ACQUITY Premier を搭載した BioAccord LC-MS システムを用いた、バイオプロセス開発のための使用済み細胞培養培地中の栄養成分および代謝物のモニタリング
要約
バイオ医薬品のプロセス開発において、細胞培養液は細胞の健康とバイオ医薬品の生産に不可欠な構成要素と栄養成分を提供します。栄養成分および代謝物のモニタリングにより、細胞の増殖、バイオ医薬品の力価、製品の品質についての情報が得られます。BioAccord LC-MS システムはインタクトプロテイン分析、ペプチド MAM、遊離糖鎖、オリゴヌクレオチドの質量確認など、製品品質分析をサポートするために使用されています。このアプリケーションでは、BioAccord システムを利用して、細胞培養培地中の栄養成分および代謝物のモニタリングを行いました。分析法パッケージには、包括的な逆相 LC-MS 分析法、200 を超える化合物のライブラリー、トレンドプロットなどのデータレビューのためのシンプルで段階的なワークフロー、未知成分のスクリーニングのためのツール一式、多変量データ解析ツール、レポートテンプレートが含まれています。この分析法を、クローン選択およびプロセス最適化のための使用済み培地の分析に適用しました。
アプリケーションのメリット
- ACQUITY Premier テクノロジーをカラムおよび UPLC システムハードウェアの両方に導入することによる優れたクロマトグラフィー性能
- 使いやすい BioAccord LC-MS システムによる情報が豊富なフルスキャン HRMS データ
- アミノ酸、ビタミン、核酸/核酸塩基、ヌクレオチド、代謝物、およびバイオプロセス開発におけるその他の対象化合物など、200 を超える化合物を含むライブラリーが利用可能
- 合理的な機能とクラスに基づいたワークフローで、段階的なデータレビューが容易に
- 単一のコンプライアンス対応インフォマティクスパッケージでデータ取り込み、データレビュー、未知化合物の解析、レポートテンプレート、多変量データ解析に対応
はじめに
バイオ医薬品のプロセス開発において、細胞培養液は細胞の健康とバイオ医薬品の生産に不可欠な構成要素と栄養成分を提供します。培養液は、出発物質の化学物質や製造サイクル中に生成した代謝物など、100 を超える化合物が含まれる複雑な混合液です。細胞の増殖サイクルに伴い、培地成分の組成は常に変化します。栄養成分および代謝物のモニタリングを行い、最適な範囲に留まっていることを確認することが、細胞の増殖、バイオ医薬品の力価、製品の品質に影響を及ぼすことが示されています1。 選択的な主要栄養成分のルーチンモニタリングが、バイオプロセスワークフローの一部となっています。バイオ製造業界において、バイオプロセスの開発および最適化のために、培地に存在する栄養成分および代謝物すべての総合的なモニタリングを行う必要性がますます高まっています。
このアプリケーションノートでは、逆相 LC-MS 分析法の詳細、および細胞培養培地中の化合物のモニタリングのための包括的なワークフローを説明しています(図式 1)。このシステムは、小型の自動最適化 LC-HRMS プラットホームである ACQUITY Premier テクノロジーを搭載した BioAccord に基づいており、幅広い対応範囲を実現しています。さらに、LC-MS の専門家でも初心者でも、同じように高品質の結果を生成できます。HRMS により、分析種の調査に必要な情報豊富なフルスキャンデータセットが得られます。また、タンデム四重極 MS2 で必要なプリカーサーからプロダクトへのトランジションの最適化が不要になるため、分析法開発が容易になります。ACQUITY Premier LC は、MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)に基づく低吸着性の UPLC システムおよびカラムで構成されています3。最近の文献により、トリクロロ酢酸4、ビタミン5、核酸/核酸塩基およびヌクレオチドなど、細胞培養培地中の多くの化合物クラスについて、ACQUITY Premier LC システムがピーク対称性の改善およびシグナルの向上に有益であることが示されています6。このワークフローには 200 を超える化合物からなるライブラリー、データレビューの段階的なガイド、未知化合物の構造解析、多変量データ解析/バッチ比較、レポート作成が含まれています。ワークフローの各ステップの詳細情報および細胞培養培地の分析例が記載されています。
