• アプリケーションノート

mRNA のポリ(A)テール分析向けのサイズ排除クロマトグラフィー分析法

mRNA のポリ(A)テール分析向けのサイズ排除クロマトグラフィー分析法

  • Martin Gilar
  • Waters Corporation

要約

SARS-CoV-2 ウイルスに対して、先駆的な治療用メッセンジャー RNA(mRNA)ワクチンの開発が成功しました。治療用 mRNA 分子は、がん治療におけるタンパク質補充療法やワクチン療法にも使用できます。mRNA テクノロジーの急速な進歩には、分析法の開発が必要です。現行の mRNA 分析法には、5' キャッピングの状態、mRNA の一次配列、工程不純物、3' ポリ(A)テールの分析が含まれます。このアプリケーションノートでは、ポリ(A)テールの長さを測定するための頑健でシンプルな分析法について説明します。この分析法では、RNase T1 による mRNA 分子の消化を利用してポリ(A)テールを遊離させてから、消化産物とポリ(A)テールをサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)で分離します。ポリ(A)テールの長さは、核酸の標準試料で実施した SEC キャリブレーションを使用して推定します。

アプリケーションのメリット

  • ポリ(A)テールの長さの分析向けの迅速で頑健な分析法
  • 最小限のサンプル前処理
  • QC 試験に適したシンプルな SEC-UV メソッド

はじめに

治療用メッセンジャー RNA 分子は 1 本鎖核酸であり、通常は 2,000 ~ 10,000 ヌクレオチドの長さです。治療用 mRNA は、修飾 5' キャップ、3' および 5' の非翻訳領域(UTR)、mRNA コード領域(遺伝子転写配列)、3' 末端のポリ(A)テールなど、いくつかの明確に異なる部分で構成される構造を有します(図 1 を参照)。5' 末端キャップ構造により、細胞内のリボソームを捕捉することで翻訳プロセスが促進されると同時に、RNA の分解が低く抑えられます。3' および 5' の非翻訳領域は、翻訳に直接影響し、多くの場合、RNA 翻訳効率が最大になるように配列が最適化されています。mRNA コード領域は、対象の遺伝子(GOI)をコードします。この部分は目的のタンパク質に翻訳される部分で、多くの場合、クリアランス速度を低下させてタンパク質産生量を増加させるための修飾ヌクレオチド(通常は N1-メチルシュードウリジン)が含まれています。最後に、3' 末端にはポリ(A)テールがあり、RNA の分解を最小限に抑え、mRNA の in-vivo での安定性を維持する上で重要な役割を果たしています。mRNA ワクチンのポリ(A)テール部分の長さは通常 100 ~ 150 ヌクレオチド(nt)です。

SARS-CoV-2 ワクチンの成功により、mRNA テクノロジーへの多額の投資が始まりました。mRNA 医薬品、および複数の病原体やウイルスをターゲットにする mRNA ワクチンに関する多くの臨床試験が現在進行中です。mRNA テクノロジーの最近の進歩により、がん免疫治療、in vivo CRISPR 遺伝子編集、およびその他のタンパク質補充療法など、その他の有望な応用も容易になっています。

mRNA 医薬品は、新しい治療法であり、高分子のバイオポリマー分子であることから固有の分析上の課題が生じます。mRNA の研究、並びに mRNA 医薬品とワクチンの開発、製造、QC リリースをサポートするための、製品特性解析や不純物分析などに用いる新しい分析法が必要になります。液体クロマトグラフィー(LC)や質量分析(MS)法によって高分子の核酸分子をインタクトで直接分析することは困難であるため1、多くの場合、インタクトな mRNA 分子をリボヌクレアーゼ(RNase)T1 などの特異的酵素で消化します2。RNase T1 は、グアノシンヌクレオチドの 3' 末端で一本鎖 RNA を切断し、生成物の 3' 末端にリン酸基が残ります。グアノシンは mRNA 配列に高頻度で存在するため、RNase T1 消化すると比較的短いオリゴヌクレオチドの混合物が生じ、これを LC MS/MS 分析法で分離し、配列決定することができます(3–5)。mRNA 分子のポリ(A)テール部分にはグアノシン残基が含まれないため、RNase T1 消化では、消化物中に存在する他のオリゴヌクレオチドよりも顕著に長い、主にオリゴ(A)配列で構成されるオリゴヌクレオチドが生じます(図 1 参照)。このオリゴヌクレオチドの長さは通常 100 ~ 150 nt です。 

図 1.  mRNA 構造の概略図。はさみは、RNase T1 の推定切断部位を示します。消化により短い RNA オリゴヌクレオチドが生成し、3' 末端ポリ(A)テールが遊離します。

