魚、肉、可食内臓、卵中のペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)の高感度分析のトータルワークフロー
要約
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)の環境への排出や汚染により、さまざまな食料源の汚染が発生しています。魚、肉、可食内臓、卵などの複雑な食料品には、包括的なサンプル抽出とクリーンアップが必要です。この種のサンプルに対応するため、アルカリ消化と抽出を行い、続いて弱陰イオン交換(WAX)SPE を用いて分析に適したサンプルを生成しました。Xevo TQ-XS と結合した ACQUITY UPLC I-Class PLUS で高感度 LC-MS/MS 分析を行いました。この分析法をサケ、ティラピア、牛ひき肉、牛肝臓、牛腎臓、鶏卵の 6 種類の食料品で評価しました。このアプローチは、さまざまな化合物クラスの 30 種類の PFAS 化合物に対して、正確で感度が高く、頑健であることが証明されており、欧州食品安全機関(EFSA)および米国食品医薬品局(FDA)の報告書に記載されている難易度の高い濃度にも対応しています。
アプリケーションのメリット
- さまざまな食品マトリックスからの多くの PFAS に利用できる単一の抽出メソッド
- EFSA および FDA の報告書に記載されている難易度の高い検出濃度と合致する ng/g 以下のレベルの PFAS を検出するための、Xevo TQ-XS による高感度分析
- PFAS キットを LC に取り付けることで、システムおよび溶媒の汚染物質を最小限に抑え、結果の信頼性を向上
はじめに
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)のヒトへの曝露による長期的な影響に関する懸念が高まっていることから、PFAS 分析の適用範囲は、環境マトリックスのみから食品分析の分野にまで拡大しています。この 10 年間で、卵、ミルク、チョコレートケーキ、ファーストフードなどの食品で PFAS 汚染が発見されています(ただし、これらに限定されるものではありません)。一般の人々を保護し、食品経由の曝露を理解するには、さまざまな食品の分析に対応できる分析法が必要です。
これに対応して、世界中の多くの機関が PFAS の食品への影響を調査しています。欧州食品安全機関(EFSA)が 2020 年に発表した最新の報告書では、2007 年から 2018 年の調査期間中において、魚、肉、果物/果実製品、卵/卵製品が、食事を介したヒトの PFAS への暴露の最も大きな原因になっています1。この調査を基に、EFSA は、4 種類の PFAS(PFOA、PFNA、PFHxS、および PFOS)の合計で体重 1 kg あたり 4.4 ng という推奨耐容週間摂取量(TWI)を設定しました。
EFSA の調査により、動物由来の食品の内で、PFAS の平均濃度がサンプルの種類によって異なることが判明しました。PFOA、PFNA、PFHxS、PFOS は、家畜や野生の狩猟肉に 0.02 ~ 1.59 ng/g、農場で飼育された可食内臓に 0.087 ~ 1.18 ng/g、サケやマスに 0.003 ~ 0.83 ng/g、卵や卵製品に 0.06 ~ 0.35 ng/g の濃度範囲で検出されていました。すべての種類のサンプル中に検出された濃度の中央値は 0.32 ng/g でした。EFSA の調査に加え、FDA ではトータルダイエット調査(TDS)において、消費量の多い食品中の PFAS を含む汚染物質をモニターしています2 。TDS は、2019 年の最新の調査から、ティラピア中の PFOS が 0.087 ng/g という結果を報告しました。このような調査および報告により、これらの種類のサンプルの分析に適した分析法に必要な感度に関するエビデンスを提供しています。
PFAS を食用の農産物から抽出するための戦略については以前のアプリケーションノートで説明しているので3、この試験では、肉、可食内臓、魚、卵を中心に取り上げています。これらの食料品は、サンプル前処理のニーズの違いによって分けられます。農産物は、抽出が比較的単純なマトリックスであり、QuEChERS 抽出および分散型固相抽出(d SPE)プロトコルを使用しました。動物ベースのサンプルは、PFAS を結合できるタンパク質や脂肪が存在するため、サンプル前処理のニーズがより複雑になります。PFAS を肉、魚、および類似のマトリックスから抽出するための、さまざまなアプローチが利用可能です。最も有効な方法の 1 つとして、サンプルをアルカリ抽出して(通常は水酸化ナトリウムのメタノール溶液またはアセトニトリル溶液を使用)、続いて固相抽出(SPE)クリーンアップを行う方法があります4,5。この試験では、このアプローチを採用して 6 種類の異なる食品マトリックス(サケ、ティラピア、牛ひき肉、牛肝臓、牛腎臓、卵)からの 30 種類の PFAS の抽出を評価しました。SPE クリーンアップには、弱陰イオン交換(WAX)ケミストリーを使用しました。分析は、高感度の分析要件に適合できるように、PFAS キットで改変して Xevo TQ-XS と結合した ACQUITY UPLC I-Class PLUS で行いました。