実験方法
サンプルの説明
市販の培養液は、水で 1:100(V/V)希釈して調製しました。使用済み培養液は、水または 0.1% ギ酸水溶液で 1:200(V/V)希釈して調製しました。
LC 条件
グラジエントテーブル
MS 条件
データ管理
LC-MS ソフトウェア: |
waters_connect |
インフォマティクス: |
waters_connectUNIFI 1.9 SR13 を含む基本キット |
結果および考察
一般的な分析法についての考察
細胞培養培地中の化合物の分析アプリケーションを、BioAccord LC-MS および ACQUITY Premier LC と HSS T3 カラムを使用して開発しました。このシステムのクロマトグラフィー性能は優れており、多様なクラスの化合物にわたって対称的でシャープなピークが得られました。図 1 は、この分析法を使用して、ポジティブイオン化モードのデータ取り込みで得られた化合物の抽出イオンクロマトグラム(XIC)の重ね描きです。代表的な個別の化合物の XIC クロマトグラムは、付録に掲載しています。また、図 1 では、同重体化合物のペア(ロイシン/イソロイシン、クエン酸/イソクエン酸)の間で優れたベースライン分離が得られていることを示しています。サンプルは、フルスキャンまたはフラグメンテーションモードのデータ取り込みによるフルスキャンで分析しました。特に多数のサンプルを分析する場合など、一般的なモニタリングではフルスキャンを推奨します。化合物の解析を行い、外部の ChemSpider データベース検索において偽陽性を減らすためには、フラグメンテーションを使用するフルスキャンが望ましい選択肢です。
基本的な細胞培養液である 1:100 希釈濃度の IMDM(Sigma Aldrich)の 6 回繰り返し注入に基づいて、システム性能を評価しました。溶出時間枠全体にわたって代表的な化合物について、保持時間、質量誤差、ピークレスポンスの再現性をまとめています(表 1)。結果によると、保持時間(シフト 0.02 分以内)、質量誤差(5 ppm 以内)、レスポンス(5% 未満)において優れた再現性が認められ、これらはすべて化合物の溶出時間とは無関係でした。また、このシステムでは、サブ ng/mL から ng/mL レベルまでの検出限界にわたって、優れた感度が得られました。BioAccord システムは、この良好な感度と再現性並びにその他の優れた特性のため、細胞培養培地中化合物のモニタリングに適したプラットホームとなっています。
化合物ライブラリー
分析時の同定およびトラッキングが容易になるように、200 を超える化合物を含む UNIFI ライブラリーを作成しました。各化合物の保持時間およびフラグメンテーションデータは、真正標準化合物について導出・確認済みです。各化合物について、アミノ酸、アミノ酸誘導体、有機酸、ビタミン、核酸/核酸塩基、ヌクレオチドなどのサブクラスに基づいて、ライブラリー中でタグ付けしました。また、各化合物に、好ましいイオン化モード(ESI+ または ESI-)に基づいてタグ付けしました。タグ付け情報を使用することで、ライブラリー検索時に化合物のサブクラスを取得したり、化合物を分析メソッドにインポートしたり、ワークフローのステップ構築時にフィルターを作成したりすることができます(以下を参照)。化合物クラスの分布およびライブラリーエントリーの例を図 2 に示します。
ワークフロー主導のデータレビュー
通常、バイオプロセス開発プロジェクトでは、多数の分析用の細胞培養培地サンプルが生じます。各サンプルには 100 を超える化合物が含まれている可能性があり、バイオプロセスエンジニアは、レビューのための情報を取得したいと考えます。必要な情報を迅速に抽出し、プロセスを加速するには、合理的なデータレビュープロセスが不可欠となります。UNIFI インフォマティクスシステムのワークフロー機能は、機能、クラスおよびその他の基準に基づく、プロセスデータの分かりやすく段階的なレビューを提供するように設計されています。細胞培養培地の分析のための既定のデータレビューワークフローを図 3 に示します。サンプル分析リスト、化合物クラス、サンプル間の比較などを含むいくつかの主なステップを作成し、UNIFI での情報収集および表示の仕方を示しました。化合物レビューは、複数の注入にわたるトレンドプロット、グラフの重ね描き、表にまとめた情報によって管理できます。