ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムによるペプチドの CQA モニタリングの改善
要約
ペプチド MAM は、バイオ医薬品の特性を直接解析するための LC-MS ベースのアッセイで、タンパク質性バイオ医薬品の品質評価にますます使用されるようになっています。ライフサイクル管理の一環として、医薬品の品質と安全性を継続的に確保するため、アッセイの正確性と一貫性が維持されている必要があります。この観点から、頑健なシステム性能が MAM データ品質において重要な役割を果たします。酸性ペプチドの金属表面への非特異的吸着は、LC-MS 分析に影響を与えるよく知られた現象であり、非対称なピーク、ペプチドの損失、定量的測定における検出器レスポンスのばらつきの増加の原因になります。この試験では、不活性な ACQUITY Premier をシステム構成に加えることで BioAccord の性能が向上し、結果としてペプチド回収率と MS レスポンスの頑健性が改善され、3 桁に及ぶダイナミックレンジ特性により再現性が向上していることを実証しています。MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーによる性能向上により、規制準拠した waters_connect インフォマティクスによって制御される ACQUITY Premier を搭載した BioAccord LC-MS システムが、MAM ベースのアッセイのための LC-MS プラットホームとして最適であることが示されています。
アプリケーションのメリット
- MaxPeak HPS システムおよびカラム表面からの酸性ペプチドの回収率向上
- 低ロード量でのペプチド品質特性モニタリング
- 高測定濃度および低測定濃度で安定した MS シグナル
- モニターする特性の %RSD レベルが低い
はじめに
LC-MS ベースのマルチ特性分析(MAM)アッセイは、製品のばらつきや劣化などの複数の特性を直接測定できることから、バイオ医薬品業界で高い人気が高まっています。このようなアッセイは、単一の分析で特異性と感度の向上が得られるため、従来の複数の光学ベースのアッセイを補完し、場合によっては代替できる可能性があります1。 そのため、ライフサイクル管理の一環として、医薬品の重要品質特性(CQA)を用いた MAM ベースのアッセイ開発およびバリデーションに向けた取り組みが行われています1,2。 アッセイは、製品開発、製造、リリース活動を支援するため、組織全体にわたって分析法を容易に導入できるように、頑健で正確かつ一貫性が保たれている必要があります。サンプル前処理からクロマトグラフィーの頑健性、検出の一貫性、および情報処理に至るすべての作業が、アッセイの全体的な頑健性に影響を及ぼす可能性があることが明らかになっていますが、ターゲットとする特性の存在比(微量の場合)がアッセイの性能と再現性に関して最大の課題になっています。
最近の報告によれば、従来のステンレス製 LC システムで、複数の酸性残基(グルタミン酸/アスパラギン酸または酸性の修飾を持つ残基)を含むペプチドのクロマトグラフィー性能が一般的な RPLC-MS 法では損なわれる可能性があります3。 カルボン酸などの電子が豊富な分子が含まれるペプチドは、装置およびカラムの金属酸化物表面と相互作用したり吸着したりするため、金属の影響を受けやすい分析種の回収率が低下し、ピークテーリングが増大します。ペプチド MAM 分析においては、このような吸着現象が特に問題になる可能性があります。分析種の金属/表面との相互作用によってもたらされる性能低下により、製品特性の評価におけるアッセイの定量精度と再現性が低下する可能性があるためです。代替のイオン対試薬、不動態化処理、および高イオン強度溶媒を使用するなど、RPLC アッセイにおけるこれらの金属-ペプチド間相互作用を低減するために多大な努力が払われて来ましたが、これらの方法は必ずしも MS に適合しないため、さらなる分析法開発が必要になる場合があります4,5。 これらの軽減戦略はクロマトグラフィー性能を改善することが示されていますが、分析法の複雑さが増すと分析法の頑健性に関連するリスクが増大するため、分析法を最適化する際にはこの点に留意が必要です。ACQUITY Premier UPLC システムは、さらなる分析法開発や大がかりな最適化を行うことなく、酸性化合物に対するクロマトグラフィー性能が向上するように設計されています。これが可能になったのは、LC システムの表面積の大きいコンポーネントやカラムハードウェアに、金属の影響を受けやすい分析種の分析種/表面間相互作用を最小限に抑えるバリア層を導入する MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを取り入れたためです6。 この試験の目的は、MaxPeak HPS テクノロジーにより、金属の影響を受けやすい分析種の回収率7 とピーク形状が改善されるため、RPLC-MS の分析法や条件を変更することなく、アッセイ感度と頑健性を向上できるという、MAM ベースのアッセイに与える影響を実証することです。
実験方法
サンプルの説明
モノクローナル抗体のトリプシン消化標準品(製品番号:186009126)を 200 μL の 0.1% ギ酸に溶解して最終濃度 0.2 μg/μL にしました。サンプルの注入量は 5.0 μL(1.0 μg)でした。
分析法条件
データは、(1)ACQUITY UPLC I-Class PLUS(ステンレス)を搭載した BioAccord システムおよび(2)ACQUITY Premier(不活性 MaxPeak HPS)を搭載した BioAccord システムの両方で取り込み、直接比較しました。各システムアーキテクチャーに適合するカラムテクノロジーに共通の固定相を充塡して使用しました。