実験方法
サンプル前処理
冷凍サケ、冷凍ティラピア、牛ひき肉、牛肝臓、牛腎臓、全鶏卵のサンプルは、地元の食料品店で購入しました。魚と肉は、Ninja キッチンブレンダーを用いて均質化しました。サンプルはフリーザー(-20 ℃)で保管し、冷蔵庫(4 ℃)で一晩解凍してから抽出しました。卵は新鮮なものを使用しました。殻から取り出した後、卵白と卵黄を混合してからサブサンプリングを行いました。すべての標準試料は、Wellington Laboratories 社から入手しました。分析法には、カルボン酸塩(C4 ~ C14)、スルホン酸塩(C4 ~ C10)、エーテル(GenX、ADONA、9Cl-PF3ONS、11Cl-PF3OUdS)、前駆体(FBSA、FHxSA、FOSA、NMeFOSAA、NEtFOSAA、4:2 FTS、6:2 FTS、8:2 FTS)などの計 30 種の PFAS が含まれています。
抽出前に、2 g のサンプルを 50 mL の遠心チューブに量り取り、1 ng/g の抽出標準(MPFAC-24ES および M3-HFPODA)をスパイクしました。各サンプルに 0.02 M 水酸化ナトリウムを含む 10 mL のメタノールを添加しました。サンプルは、SPEX Sample Prep Geno/Grinder を使用して 500 RPM で 1 時間振とうしました。振とう後、室温で 4000 RPM でサンプルを 10 分間遠心分離しました。抽出後、PFAS 用 Oasis WAX、6 cc、150 mg カートリッジ(製品番号:186009345)を用いて固相抽出(SPE)を行うために、0.5 mL の上清を 14.5 mL の水で希釈しました。完全な固相抽出手順は、図 1 のステップ 2 ~ 5 で詳しく説明しています。
0.01 ~ 5 ng/mL(0.05 ~ 25 ng/g に相当)の範囲の溶媒検量線をサンプルの分析に使用しました。検出限界(LOD)および定量限界(LOQ)の評価では、0.001 ~ 5 ng/mL の範囲の、マトリックスを後スパイクした(いわゆるマトリックスマッチド)検量線を使用しました。抽出および分析において、同位体標識抽出標準(MPFAC-24ES および M3-HFPODA)および注入標準(MPFAC-24ES)を使用して、同位体希釈計算を行いました。サンプル前処理の前に抽出標準をスパイクし、これを用いてネイティブ化合物の回収率およびマトリックス効果を補正しました。サンプルのクリーンアップ後、再溶解した際に注入標準を加え、これを用いて再溶解時のばらつき、マトリックス効果、注入時のばらつきを補正しました。抽出標準と注入標準が存在するため、マトリックスマッチングはルーチンのサンプル分析に必要ありませんが、マトリックスマッチングは同位体希釈法の代わりとなる選択肢です。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS(PFAS 分析キット付き) |
バイアル: |
ポリプロピレンオートサンプラーバイアル(ポリエチレンキャップ付き)(製品番号:186005230) |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH C18 2.1 × 100 mm、1.7 μm(製品番号:186002352)、ACQUITY カラムインラインフィルター(製品番号:205000343)付き。 |
カラム温度: |
35 ℃ |
サンプル温度: |
4 ℃ |
注入量: |
10 μL |
流速: |
0.3 mL/分 |
移動相 A: |
水 + 2 mM 酢酸アンモニウム |
移動相 B: |
メタノール + 2 mM 酢酸アンモニウム |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Xevo TQ-XS |
イオン化モード: |
ESI- |
イオン源温度: |
100 ℃ |
キャピラリー電圧: |
0.50 kV |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
脱溶媒流量: |
900 L/時間 |
コーンガス流量: |
150 L/時間 |
MRM メソッド: |
MRM メソッドの詳細については、付録を参照してください |
データ管理
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
MS ソフトウェア: |
MassLynx v4.2 |
インフォマティクス: |
MassLynx v4.2(TargetLynx v4.2 搭載) |
結果および考察
