メタノール抽出後の固形化粧品中のペルフルオロアルキル化合物の微量レベル分析
要約
近年、広く使用されている化粧品(CP)中に存在するペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)が試験により同定されています。これらの製品は皮膚に直接塗るため、PFAS の存在により、この化合物群に関連する健康への悪影響が懸念されます。ワックスを含まない固形 CP の例として、アイシャドウとパウダーファンデーションを、PFAS 化合物の既知のパネルのターゲット分析に使用しました。タンデム質量分析計(LC-MS/MS)を備えた高感度液体クロマトグラフィーを行う前に、固形サンプルの干渉成分を除去するための厳格な作業手順を実施しました。このアプローチでは、メタノール抽出後にさまざまなケミストリークラスの 30 種類の PFAS 化合物に対して、高い感度が示されることが証明されました。
アプリケーションのメリット
- さまざまな食品マトリックスからの広範な PFAS 群に利用できるシンプルな抽出法
- Waters Xevo TQ-S micro 質量分析計の高感度の分析により、ng/g 以下のレベルの PFAS の検出、定量、確認が可能に
- PFAS キットを LC に取り付けることで、システムや溶媒の汚染の可能性を最小限に抑え、正確な結果を保証
はじめに
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)は大規模で多様な合成化学物質群を構成しており、1950 年代に製造されて以来、一貫して使用されています。PFOS と PFOA は、テフロンの製造工程で初めて使用されたことから知られるようになり、最もよく研究された PFAS 化合物です1。 ペルフルオロアルキル基(–CnF2n+1)は、電気陰性度が強いことから、高表面活性、化学的および熱的安定性、耐水性および耐油性などの固有の特性が分子に与えられます。このような特性により、PFAS は、一連の産業用途および焦げ付き防止コーティングや防水コーティングなどの消費者向け製品の製造、消火剤、化粧品(CP)などにおいて有用な、低分子量界面活性剤やポリマー材料として利用されています2。 CP 中に検出されたフッ素化成分の例として、アクリレートポリマー、ナフタレン、アルカン/アルケン、アルコール、シロキサン、シラン、スルホンアミド、エーテル、エステル、リン酸エステル、酸などが挙げられます3。
これらの特性により、PFAS はさまざまな産業に有用ではあるものの、高コレステロール、生殖への影響など、さまざまな潜在的な健康問題に関連しており、発がん性の可能性もあると考えられています。欧州委員会の化粧品成分に関するデータベース(CosIng)によると、これらの物質は乳化剤、静電気防止剤、安定化剤、界面活性剤、塗膜形成剤、粘度調節剤、溶剤として使用されています。
その結果、PFAS の環境排出量の削減とヒトへの PFAS への曝露の低減を目的として、過去 10 年間にわたって複数の規制措置が実施されていますが、化粧品に対する規制ガイダンスはまだ提案されていません。ただし、米国食品医薬品局(FDA)は、将来的に消費者向け製品で PFAS について試験を行う方法を取り入れることを検討しています。これはエンドユーザーを保護するための重要なステップになりますが、サンプル前処理が困難で時間がかかり、装置を含め分析にかかる経費が全体的に高額になるため、業界に負担がかかります。PFAS には非常に多くの種類があるため、サンプル前処理ワークフローをサンプルやマトリックスに合わせて調整する必要があります。サンプルマトリックスの種類や複雑さに応じて、例えば揮発性 PFAS の分析にはガスクロマトグラフィー/質量分析(GC-MS)を使用する、不揮発性 PFAS 化合物の特性解析には質量分析検出を備えた液体クロマトグラフィー(LC-MS)を使用するなど、さまざまな分析手法が使用されます。いずれのサンプルでも PFAS の存在量は非常に低いため、装置は、微量分析に対応できるように、選択的かつ高感度であることが必要です。
この試験では、サンプル前処理の新たな方法としてメタノール抽出を採用した、簡素化された固相抽出(SPE)を行わないワークフローに続いて、タンデム四重極質量分析計(LC-MS/MS)に結合した ACQUITY UPLC I-Class PLUS を用いて、固形のワックスフリー化粧品(図 1A–B)中の微量濃度の PFAS が検出できることを示すことに重点を置きました。
実験方法