このアプリケーションノートでは、インタクトな mRNA を RNase T1 で消化して得られたポリ(A)テールの長さを測定するための簡単な SEC 分析法について説明します。消化産物である 2 ~ 30 nt のオリゴヌクレオチドおよびポリ(A)テールオリゴヌクレオチドは、SEC を使用して分離します。mRNA のポリ(A)テールの平均長は、ポリ(A)オリゴヌクレオチドの保持時間、およびアデノシンリボヌクレオチド標準試料を用いて作成した SEC 検量線との比較から求めます。これは、イオン対逆相(IP RP)LC 分析法を補完する手法で、最大約 150 nt の長さの分子種について n/n-1 オリゴヌクレオチド分離が可能で、ポリ(A)テールの長さの不均一性についての別の視点を得ることができます。IP RP LC 分析法については、後続のアプリケーションノート 720007873 で詳細に説明します。

実験方法

EPO mRNA 標準試料は、TriLink Biotechnologies から入手しました(製品番号 L-7209)。EPO mRNA は 5' に Cap 1 構造が含まれ、これはポリアデニル化されており、配列全体に修飾 5-メトキシウリジンが含まれます。Fluc-Beta mRNA サンプルは AmpTec から入手しました(製品番号 M1436/1000-C1-A120-NM-P0)。この mRNA はポリアデニル化されており、配列に非修飾ウリジンが含まれます。mRNA サンプルの 1 mg/mL 溶液を、以下のプロトコルを使用して、RNase T1(Thermo Fisher、製品番号 EN0542、1000 U/µL)で消化しました。

50 µL の 1 mg/mL mRNA を 10 µL の rCutSmart 10x バッファー(New England Biolabs、製品番号 B6004S)と混合し、これに 2 µL の RNase T1 を添加しました。サンプルは 37 ℃ で 30 分間消化しました。消化後、1 µL の Quick CIP 酵素(New England Biolabs、製品番号 M0525S、5000 ユニット/mL)をサンプルに添加して、オリゴヌクレオチドから 3' リン酸基を除きました。脱リン酸化は、室温で 30 分間行いました。得られた消化物の 1 µL を、SEC カラムに注入するか、イオン対逆相 LC メソッドで分析しました。

SEC 条件

LC システム:

ACQUITY™ Premier UPLC™(SM-FTN および QSM 搭載)

検出:

PDA、Ti 5 µL セル、260 nm

カラム:

ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、4.6 × 150 mm、1.7 µm(製品番号:186009963)

カラム温度:

25 ℃

サンプル温度:

10 ℃

注入量:

1.0 µL(サンプル)

流速:

0.2 mL/分

移動相 A:

0.1 M リン酸バッファー(pH 8)、0.1 µm フィルターでろ過済み

移動相 B:

カラムの保管に使用する 30:70 メタノール:水

クロマトグラフィーソフトウェア:

Empower™ v3.0

IP RP LC の条件

LC システム:

ACQUITY Premier UPLC(SM-FTN および QSM 搭載)

検出:

PDA、Ti 5 µL セル、260 nm

カラム:

ACQUITY Premier Oligonucleotide BEH C18 300 Å、2.1 × 150 mm、1.7 µm(製品番号:186010541)

カラム温度:

60 ℃

サンプル温度:

10 ℃

注入量:

1.0 µL(サンプル)

流速:

0.3 mL/分

移動相 A:

100 mM 酢酸オクチルアンモニウム(OAA)含有 40% アセトニトリル/1% ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)溶液(v:v)

移動相 B:

100 mM OAA 含有 90% アセトニトリル/1% HFIP 溶液

移動相 D:

100% アセトニトリル

グラジエント:

40 分間で、46% A/54% B/0% D から 28% A/62% B/10% D まで

クロマトグラフィーソフトウェア:

Empower v 3.0

結果および考察

SEC サイズ排除クロマトグラフィーは、流体力学的サイズに基づいて分子を分離するメソッドです。本実験の最初のステップでは、1.7 µm または 2.5 µm の吸着剤が充塡された Waters™ 150 × 4.6 mm SEC カラムを、15 ~ 150 nt のオリゴヌクレオチドを分離する能力についてスクリーニングしました。その結果、ACQUITY UPLC BEH SEC 1.7 µm 125 Å カラムが、2 ~ 25 nt のオリゴヌクレオチドの分離に適していることがわかりました。ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å 1.7 µm カラムは 20 ~ 150 nt のオリゴヌクレオチドに適しており、ACQUITY BEH SEC 450 Å 2.5 µm カラムは 50 ~ 4,000 nt の核酸の分離に有用です(データは示していません)。 

図 2.  857 nt の EPO mRNA(赤色のクロマトグラム)を RNase T1 で消化しました。消化産物であるポリ(A)テールと 2 ~ 30 nt の短いオリゴヌクレオチド(青色のクロマトグラム)を、ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、4.6 × 150 mm、1.7 µm カラムで分離しました。 

この予備試験に基づいて、以降の実験には ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å 1.7 µm カラムを選択しました。図 2 は、このカラムで未消化 mRNA を mRNA RNase T1 消化産物から良好に分離できること、つまり遊離したポリ(A)テールを短いオリゴヌクレオチドから分離できることを示しています。図 3 に、オリゴリボヌクレオチドアデノシン標準試料を用いたキャリブレーションに基づくポリ(A)テールの長さの割り当てを示します。

