迅速トリプシン消化および BioAccord™ LC-MS システムを用いたシンプルで効率的な Peptide MAM 分析
要約
バイオ医薬品業界でマルチ特性メソッド(MAM)ワークフローの普及が進むにつれて、データ分析のさらなるハイスループットおよび負担の軽減が求められています。MAM 分析の成功は、一貫性があって再現性があり、複雑さが増してデータのレビューにかかる労力が増すことにつながるサンプル前処理に起因する修飾を最小限に抑えてタンパク質消化が行えるかどうかに大きく依存しています。RapiZyme™ Trypsin は、活性が高く自己消化耐性のある新規の市販酵素であり、わずか 30 分で迅速かつきれいで完全にモノクローナル抗体(mAb)を消化できます。LC-MS 分析の前のサンプル前処理において、消化時間が短いほどアーティファクトの修飾が発生する可能性が低くなります。MAM 分析は通常、サンプル前処理のためのインキュベーション時間が長いほどアーティファクトの頻度が多くなる脱アミド化や酸化などの翻訳後修飾(PTM)のレベルの追跡に焦点を当てるため、このことは非常に望ましいことです。さらに、30 分で消化が行えるため、結果が得られるまでの時間が短縮し、分析者がラボに居る時間がより柔軟になります。この試験では、熱ストレスをかけたインフリキシマブの先発医薬品および 3 種類の承認済みバイオシミラーに適用した MAM ワークフローにおける RapiZyme Trypsin の使用について評価します。
アプリケーションのメリット
- 自己消化耐性のある RapiZyme Trypsin により、高 E:P 比での消化を行えるため、サンプル前処理にかかる時間が短縮し、サンプル前処理に起因する修飾が低減します。
- 長期的な分析法の成功が得られる再現性の高い消化
- BioAccord LC-MS システムによるシステムのセットアップおよびデータ取り込みの簡素化
- waters_connect™ インフォマティクスプラットホーム内のコンプライアンス対応 Peptide MAM アプリワークフロー
はじめに
LC-MS ペプチドマッピングワークフローを使用するマルチ特性メソッド(MAM)アッセイは、バイオ医薬品業界における製品品質特性(PQA)分析、cGMP 安定性試験、QC リリースにおいてより一般的になりつつあります。これらのアッセイにより、バイオ医薬品のばらつきに関する施設固有の情報が豊富に得られ、薬物開発および安定性評価に役立ちます。MAM 分析は、バイオシミラー mAb 医薬品の開発においても非常に有用です。それは、重要な主要 PQA が既知であり、バイオシミラーは「FDA 承認済みのレファレンス製品と臨床的に意味のある差がない」ことが要求されているためです1。 MAM 試験により、先発医薬品とバイオシミラー製品の比較情報が得られ、ストレスがかかった時や保管時の分解経路が同等であるかどうかを確認することもできます。
タンパク質消化の質、再現性、速度は、MAM ワークフローを成功させるために非常に重要です。RapiZyme Trypsin(Waters Corporation)は、均一にメチル化された新規のブタ由来のトリプシンであり、その高い活性と自己消化耐性により、特に高酵素:タンパク質(E:P)比において、きれいで完全かつ再現性のある消化を迅速に行う機能があります。RapiZyme Trypsin は、還元、アルキル化、脱塩した mAb サンプルに 1:5(w/w)の比で使用した場合、サンプル前処理に起因するアーティファクトを最小限に抑えつつ、わずか 30 分で完全なトリプシン消化を行うことができます。以前に報告されているように、他の主要な MS シーケンスグレードのトリプシンを使用しても、これと同じ条件での消化では一般に、顕著なレベルのトリプシン自己消化ペプチドや切れ残り、その他の不明な分子種が生じます(図 1)2。 したがって、RapiZyme Trypsin は、データの質を損なうことなくサンプル前処理にかかる時間を短縮できるため、現在のペプチドマッピングワークフローを強化できる魅力的な酵素です。
MAM 実験の最も重要な側面の 1 つは再現性です。MAM 分析の主な目的は、標準物質を使用した試験で測定された PQA および重要品質特性(CQA)のレベルをモニターすることです。分析を簡素化する場合、修飾ペプチドおよび未修飾ペプチドの質量および保持時間の情報を使用して、特性のターゲットを絞った定量(モニタリング)を行います。これには、クロマトグラフィー分離とタンパク質消化の両方におけるメソッドの再現性が必要です。まず、クロマトグラフィーの再現性を確保するために、この試験では MaxPeak™ High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した ACQUITY™ Premier Peptide CSH™ C18 カラムを使用しています3–4。 第 2 に、このワークフローの成功は、すべてのサンプルで一貫した消化ペプチドフォームが生成するかどうかに大きく左右されます。成功している MAM ワークフローの多くは、市販の主要な MS シーケンスグレードのトリプシン酵素を使用して確立されています4–11。 より迅速できれいな消化機能を備えた RapiZyme Trypsin の発売後、これを MAM ワークフローで使用する場合の適用性について評価しました。
実験方法
