BioAccord™ LC-MS システムを用いたバイオシミラーモノクローナル抗体(mAb)医薬品中の遊離 N 型糖鎖の比較
要約
N 結合型糖鎖は、安全性と有効性において重要な役割を果たすため、通常、モノクローナル抗体(mAb)医薬品の重要品質特性の一部になっています。したがって、先発バイオ医薬品と後発のバイオシミラー mAb 候補の両方について、N 結合型糖鎖を十分に特性解析する必要があります。この試験では、遊離 N 結合型糖鎖解析の分析ワークフローを実行する、設置面積が小さく規制対応の LC-MS プラットホームが、バイオシミラー mAb 製品の評価にどのように使用できるかについて実証します。規制対応の waters_connect™ プラットホームは、キャリブレーション済みの糖鎖単位の保持時間および精密質量確認を利用して、HILIC 分離および蛍光検出と質量検出に基づいて標識遊離糖鎖を自動割り当てするための合理化されたインフォマティクスワークフローを提供します。このワークフローを利用して、インフリキシマブバイオシミラー医薬品のグリコシル化プロファイルを先発バイオ医薬品と比較しました。サンプルは、GlycoWorks™ RapiFluor-MS™ プロトコルに従って、Andrew+™ ピペッティングロボットを用いる自動プロトコルを使用して前処理し、BioAccord LC-MS システムで分析しました。4 サンプルで計 36 の N 型糖鎖が検出されました。サンプル間で、同定された糖鎖および各糖鎖の相対存在量に顕著な違いが見られました。この結果により、このワークフローが mAb 医薬品中の遊離糖鎖のプロファイリングおよびモニタリングに直ちに展開できることが実証されます。
アプリケーションのメリット
- 再現性のあるサンプル前処理のための展開が容易な自動プロトコル
- 糖鎖ラダーでキャリブレーションされたクロマトグラフィーでの保持時間および精密質量確認によって容易になった、標識遊離 N 型糖鎖の自動割り当てのための合理化されたインフォマティクスワークフロー
- 割り当てられた N 型糖鎖およびサンプル間における相対存在量の定量的比較
はじめに
グリコシル化は、バイオ医薬品の品質に影響を与える可能性のある重要な修飾です。N 型糖鎖生合成のさまざまな段階に関与する酵素の複雑なネットワークにより、上流および下流のバイオプロセス、並びにホスト細胞株によって異なるそれぞれの部位で N 型糖鎖の多様な構造が生じます1。 このような翻訳後修飾は、フォールディング、高次構造、安定性、受容体との相互作用、細胞内および細胞外のターゲティングなど、タンパク質の重要な機能に影響します2。 グリコシル化の種類および量が、医薬品の安全性、有効性、安定性に影響する可能性があります。そのため、N 型糖鎖は一般に、医薬品の開発および製造時にモニターする重要品質特性(CQA)として選択されます。バイオシミラー医薬品の場合も、特に医薬品が異なる細胞株に由来する場合は、製造プロセスの違いによってグリコシル化プロファイルが異なる可能性があるため、グリコフォームの特性解析は重要です。グリコシル化におけるこれらのばらつきが、医薬品の免疫原性、生物学的機能、および循環半減期の違いにつながる可能性があるため、バイオシミラー医薬品の間のグリコシル化のすべての相違を先発医薬品と比較して体系的に評価することが重要になります1。
本研究では、ワークフローを使用して、N 型糖鎖の割り当て、プロファイルの比較、これからモニターする CQA 候補の決定を迅速に行う方法について説明します。グリコシル化プロファイルは、インタクト糖タンパク質、糖タンパク質サブユニット、糖ペプチド、遊離糖鎖の分析など、さまざまなレベルで特性解析することができます。一連の遊離糖鎖の完全な特性解析により、糖タンパク質を構成する N 型糖鎖の単糖組成、結合、相対存在量に関する情報が得られますが、ほとんどの抗体では、一連の既知の二分岐糖鎖が予想されます。糖鎖は発色団を含まず、通常、多様な構造中に低存在量で存在するため、遊離糖鎖解析は困難になる場合があります。この問題に対処するため、遊離糖鎖を蛍光タグで標識することで、液体クロマトグラフィー(LC)および質量分析(MS)システムに接続した蛍光検出器による高感度の検出が可能になります。GlycoWorks RapiFluor-MS タグには、HILIC クロマトグラフィーによる効果的なグリコフォームの分離、高感度の蛍光検出が行え、高い MS イオン化効率が得られるという利点があります3。 今回、waters_connect インフォマティクスを搭載した BioAccord LC-MS(ToF)システムを使用して遊離糖鎖解析ワークフローをどのように実施して、バイオシミラーインフリキシマブの糖鎖プロファイルを先発バイオ医薬品と比較したかについて説明します。Andrew+ ピペッティングロボットを使用してサンプル前処理を行い、得られた遊離糖鎖サンプルをインライン ACQUITY™ Premier FLR 検出器を搭載した BioAccord LC-MS システムで分析しました。それぞれのインフリキシマブ製品のグリコシル化プロファイルを分析し、N 型糖鎖の相対存在量を製品間で比較しました。
実験方法
サンプルの説明
