RapiZyme™ トリプシンを使用するバイオ医薬品の特性解析用の汎用性の高い迅速消化プロトコル
要約
完全できれいなトリプシン消化は、切断欠損、非特異的切断、トリプシン自己消化のバランスがとれた酵素によって実現します。RapiZyme トリプシンは、均一にメチル化された新しい組換えブタトリプシンで、優れた熱安定性を示し、自己消化抵抗性のレベルが向上しています。このアプリケーションノートでは、従来のペプチドマッピングプロトコルでの RapiZyme トリプシンを評価し、さまざまな酵素比、pH、インキュベーション時間、温度を使用するさまざまな代替プロトコルの適用可能性を検討します。RapiZyme トリプシンには、高酵素:タンパク質(E:P)比(1:5、w/w)で 30 分の迅速な消化が可能というユニークな性能があります。結果として、高濃度のプロテアーゼを使用するにもかかわらず、自己消化によるピーク干渉がほとんどまたはまったく見られない、質の高い優れたペプチドマップが得られます。また、RapiZyme トリプシンの使用により、従来の E:P 比の消化(1 ~ 3 時間、E:P 1:20)を加速することが可能になりました。さらに、オーバーナイトで消化したいユーザー向けに、RapiZyme トリプシンは、E:P 比 1:100、pH 6.5 のバッファー中、室温でのインキュベーションに基づく条件で、完全でアーティファクトの少ない消化が行えます。最後に、この応用研究をさらに拡張して、ワンポット反応条件を検討しました。この条件では、業界をリードする他の MS グレードのトリプシンでは不可能な、少量のグアニジン HCl 存在下で RapiZyme トリプシンを使用しました。
アプリケーションのメリット
- 自己消化耐性のレベルの向上により、高酵素:タンパク質比が可能になり、高温でのインキュベーションを必要とせずに、30 分間での迅速で効率的な消化プロトコルが可能に
- 不一致ピークの数が少ないきれいなベースラインにより、重要なデータ分析時に迅速で確実な意思決定ができる
- 多数の独自の消化プロトコルで実証された汎用性
- 再現性があり、長期的に分析法の成功が得られる
はじめに
ペプチドマッピングは、バイオ医薬品の特性解析およびモニタリングに不可欠なアッセイです。インタクトタンパク質やモノクローナル抗体(mAb)をペプチドレベルまで消化することにより、シーケンスカバー率を介してタンパク質のアイデンティティーを確立し、部位特異的修飾を調査することが可能になります。ペプチドマッピングは現在、バイオ医薬品の品質管理とリリースのためのマルチ特性モニタリング(MAM)アプローチとして実施されているため、頑健で信頼性が高いことが必要です1。 ペプチドマッピングデータ分析は、予想されるペプチドの内容のみを考慮する場合でも、非常に複雑です。タンパク質分解酵素による切断欠損(低消化)、非特異的切断(過剰消化)、自己消化(それ自体の消化)によるピークが生じる場合は、さらに複雑になります。ピークが増えると、データの解析とレビューにかかる時間が増加します。さらに、ペプチドマッピングは、従来からサンプル前処理に時間がかかります。消化時間が長いと、サンプルの処理時間が長くなり、重要な意思決定に遅れが生じる可能性があります。
これらの複雑さに対処するため、Waters™ は、新しい溶液状態のトリプシンをリリースしました。RapiZyme トリプシンは、均一にメチル化された組換えブタトリプシンで、熱的に安定で、自己消化に対して強い耐性を持つように慎重に誘導体化されています。このことは、RapiZyme と業界をリードする別の MS グレードのトリプシンを高温でオーバーナイトでインキュベーションすることによりわかります。図 1 に示すように、RapiZyme トリプシンはほぼ完全にインタクトのままですが、他社製酵素は著しい自己消化を示しています。このアプリケーションノートでは、まず従来の消化における RapiZyme トリプシンの使用を紹介し、次に、ペプチドマッピングのためのサンプル前処理のための他のさまざまアプローチの適用可能性について検討します。
実験方法
従来のサンプル前処理(トリプシン消化前の脱塩)
レミケード™(インフリキシマブ)のサンプルを、3 mM ジチオスレイトール(DTT)を含む 5.2 M グアニジン塩酸塩溶液中で、室温で 30 分間変性および還元しました。次に、ヨードアセトアミド(IAM)を最終濃度 7 mM になるように添加し、室温で 20 分間インキュベーションしました。7K MWCO ゲルろ過デバイスを用いて、サンプルを pH 7.5 または pH 6.5 の消化バッファーにバッファー交換しました。pH 7.5 のバッファーは Tris CaCl2 バッファー塩(製品番号:186010111)、pH 6.5 の消化バッファーは 50 mM ヒスチジン、10 mM CaCl2(社内調製)でした。RapiZyme トリプシン(製品番号:186010108)を各サンプルに添加し、表 1 に概説するようにインキュベーションしました。サンプルを各タイムポイントで 10% 酢酸で酸性化し(最終濃度 0.1%)、移動相 A でさらに希釈して LC-MS で分析しました。