サンプル前処理 - 苛酷試験
Remicade™、Inflectra™、Avsola™、Renflexis™(先発医薬品および 3 種類の承認済みバイオシミラーインフリキシマブ)のサンプルを苛酷条件下に置いて MAM 試験を促進しました。サンプルに 37 ℃ の熱ストレスをかけ、1 週間目および 2 週間目のタイムポイントでアリコートを凍結し、これらを後で消化および MAM 分析に用いました。
サンプル前処理 - ペプチドマッピング
レファレンス(T0)、1 週間目(T1)、2 週間目(T2)のサンプル(150 µg)を、1 µg/µL になるように 3 mM ジチオスレイトール(DTT)を含む 5.2 M グアニジン塩酸塩に希釈し、室温で 30 分間、変性および還元しました。次に、ヨードアセトアミド(IAM)を最終濃度 7 mM になるように添加し、室温で 20 分間インキュベーションしました。すべてのサンプルを、消化を行うために、7K MWCO ゲルろ過デバイス(製品番号:186010111)を用いて 100 mM Tris HCl、10 mM CaCl2(pH 7.5)にバッファー交換しました。
RapiZyme Trypsin(製品番号:186010108)を、酵素-タンパク質(E:P)比 1:5(w/w)になるように各サンプルに添加しました。37 ℃ で 30 分間タンパク質消化を行いました。続いて 10% 酢酸(最終濃度 0.1%)でトリプシンを不活性化し、消化済みサンプルを移動相 A でさらに希釈(0.2 µg/µL)して LC-MS による分析に供しました。LC-MS 分析のためにサンプルがオートサンプラーに入っている間に生じるアーティファクトによる酸化を抑制するために、各サンプルに最終濃度 3 mM になるように遊離のメチオニンを添加しています。MassPREP™ ペプチド混合液(製品番号:186002337)を Peptide MAM アプリでの解析におけるシステム適合性試験(SST)用サンプルとして使用し、取扱説明書の指示に従って前処理して、その 5 µL を注入して分析を行いました12。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC™ I-Class PLUS |
検出(光学的): |
ACQUITY TUV(214 nm) |
プレート: |
スカート付き 96 ウェル PCR プレート(Thermo Scientific、製品番号:AB0800) |
カラム: |
ACQUITY Premier Peptide CSH C18 カラム、130 Å、1.7 µm、2.1 × 100 mm(製品番号:186009488) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
10 µL(オンカラムで 2 µg) |
流速: |
0.2 mL/分 |
移動相 A: |
0.1 %(v/v)ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1%(v/v)ギ酸含有アセトニトリル |
グラジエント: |
1% B で 1 分間の初期ホールド、50 分で 1 ~ 35% B、6 分で 35 ~ 85% B、4 分で 85% B、6 分で 85 ~ 1% B、1% B で 13 分間のホールド |
MS 条件
MS システム: |
BioAccord システム(ACQUITY RDa™) |
イオン化モード: |
ESI ポジティブ、フラグメンテーションによるフルスキャン MS |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
1.2 kV |
コリジョンエネルギー: |
60 ~ 120 V(低/高エネルギーランプ) |
コーン電圧: |
30 V |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
Intelligent Data Capture: |
オン |
データ管理
LC-MS 取り込み: |
waters_connect v 1.6.2 で動作する UNIFI™ v 2.1.2.14 |
データ解析: |
waters_connect v 2.2.0 で動作する Peptide MAM v 1.5.0.13 |
結果および考察
MAM の結果
主要な MS グレードのトリプシンおよび RapiZyme Trypsin を用いて E:P 比 1:5(w/w)で 30 分間インキュベーションすると、Remicade 標準物質の消化の代表的な TIC クロマトグラムに見られるように、ほぼ完全な消化が得られます(図 1)。青色のピークは、トリプシン切断で生じたと予想されるペプチドです。白色のピークは、切れ残りまたは非特異的切断で生じたペプチドです。残りのピーク(黄色で表示)は、トリプシン自己消化ペプチドを含む不明の分子種です。主要な MS シーケンスグレードのトリプシンでは、赤色のボックスまたはアスタリスクで示した大きな自己消化分子種のピークが見られます(上のパネル)。RapiZyme Trypsin による消化では、自己消化分子種が 98% 減少し、切れ残りの分子種が 78% 減少しています(下のパネル)。これらの不純物により、データの複雑さが増大し、特にこれらが目的のピークと共溶出する場合、データ分析が複雑になる可能性があります。