この分析法を、各食料品に 0.1 ng/g、1.0 ng/g、5 ng/g の 3 濃度レベルで 5 回繰り返しスパイクしたサンプルを用いて評価しました。図 2 に、抽出の前に最低レベルの 0.1 ng/g でサケにスパイクした各 PFAS の抽出定量イオントレースのクロマトグラムの例を示します。検出限界および定量限界(LOD および LOQ)も、卵以外のすべてのサンプルについて測定し、付録表 2 に報告しています。LOD 値と LOQ 値は、PFAS 標準を後スパイクした各サンプルのマトリックスブランク抽出物から算出しました。計算は TargetLynx を用いて行い、S:N 比基準として、LOD については 3、LOQ については 10 を使用しました。
肉や肉様サンプル中のよく知られているマトリックス干渉化合物として、タウロデオキシコール酸(TDCA)が挙げられます。この化合物は、公称分子量が 499.7 amu の異性体のグループで、PFOS 定量トランジションとして一般的に使用される 499 > 80 MRM トランジションを共有しています。この試験では、牛肝臓と鶏卵に TDCA が検出されましたが、定量トランジションとして 499 > 91 MRM を用いるのは PFOS に特異的でした。図 3A に、肝臓および卵中の PFOS に対する 499 > 91 MRM トランジションの使用、ならびにこの干渉物質を含まない牛ひき肉との比較を示します(魚と腎臓にも含まれません)。図 3B は、別のトランジションに加えて、TDCA が存在しても、肝臓では(499 > 91 トランジションのクロマトグラフィー分解能と特異性により)マトリックス抑制やマトリックス増強が生じなかったことを示しています。この点はサケ、ティラピア、牛ひき肉、肝臓、腎臓などの連続サンプル分析における、注入標準の M-PFOS のピーク面積のグラフにより実証されています。図 3B に見られるように、牛ひき肉にはマトリックス抑制の別のソースがあるように見えましたが、これは TDCA によるものではなく、M-PFOS の MRM トランジションで検出される可能性のある同重体干渉物質によるものでもありません。牛肉にマトリックス効果が見られる場合でも、注入および抽出に内部標準を使用することで、正確かつ再現性のある定量が可能になります(表 1 で後述)。
真のブランクマトリックスがなく、加えて抽出溶媒の汚染の問題があるため、同位体標識した抽出標準を分析法の回収率を評価するために使用しました。図 4 に、回収率および抽出物の標準偏差とともに示します(n = 15)。現在、PFAS の回収率の結果を比較するための公式のガイドラインや標準はありません。FDA は、食品を含むさまざまなマトリックスでの化学的分析法のバリデーションに関する一般的なガイドラインを定めており、これを回収率のガイドラインとして参照できます6。 この文書では、1 ng/g の濃度で 40 ~ 120% の回収率の範囲を許容しています。中性のスルホンアミドは、WAX SPE プロトコルを用いて回収することができません。これは、マトリックスを除去するために必要なメタノール洗浄ステップ中にスルホンアミドが廃液中に失われ、図 4 の 13C8-FOSA(ペルフルオロオクタンスルホンアミド)の回収率が低くなるためです。スルホンアミドの回収が必要な場合は、Oasis HLB を用いる別の固相抽出手順を使用できますが、これはこの試験で扱う全範囲の PFAS 化合物には適しません。スルホンアミド以外でも、長鎖カルボン酸は、卵、サケ、ティラピアから回収することが困難であり、その結果、FDA のガイドラインである回収率 40% を下回っています。更に、NEtFOSAA は、ティラピアでの回収率が 30% でした。これらの問題のある化合物を除き、残りの PFAS の回収率は FDA ガイドラインの範囲内でした。
分析法の正確性は、3 つのスパイクレベルの各 PFAS について、計算濃度と予測濃度を比較して得られるバイアスの割合によって評価しました。表 1 に、それぞれの種類のサンプルの平均計算濃度(同位体希釈法を使用)と、バイアスの割合(正確性)を示します。スパイクレベル 1.0 および 5.0 ng/g、ならびに腎臓、肝臓、ティラピア、および牛肉のスパイクレベル 0.1 ng/g では、平均濃度は予想値の 17% 以内でした。肝臓およびサケは、0.1 ng/g のレベルにおいて、予想値の 30% 以内でした。各濃度の 5 回繰り返し測定の %RSD 値も表 1 に示します。RSD は、スパイクレベル 0.1 ng/g で RSD がそれぞれ 21.9 および 28.4 の肝臓とサケを除き、すべてのサンプルで 20% 未満でした。バイアス値と RSD 値は、分析法の精度と再現性の両方を示します。
更に、NIST 標準レファレンス物質 1947(ミシガン湖の魚の組織)を抽出し、スパイクサンプルとともに分析して、分析法の正確性を評価しました。このレファレンス物質について、4 種類の PFAS(PFNA、PFDA、PFUnDA、PFTriDA)の NIST 測定濃度が報告されていますが、データ不足のため不確かさ値は示されていません。分析では、NIST 1947 を 8 回繰り返しで抽出して分析しており、比較データを図 5 に示します。NIST SRM については不確かさ値が分かりませんが、実験結果は NIST 値と大幅に異なっておらず、分析法の正確性を更に実証しています。
