• アプリケーションノート

RADIAN™ ASAP による薬物含有紙片の分析

RADIAN™ ASAP による薬物含有紙片の分析

  • Emily Lee
  • Jane Cooper
  • Michelle Wood
  • Waters Corporation

法医学目的のみに使用してください

要約

英国の刑務所では、何十年にもわたって薬物の乱用に関する重大な問題が発生しており、これにより、暴力のレベルが上がり、社会復帰に悪影響が及び、医療資源への負担が増加していると報告されています1。 刑務所では従来の違法薬物の使用が依然として続いていますが、過去数年間にわたり、新規向精神薬(NPS)(特に合成カンナビノイド)の使用が大幅に増加しています2

最近、薬物をしみ込ませた紙片やその他のものが英国の刑務所にひそかに持ち込まれているという報告があります1。 受刑者への薬物の供給を減らすことが、薬物の使用、そして薬物が引き起こす悪影響を最小限に抑えるために重要です2。 受刑者が受け取るものを効果的に試験する分析法があれば、この過程に大きく役立つ可能性があります。

本研究では、薬物をしみ込ませた紙片に対する、シンプルでありながら迅速なスクリーニングツールである、大気圧固体試料分析プローブ-質量分析法(ASAP-MS)に基づいたコンパクトなデバイス、RADIAN ASAP 質量検出器の潜在力を評価します。(薬物をしみ込ませたおよび含まない)紙片のサンプルを抽出して ASAP-MS 分析を行い、4 種類のコーン電圧でデータを取り込んで、プリカーサーイオンとプロダクトイオンの両方のデータを取得しました。データは、取り込んだデータをスペクトルライブラリーとマッチングする LiveID™ 2.0 ソフトウェアを使用して解析しました。 

アプリケーションのメリット

  • シンプルで使いやすい
  • ダイレクト分析(クロマトグラフィーなし)
  • 最小限のサンプル前処理
  • フラグメンテーションデータを取り入れたことによる特異性の向上
  • 迅速な分析および LiveID 2.0 を使用したリアルタイムライブラリーマッチング
  • コンパクトなベンチトップ装置

はじめに

英国の刑務所では薬物の乱用が多発しており、大きな懸念事項になっています。これによって、受刑者の攻撃性や暴力のレベルが高まり、受刑者が悪影響や肉体的な損傷を受けるため、貴重な医療資源への負担が増大していると報告されています1,3。 したがって、薬物の乱用が、刑罰制度の安定性、セキュリティ、および全体的な有効性に悪影響を及ぼしています。

イングランドとウェールズの刑務所では、何十年にもわたって違法薬物の問題が続いていると報告されており、2010 年の受刑者に対する調査では、受刑者の 30% が刑務所で大麻、5 分の 1 以上がヘロイン、10 分の 1 以上がコカインをそれぞれ使用していました2。従来の違法薬物が刑務所で蔓延し続けている一方で、強力な NPS の出現により、この問題が大幅に深刻化しています。NPS の使用は広範に及んでおり、イングランドおよびウェールズの受刑者の 60% ~ 90% にのぼると推定されています2。 特に、大麻の向精神作用を模倣する合成カンナビノイドが、受刑者の間で特に人気があり、イングランドの男性用刑務所の 64% において懸念事項として注目されています3。 NPS 物質は、従来の物質とは化学的に明確に異なり、ばらつきがあり、時間とともに変化するため、従来のスクリーニングメソッドでは容易に検出されないため、このことが、検出システムやこの検査を行うラボにおいて分析上の課題になっています1

近年、エチゾラムや合成カンナビノイド受容体作動薬などの NPS を含む薬物をしみ込ませた受刑者への手紙など、薬物をしみ込ませた紙片やその他のものが英国の刑務所内にひそかに持ち込まれる事例が報告されています1,3。 受刑者が手紙をなめたり、かんだり、吸ったりしているところを、職員が見たという報告があります3。 需要と供給に対処することで刑務所での薬物使用を最小限に抑えるための全体的な戦略においては、受刑者の薬物へのアクセスを減らすことが、主要な検討事項です。受け取ったものを受刑者に渡す前に検査する効果的なスクリーニングメソッドがあれば、薬物使用が減るとともに、抑止力として作用する可能性があります。