すべての標準試料は、Wellington Laboratories 社から入手しました。分析法には、カルボン酸塩(C4 ~ C14)、スルホン酸塩(C4 ~ C10)、エーテル(GenX、ADONA、9Cl-PF3ONS、11Cl-PF3OUdS)、前駆体(FBSA、FHxSA、FOSA、NMeFOSAA、NEtFOSAA、4:2 FTS、6:2 FTS、8:2 FTS)などの計 30 種の PFAS が含まれています。抽出および分析において、同位体標識抽出(MPFAC-24ES)および注入標準(MPFAC-C-IS)を使用して、同位体希釈計算を行いました。サンプル前処理の前に抽出標準をスパイクし、これを用いてネイティブ化合物の回収率およびマトリックス効果を補正しました。サンプルのクリーンアップ後、再溶解した際に注入標準を加え、これを用いて再溶解時のばらつき、マトリックス効果、注入時のばらつきを補正しました。
PFAS は多くの一般的なラボ製品で広く使用されているため、サンプル分析ワークフローの間の汚染リスクを低減するように注意が必要です。使用前に PFAS 汚染について評価した適切なラボ製品および溶媒を使用することが重要です。サンプルの作業手順のステップを以下に示します。一部のステップを図 2A ~ C に示しています。
- サンプル 1 g
- 抽出標準をスパイク(2.5 ng/g)
- メタノールを 10 mL 追加
- 30 分間超音波処理
- ろ過:1)GMF フィルター、2)0.22 μm GHP シリンジフィルター
- 5 mL 抽出物 を 2 mM 酢酸アンモニウムで 1:1 希釈
- 3,900 rpm で 70 分間遠心分離
- 注入標準をスパイク(5 ng/g)
- バイアルに移す
MS パラメーター
装置: |
Xevo TQ-S micro タンデム四重極質量分析計 |
イオンモード: |
ESI |
キャピラリー電圧: |
0.5 kV |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
脱溶媒流量: |
900 L/時間 |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
イオン源温度: |
100 ℃ |
LC パラメーター
装置: |
PFAS キットを取り付けた ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
カラム: |
ACQUITY BEH C18(2.1 mm × 100 mm、1.7 μm) |
カラム温度: |
35 °C |
移動相 A: |
水 + 2 mM 酢酸アンモニウム |
移動相 B: |
メタノール + 2 mM 酢酸アンモニウム |
注入量: |
10 μL |
グラジエント: |
表 1 参照 |
グラジエント設定
結果および考察
PFAS の種類は数千にもわたり、化学構造と特性にばらつきがあるため、抽出と分析が課題になっています。このターゲット試験では、さまざまなアルキル鎖長の PFAS ケミストリーをカバーする約 30 種の PFAS のパネルに焦点をあてました。同位体標識標準を、抽出前(抽出標準)と抽出後(注入標準)にサンプルにスパイクしました。抽出標準を使用して、分析法の回収率を判定しました。表 2 に、使用した PFAS 標準のパネル、ならびに注入標準(IS)と抽出標準(ExS)を一覧表示します。
サンプルマトリックスが複雑なため、この装置の設定では直接分析は行えません。最近の論文では、さまざまなメソッドを使用して化粧品サンプルから PFAS を抽出しています1,4,5。 この試験では、固形化粧品のみを対象にしているため、メタノールを用いた単純な直接抽出法を評価しました。メタノールは PFAS 抽出に適した溶媒で、すべての PFAS 構造に非極性 C-F アルキル鎖が存在することを利用しています。更に、メタノールの濡れ挙動は水よりも優れており、これが抽出に役立ちます。
図 3 に、スパイク後の抽出および注入標準パネルの回収率の傾向を示します。65 ~ 100% の範囲であり、良好と考えられます。PFAS を含まない化粧品の標準がないため、同位体標識抽出標準を用いて分析法の回収率を評価しました。
