ナノスケールプロテオミクス実験における Cyclic IMS の定性的および定量的性能
研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。
要約
定性的ディスカバリー実験および定量的プロテオミクス実験における Cyclic IMS の性能特性について説明します。すべての実験は、エレクトロスプレーイオン源をナノスケールの LC インレットに組み合わせ、サイクリックモビリティーデバイスで単一周回で行いました。
ディスカバリー実験について示された結果は、E. Coli やヒトの K562 などの標準的な細胞溶解物サンプルの分析に基づいており、ダイナミックレンジ/定量実験では、定性的同定で得られた解析済みデータと、複雑なバックグラウンドマトリックスあり/なしの標準ペプチド混合物を使用しました。結果からは、以前の QTof 質量分析計(MS)と比較して性能が向上していることが示されています。
アプリケーションのメリット
- イオンモビリティーの分解能
- 質量分解能の向上
- 以前の QTof よりも定性的/定量的性能が改善
はじめに
四重極飛行時間型(QTof)質量分析計は、ディスカバリー実験と定量的プロテオミクス実験の両方において定評のあるツールです。これらの装置は、この種の困難なサンプルの分析を成功させるために必要な重要特性である感度、速度、および高質量分解能を備えています。SELECT SERIES Cyclic IMS は、QTof 装置シリーズに最近追加されたもので、以前の QTof プラットホームと比較して、感度、イオンモビリティー分解能、質量分解能が向上しています1。 さらに、Cyclic IMS の装置にはデュアルゲイン検出システムを用いており、検出器の特性が異なるため、ダイナミックレンジが拡張されます。
従来のプロテオミクス実験では、サンプル量が制限される傾向があり、MS イオン源をナノスケールのクロマトグラフィーインレットに結合する必要があります。これにより、強力な組み合わせが得られて高品質で情報が豊富なデータセットを生成でき、これを解析することで、定性的性能と定量的性能の両方のメトリクスが得られます。比較的単純なペプチド混合物からより複雑なヒト細胞株まで、複雑さがさまざまな標準的トリプシン消化物サンプルを組み込んだプロテオミクスの分析で Cyclic IMS を評価しました。
実験方法
サンプルの説明
定性的実験:Waters MPDS E. Coli(製品番号 186003196)およびヒト細胞溶解物 K562(Promega、V6951)の消化物を、0.1% ギ酸水溶液に濃度 100 ng/µL になるように再溶解しました。10 ~ 100 ng のサンプルをカラムにロードし、各ロードレベルで複数回の注入を行いました。
定量的実験:6x5 アイソトポログ(Promega、V7495)混合物を、E. Coli バックグラウンドマトリックス中に調製しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC M-Class |
トラッピングカラム: |
Symmetry、180 µm × 20 mm(製品番号:186008821) |
分析カラム: |
HSS T3、75 µm × 250 mm(製品番号:186008818) |
カラム温度: |
35 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
流速: |
300 nL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
トラップ条件: |
5 µL/分で 2 分、99% 溶媒 A |
グラジエント: |
90 分から 240 分までのさまざまなグラジエント長さで 5% ~ 35% 移動相 B |
MS 条件
MS システム: |
SELECT SERIES Cyclic IMS |
イオン化モード: |
ESI+ |
質量分解能: |
50,000 FWHM |
イオンモビリティー分解能: |
単一周回、65 FWHM |
取り込みモード: |
HDMSE – データインディペンデント取得 |
取り込み質量範囲: |
50 ~ 2000 Da |
波形解析時間: |
0.5 秒 |
レファレンス物質: |
120 秒ごとにサンプリングした Glu フィブリノペプチド B |
キャピラリー電圧: |
3.2 kV |
トランスファー CE、機能 2: |
19 ~ 45 V(直線ランプ) |
コーン電圧: |
30 V |
データ管理
MS ソフトウェア: |
MassLynx |
データ解析: |
ProteinLynx Global Server、Progenesis QI for proteomics |
データベース: |
Uniprot E. Coli および ヒト - レビュー済み配列のみ |
偽発見率: |
1% および 4% |
結果および考察
HDMSE では、取り込みにより、低エネルギーのクロマトグラムおよび高エネルギーのクロマトグラムに加えて、ロックマスレファレンスチャンネルが生成されます。図 1 には、複雑な K562 ヒト細胞株消化物からの低エネルギーのクロマトグラムおよび高エネルギーの代表クロマトグラムを示します。
