• アプリケーションノート

アップストリームプロセス開発をサポートする、Sartorius Ambr 250 ハイスループットバイオリアクターシステムからのサンプル中のインタクト糖鎖プロファイルおよび使用済み培地中の代謝物のモニタリング

アップストリームプロセス開発をサポートする、Sartorius Ambr 250 ハイスループットバイオリアクターシステムからのサンプル中のインタクト糖鎖プロファイルおよび使用済み培地中の代謝物のモニタリング

  • Yun Wang Alelyunas
  • Charles Prochaska
  • Clint Kukla
  • Caitlin Dunning
  • Caitlin Hanna
  • Mark Wrona
  • Waters Corporation
  • Sartorius Stedim

要約

このアプリケーションノートでは、インタクトモノクローナル抗体(mAb)および使用済み培地中の細胞培養培地(CCM)の栄養成分および代謝物のプロファイルに関するダイレクト分析における BioAccord™ LC-MS の使用について詳細に説明します。培地およびフィードの最適化試験において、Ambr® 250 ハイスループットシステムから細胞培養サンプルを取得しました。希釈やプロテイン A 精製を含むサンプル前処理を、Andrew+™ ピペッティングロボットおよび OneLab™ 自動ワークフローを使用して自動化しました。各サンプルについて、主要なグリコフォーム生成物の品質特性および詳細な代謝物プロファイルが報告され、従来のアナライザーでは得られなかったバイオリアクターの包括的なスナップショットが得られました。

アプリケーションのメリット

  • インタクト糖鎖の分布の迅速な決定、細胞培養培地の栄養成分および代謝物のモニタリングを行うための、単一の分析プラットホーム
  • インタクト mAb および細胞培養培地代謝物の両方の LC-MS 分析に対応する迅速な自動ワンステップサンプル前処理
  • 単一の規制対応インフォマティクスパッケージでデータ取り込み、データレビュー、未知化合物の解析、多変量データ解析、レポートのカスタマイズに対応

はじめに

タンパク質医薬品製造の培養プロセスにおいては、タンパク質濃度で表示される IgG の力価(g/L)、および %修飾として表されるタンパク質の翻訳後修飾(PTM)などの重要品質特性(CQA)がルーチンにモニターされます。タンパク質産生、細胞生存率、増殖において重要な栄養成分および代謝物をルーチンにモニターすることで、重要工程パラメーター(CPP)の指標が得られ、理解が深まります。CQA および CPP の分析は通常、異なる分析装置を使用して別々の LC-MS 分析で行われます。このアプリケーションノートでは、Andrew+ ピペッティングロボットによる、迅速でシンプルな共有サンプル前処理と、BioAccord LC-MS システムによる簡素化された分析を使用することにより、これら 2 種類の分析を同期する利点について実証します。分析プロセスの概要を図 1 に示します。Sartorius Ambr 250 ハイスループットマルチパラレルバイオリアクタープラットホームを使用した最適化実験で、サンプルについて得られたデータの例をまとめています。各ワークフローの詳細な説明は、以前に公開したウォーターズアプリケーションノートに記載されています1,2

図 1.インタクトプロテインの自動サンプル前処理および BioAccord LC-MS 分析、バイオリアクターからの使用済み培地中の細胞培養培地の栄養成分および代謝物の分析の概略図

実験方法

サンプル前処理

mAb の産生に CHO 細胞株を使用するプロセス最適化実験を、Ambr 250 ハイスループットマルチパラレルバイオリアクターシステム(Sartorius、米国)で実施しました。出発培地、フィード、接種密度を変えた 5 つのバイオリアクターを並行してモニターし、サンプルを培養の 4、6、8、10、12 日目に採取しました(図 2)。