ワンポット(脱塩なし)サンプル前処理
希釈ベースのワンポット消化プロトコルを容易にするために、サンプルを固体の塩酸グアニジンに直接添加して、最終変性剤濃度を 5 M にしました。これらを、上記のように還元およびアルキル化しました。サンプルを同じ pH 7.5 の消化バッファー(Tris CaCl2 バッファー塩(製品番号:186010111))で 0.6 M グアニジン塩酸塩になるように希釈し、トリプシンを 1:5(w/w)の比で添加して消化しました。37 ℃ で 2 時間インキュベーションした後、サンプルを各タイムポイントで 10% 酢酸で酸性化し(最終濃度 0.1%)、移動相 A でさらに希釈して LC-MS で分析しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY™ UPLC™ I-Class PLUS |
検出(光学的): |
ACQUITY TUV |
バイアル: |
MaxPeak HPS™ を採用した QuanRecovery™ バイアル(製品番号:186009186) |
カラム: |
ACQUITY Premier Peptide CSH™ C18、130 Å、1.7 µm、2.1 × 100 mm(製品番号:186009488) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
5 ~ 10 µL(1 ~ 2 µg オンカラム) |
流速: |
0.2 mL/分 |
移動相 A: |
0.1 %(v/v)ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1%(v/v)ギ酸含有アセトニトリル |
グラジエント: |
最初に 1% B で 1 分間ホールドし、50 分で 1 ~ 35% B、 6 分で 35 ~ 85% B、85% B で 4 分間、6 分で 85 ~ 1% B、1% B で 13 分間ホールド |
MS 条件
MS システム: |
ACQUITY RDa™ |
イオン化モード: |
ESI+、フラグメンテーションによるフルスキャン MS |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
1.2 kV |
コリジョンエネルギー: |
60 ~ 120 V(低/高エネルギーランプ) |
コーン電圧: |
30 V |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
Intelligent Data Capture: |
オン |
データ管理
LC-MS での取り込みおよび解析: |
waters_connect™ v 2.1.0 で動作する UNIFI™ v 3.0.0.6 |
結果および考察
本試験の目的は、RapiZyme トリプシンの性能、およびさまざまな種類のプロトコルでのその使用を評価することでした。性能を、自己消化耐性を誇る業界をリードする別の MS グレードのトリプシンと性能を比較することにも興味が持たれました。消化を成功させるための重要なパラメーターには、1)切断欠損および非特異的切断、2)トリプシン酵素の自己消化で生じた分子種、3)不一致/未知ピーク、4)消化の条件が最適ではないために生じる可能性のある脱アミド化や酸化などによるアーティファクトによる翻訳後修飾(PTM)、によって生じた各成分が低レベルで存在することなどがあります2-3。 これらすべてによってデータがより複雑になり、分析者に余計な負担がかかります。in-silico 消化物に対して標準的なペプチド検索を行った後に不一致ピークが存在する場合は、検索範囲を広げて、半トリプシン消化(非特異的切断を割り当てるため)、切断欠損の数を増やす、トリプシン配列自体(およびその誘導体)などのパラメーターを含め、自己消化ピークのマッチングを行う必要があります。これらの追加のパラメーターにより、それぞれソフトウェアでのデータ解析にかかる時間やユーザーがレビューに費やす時間が長くなります。
従来のトリプシン消化の加速
