• アプリケーションノート

waters_connect™ および Xevo™ G3 QTof 質量分析計を使用した中毒学スクリーニングにおける MSE の有用性

waters_connect™ および Xevo™ G3 QTof 質量分析計を使用した中毒学スクリーニングにおける MSE の有用性

  • Nayan S. Mistry
  • Lisa J. Calton
  • Jane Cooper
  • Waters Corporation

法中毒学目的のみに使用してください。

要約

このアプリケーションブリーフでは、ヒト検体中の有毒物質のスクリーニングにおける、革新的なデータ取り込みモードである MSE の有用性について検討します。

はじめに

ラボでは、乱用薬物をはじめとする毒物を同定するために、広範なスクリーニング手法を用いて、複雑な生物学的サンプルを分析することが頻繁に必要になります。最近では、精密質量データによって得られる特異性のレベルが高くなったことにより、この目的に高分解能質量分析(HRMS)を使用することに対する関心が高まっています。

理論質量ライブラリーや精密質量ライブラリーは、レファレンス物質(つまり分子式)なしで自動的に生成できますが、真正サンプルの分析では、追加の情報がないと偽陽性の結果につながる可能性があります。そのため、可能な場合、関連する保持時間(RT)や確認フラグメントイオンなどの追加情報を使用して、薬物同定の信頼性を高め、データのレビューおよびレポート作成の容易さと速度を改善する必要があります。

MSE は、新規の特許取得済みデータ取り込みモードであり、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の情報の包括的なカタログを 1 回の分析でシームレスに収集することができます1-3。これは、以下の 2 つの機能を素早く切り替えることで行うことができます。まず、低コリジョンエネルギーで取り込むことにより、プリカーサーイオンの精密質量の測定が行えます。2 番目のモードでは、高エネルギーでの取り込みにより、フラグメントイオンの精密質量が得られます。フラグメンテーションは、同定の信頼性を高めるだけでなく、同重体化合物間の区別にも役立ちます。

このアプリケーションブリーフでは、有毒化合物の MSE データの例を記載し、この取り込みモードの主要なメリットの一部を、従来のデータ依存的手法と比較してまとめています。また、データ解析の柔軟性について説明し、Waters™ 法中毒学 HRMS スクリーニングソリューションおよびライブラリーの内容を要約します。

実験方法

LC-MS システム設定

Xevo™ G3 QTof 質量分析計と組み合わせた ACQUITY™ UPLC™-I-Class(FTN)システム

LC-MS 条件

カラム:

ACQUITY UPLC HSS™ C18 1.8 µm、2.1 × 150 mm(製品番号:186003534)

分析時間:

15 分

イオン化モード:

ESI+

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 1000

MSE 条件:

コリジョンエネルギーファンクション 1: 6 eV

コリジョンエネルギーファンクション 2: ランプ 10 ~ 40 eV

ソフトウェアおよびライブラリー

waters_connect™ インフォマティクスパッケージを Waters 法中毒学 HRMS サイエンスライブラリーと組み合わせて使用しました。

結果および考察

毒物学に関連する化合物の認証レファレンス物質(CRM)は、Merck(英国、ドーセット)から入手し、MSE モードの UPLC-QToF を使用して分析しました。図 1 に、代表的な物質ブフロメジルの分析によって得られた MSE データを示します。この図は、プリカーサーイオンの質量を小数点以下 4 桁まで測定する機能により、信頼性の高い同定を行う方法を示しています(プリカーサー質量は低エネルギースペクトル中に示されています)。MSE を使用する場合、コリジョンエネルギーを増加させて、生成する特定のフラグメントイオンの質量(高エネルギースペクトル)を追加で取り込むことで、同定の信頼性がさらに高まります。さらに、保持時間(RT)も同定基準に含めることができます。

図 1.  MSE によりデータセットが完全になります。つまり、近接して溶出する分析種や共溶出する分析種の場合でも、プリカーサーイオン(低エネルギースペクトル中に見られる)とフラグメントイオン(高エネルギースペクトル中に見られる)の両方の完全な精密質量データが、必ず取り込まれます。

