waters_connect™ ソフトウェアと BioAccord™ LC-MS システムを併用した脂質ナノ粒子成分中の不純物の特性解析およびモニタリング
要約
脂質ナノ粒子(LNP)は、核酸ベースの治療薬およびワクチンのための有効性の高いデリバリー担体として使用されています。一方、これらの脂質シェルの成分として、コアの脂質成分以外の不純物が含まれていることがよくあります。処方製品の安全性を確保するために、これらの不純物を厳しくスクリーニングし、特性解析する必要があります。不純物分析は、脂質原料のスクリーニングと LNP 組成分析の両方における重要な側面であり、低レベルの不純物のピークを検出し、確実に同定できる装置およびインフォマティクスプラットホームにより、プロセスを大幅に効率化することができます。今回、BioAccord システムおよび waters_connect ソフトウェアの組み合わせは、脂質原料および LNP の組成の分析における不純物の分析および同定を効率化できる適切なソリューションであることを実証します。
アプリケーションのメリット
- waters_connect インフォマティクスプラットホームで BioAccord LC-MS システムを使用した脂質不純物の同定とルーチンモニタリングのための効率的なデータ取り込みおよびデータ分析ワークフロー
- waters_connect プラットホームに統合された in-silico フラグメンテーションツールにより、BioAccord LC-MS システムを使用するデータインディペンデント取得モードでの、脂質のアイデンティティーの解析および確認が可能に
はじめに
デリバリー担体としての脂質ナノ粒子(LNP)の開発により、mRNA ベースのワクチンやその他の核酸ベースの治療法が成功しました。これらの脂質シェルは、医薬品有効成分(API)である核酸ペイロードをカプセル化して保護する役割を果たし、ターゲット細胞への安全かつ有効なデリバリーが保証されます。LNP を構成する 4 つの主成分として、1)流動性確保のためのコレステロール(CHO)、2)ヘルパーリン脂質であるジステアロイルホスファチジルコリン(DSPC)、3)親水性ミセル外表面を生成する PEG 化脂質、4)効力のプライマリードライバーであるイオン化脂質が含まれます。これらの脂質は、適切な比率で混合された場合、導入された遺伝物質の周囲に自己会合し、自然に LNP を形成します。これらの脂質成分はそれぞれ、社内で合成することもでき、サードパーティベンダーから購入することもできます。入手元に関係なく、原料のスクリーニングと LNP の組成および不純物の分析の両方に対して、厳密な分析を行うことが非常に重要です。したがって、脂質および不純物の特性解析、同定、およびモニタリングのアプリケーションが容易になる分析ツールが必要になります。
通常の LNP 分析では、アップストリームとダウンストリームのワークフローに異なるプラットホームを使用します。光学ワークフローには通常、紫外線(UV)検出器および/またはエバポレイト光散乱検出器(ELSD)や荷電化粒子検出器(CAD)などの汎用検出器が含まれ、これらはシンプルで使いやすいために、通常はダウンストリームの製造モニタリングおよび QC ワークフローで使用されます。アップストリームの特性解析ワークフローでは、質量分析(MS)と組み合わせた LC が、高感度で詳細な分析のゴールドスタンダードです。ただし、高度な MS 装置をコアラボの外に展開することは、困難になる場合があります。BioAccord システムは、これらの制限が克服できるように設計された、設置面積が小さく、操作およびメンテナンスが容易なベンチトップ型の飛行時間(ToF)型質量分析計です1。この SmartMS を使用するシステムにより、MS の専門知識のない、および/またはリソース/予算に制限があるラボなど、コアラボ以外のラボにおける MS へのアクセス性が向上します。BioAccord MS プラットホームにより、高感度が得られ、最小限のチューニングで再現性のある測定が行えて、LNP サンプル中の低レベル不純物のスクリーニングおよび検出が可能になるように設計されています。データインディペンデント取得モードである MSE フラグメンテーションを実行する機能を、統合 waters_connect ソフトウェアと組み合わせて使用することで、未知不純物の同定と特性解析が容易になります。
今回、インフォマティクスプラットホーム制御下の BioAccord システムにより、原料のスクリーニングと LNP の組成分析の両方において、信頼性の高い脂質不純物分析のための効率的で合理化したワークフローがどのように可能になるかについて実証します。
実験方法
本試験で使用した脂質はすべて、市販のものを購入し、研究および実証の目的のみに使用しました。各脂質のストック溶液をメタノール中に 1 mg/mL になるように調製しました。サンプルは、適切な濃度になるようにメタノール:水(90/10 v/v)で希釈しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier バイナリーソルベントマネージャーシステム |
バイアル: |
TruView™ マキシマムリカバリーバイアル(製品番号:186005662CV) |
バイアルのキャップ: |
ポリエチレン製セプタムレススクリューキャップ(製品番号:186004169) |
カラム: |
ACQUITY Premier CSH Phenyl-Hexyl カラム、1.7 µm、2.1 × 50 mm(製品番号:186009474) |
カラム温度: |