mAb のトリプシン消化を概説する多くの参考文献では、消化の前に脱塩ステップが必要な、変性、還元、アルキル化したタンパク質サンプルの使用を必要としています1-7。 これらの手順では、続いてトリプシンを酵素:タンパク質比 1:20 ~ 1:25(w/w)になるように加え、高温で最大 4 時間インキュベーションしています。このようなトリプシン消化プロトコルが、多くのバイオ医薬品業界のラボで、ペプチドマッピング分析ワークフローの一部として採用されてきました。私たちはここから RapiZyme トリプシンの評価を開始しました。レミケード(IgG1 kappa mAb)をケーススタディとして、RapiZyme トリプシンおよび別の主要な他社製トリプシンを、E:P 比 1:20 で、37 ℃ で 3 時間インキュベーションして性能を比較しました。次に、LC-MS によって詳細な分析を行いました。3 時間のインキュベーションを行った場合、RapiZyme トリプシンと他社製のトリプシンとで、同等の性能が見られました(図 2、TIC トレース)。いずれも 93% を超えるシーケンスカバー率を示し、波形解析した TIC 領域の 95% 超が、予想されたトリプシン切断によるレミケードペプチドで構成されています。消化を比較すると、脱アミド化や酸化のレベルに有意差は見られませんでした。
E:P 比 1:20 での 3 時間の消化により mAb がほぼ完全に消化されたので、同じ条件でより短いインキュベーション時間を試験することにしました。図 3 の重ね描きでは、1 時間(青色のトレース)と 3 時間(黒色のトレース)でレミケードの消化が同等であることから、RapiZyme トリプシンを使用する場合、わずか 1 時間で同等の結果が得られることが実証されました。
ペプチドマッピングのサンプル前処理では、再現性が非常に重要です。RapiZyme トリプシンによるレミケードの 1 時間での消化の再現性およびロット間再現性を、2 つの異なるロットの RapiZyme トリプシンを使用してさらに評価しました(ロットごとに 3 回繰り返し消化)。図 4 にこれらの 6 回の注入の TIC の重ね描きを示します。予想されたペプチドについて、再現性に優れ、同程度のレベルの消化の完全性および TIC パターンが見られます。この試験における切断欠損の総量は 0.55% ± 0.3% でした。全体として、TIC の面積の 97.5% ± 0.3% は、レミケードの軽鎖および重鎖の配列に由来する完全にトリプシン切断されたペプチドで構成されています。
もっと速くできるか?
バイオ医薬品の開発では、ワークフローの効率とサンプルの処理時間の両方を改善する方法が継続的に追及されています。同時に、消化時間が長いことによって生じるアーティファクトの修飾を低く抑える取組みがなされています3–4。RapiZyme トリプシンの新規性は、特にその安定性、自己消化耐性、高活性にあります。これにより、より高い酵素-タンパク質比を使用する柔軟性が得られ、より広い温度範囲の使用とともに、消化時間の短縮を検討できる機会が得られます。レミケードについては、E:P 比 1:5 で、37 ℃ の標準インキュベーション温度で 30 分間試験することにしました。RapiZyme トリプシンと別の業界をリードするトリプシンについて得られたラベル付けした TIC クロマトグラムを図 5 に示します。より高い E:P 比で他社製の酵素を使用すると、ほとんどは消化の間に生じたトリプシンの自己消化のために、消化の質にかなりの違いが見られます。図 5 の拡大部分に、かなりの量の自己消化分子種を含む部分(赤色の矢印)を示しています。RapiZyme トリプシンでは、この保持ウィンドウでも、レミケードペプチドが溶出する他のウィンドウでも、認識可能な干渉ピークのシグナルが見られませんでした。RapiZyme トリプシンにより、シーケンスカバー率が 93% 超、切断欠損が 1% 未満、トリプシンの自己消化が 0.1% 未満の、迅速できれいな消化が行えました。(切断欠損および非特異的切断の相対量(%)は、以前に発表された研究と一貫した方法で、すべてのレミケード由来ペプチドの合計 MS レスポンスとの比較におけるこれらの分子種の MS レスポンスによって計算されます)2。
上記と同じ再現精度実験およびロット間再現性実験をこの加速消化条件に適用しました。図 6 に、2 ロットの RapiZyme トリプシンに対応する 6 サンプルの TIC 重ね描きを示します(それぞれの 3 回繰り返し消化に対応)。この場合も、優れた消化の再現性、および全体的な消化の完全性が見られました。全体として、TIC の面積の 96.3% ± 0.6% は、レミケードに由来する完全にトリプシン切断されたペプチドで構成されています。
オーバーナイト消化を改善するには?