MSE はデータに依存しない手法です。つまり、分析全体にわたって低エネルギー条件と高エネルギー条件の両方で、完全な精密質量データが連続的に取り込まれます。これはデータ依存的(または情報依存的)な手法とは対照的です。データ依存的な手法では通常、装置が、低エネルギーで完全な精密質量データの収集を開始してインタクト分子の質量情報を提供し、「トリガー」を受けた後、装置がタンデム質量分析(MS/MS)モードでのデータ収集に切り替わります。トリガーは、いずれかのプリカーサーイオンが最小レスポンスのしきい値を超えた場合に設定することも、あるいは特定のターゲットに定めたプリカーサーイオンが検出された時にトリガーするように装置を設定することもできます。データ依存的アプローチの欠点は、装置が MS/MS を収集する際、フルスキャン MS データを収集しないため、データが不完全であることです。法中毒学において、完全で無制限のデータセットは、過去にさかのぼって検討が行えるため、特に有利です。これにより、従来の MS/MS のようなデータ依存的分析など、ターゲットを絞った取り込み手法を使用する場合、関連データが欠落する可能性を心配することが不要になります。言い換えると、既存のデータを、サンプルの追加データを再分析したり、再取り込みしたりする必要なく、再解析を行うことができます。

一方、完全なデータが得られることの重要なメリットは、図 2 にまとめたように、3 つの補完的なワークフローを使用してデータを解析できる機能への道が開かれることです。

図 2.  完全な MSE により、補完的なワークフローが可能になります。

ターゲット分析

ターゲット分析は、取り込んだデータを単にレファレンスライブラリーと照合するだけの最も簡便なアプローチです。waters_connect 法中毒学 HRMS スクリーニングソリューションには包括的なライブラリーが含まれており、このライブラリーでは、各ライブラリーエントリーが、プリカーサーイオンの精密質量および検証済み診断精密質量フラグメントイオンとともに、レファレンス RT を構成します。図 3 に、Waters 法中毒学 HRMS ライブラリーの代表的なエントリーのイメージを示します。

図 3.  waters_connect 法中毒学ライブラリー中の代表的な化合物のライブラリー項目の例

図 4 に、この方法で解析された代表的なサンプルのブラウザー画面を示します。ここには、ライブラリー検索プロセスで使用でき、迅速で明確かつ信頼性の高い同定が行える豊富な情報が示されています。

図 4.  ターゲット分析後のサンプル中の MDMA の検出。豊富な情報が利用でき、必要に応じて表示させることができます。この図の上の表(4A)には、取り込まれたデータを中毒学ライブラリーに含まれるレファレンス情報と比較した結果の詳細が示されています。パネル 4B には、ターゲットプリカーサーおよび 3 つの診断フラグメントイオンの抽出イオンクロマトグラムが表示されており、すべてのイオンが保持時間 6.36 分でアライメントされています。低エネルギースペクトルおよび高エネルギースペクトルがパネル 4C(上)に示されています。フラグメントイオンの詳細が下の表にリストされています。

セミターゲット分析

高分離/精密質量装置の主なメリットの 1 つは、完全に特性解析されたライブラリーエントリーがない場合でも、精密質量に基づいて薬物をスクリーニングできることです。新しいアナログの市販のレファレンス物質へのアクセスは遅れることが多いですが、このことにより、新規薬物を CRM を必要とせずにスクリーニングできることから、法中毒学ラボにおいて特に有用です。セミターゲット解析では Molfile を使用します。このファイルには、対象化合物の元素式および結合の全体的な配置が記載されています。自動解析では、低エネルギートレース中の(Molfile から決定される)プリカーサーイオンの m/z のエビデンスを検索します(図 5)。この情報だけでも暫定的な同定には役立ちますが、さらに waters_connect は、Molfile の in-silico フラグメンテーションを行い、理論上のフラグメントイオンを生成してこれを高エネルギーデータ中で検索します。特定の原薬のプリカーサーイオンおよび理論上のフラグメントイオンの両方のエビデンスがあるサンプルは、暫定的なアイデンティティーに関して、確実性が高いということになります。

図 5.  Molfile を使用したスクリーニングによる、ベンゾイミダゾール(ニタゼン)オピエート標準試料混合物中のクロニタゼンの暫定的検出。このクラスの合成オピオイドは、最大でモルヒネの数百倍の活性を示すことがあります。このサンプルでは、解析により、質量 m/z 387.1588 の未知ピークが明らかになりました。ライブラリーに追加されたすべての Molfile に対して in-silico フラグメンテーションが自動的に行われて理論的フラグメントが得られ、これらが高エネルギー MSE データ中で検索されます。続いて、CRM の分析により、クロニタゼンの暫定的検出が確認されました。