図 2.インタクトおよび培養培地モニタリング試験で採取したサンプルの実験条件のサマリー

細胞培養培地サンプルは、直ちに遠心分離し、0.22 µm シリンジフィルター(Sartorius Minisart® PES 15 mm 製品番号:1776D-Q)を使用してろ過しました。清澄化したサンプルを、インタクト質量分析用に 1:20(V/V)に段階希釈しました。さらに、使用済み培地分析用に Andrew+ ピペッティングロボット(Waters Corporation、米国)を使用して、350 µL 96 ウェルプレートに 1:20 に希釈しました(計 1:400(V/V))。希釈溶媒には、内部標準として 0.1 µM 3-クロロチロシン含有 0.1% ギ酸(FA)を使用しました。最初の 1:20(V/V)希釈したサンプルを、インタクトプロテイン分析ワークフローを使用して分析しました。続いて 1:400 希釈したサンプルを、細胞培養培地スクリーニングワークフローを使用して分析しました。プロテイン A 精製サンプルの場合、追加の 120 µL のサンプルを Andrew+ ピペッティングロボットに移し、洗浄およびコンディショニング済みのプロテイン A 樹脂にロードしました。サンプルを洗浄し、続いて Andrew Extraction+ デバイスを使用して 100 mM グリシンで溶出しました3。サンプルは、さらに 1:20(V/V)に希釈してから分析しました。

分析条件

以下の表に記載している LC-MS パラメーターでは、インタクトおよび細胞培養培地の両方の逆相分析法の実行に同じ移動相を使用しています。これにより、LC-MS システムの日常の操作およびメンテナンスが大幅に簡素化しました。

インタクトプロテイン分析の LC-MS 条件

培地の栄養成分および代謝物の分析の LC-MS 条件

結果および考察

パート I. インタクト質量分析

1. 清澄化した細胞培養培地の糖鎖分布の決定

タンパク質修飾および糖鎖分布について、ハイスループット LC-MS 分析法を使用して、事前のアフィニティーベースのサンプル精製を行わずにダイレクト分析して決定しました。使用した有機移動相には細胞培養培地の代謝物の分析に使用した移動相と同じく 10% IPA が含まれているため、同じシステムでインタクト質量と培地分析の両方を行う場合の移動相調製が簡素化されます。100% ACN または 90% ACN/10% IPA のいずれかを含む移動相でのクロマトグラフィーの比較でも、同様の結果になりました(付録参照)。図 3A に、軽鎖、インタクト mAb、ブロードマトリックスピークが見られる、インタクト分析法を使用した代表的な培地サンプルの実測トータルイオンクロマトグラム(TIC)を示します。この抽出イオンクロマトグラム(XIC)は、インタクト mAb について良好なピーク特性が見られ、m/z < 1500 Da に見られる遅く溶出するマトリックスからの干渉が最小限でした(図 3A)。図 B~D の質量スペクトルは、軽鎖およびインタクト mAb で通常見られる荷電エンベロープと一致しています。 

図 3.(A)細胞培養培地サンプルのダイレクトインタクト質量分析の代表的な MS スペクトル。挿入図に、m/z 2000 ~ 4000 Da のインタクト mAb の XIC を示しています。(B)軽鎖の実測 MS スペクトル、(C)インタクト mAb の実測 MS スペクトル、(D)主要なグリコフォームにラベル付けしたインタクト mAb のデコンボリューション済みスペクトル。

分子の平均質量は、図 3D に示した MaxEnt1 デコンボリューションによって取得しました。デコンボリューション済みスペクトルから、ユーザーが入力したインタクト mAb の予想質量(m/z)および可能性のある修飾のリストに基づいて、糖鎖修飾が同定されました。この試験で生成した mAb では、G0F N(2)、G0F N/G1F N、G1F N(2)、G1F N/G2F N、G2F N(2)の 5 種類の主要なグリコフォームが検出されました。図 4 に、各サンプルにおける個々の % 糖鎖の棒グラフの重ね描きを示します。これらの情報を Ambr® ソフトウェアにエクスポートし戻し、データインターフェースを使用して mAb 製品の迅速な製品品質評価を行いました。Ambr ソフトウェアでのデータ表示の例を付録 B に示します。

図 4.清澄化した細胞培養培地サンプルの %糖鎖の決定。各糖鎖について、バイオリアクターおよび経過時間の関数としての棒グラフの重ね描きを示します。

2. プロテイン A 精製したサンプルからの糖鎖分布の決定

プロテイン A 精製で前処理したサンプルについて、タンパク質修飾および糖鎖の分布も決定しました。プロテイン A 精製プロセスにより、マトリックスイオンおよびプロセス関連不純物の大部分が除去されて、分析用の「純粋な」mAb が得られます。得られたトータルイオンクロマトグラムでは、MS クロマトグラムと UV クロマトグラムの両方で、単一の mAb の大きなピークが見られました(図 5)。タンパク質修飾および糖鎖分布を、MaxEnt1 デコンボリューションに基づいて決定しました。図 5 に示す %糖鎖分布は、プロテイン A 精製を行わずに清澄化したサンプルから決定した %糖鎖分布(図 4)と似ています。これらのデータからは、サンプル前処理を簡素化し、コストと時間を削減することで、清澄化した培地サンプルを使用して糖鎖プロファイルを直接決定でき、プロセスの効率を改善できることが示唆されます。 