LC 条件
検出: |
TUV、MS |
バイアル: |
MaxPeak HPS を採用した QuanRecovery バイアル(製品番号:186009186) |
カラム: |
(1)ACQUITY UPLC Peptide CSH C18 カラム(製品番号:186006938) (2)ACQUITY Premier Peptide CSH C18 カラム(製品番号:186009489) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
ブランク 10 μL、サンプル 2 ~ 10 μL |
流速: |
0.2 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
ACQUITY RDa 検出器 |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
1.2 kV |
コリジョンエネルギー: |
60 ~ 120 V |
コーン電圧: |
20 V |
データ管理
インフォマティクス: |
waters_connect、ペプチド MAM アプリ、LC-MS ツールキット |
結果および考察
この試験では、従来のステンレス製流路の BioAccord システムと、不活性な MaxPeak HPS Surfaces を採用した ACQUITY Premier LC システムおよびカラムで構成された BioAccord システムを並べて比較しました(図 1)。この比較評価では、両方の BioAccord プラットホームとも ACQUITY RDa 質量検出器が含まれており、waters_connect ペプチド MAM アプリケーションワークフローを用いて結果を生成しました。NIST mAb レファレンス物質の消化物から、選択した CQA である分析種の回収率、アッセイ感度、および再現性を用いてシステム性能と ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムの適合性を評価し、MAM ベースのアッセイの裏付けを行いました。
回収率の向上
アスパラギンの脱アミド化によるアスパラギン酸およびイソアスパラギン酸への変換は、モノクローナル抗体(mAb)の有効性や効能に関連する共通の PTM(翻訳後修飾)です8。 mAb ベースの医薬品の開発プロセスの一環として、脱アミド化の影響を受けやすい配列を高い頻度で特性解析およびモニターすることで、バイオ医薬品の一貫した品質が維持されています。「PENNY」ペプチドには、抗原との結合に影響を及ぼすことが報告されている、複数の可能性のある脱アミド化修飾部位をもつ既知の配列が含まれています8。 このペプチドは、重鎖の定常ドメイン(Fc)内に位置する配列として、プロセスの一貫性と製品品質をモニタリングするために、mAb ベースの医薬品の開発および製造時にルーチンにモニターされているペプチドです。NISTmAb レファレンス抗体の場合、トリプシンによる酵素処理後、HC:T37 「PENNY」ペプチドにすでに 4 つの酸性残基が含まれており(配列:GFYPSDIAVEWESNGQPENNYK)、LC の流路およびカラムハードウェアの金属表面に非常に吸着しやすいため、MaxPeak Premier HPS テクノロジーの評価に用いる分析種として最適です。
この比較試験では両方のシステムとも、PENNY ペプチドについて一般的にモニターしている 2 ヶ所の脱アミド化修飾部位(図 2A、ピーク 1 および 2)、並びにスクシンイミド中間体に対応するピーク(図 2A 挿入図)が観測されました。これらは両方のデータセットに存在しますが、ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムでは、図 2B に示すように、「PENNY」ペプチドとその関連変異体の MS シグナルの強度が 2 倍以上高く、全体的に回収率が向上していました。興味深いことに、従来のシステムで得られたデータセットでは、脱アミド化のピーク 1 は、目視できるものの回収率が低くピーク形状が悪いため、解析メソッドの検出限界を下回っていました。このケースのデータは、特に同一の解析メソッドを使用する自動化ワークフローでは、MaxPeak HPS テクノロジーがいかにデータ解析を改善できるかを示しています。
さらに、MaxPeak Premier HPS テクノロジーによる性能の向上は、MS データの品質に直接影響を及ぼすことが確認されました。図 3 に示すように、PENNY ペプチドと関連変異体の回収率が上昇すると、PENNY ペプチドの b/y フラグメントイオンの数と強度が増加しました(3 対 7)。このデータは、ACQUITY Premier テクノロジーを使用することで、製品品質特性関連ペプチドの回収率が向上し、MAM ベースのアッセイにおけるピーク割り当ての信頼性が向上することを示しています。
頑健なテクノロジー
生産性を維持し、ラボ間での分析法移管を容易にするためには、組織全体にわたって容易に拡張および導入が可能な頑健な分析法を開発することが重要です。複数のラボで複雑さや濃度が異なるサンプルを測定する場合、この点が LC-MS 分析法において特に困難になることがあります。以前のデータで示されているように、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier では、金属の影響を受けやすいペプチドの回収率と MS レスポンスを改善することができます。
ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムの頑健性を、開発・製造活動をサポートする能力についてさらに評価するために、製品品質に関連する特性のパネル(表 1)を幅広い濃度(0.1 μg ~ 2.0 μg)にわたってモニタリングしました。図 4 に示すように、MaxPeak Premier テクノロジーを採用した BioAccord システムでは、測定した範囲にわたって特性の面積(%)を正確かつ一貫してレポートできており、特性のほとんどについて、個々の特性の %RSD が 20% 未満となっています。性能の安定性の一例として、DTLMISR の酸化修飾が挙げられます。この修飾は、ロード量を増加させても一貫してレスポンスが見られ、%RSD の計算値は 6.3% でした。低ロード量で低存在量の分子種(特に糖ペプチド)の場合には大きなばらつきが観察されましたが、糖ペプチドはイオン化しにくく、ペプチド消化物のベースピークに対して MS レスポンスの 1.03% でしか存在しないため、これは予期された範囲内でした。このデータからは、BioAccord システムを ACQUITY Premier と組み合わせることで、幅広いラボに導入して開発・製造活動をサポートできる頑健な LC-MS プラットホームが構成され、複数の分析種をさまざまな存在量にわたって検出できる装置が不可欠な MAM ベースのアッセイに適していることを示しています。
再現性と幅広い適用性
以前に示したように、LC-MS プラットホームとしての ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムにより、一貫性のある正確な結果が得られ、組織全体にわたる分析ニーズに対応することができます。ただし、MAM ベースのアッセイには、リニアダイナミックレンジに関して固有の課題があります。基本的なレベルでは、単一のアッセイのダイナミックレンジを決定する概念は、許容基準を設定するために使用するレファレンス標準試料に対するアッセイのレスポンスの正確度と精度に依存します。MAM アッセイにおいて、ダイナミックレンジは、ベースラインのペプチドイオン化効率が異なり、それぞれの未修飾型に対する相対存在比がさまざまである複数の分析種のスペクトルに影響を及ぼすため、これがより困難になる可能性があります。MAM アッセイで CQA の再現性と正確な測定を保証するためには、その LC-MS プラットホームが、特定の分析種に対するレスポンスの直線性と、複雑なサンプルに対応できる広いスペクトルダイナミックレンジを備えていることを実証する必要があります。
この実用上のダイナミックレンジの問題を評価するために、T26 ペプチドフラグメントのベースピーク(配列:VVSVLTVLHQDWLNGK)の正規化したレスポンスを増加させたロード量に対してプロットしました。図 5A に示すように、1.2 μg を超えるロード量では MS イオン源の飽和が認められ、直線性の範囲は 0.1 μg ~ 1.0 μg で、R2 は 0.99 でした。この情報から、1 μg のロード量が、レスポンスの上限を超えるピークがなく、微量の CQA に対して最大感度が得られる許容ロード量であると判定されました。この点は図 5B に示されています。BioAccord Premier LC では、T25 ペプチドフラグメント(配列:EEQYNSTYR)の Man 5 グリコシル化分子種(ベースピークの 0.08%)を高い再現性(レスポンスの %RSD = 2.78%)で検出できています。スペクトル内での検出器レスポンスのスペクトルダイナミックレンジが 3 桁にもわたっている点がさらに注目に値します。このように、ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムでは、多様な分析種のペプチドについて正確で再現性のあるデータを取得することができ、その感度はルーチンの MAM ベースのアッセイに適しています。この点は表 2 でさらに示されており、ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムで MAM アッセイを実行したときには、モニターする特性の %RSD が、従来の BioAccord システムより 1.5 ~ 2.5 倍低い 4% 未満となりました。予想通り、最大の差は酸性残基を含むペプチドにおいて認められ、MaxPeak HPS テクノロジーが MAM ベースのアッセイにもたらす価値が示されました。
結論
頑健なペプチド MAM アッセイを開発するには、偏りのない一貫性のあるタンパク質消化物の分離が得られる LC システムが必要です。この試験では、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムを従来のステンレス製 LC-MS プラットホームと比較し、RPLC-MS ベースのペプチド MAM アッセイで、製品品質特性となるペプチドに対するクロマトグラフィー性能を最適化する能力について評価しました。この比較では、MaxPeak HPS テクノロジーにより金属の影響を受けやすい分析種の吸着が最小限に抑えられており、回収率、アッセイ感度、および分析法の再現性を改善しつつ頑健な分析法が実行できることが実証されました。結論として、ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムは、開発、製造、品質管理の各組織への導入に最適な頑健で柔軟性の高い LC-MS プラットホームであると言えます。
参考文献
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720007351JA、2021 年 8 月