Remicade™、Inflectra™、Avsola™、Renflexis™ などのインフリキシマブの遊離糖鎖サンプルを、GlycoWorks RapiFluor-MS(RFMS)自動化プロトコルに従って、Andrew+ ピペッティングロボットを用いて前処理しました(図 1)4。各サンプルについて、5 µL(約 2 µg mAb)をカラムに注入しました。 RapiFluor-MS デキストランキャリブレーションラダー(製品番号:186007982)を、100 µL の水に再溶解し、2 µL をカラムに注入しました。RapiFluor-MS 糖鎖性能試験標準試料(製品番号:186007983)を、50 µL の水に再溶解し、2.5 µL をカラムに注入しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier BSM UPLC™ |
検出: |
ACQUITY Premier FLR 検出器(λ励起 = 265 nm、λ蛍光 = 425 nm、2 Hz) |
バイアル: |
MaxPeak™ HPS 搭載 QuanRecovery™ バイアル(製品番号:186009186) |
カラム: |
ACQUITY Premier Glycan BEH™ Amide カラム(1.7 µm、130 Å、2.1 × 150 mm)(製品番号:186009524) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
5 µL |
移動相 A: |
Waters™ ギ酸アンモニウム溶液 - 糖鎖解析(製品番号:186007081)から調製した 50 mM ギ酸アンモニウム(pH 4.4) |
移動相 B: |
アセトニトリル |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
BioAccord システム |
イオン化モード: |
ESI、ポジティブ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2,000 |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
低エネルギーコーン電圧: |
45 V |
高エネルギーコーン電圧: |
70 ~ 90 V |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
インテリジェントデータキャプチャー(IDC): |
オン |
データ管理
統合された UNIFI™ アプリ(バージョン 3.1.0.16)を含む waters_connect インフォマティクスプラットホームで、「糖鎖 FLR および MS 確認」ワークフローと精密質量スクリーニングワークフローの両方を利用して、データの取り込みおよび解析を行いました。
結果および考察
バイオシミラー mAb メーカーでは、バイオシミラーの N 型糖鎖のレベルが先発バイオ医薬品と比較して大きく異なる可能性があるため、N 型糖鎖の特性解析およびモニタリングが困難になる場合があります。今回、RapiFluor-MS 標識遊離 N 結合型糖鎖の自動データ解析機能を備えた BioAccord LC-MS システムを用いて、インフリキシマブ医薬品中の遊離糖鎖の割り当ておよび比較を行うための、すぐに展開できる頑健な自動ワークフローを紹介します。
Andrew+ ピペッティングロボットを用いたサンプル前処理
遊離糖鎖サンプル前処理ワークフローは LC-MS 分析前に行われ、(1)PNGase F を使用する糖鎖切り出し、(2)RapiFluor-MS タグを使用する標識、(3)余分な標識試薬を除去する SPE クリーンアップの、LC-MS 分析前に行う 3 ステップで構成されています。これらのステップの自動化は、個々のサンプルの評価およびサンプル間のプロファイルの比較の両方で、サンプル間の再現性を高く保つのに有用です。Andrew+ ピペッティングロボットで、図 1 に示す構成を使用して、16 サンプル用のサンプル前処理ワークフローを実行しました4。 このプロトコルを使用すると、90 分以内に最大 48 サンプルを前処理できます。このプロトコルを使用して、先発バイオ医薬品と 3 種類のバイオシミラーを含む 4 つのインフリキシマブ製品それぞれについて 4 回繰り返しでサンプルを前処理しました。その他のメリットとして、プロトコルの自動化により、ユーザーは、サンプルが前処理されている間に他の作業をすることができます。この自動糖鎖サンプル手順は、ユーザーがダウンロードして適用できる事前設定済みの Andrew+ OneLab™ スクリプトの一部です。
保持時間のキャリブレーションおよび性能チェック