図 5.(左)プロテイン A 精製後の培地サンプルの代表的な UV クロマトグラムおよび MS TIC クロマトグラム。(右)プロテイン A 精製したサンプルの %糖鎖の決定。各糖鎖について、バイオリアクターおよび経過時間の関数としての棒グラフの重ね描きを示しています。

3. Cedex Bio HT 測定による MS/UV レスポンスの相関

観測された UV レスポンスおよび MS レスポンスは、Cedex Bio HT 装置を使用して測定した mAb の力価と相関していました。UV レスポンスは、波長 280 nm でのピーク面積に基づいて算出しました。MS レスポンスは、実測スペクトルで最も存在量が多い 9 種類の荷電状態の XIC シグナルを合計して算出しました。インタクトプロテイン定量の説明は、Waters アプリケーションノートに記載されています4。 図 6 に、バイオリアクターおよびサンプリング日の関数としての UV レスポンスおよび MS レスポンスのトレンドプロットを示しています。UV プロットと MS プロットに同様のデータのトレンドが見られたことから、標準試料が使用可能な場合は、いずれのレスポンスも力価の推定に使用できることが示唆されます。力価の測定値から相関させることで、MS レスポンスに基づいて R2=0.954、UV 吸光度に基づいて R2=0.902 の相関係数が得られました。MS データにおいてわずかに良好な相関係数が得られたことは、MS の選択性によって特異性が追加され、特に低力価でのマトリックス干渉およびその他の干渉が最小限に抑えられたためと思われます。全体として、BioAccord によって得られる UV レスポンスおよび MS レスポンスは、IgG の力価測定値と高いレベルの相関を示していました。そのため、これらを糖プロファイリング分析のアウトプットの一部とすることができます。分析条件が迅速であることから、LC-MS 分析法がプロセスモニタリングに必要なスループットをサポートできることが示唆されます。

図 6.バイオリアクターおよび経過時間にわたる MS レスポンスまたは UV 吸光度の棒グラフの重ね描き。各サンプルは 2 回繰り返しで分析し、全体的な再現性は 5% 未満でした。

パート II.細胞培養培地の栄養成分および代謝物の分析

バイオリアクターのサンプルにも、使用済み培地分析ワークフローを適用しました。ワークフローの詳細な説明は以前記載されています2。 この分析では、最近導入された低分子質量の取り込み範囲 m/z 50 ~ 800 を採用しており、これによって、ポジティブ取り込みとネガティブ取り込みの両方において、以前の分析法より検出器感度が 5 ~ 10 倍向上しています。合計で、約 100 種類の栄養成分および代謝物が検出されました。図 7 に、これらのサンプル中に同定された化合物の分布を、化合物のクラスごとにセグメント化しています。バイオリアクターおよび経過日数の関数としての培地変化の例を、図 8 のトレンドプロットに示します。この試験では、AA 細胞培養標準溶液(ウォーターズ製品番号 186009300)を使用してすべてのアミノ酸をキャリブレーションしています。したがって、アミノ酸濃度の測定値は mM 単位で報告しています(トリプトファンの例を図 8 上に示します)。検出されたその他のすべての化合物について相対レスポンスが示されており、トレンドを確認するのに使用できます(図 8 下)。オプションとして、適切な検量線を作成することにより、その他の成分を定量することができます。すべてのデータを、追加のレポート作成用にエクスポートすることができます。

図 7.%分布および検出された化合物の数(化合物のクラスごとにグループ化)として表された使用済み培地中に見られた化合物
図 8.バイオリアクターの経時的なサンプリングを示す代謝物の代表的なトレンドプロット。トリプトファン(絶対濃度)とコリン(相対トレンド)の代表的な結果を示しています。

