医薬品の一貫性、安全性、有効性を保つためには、バイオ医薬品の開発および製造時に、グリコシル化の正確な特性解析とモニタリングが必要になります。重要品質特性として、グリコシル化は通常、遊離 N 型糖鎖の蛍光標識、続いて親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)および蛍光(FLR)検出により評価されています。RapiFluor-MS(RFMS)など、FLR および MS に適した糖鎖標識試薬の開発と共に、テクノロジーを組み合わせた FLR/MS 分析が、ルーチン分析も含めてますます一般的に用いられるようになっています。バイオ医薬品ラボ各社が、グリコシル化の分析用に頑健な標準分析手順を開発しています。一方、特に複雑なリン酸化糖鎖などの酸性糖鎖の場合、HILIC-FLR/MS 分析において、金属表面とのイオン性相互作用による低回収率に悩まされることがあります。この問題に対処するため、これらの望ましくない分析種-表面間相互作用を防ぐことのできる新しい BioAccord システムおよび ACQUITY Premier Glycan BEH Amide カラムを使用し、RFMS 標識 N 型糖鎖について既存の HILIC クロマトグラフィー分離法を最適化しました。
MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションのメリット:
バイオ医薬品のグリコシル化は、医薬品の安全性、有効性、安定性に影響を与えるため、バイオ医薬品開発において多くの場合、重要品質特性(CQA)とされています1。グリコシル化は、上流工程の条件に対する感度が高いことから、工程の安定性および頑健性を示す主要指標としても使用できます2。 全体的な製品の糖鎖プロファイルに加えて、高マンノース糖鎖やシアル化糖鎖などの特定の糖鎖分子種は、医薬品の特性に偏って影響を及ぼす可能性があるため、特に重要になります。グリコシル化の評価は一般に、蛍光標識遊離 N 型糖鎖の、蛍光(FLR)および/または MS 検出と組み合わせた親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)を用いる分析によって行われ、これによって包括的な情報(糖鎖分子種のアイデンティティーや相対含有量など)が得られます3,4。一方、特にリン酸化糖鎖などの酸性糖鎖の場合、HILIC-FLR/MS 分析において低回収率に悩まされることがあります。最近の知見により、このような損失の一部は、負電荷を持つ糖鎖の官能基と LC システムや分析用カラムの金属表面との間のイオン性相互作用が原因であるとされています。融合タンパク質など、高度にシアル化された糖鎖構造を有するバイオ医薬品では、シアル化糖鎖が医薬品の免疫原性とクリアランスの両方に影響を及ぼすため、分析が特に困難になります。リン酸化糖鎖も、リソソーム蓄積症の治療における細胞受容体の取り込みやリソソームへのターゲッティングに影響を及ぼすことが知られているマンノース-6-リン酸型糖鎖の場合のように、金属表面との望ましくない相互作用が問題になります。
製品の品質および一貫性を保つためには、タンパク質医薬品の開発および製造を通じて、グリコシル化を正確に特性解析し、モニタリングを行うことが必要になります2。 そのため、バイオ医薬品のプロセス開発および品質管理において、金属によるサンプル損失を軽減し、遊離糖鎖分析を改善するための新しい手法を開発することが強く望まれています。
MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションにより、非特異的吸着による損失が軽減し、金属の影響を受けやすい分析種の回収率および分析が改善します5-7。 これは、金属基板の表面に安定したバリア層を追加し、金属の影響を受けやすい分析種/表面の相互作用を最小限に抑えることで実現しています5。 この点および吸着による損失がリン酸化糖鎖で発生することを考慮すると、ACQUITY Premier ソリューションは複雑な糖鎖分析に特に適していると言えます。
この試験では、遊離糖鎖解析におけるサンプル回収率、分析性能、頑健性を最大化するための統合ソリューションを報告します。ACQUITY BEH Amide カラムおよび ACQUITY UPLC シリーズは様々な糖鎖分析に使用され、バイオプロセスの開発およびバイオ医薬品の上市をサポートしてきました。複雑な糖鎖サンプルの偏りのない分析性能を完全に発揮するために、ACQUITY Premier BSM システムと ACQUITY RDa 飛行時間型質量検出器で構成される BioAccord LC-MS システムに、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier Glycan BEH Amide カラムと QuanRecovery サンプルバイアルを組み合わせて使用しました8。 高効率で単純な分析法開発およびデータ分析を円滑にするために、統合 LC-FLR/MS プラットホームをコンプライアンス対応の waters_connect インフォマティクスプラットホームで制御して、医薬品タンパク質の開発、製造、リリースのための、組織全体にわたってすぐに展開できる N 型糖鎖解析のシステムアプローチを実現しました。
このアプリケーションノートの目的:
RapiFluor-MS 糖鎖性能試験標準試料(製品番号:186007983)。標準試料 1 バイアルを 20 μL の水に再溶解し、最終濃度が 20 pmol/μL になるように調製しました。
RapiFluor-MS シアル化糖鎖性能試験標準試料(製品番号:186008660)。シアル化標準試料 1 バイアルを 20 μL の水に再溶解し、最終濃度が 20 pmol/μL になるように調製しました。
リン酸化糖タンパク質のカテプシン D は Thermo Fisher から購入しました。ジスルフィド結合に富む融合タンパク質用の GlycoWorks クイックスタートプロトコル(720006992EN)に従って N 型糖鎖を 15 μg のカテプシン D から遊離させ、GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キット(製品番号:176004082)を使用して標識しました。ジチオスレイトール(DTT)は Thermo Scientific(マサチューセッツ州ウォルサム)から購入し、変性の間にジスルフィド結合を還元するために使用しました。
BioAccord LC-MS システム(ACQUITY UPLC I-Class PLUS 搭載)または BioAccord システム(ACQUITY Premier BSM システム搭載)を使用して分析を実施しました。
MS システム: |
ACQUITY RDa 質量検出器 |
イオン化モード: |
ESI ポジティブ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2,000 |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
コーン電圧(CV): |
45 V |
フラグメンテーション CV: |
70 ~ 90 V |
インフォマティクス: |
waters_connect(UNIFI 1.9.4 を搭載) |
ワークフロー: |
「糖鎖 FLR および MS 確認」 |
酸性糖鎖(NeuAC、NeuGC、リン酸化および硫酸化糖鎖など)のレベルが医薬品の品質および有効性に影響を及ぼす場合があるため、医薬品タンパク質の開発時および製造時には、十分に特性解析およびモニタリングを行う必要があります。一般的に、ACQUITY BEH Amide カラムを使用する現行の HILIC ベースの分析法は、多くの場合中性またはモノシアル化構造である RFMS 標識モノクローナル抗体糖鎖において、優れた性能を発揮します。一方、融合タンパク質などの新しい治療法は通常、高度にシアル化された糖鎖、修飾を受けた糖鎖、分岐の多い糖鎖など、より複雑な糖鎖プロファイルを有します。これらの糖鎖は、LC-FLR/MS 分析での回収率が低く、製品プロファイル内の結果を偏らせる場合があります。
酸性糖鎖の分析における ACQUITY Premier 装置およびカラムテクノロジーの潜在的なメリットを評価するために、標準 ACQUITY カラムを搭載した BioAccord システムおよびACQUITY Premier カラムと ACQUITY Premier LC を搭載した BioAccord システムを使用して、中性およびシアル化された RFMS 標識糖鎖性能試験標準試料を分析しました。図 1A では、分析結果を並べて比較しています。クロマトグラフィープロファイルはほぼ同等ですが、ACQUITY Premier LC およびカラムを搭載した BioAccord システムを使用した場合の方が、シアル化糖鎖の回収率が高いことがわかります。図 1B に示すように、3 回連続注入における波形解析後のピーク面積に基づいて、シアル化糖鎖の平均相対含有量は、標準構成の 2.11% に対して ACQUITY Premier ソリューションでは 2.22% でしたが、中性糖鎖の平均含有量は一定でした(FA2 について 20.5% 対 20.5%)。糖鎖含有量の測定値の差を確認するため、シアル化糖鎖標準サンプルの 4 つの代表的なピーク(A2G2S2、A3G3S3、A2S1G3S3、A2S2G3S3)を用いて、より体系的な比較を行いました。図 1C に示すように、ACQUITY Premier ソリューションでは 4 つの糖鎖すべてで高い FLR シグナルレスポンスが観察され、シアル化糖鎖の回収率が増大していることが確認されました。これらの結果から、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションを使用することで一貫した改善が見られ、糖鎖の回収率が最大化することが実証されました。この点は、融合タンパク質など、高度にシアル化された糖鎖を含む医薬品において特に大きなメリットとなります。
リン酸化糖鎖の分析
多くのリソソーム酵素補充療法において、医薬品中のリン酸化糖鎖によりリソソーム酵素の送達効率が決まるため、その含有量は開発時および製造時にモニターする必要がある重要品質特性です9。 一方、リン酸化糖鎖においては、リン酸基の金属表面への親和性のために LC-MS 分析での回収率が低下するという課題にも対応しなければなりません。HPS テクノロジー搭載 ACQUITY Premier ソリューションによってこの影響を軽減できることを実証するため、リソソーム酵素であるカテプシン D をモデルタンパク質として使用し、HILIC-FLR/MS 分析でのリン酸化糖鎖の回収率を調査しました。