ライブラリーベースの検索によりサンプル中の糖鎖の正確な割り当てを行うために、クロマトグラフィーのピーク保持を、177 種の N 型糖鎖構造が含まれるグルコース単位(GU)のサイエンスライブラリーのエントリーに対して照合します5。 このライブラリーには、各糖鎖の GU 値(グルコース単位値でのキャリブレーション済み保持時間)および精密質量が含まれており、これらを使用してより確実に糖鎖ピークを確認できます。BioAccord システムでサンプルを分析する前に、RapiFluor-MS デキストランキャリブレーションラダー(製品番号:186007982)を使用して、ACQUITY Premier BEH Glycan カラムを搭載したシステムをキャリブレーションし、遊離 N 型糖鎖の GU 保持時間に基づく割り当てについてシステム適合性を実証します6。 サンプル内の N 型糖鎖の溶出範囲をカバーするため、キャリブレーションでは GU 値 4 ~ 12 を使用しました。図 2 に、デキストランラダーを、GU 値と保持時間をラベル付けして示しています。図 2 の下の図に示すように、キャリブレーションの正確さを RapiFluor-MS 糖鎖性能試験標準試料(製品番号:186007983)を使用して確認しました。同定されたいくつかの糖鎖構造が、GU の測定値および予想 GU 値と実測 GU 値の差(Δ GU)とともに、クロマトグラムに示されています。同定された糖鎖の Δ GU 値は 0.10 未満であり、保持時間のキャリブレーションが優れていることを示しています。
インフリキシマブサンプル中の N 型糖鎖の同定
システムの保持時間のキャリブレーションが適切であることを確認した後、同じ分離条件を使用して、4 つのインフリキシマブサンプルをこのシステムで分析しました。結果は、waters_connect の UNIFI アプリで、糖鎖アッセイ(FLR および MS 確認)ワークフローを使用して解析しました5。 このワークフローを使用して、UNIFI サイエンスライブラリー内の糖鎖エントリーと照合することにより(GU 値と分子量の最も近い一致)、糖鎖構造の割り当てにおいて、糖鎖のクロマトグラフィーのキャリブレーション済み保持時間および m/z 値を検討しました。相対定量測定には FLR のピーク面積を使用しました。図 3 に、このワークフローを使用して解析したデータの結果ページの例を示します。成分サマリーテーブルに、同定された糖鎖およびその関連情報が一覧表示されています。クロマトグラム画面には、検出されたピーク、および対応する糖鎖の名前と構造が示されています。テーブル内の成分またはクロマトグラム内のピークをクリックすると、右下のようなライブラリー検索結果の表が現れます。ここには、各ピークの割り当てを速やかに確認できるように、すべての可能性のあるライブラリーマッチが、Δ GU および Δ m/z などの関連情報とともに表示されています。図 3 の例では、12.80 分に溶出するピークに対して、A2 および F(6)M4 という 2 つのライブラリーマッチの候補があります。ただし、A2 のみが予想 m/z に基づいてマッチしており、GU 値にもより密接にマッチしています。したがって、自動照合された A2 がこのピークに対応する糖鎖構造として確認されました。
4 つのインフリキシマブサンプルすべてにわたって 36 の固有の N 型糖鎖構造が割り当てられましたが、割り当てられた N 型糖鎖はサンプル間でかなり異なり、サンプルごとに測定した糖鎖の数は 18 ~ 21 でした。図 4 に、同定された N 型糖鎖のサンプル間での比較を示します。左のベン図は、各サンプルに共通の糖鎖を示しています。同定された糖鎖の約 3 分の 1 は 4 サンプルすべてで一貫して同定されましたが、各サンプルに固有の糖鎖も存在しました。当然のことながら、同じ細胞株に由来する mAb サンプル(両方ともマウス細胞株に由来する Remicade と Inflectra、両方ともチャイニーズハムスター卵巣細胞株に由来する Renflexis と Inflectra )の方が、プロファイルがよく似ていました。図 4 には、4 サンプルすべてについて得られた、存在量の多い糖鎖がラベル付けされたクロマトグラムの重ね描きも含まれています。
クロマトグラムから明らかなように、4 つのサンプルすべてで同定された糖鎖でさえ、相対存在量にばらつきが見られました。図 5 に、先発バイオ医薬品と 2 種類のバイオシミラー医薬品の間の相違のより詳細な検討をミラープロットとして示します。バイオシミラーのクロマトグラムを上に、先発バイオ医薬品のクロマトグラムを下に示しています。ピーク強度の差を紫色のトレースで示しています。各プロットの挿入図は、遅く溶出する低存在量の N 型糖鎖の拡大図です。これらのプロットにより、2 サンプル間の差を迅速に可視化できます。各サンプルで測定された糖鎖を比較する簡素化したベン図も示しています。
精密質量スクリーニングワークフローを用いたインフリキシマブサンプル中の N 型糖鎖の定量
糖鎖が同定されたら、精密質量スクリーニングワークフローを実施して、サンプル全体にわたって対象の糖鎖をモニターおよび定量することができます。各サンプル中の糖鎖の相対存在量の差を定量するために、相対割合を算出し、同定済み糖鎖のターゲットを絞ったリストについて、サンプル間で比較しました。例として、図 6 に、すべてのサンプルにわたって同定された 7 つの N 型糖鎖の面積の相対割合を示します。4 サンプルすべてで FA2 および FA2G1 が最も存在量が多い糖鎖であり、各サンプル中での相対存在量は同様でした。A2(二分岐糖鎖)は Avsola および Renflexis に多い傾向があり、Man5(高マンノース糖鎖)は Remicade および Inflectra により多く存在していました。予想どおり、同じ細胞株の種類(Remicade/Inflectra および Avsola/Renflexis)に由来するインフリキシマブサンプルでは、プロファイルの類似性が高いという傾向が見られました。それでもすべてのサンプルの間に顕著な違いがあり、糖鎖プロファイルの体系的な分析を行うことの重要性が浮き彫りになりました。