RADIAN ASAP は、ASAP のシンプルさと MS の特異性を併せもつ、設置面積の小さいウォーターズのシステムであり、押収薬物サンプルの分析における迅速なスクリーニング手法として期待されています4。 本試験の目的は、薬物含有紙片のシンプルで迅速なスクリーニングツールとして、RADIAN ASAP 質量検出器を使用する可能性を評価することです。

実験方法

化合物およびサンプル前処理

17 種の薬物の認証標準物質(CRM)は、Merck Life Science(英国 Dorset)または Cayman Chemical(米国 Michigan)から入手しました。CRM は通常、供給濃度である 1 mg/mL のメタノール(またはアセトニトリル)溶液として使用するか、メタノールで 0.2 mg/mL に希釈して使用しました。

この試験で使用した紙片のサンプルは、80 gsm の白色紙片、新聞紙、グリーティングカード、封筒、「光沢のある」雑誌で、インクを含まないサンプルとインクを含むサンプルを含めました。以下の 2 種類のメソッドを使用して、一般的な薬物を紙片に 1 分間しみこませました:

  • ピペッティングメソッド - CRM(0.2 mg/mL および 1 mg/mL)の 50 µL アリコートをピペットで 1 × 1 cm にカット済みの紙片にピペッティングし、これをガラスタイル上に 30 分間置いて乾かす
  • 浸漬メソッド - 4 × 4 cm に切った紙片のサンプルを、4 mL の希釈済み CRM(メタノール中 1 mg/mL)を入れた 100 mL ビーカーに入れ、これをガラスタイル上に 30 分間置いて乾かす乾いたら、6 mm の穴開けパンチを使用して大き目の四角の紙片からサンプルを取得する

薬物を含まない紙片は、標準物質の代わりにメタノールのみを使用して、同じ 2 つのメソッドで作製しました。

両方のメソッドで作製した薬物をしみ込ませた紙片および薬物を含まない紙片のサンプルを、以下の方法で抽出しました。

  • カット済みの四角いサンプルまたは穴開けパンチで得たサンプルを、500 µL のメタノールと共に個々のスクリューキャップガラスバイアルに入れ、超音波処理する
  • 超音波処理後、溶媒をきれいなスクリューキャップバイアルに移す

RADIAN ASAP 分析

サンプリング手順 – 「浸漬」メソッド

各サンプルについて、新しいガラス製キャピラリーを選択し、ソフトウェア内に付属の自動 RADIAN ASAP ベークアウト手順を使用して洗浄しました。各サンプルに「浸漬」メソッドを使用しました。つまり、洗浄済みのキャピラリーを液体サンプルの表面のすぐ下、深さ約 1 cm の位置で 5 秒間保持し、続いてキャピラリーをホルダーに入れ、RADIAN ASAP のイオン源に挿入しました。データの取り込みに使用した分析メソッドのパラメーターを、以下の表 1 に示します。この試験では、各サンプルを 3 回繰り返しで分析しました(3 サイクルの「浸漬と検出」に同じガラス製キャピラリーを使用)。 

分析法

パラメーター

設定

イオン化モード:

ASAP+

コロナピン:

3 µA

脱溶媒ガスおよび温度:

600 ℃ の窒素

コーン電圧:

15、25、35、50 V

取り込みモード:

m/z 50 ~ 600 の範囲にわたる MS フルスキャン - コンティナムモード

スキャン速度:

5 Hz

表 1.RADIAN ASAP を使用したデータ取り込みに使用した分析パラメーター。 

LiveID 2.0 を用いたデータ解析

データ解析には、LiveID 2.0 ライブラリーマッチングソフトウェアを使用しました。これによってリアルタイムのライブラリーマッチングやデータファイルの取り込み後解析が可能になります。LiveID ソフトウェアでは、リバースフィットモデルを用いて、取り込まれたスペクトルデータを、準備したレファレンスライブラリーと比較します。LiveID は、4 種類のコーン電圧すべてを考慮して平均マッチスコアを計算します(最大値は 1000)。この試験では、マッチスコア 850 以上を陽性同定を示すしきい値として用いました。 