高エネルギーフラグメンテーションは、イオンモビリティー分離の後に位置するトランスファーコリジョンセルで発生するため、プリカーサーとフラグメントは同じドリフト時間情報を示します。したがって、データ解析において、機能 2(高)から得られるフラグメントイオンは、保持時間とドリフト時間の両方の情報に基づいて、プリカーサー情報(機能 1)と一致します。次に、一致したデータをバイナリーファイル中に構築します。このデータは以後、簡単にデータベースで検索できます。
図 2 に、データベース検索の結果としてヒト K562 溶解物に対応する結果を示します。ホモロジーのないタンパク質群を表すタンパク質の同定結果、およびホモロジーが含まれるタンパク質の総数が示されています。対応するペプチドの同定結果は、同定されたタンパク質の数で見られたパターンと同様のパターンに従っており、その数は約 60,000 ペプチドで最大になります(データは表示されていません)。図 2 に示されている同定結果は、サンプルロード量 25 ~ 100 ng に基づく FDR 1% および 4% でのデータベース検索を表しています。90 分のグラジエントに基づいて、このデータではロード量 50 ~ 75 ng が最適であることが示唆されます。プラトーに達したタンパク質同定結果およびペプチド同定結果で見られた同様のパターンは E. Coli でも見られ、カラムでの最適値は 50 ng でした。これは 1,250 タンパク質/20,000 ペプチドの同定結果に対応します。グラジエント時間を長くすることで、保持時間においてペプチドイオンがより良く分離されるため、データ解析アルゴリズムでイオンをより容易に区別できるようになります。K562 サンプルをさまざまなグラジエント時間の長さで注入したころ、図 3 に示すように、FDR 1% で返されたタンパク質同定結果が 3,700(90 分での分離)から 4,500(240 分での分離)に増加しました。解析を通して得られた同定率に寄与する主な要因としては、システムの優れた質量精度と同定された分子種のダイナミックレンジが挙げられます。通常、K562(図 4)と E. Coli の分析では、90% を超えるペプチドイオンが +/-5 ppm の範囲内の質量で測定され、同定結果は 5 桁のダイナミックレンジにわたっていました(図 5)。
ディスカバリー実験の重要な側面として、定量目的でのシグナル強度および同定率に関わるスペクトルの質の両方の観点から、注入間の再現性が挙げられます。これらのメトリクスは、数十または数百のサンプルのサンプルデータの取り込みが数週間続く場合もある LC-MS システムで達成可能な測定の頑健性の指標でもあります。図 6 は、2 回繰り返し注入でのタンパク質のシグナル強度の比較です。具体的には、検索結果の 1 タンパク質あたり上位 3 つの最も強度の強いペプチドを用いています。図 7 は、3 回のテクニカル分析での同定率で、3 回の注入のうち 2 回で得られた同定結果の数を示しています。この基準に基づいて、3,602 個のタンパク質が FDR 1% で同定されました。これは、同定結果全体の 78% に相当します。E. Coli の結果に基づく同様の結果では、得られた注入の間で r2 値が 0.999、タンパク質同定結果数が 1,216 になりました。
定量性能は、E. Coli バックグラウンドマトリックスにおいて、Promega 6x5 ペプチドを用いて示しています。6x5 混合物には、異なる安定同位体標識を行ったさまざまな濃度のペプチドが含まれており、これらはすべて LC カラムから共溶出します。一連の異なる標識を行ったペプチドの 1 つである LASVSVSR について得られたレスポンスを図 8 に示します。データは、最低レベルの 10 amol から最大レベルの 100 fmol の範囲のカラム量を示しており、全濃度範囲で良好な直線性が得られています。この例に基づき、5 桁のダイナミックレンジがあることがはっきり実証できました。
結論
SELECT SERIES Cyclic IMS は、最新の QTof 質量分析計であり、ナノスケール流量で ACQUITY UPLC M-Class と組み合わせることで、中程度から高度に複雑なペプチド消化混合物のプロテオミクス分析で優れた性能を発揮することが示されています。得られたデータは、個々の実験のタンパク質同定率だけでなく、大規模なコホートのサンプルの分析を成功させるために重要な再現性の高さも示しています。3 回繰り返しのタンパク質同定結果、および安定同位体標識ペプチド混合物を使用したヒト K562 ペプチド強度の分析により、最大 5 桁のシステムの高いダイナミックレンジが実証されました。
参考文献
- Christopher J. Hughes, Lee A. Gethings.Characteristics of Proteomics Experiments Performed on the SYNAPT XS QTof Mass Spectrometer.Waters Application Note.720006670EN, 2019.
720007381JA、2021 年 9 月