また、ワークフローをカスタマイズして、対象の化合物、クリティカルペア、特定の変換経路を含むように特定のステップを容易に追加できます。既定のワークフローにはコリン経路の例が含まれており、3 つの類縁物質(コリン、コリンリン酸塩、グリセロリン酸コリン)が表示されています。インキュベーション時間の経過や、複数のバイオリアクターにわたるこれらの化合物の変化が、重ね描きしたトレンドプロット中にすぐに表示されます。「未知化合物」ステップは、すべての未同定化合物を集めたものです。このステップは、更なる調査/解析を行うべき化合物のデータの集約に有用です。ワークフローをエクスポートまたはインポートして、他の waters_connect プラットホーム/データ解析ワークステーションと共有することができます。
細胞培養培地の分析結果を示すグラフ表示
図 4 は、市販の基本的な細胞培養液である DMEM(Sigma Aldrich)の重ね描きクロマトグラムです。DMEM には、µg/mL ~ 百数十 µg/mL の範囲の濃度のアミノ酸およびビタミンが含まれています。この分析では、培地サンプルを H2O で 100 倍希釈し、2 µL を注入しました。このシステムでは、すべての化合物が検出され、優れたクロマトグラフィー性能が得られました。このサンプルは LC-MS 分離条件の最適化において非常に有用です。
上流のプロセス開発でのバイオリアクターからの使用済み培養液の分析において、インキュベーション時間や異なるバイオリアクターにわたって培地中特定成分の存在量の変化を追跡することは有益です。最大 12 日にわたって、6 タイムポイントでサンプリングした 12 台のバイオリアクターからのサンプルセットを、この分析法で分析しました。図 5 に、すべてのバイオリアクターおよびすべてのサンプリング日のコリンのトレンドプロット全体を示します。下のそれぞれグループ化したトレンドプロットの棒グラフは、1 台のバイオリアクターでの経時変化を表しています。このビューを使用することで、プロセス開発時の細胞培養培地成分の変化が容易に観察できます。
未知化合物の解析
バイオプロセスの間の細胞培養中の栄養成分の代謝は、複雑なプロセスです。バイオ医薬品製造の間に生じたがライブラリー検索で同定されなかった代謝物でも、特に力価、製品品質特性、あるいは解析パラメーターと相関がある場合は、分析する対象となる場合があります。使用済み細胞培養培地中の未知化合物の構造解析の例を図 6 に示します。この例では、最も存在量の多い未知化合物が m/z 427.0950 に検出されました。ChemSpider データベースを検索したところ、対象化合物であるシステイン-グルタチオンジスルフィドを含むいくつかのヒットが返されました(図 6)。次に、システイン-グルタチオンジスルフィドの真正標準試料を使用して、化合物のアイデンティティーが確認されました。そこでこの化合物を、今後のアプリケーションのために、分析法の成分テーブルに追加しました。この化合物を含めた後にデータ解析を再度行ったところ、その結果により、時間経過全体にわたって異なるバイオリアクターにおいて含有量が変化していることが判明しました。最後に、プリカーサーおよびフラグメンテーションのデータの両方を収集するには、「フラグメンテーションによるフルスキャン」を使用して取り込みを行うことを推奨します。このように収集したフラグメンテーションデータは、データベース検索において偽陽性を同定し、減らすのに役立ちます。
細胞培養培地のサンプル間の差異を明らかにするための多変量データ解析
Umetrics EZ-info ソフトウェアに基づく追加の多変量データ解析ツールを、UNIFI インフォマティクスシステムでのデータ解析に使用できます。EZ-info は強力な分析手段を提供し、多数のデータセットのバッチ比較を行えます。例えば、同一または異なる細胞株を用いる複数のバイオリアクターを比較するためのデータセット、同じバイオリアクターで培養時間の初期と後期での培地成分を比較するためのデータセット、同じ培養タイムポイントで異なるバイオリアクターを比較するためのデータセット、およびその他多くの比較が可能です。図 7 に、数日にわたって 12 台のバイオリアクターから採取したサンプルの多変量データ解析後の 2 種類のアウトプット例を示します。質量範囲、保持時間、レスポンスに基づく初期の化合物選択の後、選択した化合物は EZ-info に自動的に転送されました。PCA プロットから、異なるバイオリアクターおよび異なる培地サンプリング日のデータの間の差異についての全体像が得られました。スコアプロットまたは S プロットを生成して、1 組のデータセットの差異を可視化することができます。ここでは、すべてのバイオリアクターでの 0 日目と 16 日目を比較しています。次に、16 日目に下方制御がみられた化合物を選択して UNIFI に送り戻すと、化合物同定を行うことができます。このデータ解析アプローチにより、サンプル間の差異に関連するバイオマーカーを素早く突き止めることができます。