結果および考察

ASAP-MS は、クロマトグラフィー分離なしで質量分析データを取得するダイレクト分析手法であり、ASAP イオン化プロセスを用いて行われます。このプロセスでは、ガラスキャピラリーにロードされたサンプルを、加熱した窒素ガスを用いて蒸発させ、続いてコロナ放電によってイオン化させます。

この試験で評価したすべての物質において、イオン化によって分析種からプロトン化した [M+H]+ が生じました。質量検出は、m/z 50 ~ 600 の範囲にわたるフルスキャンを用いて行いました。4 種類のコーン電圧(15、25、35、50 V)を印加して、イオン源内の衝突誘起解離(CID)によるフラグメンテーションを発生させました。プリカーサーイオンと生じたフラグメントイオンの組み合わせにより、各分析種のスペクトルフィンガープリントが得られ、薬物同定の特異性と正確さが向上します。図 1 に、ケタミンの CRM のデータを示して、この手法を使用して得られる質量分析情報を例としています。 

図 1.ケタミン CRM の RADIAN ASAP 分析。スペクトルフィンガープリントを生成するために、4 種類のコーン電圧でデータを収集しています。最も低いコーン電圧(15 V)では通常、イオン化したプリカーサー分子が含まれます。この例では、ASAP イオン化により、m/z 238 の [M+H]+ 分子種が生成しています。 

ピペッティングメソッドを用いて 17 種類の一般的な薬物(1 mg/mL)を個別にスパイクすることにより、紙片サンプル(白色紙片、80 gsm)を 3 回繰り返しで作製しました。サンプルは、5 分間抽出してから分析し、3 回の「浸漬と検出」分析の平均マッチスコアを計算しました。すべての薬物が正しく同定され、平均マッチスコアは 853 ~ 996 の範囲でした(図 2)。メタノールのみで処理した薬物を含まないブランクの紙片では、ライブラリーマッチスコアが 850 を超えることがなかったため、陰性と見なしました。 

図 2.さまざまな標準物質の 1 mg/mL メタノール溶液をしみ込ませたスパイク済み紙片サンプルを、5 分間抽出して得られた平均マッチスコア(n=3)。 

この試験には、一般的な乱用薬物に加えて、複数の NPS も含めました。刑務所コミュニティーでの NPS の使用は風土性であると報告されているため、これらの物質に特に関心が持たれます3。図 3 に、合成カンナビノイド 5-フルオロ MDMB-PICA をしみ込ませた紙片サンプルについて得られた代表的な LiveID データの例を示します。このサンプルでは、969 という高い信頼性を示すマッチスコアが得られました。 

図 3.ピペッティングメソッドを用いて 50 µL の 5-フルオロ MDMB-PICA をしみ込ませて作製したサンプルの LiveID 分析。パネル A に、しみ込ませたサンプルの「浸漬と検出」用紙片の 3 回繰り返しを示しており、最初の繰り返しで得られたマッチスコアが 969(最大 1,000)であることがわかります。パネル B にこのスペクトルマッチの詳細を示します。この同定プロセスでは、4 種類すべてのコーン電圧が加重平均(最も低いコーン電圧に最も大きく重み付けする)で使用されています。 

本研究では、低濃度のサンプルも評価し、6 サンプルに 0.2 ng/mL の個々の薬物をしみ込ませました。これらのサンプルでは、マッチスコアが 1 mg/mL でしみ込ませたサンプルよりわずかに低くなりましたが、得られたマッチスコアは依然として陽性同定に使用されるしきい値を超えていました。

この抽出メソッドについて、さまざまな超音波処理時間を評価しました。具体的には、最初に両方のメソッドで薬物をスパイクした 80 gsm の白色紙片のサンプルを 5、10、15 分間超音波処理しました。超音波処理時間を長くしても、得られたライブラリーマッチスコアに大きな違いは見られませんでした。そこで、全体の分析時間を短縮するために、これ以降、超音波処理時間 5 分間を用いました。