結論
糖鎖の構造および相対存在量は、バイオシミラー mAb 製品の間で、特に異なる細胞株に由来する製品の間でかなり異なる可能性があります。グリコシル化はバイオ医薬品の重要な機能に影響するため、糖鎖は CQA とみなされることが多く、サンプル全体にわたる詳細な特性解析および綿密なモニタリングを行って、先発バイオ医薬品とバイオシミラーの間の分析上の同等性を確立する必要があります。今回、BioAccord LC-MS システムを使用して、インフリキシマブ医薬品のバイオシミラーと先発バイオ医薬品の N 型糖鎖修飾プロファイルを比較するワークフローを実証しました。GlycoWorks RapiFluor-MS プロトコルを使用する Andrew+ ピペッティングロボットで自動化したサンプル前処理と、waters_connect UNIFI アプリ内の遊離 N 型糖鎖ワークフローで自動化したデータ取り込み、解析、レポート作成により、サンプル間での N 型糖鎖の迅速な比較が可能になりました。このワークフローには、蛍光検出および質量検出のデータと UNIFI RFMS グルコース単位(GU)ライブラリーを使用した信頼性の高い糖鎖割り当てのための保持時間キャリブレーションが含まれていました。これらのツールにより、各サンプル中の糖鎖を比較し、4 サンプルすべてに含まれる重要な糖鎖構造の相対存在量をモニターすることができました。この結果から、バイオシミラー mAb 医薬品のグリコシル化プロファイルを迅速に分析できて、プロセスの変動性、バイオシミラーの同等性の確立と、QC 製品リリースモニタリングのための CQA の選択が容易になることが示されています。
参考文献
- Zhang P, Woen S, Wang T, Liau B, Zhao S, Chen C, Yang Y, Song Z, Wormald MR, Yu C, Rudd PM. Challenges of Glycosylation Analysis and Control: An Integrated Approach to Producing Optimal and Consistent Therapeutic Drugs. Drug Discovery Today. 2016, 21 (5), 740–765.
- Faid V, Leblanc Y, Berger M, Seifert A, Bihoreau N, Chevreux G. C-terminal Lysine Clipping of IgG1: Impact on Binding to Human FcγRIIIa and Neonatal Fc Receptors.Eur J Pharm Sci.2021 Jan, 159, 105730.
- Lauber M, Yu YQ, Brousmiche DW, Hua Z, Koza SM, Magnelli P, Guthrie E, Taron CH, Fountain KJ. Rapid Preparation of Released N-Glycans for HILIC Analysis Using a Labeling Reagent that Facilitates Sensitive Fluorescence and ESI-MS Detection.Anal Chem. 2015, 87 (10), 5401–5409.
- Lambert P, Cullen D, Davey L, Koza SM, Reed C, Lauber MA, Fournier JL.Robust Automated High-Throughput N-Glycan Analysis Using the GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan Kit for Automation.Waters Application Note.720006194.February 2018.
- Yu YQ.Released N-linked Glycan Analysis Using the Glycan Application Solution with UNIFI.Waters Application Note.720005598.January 2016.
- Zhang X, Kellett J, Birdsall RE, Yu YQ.Improving Released N-Glycan Analysis in Biotherapeutic Development Using the ACQUITY Premier Solution with MaxPeak High Performance Surfaces (HPS) Technology.Waters Application Note.720007261. May 2021.
720008041JA、2023 年 10 月