キャリブレーションのトレンド logN = a × tr + b は、30 ~ 150 nt の範囲のオリゴヌクレオチドについて直線性を示しました。N はヌクレオチド数、tr は保持時間、a および b は線形回帰定数を示します。この検量線を使用して、観察された SEC ピークの保持時間から RNA のポリ(A)テールの長さを計算しました。

図 3b に、合成 RNA オリゴ(A)標準試料を使用した SEC カラムのキャリブレーションを示します。30、40、60 nt のサンプルは高純度を示しましたが、50 nt のオリゴ(A)RNA のピークは、切断された合成不純物の混入がより顕著であることがわかります。予想どおり、多くの合成不純物が 100 nt の標準試料中に検出されました。100 nt のオリゴヌクレオチドの推定純度(SEC 分析に基づく)は完全長産物について約 9% でした。

オリゴ(A)の標準試料(図 3b)と比較すると、ポリ(A)テールには明らかなピークフロンティングおよび広がりが認められます(図 3a)。これは、ポリ(A)テールのピークが均一ではなく、複数の密接に関連するポリ(A)テール分子種で構成されているためです。SEC 分析法では、N-x と N+x のポリ(A)テールバリアントを分離できません。一方、SEC UV 分析法では、ポリ(A)テールのピーク中に存在する主要なオリゴヌクレオチドの長さを簡単に推定できます。ポリ(A)テールの分子種の不均一性についての情報が必要な場合は、最大 150 nt のオリゴヌクレオチドまでの N 分子種と N-x 分子種を分離できる高分離能イオン対逆相 LC 分析法が使用できます。さらに、高分離能 IP-RP 分析法は、質量分析との組み合わせが可能になるように最適化できます。

図 3.  a)1970 nt の Fluc-beta mRNA(赤色のクロマトグラム)を RNase T1 で消化しました。消化産物であるポリ(A)テールと 2 ~ 30 nt の短いオリゴヌクレオチド(青色のクロマトグラム)を、ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å、4.6 × 150 mm、1.7 µm カラムで分離しました。b)30、40、50、60、100 nt の合成オリゴリボヌクレオチド(A)標準試料を使用した SEC キャリブレーション。挿入図に直線性検量線を示します。検量線の外挿を使用して、さらに長いポリ A テールの長さを概算しています。 

ポリ(A)テールの不均一性の高分離能 IP RP LC UV による調査

100 ~ 150 nt のオリゴヌクレオチドの効率的な IP RP LC 分離には、2 µm 以下の粒子を充塡したカラム(6, 7)と、100 mM 酢酸オクチルアンモニウム(3)などの強いイオン対試薬を添加した移動相が必要です。100 nt のオリゴ(A)RNA 合成標準試料と、RNase T1 で EPO mRNA を消化して遊離させたポリ(A)テールの分離を図 4 に示します。IP RP LC では、最大 150 nt のオリゴヌクレオチドについて n/n-x 分子種の部分的な分離が得られます。ポリ(A)テールは、推定長 124 nt の最も存在量の多いピーク付近の 10 ~ 15 種類のオリゴヌクレオチドで構成されています。この IP RP LC 移動相は MS 検出には適合しないので、この 124 nt のピークの長さは、ポリ(A)RNA 合成標準試料を使用して割り当てました。この IP PR LC 分析法の詳細については、後続のアプリケーションノートでさらに説明します。

図 4.  100 nt オリゴ(A)合成 RNA オリゴヌクレオチド標準試料(黒色のクロマトグラム)と RNase T1 による EPO mRNA 消化物(青色のクロマトグラム)の、ACQUITY Premier Oligonucleotide BEH 300 Å 1.7 µm カラムを用いた高分離能 IP RP LC 分析法での分離。ポリ(A)テールのシグナル中の最も存在量の多いピークは 124 nt と推定されています。 

結論

mRNA ポリ(A)テールの長さのシンプルで頑健な分析を実現する、SEC-UV 分析法を開発しました。ポアサイズが 250 Å の ACQUITY Premier Protein SEC 250 Å カラムがこの分析に最適であることが判明されました。オリゴリボヌクレオチド(A)合成標準試料を使用した SEC キャリブレーションは、30 ~ 150 nt の範囲で直線性を示しました。2 番目の IP RP LC UV 分析法も、長さ 150 nt までのオリゴヌクレオチドの分離に適していることがわかりました。この分析法では、ACQUITY Premier Oligonucleotide BEH C18 300 Å カラムを、ポリ(A)テールの不均一性に関する品質管理アッセイとして使用し、また厳密には MS 検出を必要としません。ポリ(A)テールの長さと不均一性の割り当てには、合成オリゴリボヌクレオチド(A)標準試料を使用します。いずれの分析法も、オリゴヌクレオチド分子種の確実な回収を確保するために、MaxPeak™ High Performance Surface を採用したカラムを用いています(8–11)。

参考文献

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720007853JA、2023 年 2 月

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