サンプリングの容易さと一貫性を改善するため、穴開けパンチの使用も評価しました。穴開けパンチを使用したサンプルのマッチスコアは、1 × 1 cm の四角いサンプルで得られたマッチスコアよりも低い数字でしたが、それでも最小しきい値の 850 を超えていました。レスポンスが低いのは、サンプリングした表面積が小さいことを反映している可能性がありますが、いずれのサンプリング手法もこの分析に適していることがわかりました。

最初の試験は、インクを含まない社内でスパイクした紙片サンプルに基づいていたため、試験を拡張して、さまざまな紙の種類、厚さ、およびインクがある場合にスペクトルデータに現れる影響の評価を含めました。紙片サンプルには、ボールペン(普通紙およびグリーティングカード)、印刷された文字(新聞および「光沢のある」雑誌)、印刷されたイメージ(グリーティングカード)などのインクが含まれていました。5 分間の抽出メソッドは、試験したすべての紙片の種類に適していることが確認され、80 gsm の白色紙片で得られた結果と比較して、マッチ係数に大きな違いはありませんでした。さらに、インクの存在は、得られたマッチスコアに有意な影響を及ぼさないことがわかりました。受刑者が受け取るものには、手紙や子供の絵など、何らかの形でインクが含まれている可能性が高いため、このことは有益です3

試験したほとんどのサンプルで、単一の物質に対するマッチングの結果が返されました。ただし、いくつかの例外が見られました。例えば、平均スコア 964 で同定されたイソトニタゼンは、その異性体のプロトニタゼンに対しても 850 を超えるマッチスコアを示しました。このような場合、紙片にしみ込ませた化合物は必ず、陽性のしきい値より大きいマッチスコアで検出されました。このことは大きな問題ではありません。今回詳細に説明した手順は、予備的な高速スクリーニング手法として使用することを目的としており、必要に応じて、LC-MS/MS などの確認用分析法で区別できるためです。例えば、当社のラボでは、LC-MS/MS を使用して、保持時間でイソトニタゼンとプロトニタゼンを区別できます5

結論

RADIAN ASAP は、使いやすく迅速で正確なダイレクト質量分析スクリーニング手法であり、クロマトグラフィー分離を必要とせずにマススペクトルデータが直接得られます。これは、紙片サンプルにしみ込ませた一般的な違法薬物や NPS(合成カンナビノイドや合成オピオイドを含む)を簡単にスクリーニングできる手法として期待されます。

この抽出メソッドは、迅速でシンプルであり、さまざまな紙の種類、厚さ、処理において効率的であることが実証されました。穴開けパンチを用いて紙片をサンプリングすると、サンプル前処理プロセスがさらに簡素化します。RADIAN ASAP と LiveID 2.0 によるライブラリー検索は、サンプルあたり 2 分もかかりません。インクやその他の処理により、薬物の検出が妨げられることはないように思われます。

この手法は、刑務所での薬物へのアクセスが減るとともに、抑止力としても作用する効果的なスクリーニングツールになることが期待されます。薬物紙片のスクリーニング用のこのアプリケーションの実行可能性をさらに評価するため、今後、本物の押収紙を分析する予定です。 

参考文献

  1. Norman, C et al. Detection and Quantitation of Synthetic Cannabinoid Receptor Agonists in Infused Papers From Prisons in a Constantly Evolving Illicit Market. Drug Testing and Analysis 2020; 1–17.
  2. Drugs in Prison, London: Centre for Social Justice. Centre for Social Justice (2015). 
  3. Ford, L.T and Berg, J.D. Analytical Evidence to Show Letters Impregnated With Novel Psychoactive Substances Are a Means of Getting Drugs to Inmates Within the UK Prison Service. Annals of Clinical Biochemistry 2018; 55(6): 673–678. 
  4. Wood, M. Radian ASAP With Liveid - Fast, Specific, and Easy Drug Screening.Waters Application Note. 720007125, 2021.
  5. Mistry N.S, Cooper J, Wood M. Expansion of the MRM Toxicology Screening Methodology for Use With Waters Xevo Tq-S Micro.Waters Application Note.720007748, 2022. 

720007911JA、2023 年 7 月

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