ノンターゲット(ディスカバリー)分析

ターゲットワークフローでもセミターゲットワークフローでも同定されない未知ピークがデータ中に存在する場合は、ディスカバリーワークフローを適用することができます。このような状況下において、waters_connect は、未知化合物の構造解析に使用できる完全なディスカバリーツールのセットを提供しています。ディスカバリープロセスの最初のステップは、物質の可能性の高い元素式を決定することです。waters_connect では、MSE データの低エネルギートレース中のプリカーサー質量の精密質量および同位体情報に基づいて、これを行うことができます。2 番目のステップは、その評価した化学式に対応する可能性のある物質を割り当てることです。waters_connect は、ChemSpider 内のオンライン化学物質データベースなどのデータベースを検索したり、同時にその物質に関連する Molfile にアクセスしたりすることによって、これを行います。3 番目のステップと最終ステップで waters_connect は、提案された物質に対して in-silico フラグメンテーションプロセスを実行し、理論上のイオンを未知物質の高エネルギートレースに見られるフラグメントイオンと比較します。取り込まれたイオンが理論上のイオンと類似しているほど、提案されたアイデンティティーの信頼性が高くなります。この種の予備的で暫定的な同定をさらに確認するには、CRM の分析による保持時間とフラグメントイオンの検証が必要になります。図 6 に、ディスカバリーワークフローを使用したイソトニタゼン(N,N-ジエチル-2-[2-(4-イソプロポキシベンジル)-5-ニトロ-1H-ベンゾイミダゾール-1-イル]エタンアミン)の暫定的な同定の例を示します。ディスカバリーワークフローの、図例付きのより詳細な説明が文献にあります4

図 6.  解析プロセスで未知物質の成分ピークを選択すると、自動ディスカバリーシーケンスがトリガーされます。このシーケンスには、外部のサイエンスライブラリー(例:FDA UNII-NLM)を検索して精密質量測定値に対応する可能性のある物質を提案すること、および実測フラグメントイオンと理論上のフラグメントのマッチングが含まれます。この例では、測定された質量 m/z 411.2400 および同位体情報に基づく、イソトニタゼン(N,N-ジエチル-2-[2-(4-イソプロポキシベンジル)-5-ニトロ-1H-ベンゾイミダゾール-1-イル]エタンアミン)の提案は、26 のマッチしたフラグメントイオンによって裏付けられています。

結論

MSE は、精密質量データの完全なカタログを提供する強力な取り込みモードです。この手法による同定は、分析種の保持時間と精密質量のフィンガープリントの組み合わせに基づいています。Tof 装置を使用すると、質量を小数点以下 4 桁まで割り当てる機能が得られ、ノミナル質量データよりも特異性が向上します。一方、MS E の使用によって得られる特徴的なフラグメントの追加情報は、さらに特異的な同定のパラメーターになり、これによって偽陽性の検出を最小限に抑えることができます。フラグメントイオンのイオン比もユーザーの同定基準に取り入れることができます5。さらに、フラグメントイオンは異性体を区別するのに役立ちます。これらの機能すべてにより、データのレビューがより迅速かつ簡単になり、同定に対する全体としての信頼性が高くなります。

精密質量情報の完全で無制限のカタログである MSE により、ディスカバリーワークフローも可能になり、このワークフローを使用することで、新規の向精神性物質およびそのアナログである可能性のある物質の同定が容易になります。

参考文献

  1. Plumb R, Johnson K, Rainville P, Smith B, Wilson I, Castro-Perez J, Nicholson J. UPLC/MSE; a new approach for generating molecular fragment information for biomarker structure elucidation.Rapid Commun.Mass Spectrom.(2006) 20: 1984–1994.
  2. Ni S, Qian D, Duan J, Guo J, Shang E, Shu Y. UPLC–QTof/MS-based screening and identification of the constituents and their metabolites in rat plasma and urine after oral administration of Glechoma longituba extract.Journal Chromatogr.B (2010) 878: 2741–2750.
  3. Hernandez F, Bijlsma L, Sancho JV, Dıaz R, Ibanez M. Rapid wide-scope screening of drugs of abuse; prescription drugs with potential for abuse and their metabolites in influent and effluent urban wastewater by UHPLC-QTof-MS.Analytica Chimica Acta (2011) 684: 96–106.
  4. Nayan.S. Mistry, Lisa Calton, Jane Cooper.Accurate Mass Screening and Discovery of Benzimidazole Opioids with the Xevo G3 QTof.Waters Application Note. 720008036. 2023.
  5. Goshawk J, Wood M. Evaluation of ion ratios as an additional level of confirmation in accurate mass toxicology screening.Waters White papers.720005866.2016.

720008045JA、2023 年 9 月

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