全体として、先発医薬品およびバイオシミラーの消化で、90 ~ 92% のシーケンスカバレッジ(図 2A)が認められます。(シーケンスカバレッジは、確実に完全にトリプシン切断されたペプチドのマッチをフィルタリングしたデータに基づいています。確実なペプチドマッチであるには、プリカーサー質量の質量精度が 10 ppm 以内であり、少なくとも 3 つの b/y フラグメントイオンが割り当てられている必要があります。)RapiZyme Trypsin で消化したインフリキシマブサンプルの代表的なシーケンスカバレッジマップ(図 2B)を示しています。シーケンスカバレッジの若干のばらつきは、小さなペプチドが、検出された b/y イオンのしきい値を満たさないことがあることに起因します。すべての注入を、waters_connect インフォマティクスプラットホームの Peptide MAM アプリによって、前述のように解析しました4。
N 結合型グリコシル化、メチオニン酸化、脱アミド化、未切断の C 末端リジンなど、14 種類の特性をモニターしました。図 3 に、苛酷処理したインフリキシマブバイオシミラーについてモニターした PQA のサブセットを示します。サンプル 1 ~ 3(青色)はそれぞれ Remicade(インフリキシマブ)の T0、T1、T2、サンプル 4 ~ 6(オレンジ色)はそれぞれ Inflectra(インフリキシマブ)の T0、T1、T2、サンプル 7 ~ 9(黄色)はそれぞれ Avsola(インフリキシマブ)の T0、T1、T2、サンプル 10 ~ 12(緑色)はそれぞれ Renflexis(インフリキシマブ)の T0、T1、T2 です。予想どおり、インフリキシマブのバイオシミラーの間に顕著な違いがありますが、C 末端リジンバリアントのレベルは熱ストレス全体を通して一定でした。この試験で明らかな増加傾向が見られた PQA は、重鎖ペプチド T7、T37、T38(HT07、HT37、HT38)の脱アミド化でした。重鎖ペプチド T11(HT11)の酸化は、すべてのバイオシミラーおよびタイムポイントで低レベル(0.4 ~ 0.5%)に安定していました。重鎖ペプチド T2(HT02)の酸化は比較的低レベルでしたが、各バイオシミラーにおいて、時間の経過とともに緩やかな増加が見られました。
新規ピーク検出(NPD)
Peptide MAM アプリには新規ピーク検出(NPD)機能が含まれており、これによって MAM 分析を、製品の純度およびターゲット特性をモニターするアッセイとして使用することができます。それぞれのインフリキシマブの T0 サンプルをレファレンスとして使用して、各タイムポイント(T1 および T2)を NPD について解析しました。例えば、Remicade の T1 および T2 では、Remicade の T0 をレファレンス注入として解析しました。同様に、Inflectra の T1 サンプルおよび T2 サンプルでは、Inflectra の T0 をレファレンス注入として NPD について解析しました。各バイオシミラーを同様に解析しました。一連の NPD のフィルタリング基準を使用した場合、わずか 5 つの新規ピークが検出されました(図 4)。これらを分類して、切断の可能性のある分子種は青色、低分子ペプチド(おそらくレファレンス mAb 分析で RPLC によって保持されない)は紫色、切れ残りのペプチドは黄色で示しています。ここでも、頑健で非常に再現性の良い消化の重要性が浮き彫りになります。切れ残りでも、サンプル間で大幅に異なるレベルで存在する場合は、新規ピークとしてフラグ付けされます。RapiZyme Trypsin は、完全な消化の再現性およびバッチ間比較について徹底して試験されており、一貫して再現性のある結果が得られています1。 このことからわかるように、これにより、新規ピークが少なくなって、消化の一貫性のなさによる偽陽性のリスクが減少し、データのレビュープロセスが簡素化し、規制環境における MAM LCMS 分析使用のリスクが排除されます。
結論
LC-MS ベースの Peptide MAM 分析は、タンパク質バイオ医薬品の開発および商品化において重要なアッセイになりつつあります。したがって、このアッセイ用に前処理したサンプルは、頑健で再現性の高いものである必要があります。一部のアプリケーション(例:製剤および安定性)では、よりハイスループットのサンプル解析ワークフローによってこれらの結果が得られることが必要です。RapiZyme Trypsin を高 E:P 比で使用することにより、データの質を損なうことなく、迅速で完全かつ非常に再現性の高い消化を行うことができ、この苛酷処理したインフリキシマブバイオシミラーの MAM 試験において、PQA が正常にモニタリングできることが証明されています。さらに、Peptide MAM アプリケーションの NPD 解析で検出された新規ピークの分子種の数が少ないことから、RapiZyme Trypsin による消化では、消化による不純物に起因する偽陽性の新規ピークのバックグラウンドが生じないことが示されました。したがって、バイオ医薬品の Peptide MAM ベースの LCMS 分析を導入する場合、RapiZyme Trypsin を使用することで、より迅速できれいなサンプルが得られます。
参考文献
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