結論

使用済み細胞培養培地中のインタクトプロテイン、力価、栄養成分および代謝物のための自動サンプル前処理および LC-MS ベースの分析法について説明しました。BioAccord LC-MS システムと Andrew+ ピペッティングロボットの組み合わせにより、Ambr 250 ハイスループットマルチパラレルバイオリアクターシステムからの PD サンプルを迅速に解析して、質の高い結果を生成する機能が得られます。特長および機能は以下のとおりです。

  • Andrew+ ピペッティングロボットを使用する、インタクト mAb および使用済み培地成分の両方の分析を組み合わせた自動サンプル前処理
  • 清澄化した細胞培養サンプルまたはプロテイン A 精製したサンプルから直接行える IgG の力価のインタクト mAb 分析および糖プロファイリング
  • バイオリアクターからサンプリングした清澄化した細胞培養培地における培地栄養成分および代謝物の直接分析
  • waters_connect データインターフェースの接続性により、糖プロファイリング結果を Ambr ソフトウェアにシームレスにデータ転送して戻すことが可能
  • コンパクトで使いやすい BioAccord LC-MS システムにより、優れた質のデータが得られ、スループットのニーズを満たしている

BioAccord LC-MS システムにより、プロセス開発ラボに質の高いプロセスモニタリングおよび製品品質管理のためのアッセイが追加され、プロセスの最適化を適時にサポートできるようになります。

参考文献

  1. H Shion, P Boyce, SJ Berger, YQ Yu.INTACT Mass™ - a Versatile waters_connect™ Application for Rapid Mass Confirmation and Purity Assessment of Biotherapeutics.Waters Application Note.720007547.2022.
  2. YW Alelyunas, MD Wrona, W Chen.Monitoring Nutrients and Metabolites in Spent Cell Culture Media for Bioprocess Development Using the BioAccord LC-MS System with ACQUITY Premier.Waters Application Note.720007359.2021.
  3. SM Koza, CM Hanna AHW Jiang, YQ Yu.Automated High-Throughput Analytical-Scale Monoclonal Antibody Purification Using Production-Scale Protein A Affinity Chromatography Resin.Waters Application Note.720007861.2023.
  4. YW Alelyunas, H Shion, MD Wrona.High Sensitivity Intact Monoclonal Antibody (mAb) HRMS Quantification.Waters Application Note.720006222.2018. 

付録

A. 100% ACN と 90% ACN/10% IPA を使用した場合のインタクト質量クロマトグラフィーの比較

現在のインタクト質量分析法では、LC-MS の有機移動相 B は 90% アセトニトリル(ACN)と 10% イソプロパノールアルコール(IPA)で構成されており、細胞培養培地の栄養成分および代謝物の分析で使用された移動相と同じものです。従来のインタクトプロテイン分析では、有機移動相 B は通常 100% ACN のみで構成されています。移動相 B として ACN に 10% IPA を添加した場合の分離への影響を、100% ACN を使用した場合と比較しました。図 A に示した結果は、10% IPA の添加がクロマトグラフィー性能および実測質量スペクトルに及ぼす影響は最小限であることを示唆しています。ピーク面積を比較すると、分析したサンプルのピーク面積が 30% 超増加しており、IPA の添加が有益である可能性が示唆されます。この増加は、IPA の存在によりイオン化効率が高まることに起因すると考えられます。結論として、LC-MS システムの日常の操作とメンテナンスを簡素化するために、インタクト質量分析に 90% ACN/10% IPA を選択しました。 

図 A. 清澄化した細胞培養培地サンプルのインタクト mAb 分析の抽出イオンクロマトグラム。有機移動相 B として 100% ACN(左)と 90%ACN/10%IPA(右)を使用した結果を比較しています。

B. データインターフェースのアウトプットを使用した Ambr ソフトウェアでのデータ表示の例

Intact Mass アプリケーションを使用したデータ取り込みの後、得られたグリコフォームのデータを Ambr ソフトウェアにエクスポートすることができます。図 B は、インキュベーション時間(日)の関数としての異なるバイオリアクターからの %グリコフォームの重ね描きを示す一例です。

図 B. バイオリアクターおよび時間の関数としての主要な %糖鎖修飾の、重ね描きプロットのデータインターフェース表示。

720008042JA、2023 年 9 月

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