結論として、この試験で使用した鶏卵および牛肝臓サンプルには検出可能な濃度の PFAS が含まれており、確信を持って同定および定量することができました(図 6)。牛肝臓には 0.76 ng/g の PFOS(直鎖型 0.52 ng/g、分岐型 0.24 ng/g)が含まれ、鶏卵にはそれぞれ 0.18、0.25、0.29、0.13 ng/g の PFPeA、PFHxA、PFHpA、PFOA が含まれていました。
結論
ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)へのヒトへの曝露による長期的な影響に関する懸念が高まっていることから、PFAS 分析の適用範囲は、環境マトリックスのみから食品分析の分野にまで拡大しています。一般の人々を保護し、食品経由の曝露を理解するには、さまざまな食品の分析に対応できる分析法が必要です。EFSA は、動物由来の食品を特定し、ヒトへの PFAS の曝露に関して最も大きな貢献をしています。これに対応して、アルカリ消化抽出の後に WAX SPE クリーンアップを行うことで、肉、魚、可食内臓、卵など課題となる食品サンプルから PFAS を抽出することに成功しました。Xevo TQ-XS を使用して抽出物の高感度かつ正確な分析を行うことで、EFSA が推奨する PFAS の最大食事摂取量を満たすために必要な ng/g 以下の範囲の検出限界および定量限界を実現しました。また、PFAS キットを用いて LC を改変してシステムや溶媒の汚染物質を最小限に抑えることにより、信頼性の高い結果を得ることができます。C13 および C14 のカルボキシル基を除き、すべての化合物の回収率は FDA 基準の範囲内でした。同位体希釈法を使用することで、回収率を検討することができ、サンプル中の PFAS 濃度の計算において回収率を正確に補正できます。地元の食料品店から購入した 2 種類の食品サンプルに 5 種類の PFAS が検出されました。この包括的な分析法により、複雑な食品マトリックス中の PFAS の結果に対する信頼性が向上し、食料供給源に対する PFAS の環境的影響をさらによくモニターし、理解することができます。
参考文献
- Schrenk D, Bignami M, et al.EFSA Panel on Contaminants in the Food Chain (EFSA CONTAM Panel), Risk to Human Health Related to the Presence of Perfluoroalkyl Substances in Food.EFS2.2020;18(9).
- Food and Drug Administration.Analytical Results of Testing Food for Pfas From Environmental Contamination.June 2021 [cited 2021 December 15].Available from: https://www.fda.gov/food/chemical-contaminants-food/analytical-results-testing-food-pfas-environmental-contamination.
- Organtini K, Hird S, Adams S. QuEChERS Extraction of Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS) from Edible Produce with Sensitive Analysis on Xevo TQ-XS.Waters Application Note, 720007333, August 2021.
- Sadia M, Yeung LWY, Fiedler H. Trace Level Analyses of Selected Perfluoroalkyl Acids in Food: Method Development and Data Generation.Environmental Pollution.2020;263.
- Delinsky AD, Strynar MJ, Nakayama SF, Varns JL, Ye X, McCann PJ, Lindstrom AB.Determination of Ten Perfluorinated Compounds in Bluegill Sunfish (Lepomis Macrochirus) Fillets.Environmental Research.2009;109:975–984.
- Food and Drug Administration Foods Program.Guidelines for the Validation of Chemical Methods in Food, Feed, Cosmetics, and Veterinary Products, 3rd edition.October 2019.
720007482JA、2022 年 1 月