50 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
3 µL |
流速: |
0.400 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸(v/v)水溶液(LCMS グレード) |
移動相 B: |
0.1% ギ酸(v/v)アセトニトリル溶液(LCMS グレード) |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
BioAccord |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
コーン電圧: |
30 V |
フラグメンテーションコーン電圧: |
100-150 V |
脱溶媒温度: |
350 ℃ |
インテリジェントデータキャプチャー(IDC) |
オン |
データ管理
統合 UNIFI アプリケーション(バージョン 3.1.0.16)を搭載した waters_connect インフォマティクスプラットホームを用いて、データを取り込み、解析しました。
結果および考察
LNP 製剤を市場にリリースする前に、不純物をスクリーニングし、適切に特性解析する手順を踏んで、リリースされる製品の安全性と有効性の両方を保証する必要があります。本研究では、BioAccord システムとともに waters_connect インフォマティクスプラットホームを使用して、不純物分析を効率化する方法について実証します。ワークフローを使用して原料をスクリーニングすると同時に不純物を特性解析し、組成分析で不純物をモニターするケーススタディを説明しています。
内蔵の予測フラグメントイオンマッチングの利用
LNP 分析ワークフローでは、フラグメンテーションスペクトルが、脂質ナノ粒子の成分とその不純物のアイデンティティーを解析するのに役立ちます。BioAccord 装置には、質量分析計が低エネルギースペクトルと高エネルギースペクトルの間で切り替え、クロマトグラフィー分離全体にわたって基本的にすべての化合物のプリカーサーイオンとフラグメントイオンを取り込む MSE データインディペンデント取得を行う機能が備わっています。この装置では、ランプを使用して、各プリカーサーイオンについて生成する高エネルギースペクトル中のフラグメントイオンの数を最大にします。これらのスペクトルから、化合物の同定に役立つ豊富な情報が得られますが、意味のあるスペクトル解析には時間がかかり、高い専門知識が必要になります。
waters_connect プラットホーム内の UNIFI アプリは、フラグメンテーションスペクトルの解釈を容易にし、分析種分子の同定を補助するために、既知の構造の in silico フラグメンテーションを使用して、フラグメントイオンを特定の分子の予測フラグメントとマッチングする機能を提供します。この機能を使用するには、図 1A に示すように、構造ファイルを「.mol」ファイルとしてサイエンスライブラリーにインポートします。次に、分析の解析メソッドの「Target by Mass」(質量によるターゲット)セクションの[Generate predicted fragments from structure](構造から予測フラグメントを生成)チェックボックスを選択することで、in-silico フラグメンテーション予測機能が有効になります。この設定を図 1B に示します。この機能を有効にすると、高エネルギースペクトル中の成分の予測構造と質量が一致するフラグメントイオンの横に構造が表示されます。これらの構造により、スペクトルの解析が迅速になり、成分の同定結果を迅速に確認できます。図 1C および 1D に、2 つの分子(イオン化脂質 SM-102 とコレステロール)について、in-silico フラグメントイオンを高エネルギースペクトル中のイオンとマッチングする例を示します。
原料のスクリーニングにおける不純物の特性解析
最終製品の品質が許容範囲内であることを保証するには、成分混合物中の不純物ピークの検出に加えて、原料の不純物スクリーニングがきわめて重要です。異なるベンダーからの原料、あるいは同じベンダーからの異なるロットの原料でさえ、固有の不純物プロファイルを持つ場合があることがこれまでに示されています2。 感度が向上し、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量情報の追加により、これらの不純物の検出と解析が改善し、ワークフローが迅速になります。陽イオン性イオン化脂質である Dlin-MC3-DMA のサンプルを BioAccord システムで分析した例を図 2 に示します。TIC を調べたところ、3.38 分のメインピーク以外に多数のピークがあることがわかりました。可能性のある同定をこれらのピークに推定割り当てをするために、予想されるメインピークの変換を検索に含めることができます。図 2A に示すように、解析メソッドにおいて、酸化、還元、不飽和化などの一般的な変換をリストから選択することができます。選択した変換のそれぞれから得られる質量を、次に UNIFI ワークフローの化合物のスクリーニングステップに含めます。フラグメントスペクトルの情報を使用して変換を突き止めるという選択肢もあります。予想される変換のリストを検索することにより、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量のマッチングに基づいて、クロマトグラムの不純物ピークを同定することができました。検出された Dlin-MC3-DMA の変換のリストがレビューページの成分サマリー画面に表示されます(図 2B)。図 2C に、Dlin-MC3-DMA のスクリーニングのベースピークイオン(BPI)クロマトグラムを、対応するさまざまな変換とともに示します。図 2D および 2E はそれぞれ、酸化ピークの 1 つの低エネルギースペクトルと高エネルギースペクトルを示しており、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の m/z 値の注釈が付いています。
