性、そして高い溶媒和力を持つため、分取クロマトグラフィーに適しています。SFC は近年、溶媒の節約および生産性に関して大きなメリットをもたらすことから、精製を必要とするラボにとって魅力的なものとなっています。
分取 SFC の利点:溶媒の節約
分取 SFC の主な利点として、移動相の大部分を CO2 に置き換えることで、溶媒使用量を削減できることが挙げられます。分析スケールでは、この利点は小さいかもしれませんが、分取スケールではこの利点は非常に大きいものになります。数多くの精製ラボにおいて、分取したフラクションから溶媒を除去するために多大な時間が費やされており、化合物の精製を行ってから、ターゲット生成物や結果が得られるまでの間のボトルネックとなっています。分取 SFC では、移動相に含まれる CO2 は減圧により除去されるため、少量の共溶媒のみが残ります。結果として得られるフラクションは、生成物濃度が高いため、溶媒の除去と生成物の分離にかかる時間が短縮されます。また、サンプル濃縮や濃縮ステップを必要とせず、フラクションを直接分析することもできます。このことは、通常の長時間にわたる乾燥濃縮条件下において容易に分解してしまう化合物の場合には特に重要です。
SFC で有機溶媒の使用量が少ないことには、これ以外にもコスト削減、可燃性および毒性に関する安全性、および環境への影響の軽減などのメリットがあります。溶媒の調達と廃棄に関してコスト面で大きな利点がありますが、溶媒の除去に必要なエネルギー消費が少ない点でも節約になります。SFC により、RPLC で使用するアセトニトリル、NPLC で使用する脂肪族炭化水素や塩素系溶剤などの毒性溶剤の使用を回避することもできます。溶媒としての CO2 は、他の工業プロセスから得られる副産物であり、リサイクル可能であるため、比較的安価です。
分取 SFC の利点:生産性の向上
SFC では、移動相の粘度が低く、拡散性が高いため、生産性が向上し、クロマトグラフィーの速度と効率が向上します。図 4 に、HPLC、UPLC、SFC、UPC2 のファン・デームテル曲線の比較を示します。クロマトグラフィーでは、分離速度の一部は、溶質が移動相で拡散する速度と固定相を出入りする速度によって決まります。SFC のファン・デームテル曲線は、HPLC よりも幅が広く平坦ですが、これは流速(線速度)が上昇するとクロマトグラフィーの効率が高く保たれる(理論段高が低い)ことを示しています。SFC では、拡散係数が高いことはクロマトグラフィー速度の高さに直接つながります。
移動相の粘性が低いため、カラム圧とシステム圧が低く、HPLC の 3 倍から 4 倍の線速度が実現して、より小さな粒子径のカラムの使用が可能になります。粘度が低いと、平衡化の時間も短くなります。その結果、実行時間が短く、分離効率が高くなり、ローディングキャパシティーの増加および注入サイクル時間の短縮につながります。これらはあらゆる分取クロマトグラフィープロセスにおける生産性向上のための重要なパラメーターです。したがって、純粋な化合物を短時間で生成できるため、全体的な生産性が向上します。HPLC と SFC での時間と生産性の節約の例を表 2 に示します。
SFC による精製 |
HPLC による精製 |
|
分離時間 |
3 時間 |
46 時間 |
使用する有機溶媒量 |
メタノール 5 L |
アセトニトリル 40 L |
分取後処理時間 |
1 時間 |
8 時間 |
回収率 |
95% |
80% |
SFC 分取は逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)と補完性がある
SFC と RPLC の間の直交関係により、多くのアプリケーションにおいて製品品質を向上させる機会が得られます。RPLC ではほぼ汎用的なソリューションとして C18 カラムが使用され、分析法開発が大幅に簡素化されていますが、水系移動相では溶媒適合性と化合物溶解度の範囲が限られます。一方、SFC では、幅広い有機溶媒を問題なく使用でき、幅広い溶媒と化合物との適合性が得られます。また、固定相にも幅広い選択肢があります。
SFC は、一般的には順相クロマトグラフィーと見なされ、使いやすいクロマトグラフィー型式において多様な分離オプションが使用できるため、RPLC に対して補完性があります。特に、順相選択性と高い分離効率を組み合わせることで、SFC には、立体異性体、位置異性体、構造的に類似した化合物を分離する際に優位性があります。非極性化合物の場合、SFC の柔軟性により、逆相カラム(C18 など)を使用できるようになり、添加剤として水を加えることで、アプリケーション範囲をより高極性の領域に拡張できます。化合物が分解しやすいアプリケーションでは、SFC 精製は理想的な代替方法です。分離が水を用いないで迅速に行え、フラクションの乾燥を低温でより短時間で完了できるためです。
分取 SFC は、回収率および純度に関して RPLC に匹敵し、SFC と RPLC で実施できるアプリケーションには重複しているものもあります。図 5 は、SFC および LC による精製に関して医薬品化合物のライブラリーをスクリーニングした試験の結果です。化合物の約 82% は、どちらの手法でも精製できます。ただし、この試験では、この 2 つのプラットホームが相補的であることも示されています。SFC のみで精製できる化合物(4%)もあれば、LC のみで精製できる化合物(8%)もありました。これら 2 つのプラットホームを組み合わせることで得られる柔軟性により、分離と精製を最適化する機会が大きくなります。SFC により、RPLC を補完する選択性が得られ、分析法開発や複雑なサンプルの分離において直交的なアプローチが実現します。プラットホーム間でマルチステップの精製を実施したり、フラクション分析のために補完性のある手法を使用することで、より純度の高い化合物を分取し、より多くの情報を得ることができます。補完性のある LC 分離および SFC 分離を用いた複雑なマトリックスからの化合物の精製例を図 6 に示します。