レポート作成
細胞培養培地の分析結果をまとめて表示できる便利な既定のレポートテンプレートがあります。このレポートテンプレートにより、分析結果を共同研究者やサンプル提供者に送るのに要する時間が大幅に節約できます。このレポートは、表形式(.xls)でのデータエクスポートおよび PDF/XPS 形式でのテキスト/グラフィックエクスポートで構成されています。テキスト/グラフィックレポートには、ファイル名、LC-MS 分析法の詳細、サンプル分析リスト、単一化合物あるいは複数の化合物の重ね描きの棒グラフまたは線グラフのプロット、およびその他の情報が含まれています。企業のロゴ画像を追加することもできます。レポートは、使いやすいレポートテンプレートツールを使用して、カスタマイズしたり編集したりできます。既存のレポートを修正したり、追加のレポートオブジェクトを追加したりすることで、新しいレポートテンプレートを作成することができます。
結論
ノンターゲット細胞培養培地分析のために、BioAccord システムおよび UNIFI インフォマティクスプラットホームに基づく包括的な LC-MS ワークフローが開発されました。BioAccord LC-MS システムには、容易なセットアップ、長期にわたる性能の安定性、シンプルな操作などの利点があります。このプラットホームにより、LC-MS の経験が浅いバイオプロセスエンジニアも、迅速かつ簡単に多数の細胞培養培地サンプルを実行・解析することができ、栄養成分およびバイオプロセス開発中に生じた代謝物の両方について、豊富で洞察に満ちた情報が得られるようになります。説明した分析法は、逆相分離の原理に基づいて開発されており、細胞培養培地中に存在する成分の大半がカバーされます。Waters ACQUITY Premier 製品(LC システム・カラム)に導入された MaxPeak HPS テクノロジーにより、幅広い化合物クラスについてクロマトグラフィー性能が改善しました。更に、Premier テクノロジーおよび化合物ライブラリーを分析法に含めたことで、高性能のプラットホームと、細胞培養培地分析に必要な主なステップをカバーするエンドツーエンドのワークフローが実現し、バイオプロセス開発における LC-MS テクノロジーの採用が円滑になります。この分析法は、上流のプロセス開発および最適化において、出発培地溶液およびバイオリアクターからの使用済み培地サンプルの両方の分析に有用であることが実証できました。
参考文献
- Traustason, B.et.al.Amino Acid Requirements of the Chinese Hamster Ovary Cell Metabolism during Recombinant Protein Production, doi: https://doi.org/10.1101/796490.
- Wang, X.; Liu, Y.; Wang, H.; Jia, Z. Targeted Quantification of Cell Culture Media Components by LC-MS, Waters Application Brief, 720006759EN, 2019.
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謝辞
著者らは、このアプリケーションノートの開発および準備にご協力頂いたウォーターズの同僚たちに感謝いたします:XiaoXia Wang、Kerry Smith、Giorgis Isaac、Jinchuan Yang、Jeff Goshawk、Andy Baker、Steven Lai、Gitte Barknowitz、Steve Preece、Guillaume Bechade、Xiao Dong、Heidi Gastall。
付録
ライブラリー中の化合物の抽出イオンクロマトグラム(XIC)の例
720007359JA、2021 年 9 月