不純物の構造をさらに解析するため、フラグメンテーションスペクトルを使用して、分子の修飾を明確に突き止めることができます。例として、Dlin-MC3-DMA の酸化を調査しました。脂質で見られる可能性のある酸化には、1)極性ヘッドグループのアミンの酸化、2)二重結合の 1 つのエポキシ化、の 2 種類があります。これらの構造をサイエンスライブラリーに追加し、成分の検索に含めました。酸化ピークのプロファイリングを改善するため、Dlin-MC3-DMA サンプルに過酸化水素による酸化ストレスを与えてから、LC-BioAccord プラットホームで分析しました。in-silico フラグメンテーションツールを使用してフラグメンテーションスペクトルをレビューすることで、図 3 に示すように、酸化の実際の位置が明らかになります。アミン酸化を含む構造を使用して理論上のフラグメントを生成すると、観察されたほぼすべてのフラグメントイオンの構造が一致するだけでなく、第 1 級アミンの酸化の位置を確認できる重要なフラグメントイオンもあります。図では、これらのイオンに A、B、C とラベル付けしています。二重結合エポキシ化構造を使用してフラグメントイオンを生成すると、A や B の m/z が発生するフラグメンテーションはありません。さらに、D とラベル付けした脂肪酸鎖のフラグメントは、酸素が構造から切断される場合にのみマッチします。これらの結果から、酸化がアミン基で起きていることが確認されました。
LNP 混合物中の不純物のモニタリング
組成分析時に、これらの特性解析した不純物を複数のサンプルにわたってモニターする場合、脂質が適切な比率で存在することを確認するだけでなく、医薬品の開発および製造において、低存在量の不純物をすべて確実に検出できることが重要です。サンプル全体にわたる不純物ピークの追跡を容易にするため、項目タグを使用して主成分および以前に特性解析した既知の不純物を指定することができます。これらの項目タグは、サイエンスライブラリーに追加でき、メソッド間で簡単に移管することができます。低レベルの不純物の検出における BioAccord システムの機能を実証するため、4 種類の LNP 成分 SM-102:CHO:DSPC:DMG-PEG 2000 が 1.0:0.42:0.22:0.11 の比で混合されたサンプルに、別のイオン化脂質 DOTMA を、ベースピーク強度の 0.1% になるようにスパイクしました。図 4A に、この混合物について得られた TIC クロマトグラムを示します。DOTMA のピークは、混合物中の他の成分と比較してかなり低いように見えますが、それでも検出できます。このことは、DOTMA が既知の不純物として「タグ付け」(赤色のボックス)されている成分ライブラリー(図 4B)および抽出イオンクロマトグラム(図 4C)によって裏付けられています。これらのツールにより、多数のサンプルセットにわたって既知の不純物を迅速にモニターすることができます。
結論
リリースする製品の安全性と有効性を確保するには、LNP の開発および製造プロセス全体にわたる不純物の厳密な分析が必要です。BioAccord システムを使用することにより、原料のスクリーニングと組成分析の両方において詳細な分析が可能になり、LNP サンプル中の不純物の検出と特性解析が迅速になります。プリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量データにより、LNP プロファイル中の未知ピークが高感度で検出でき、信頼性の高い同定が行えます。waters_connect プラットホームの UNIFI アプリのツールを使用することで、データの検討が効率化し、豊富な情報を有効に活用することができます。得られた情報および開発したメソッドは、ダウンストリームのシングル四重極 MS または ELS 検出器を使用するモニタリングワークフローに移管して、脂質ナノ粒子の開発および製造におけるリスクの軽減に役立てることができます2,3。
参考文献
- Isaac G, Ranbaduge N, Alden BA, Quinn C, Chen W, Plumb RS.Rapid Analysis of Lipid Nanoparticle Components Using BioAccord LC-MS System.Waters Application Note, 720007296.2021 June.
- Han D, DeLaney K, Alden BA, Birdsall RE, Yu Y. Lipid Nanoparticle Analysis: Leveraging MS to Reduce Risk.Waters Application Note, 720007716.2022 Sept.
- DeLaney K, Han D, Birdsall BE, Yu Y. Optimized ELSD Workflow for Improved Detection of Lipid Nanoparticle Components.Waters Application Note, 720007740.2022 年 10 月
720007844JA、2023 年 1 月