この分析法の感度は、次の例のドデカフルオロ-3H-4,8-ジオキサノナン-1-スルホン酸ナトリウム(NaDONA)で実証することができます。図 4A は、0.01 ~ 50 ng/mL の範囲でのキャリブレーションレスポンスを示します。各濃度について 3 回繰り返し注入を行い、直線性と再現性が優れていることが実証されました。図 4B は、0.05 ng/mL の溶媒標準中の NaDONA についてモニターした 2 つの MRM トランジションのクロマトグラムを示します(イオン比を緑色で強調表示)。図 4C は、抽出前にブランクサンプルにスパイクした NaDONA とイオン比を示しています。イオン比を使用して、サンプル内で検出された PFAS を確認しました。すべての PFAS は、低濃度および高濃度で、一般的に許容される限度値 20%(キャリブレーション標準から算出した平均値と比較)のイオン比を示しました。
図 5 および図 6 に示すように、アイシャドウのブランクサンプル中に検出された 2 種類の非標準 PFAS 化合物の定量イオンの抽出イオンクロマトグラム(EIC)および抽出標準からの確認イオンを使用して、抽出手順が成功したことが実証されました。定量イオンおよび確認イオンの保持時間で、優れた相関関係が見られました。スパイクレベルが異なるため、サンプルと溶液標準 EIC のピーク面積は異なります。検出された PFAS 濃度は、被験サンプル中 0.2 ~ 2.9 ng/g の範囲でした。アイシャドウとファンデーションの両方でペルフルオロブタン酸(PFBA)、ペルフルオロ-n-オクタン酸(PFOA)、およびペルフルオロ-n-テトラデカン酸(PFTeDA)が検出され、アイシャドウでは、ペルフルオロ-n-ヘキサン酸(PFHxA)およびペルフルオロ-1-ブタンスルホン酸(PFBS)も検出されました。選択したアイシャドウおよびパウダーファンデーションサンプル中に検出された PFAS 化合物の濃度を表 3 に示します。
結論
この予備試験では、簡素化したメタノール抽出手順が、例として用いた固形化粧品において十分であることが実証されました。
- アイシャドウおよびパウダーファンデーション中の微量レベルの非標準 PFAS 化合物が抽出・検出されました。
- Xevo TQ-S micro タンデム四重極質量分析計の選択性と感度により、微量レベルの PFAS の検出、定量、確認が可能になりました。
- ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムに PFAS キットを取り付けることにより、装置関連の PFAS 汚染が排除され、この困難な化学汚染物質クラスの分析が、ルーチンラボにおいて合理化されます。
参考文献
- Peaslee, G. F. et al.Fluorinated Compounds in North American Cosmetics.Environ.Sci.Technol. Lett. 2021, 8(7), 538–544.
- Perkins, T. Toxic ‘Forever Chemicals’ Widespread in Top Makeup Brands, Study Finds.The Guardian;15 Jun 2021.
- Schaider, L. A.; Balan, S. A.; Blum, A.; Andrews, D. Q.; Strynar, M. J.; Dickinson, M. E.; Lunderberg, D. M.; Lang, J. R.; Peaslee, G. F. Fluorinated Compounds in U.S. Fast Food Packaging.Environ.Sci.Technol.Lett. 2017, 4 (3), 105–111.
- Schultes, L.; Vestergren, R.; Volkova, K.; Westberg, E.; Jacobson, T.; Benskin, J. P. Per- and Polyfluoroalkyl Substances and Fluorine Mass Balance in Cosmetic Products From the Swedish Market: Implications for Environmental Emissions and Human Exposure.Environ.Sci.: Processes Impacts 2018, 20, 1680-1691.
- Eriksson, U.; Ashhami, A.; Kärrman, A.; Yeung, L. Total Extractable Organic Fluorine (EOF) and Per-and Polyfluorinated Alkyl Substances (PFASs) in Cosmetics.Poster.SETAC Europe, 28th Annual Meeting, Rome, 2018.
720007513JA、2022 年 1 月