多くの科学者がより迅速な消化ワークフローを望んでいますが、オーバーナイトの消化を設定してこれに戻るという柔軟性を優先する科学者もいます。オーバーナイト消化については、考慮する必要があるいくつかの事項があります。まず、RapiZyme トリプシンは活性が非常に高いため、E:P 比と温度を最適化して、発生する可能性のある非特異的切断(過剰消化)を制御する必要があります。もう 1 つの考慮事項は、消化の条件(中性~高 pH および高温)が原因で発生する脱アミド化などの PTM です3。 残念ながら、この条件は、ほとんどのトリプシン酵素が最も高い活性を発揮する条件です。RapiZyme トリプシンを用いるオーバーナイト消化の評価におけるこれらの懸念を軽減するため、1:100 という低酵素比、室温条件(20 ~ 25 ℃)、pH 6.5 のバッファーを使用することにしました。図 7A の TIC に示すように、これらのパラメーターにより、きれいで完全なオーバーナイト消化が得られます。90% を超えるシーケンスカバー率が認められ、切断欠損、非特異的切断、未知ピークは合わせて 1% 未満のレベルです。観察された脱アミド化と酸化は全体的に非常に低レベルでした。オーバーナイトインキュベーションでの温度と pH の影響を実証するため、さらに E:P 比 1:100 でオーバーナイト、pH 7.5 バッファーを使用する 37 ℃ のインキュベーションでレミケードの消化を行いました。脱アミド化しやすい一部のペプチドを、1)前述の 30 分間の加速消化、2)pH 6.5、室温でのオーバーナイト消化、3)pH 7.5、37 ℃ でのオーバーナイト消化、の間で比較しました。重鎖ペプチド T27(VVSVLTVLHQDWLNGK)の抽出イオンクロマトグラム(図 7B)において、pH 6.5 で 30 分間の最適化したオーバーナイト消化で、同等の低レベルの脱アミド化が見られます。一方、pH 7.5、37 ℃ でオーバーナイトの条件では、このペプチドにおいて 20% を超える脱アミド化が見られました。これにより、最適化したオーバーナイトプロトコルでは脱アミド化のアーティファクトが導入されないことが確認されました。全体として、酵素比 1:100 を pH 6.5 バッファーと室温でのオーバーナイトインキュベーションと組み合わせることにより、RapiZyme トリプシンによるきれいで完全な消化を得るための 3 番目の代替手段になります。
脱塩ステップを省略できるか?
ここまで説明したすべてのプロトコルでは、トリプシン消化の前に、脱塩カートリッジを使用して塩酸グアニジン変性剤および還元/アルキル化試薬を除去したサンプルを使用しました。ほとんどのトリプシンは、塩酸グアニジンや尿素のような一般的なタンパク質変性剤によって著しく阻害されます2。 一方、多くの分析者は、さまざま理由から、脱塩ステップを含まないタンパク質消化プロトコルを望みます。脱塩カートリッジの使用につきもののリスクとして、バッファー交換後のタンパク質回収率のばらつきが挙げられます。市販のデバイスのほとんどでは、平均で 70 ~ 90% の回収率が報告されており、回収率はサンプルによって大きく異なります8。 脱塩ステップを排除できると、サンプル濃度および消化条件の一貫性が向上します。また、脱塩ステップがあると、サンプル前処理ワークフローに余計な時間と労力がかかります。RapiZyme トリプシンを脱塩サンプルに用いることで、再現性があり、自己消化耐性があり、効率的であることが証明されていることから、従来の脱塩ステップを省略したワンポット消化プロトコルが適用できる可能性を探ってみる価値がありました。消化を促進するために、レミケードサンプルを還元およびアルキル化した後、希釈ステップを組み込んで、グアニジン塩酸塩の最終濃度を 0.6 M にしました。次に、RapiZyme トリプシンを酵素比 1:5 になるようにサンプルに添加し、37 ℃ で 2 時間インキュベーションしました。その結果を、業界をリードする別の他社製トリプシンと比較して、図 8 に示します。RapiZyme サンプルでは、TIC の面積全体の 96% が完全にトリプシン切断されたレミケードペプチドで構成されているのに対して、他社製品ではわずか 82% でした(図 8A)。この差は主に、切断欠損とトリプシンの自己消化による分子種の差に起因します(それぞれ図 8B および図 8C)。他社のトリプシンでは、合計 TIC ピーク面積の約 10% が切断の欠落、約 6% が自己消化によるピークによるものでした。このことは、RapiZyme トリプシンにより、かなり高濃度のグアニジン塩酸塩の存在下でも、ほぼ完全な消化が得られることを示しています。この方法は、脱塩を避けたい人にとって有益な代替手段となる可能性があります。
結論
ペプチドマッピングは、バイオ医薬品の特性解析およびモニタリングに適用できる重要なデータが最も豊富な分析の 1 つであり、この状況は今後も続くと思われます。したがって、この分析のためのサンプル前処理および分析法は、頑健で信頼性の高いものである必要があります。とはいえ、多くのラボには、さまざま要件や標準プロトコルがあります。本アプリケーションノートで概説した分析法開発実験により、独自の自己消化耐性および消化効率を有する RapiZyme トリプシンが、質の高いペプチドマッピングサンプルをより迅速かつクリエーティブに調製する手段に成り得ることがわかります。RapiZyme トリプシンは、従来の消化法、30 分での迅速かつ柔軟なオーバーナイト消化、さらにはシンプルなワンポットプロトコルでも有用であることが証明されました。新たに考案されたそれぞれのプロトコルを用いることで、RapiZyme トリプシンにより、データの質と類似性が高いレミケードのペプチドマッピングが得られました(図 9)。
参考文献
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