Waters GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan キットを使用して、N 型糖鎖を、カテプシン D から遊離させ RFMS 標識した後、ACQUITY Glycan BEH Amide カラムを搭載した BioAccord システム(標準システム)を使用して HILIC-FLR/MS 分析しました。図 2A に示すように、カテプシン D の遊離 N 型糖鎖を 35 分間のグラジエントを使用して分離し、それらの精密質量に基づいて、主要ピークを高マンノース構造(3 ~ 7)と同定しました。マンノース-6-リン酸(M6P)に対応する m/z が、約 20.7 分に、良好な ESI スペクトルでのシグナル対ノイズ比(S/N)を示して観察され(図 2A の挿入図)、モノアイソトピック質量測定値 1788.6461 Da の質量誤差はわずか 1.4 ppm でした。M6P の抽出イオンクロマトグラム(XIC)に示すように(図 2B)、m/z が同一の 2 つのピークが観察されました。これらは、1 対の構造異性体として同定され、それぞれに M6P-1 および M6P-2 というラベルが付けられています。M6P-2 のピークには著しいテーリングが見られ、恐らく金属キレートに起因すると考えられる二次相互作用の存在が示唆されます。比較のため、カテプシン D の遊離 N 型糖鎖を、ACQUITY Premier LC およびカラムを搭載した BioAccord システムを使用して同様に分析しました。図 2C に示すように、非常に類似したクロマトグラフィープロファイルが得られ、遊離糖鎖解析においては、2 つの装置構成が全体的に同等であることが示唆されました。M6P の m/z が 同等の保持時間 25.8 分に観察されましたが(図 2C の挿入図)、M6P の XIC では M6P-2 の MS レスポンスは約 3 倍に上昇し(図 2D)、ピーク形状も大幅に改善されていました。これにより、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションにより、リン酸化糖鎖の金属表面への吸着による損失を減らせることが実証されました。15 回の注入における M6P の MS レスポンスの %RSD は 3.96% で、分析の再現性が高いことが実証されました。したがって、ACQUITY Premier テクノロジーを使用することで、遊離糖鎖分析におけるリン酸化糖鎖の定量がより正確になる可能性があります。
遊離糖鎖分析ワークフローにおいて、UNIFI GU ライブラリーは、グルコース単位(GU)および精密質量に基づいて、糖鎖ピークを自動的に同定するように設計されています。これにより、遊離糖鎖分析の生産性と信頼性が改善します。GU 値は、カラムケミストリーおよびクロマトグラフィーメソッドの条件に依存する特定の分析法条件における糖鎖のキャリブレーション済み保持時間に基づいて生成されます。そのため、2 つの LC 装置構成(標準カラムと ACQUITY Premier カラム)で収集された GU 値の同等性を確認する必要があります。
waters_connect プラットホームの遊離糖鎖ワークフローを使用して、糖鎖性能標準試料から以前収集したデータを解析し、GU 値を比較しました。表 1 に示すように、標準サンプルに含まれる 19 種の糖鎖の GU 値は、予測 GU 値と一致しており、異なる装置構成(BioAccord システムと ACQUITY Premier を取り入れた BioAccord システム)にわたって同等でした。これにより、遊離糖鎖ワークフローおよび確立された GU ライブラリーを ACQUITY Premier システム設定にシームレスに移管することができます。3 回連続注入に基づく標準偏差は 0.001 GU であり、分析の再現性が高いことが実証されました。そのため、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションを UNIFI で十分に確立されている遊離糖鎖ワークフローと組み合わせて使用することで、N 型糖鎖の分析を効率化し、生産性とサンプル回収率を高めることができます。
この試験では、新しい ACQUITY Premier システムおよびカラムテクノロジーにより、遊離 N 型糖鎖解析における LC-FLR-MS データの品質が向上することを実証しています。リン酸化糖鎖の回収率およびピーク形状が大幅に改善し、シアル化糖鎖の回収率も高まりました。waters_connect インフォマティクスプラットホームでの遊離糖鎖ワークフローにより、既存の UNIFI GU ライブラリーに対して自動ピーク割り当てを行うことで、データ解析が効率化されました。ACQUITY Premier を取り入れた BioAccord システムで得られた GU 値は、標準システムで得られた値と一致しており、以前に開発した ACQUITY UPLC 分析法を新しい ACQUITY Premier システムに移管することが可能になります。まとめると、このアプリケーションノートでは、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier ソリューションにより、遊離糖鎖の回収率が向上することが実証されました。このソリューションは、バイオ医薬品の開発、製造、リリースのための頑健で偏りのない糖鎖分析が開発に役立ちます。
720007261JA、2021 年 5 月