Xevo™ G3 QTof を用いたバイオシミラーモノクローナル抗体(mAb)医薬品中の遊離 N 結合型糖鎖の特性解析
要約
開発中のバイオシミラーモノクローナル抗体(mAb)の数が増加するにつれて、上市する前に製品が該当する要件を満たすことを確認するために、合理化された特性解析が必要とされています。バイオシミラー mAb は、アミノ酸配列が同じであっても、グリコシル化などの修飾に違いがあることがよくあります。グリコシル化は免疫原性その他の生物学的活性に影響する可能性があるため、糖鎖の特性解析は重要です。しかし、存在する糖鎖の存在量の低さや、複雑な分岐構造や異性体構造のために、分析が困難になる場合があります。この試験では、GlycoWorks™ RapiFluor-MS™ 標識、HILIC クロマトグラフィー分離、waters_connect™ インフォマティクスツールとともに Xevo G3 QTof 質量分析計を使用して、一群の遊離 N 結合型糖鎖を特性解析する方法について示します。Remicade™(先発品)および Renflexis™(バイオシミラー)などのインフリキシマブ医薬品のグリコシル化プロファイルを、蛍光検出と組み合わせた低エネルギーおよび高エネルギーの MS データを使用して比較しました。結果から、このワークフローによって得られる感度および構造情報が N 型糖鎖の特性解析にどのように役立つかがわかります。
アプリケーションのメリット
- Xevo G3 QTof 質量分析計の高い感度と特異性の恩恵を受ける N 結合型糖鎖の特性解析
- MSE 取り込み(DIA)により、バイオシミラーの詳細な同等性評価および高エネルギーフラグメントイオンスペクトルに基づく糖鎖構造の割り当ての確認が可能になる
- バイオシミラー mAb 製品の違いに関する waters_connect での詳細な調査のための合理化されたワークフロー
はじめに
開発中のバイオシミラーモノクローナル抗体(mAb)医薬品のパイプラインが増加するにつれて、製品特性の分析を合理化して、先発品との分析的同等性に関する該当する要件を確実に満たす必要があります。バイオシミラーは、先発品と非常に類似していることを実証する必要があり、すべての違いを慎重に評価して、製品の安全性および有効性に対する悪影響が生じないことを立証する必要があります。グリコシル化は、免疫原性やその他の生物学的活性に影響を及ぼす可能性がある重要な修飾です1。 またこの修飾は、タンパク質のアミノ酸配列が同じであっても、医薬品が由来する製造プロセスと細胞株が異なると、mAb 製品間で著しく異なる可能性があります2。 mAb 製品の糖鎖の完全な特性解析により、単糖組成および結合に関する情報が得られ、これらの評価が可能になります。
グリコシル化の特性解析は、バイオシミラーが必要な基準を満たしていることを確認する上で重要なステップですが、課題になる場合もあります。この課題は、多くの糖鎖は、存在量が低いこと、光学検出に使用できる発色団がないこと、および複雑な分岐構造や異性体構造に起因します。この試験では、Xevo G3 QTof 質量分析計を使用することで、糖鎖前駆体の精密質量の測定およびインラインの蛍光検出器を使用した相対定量プロファイリングに加えて、衝突誘起フラグメンテーションによって得られる豊富な構造情報を使用して、同等性評価に十分な感度で、mAb 医薬品中の遊離 N 型糖鎖をどのように特性解析するかについて示します。
この試験では、GlycoWorks Rapi-MS を使用することで、HILIC クロマトグラフィーによる効果的なグリコフォームの分離、高感度の蛍光検出、高い MS イオン化効率が可能になりました3。 遊離糖鎖サンプルを、自動化のための GlycoWorks RapiFluor-MS キットを用い、Andrew+™ ピペッティングロボットを使用して前処理し、続いて、インライン ACQUITY FLR および Xevo G3 QTof 検出器に接続した ACQUITY™ Premier LC システムで HILIC UPLC 分離しました。遊離 N 型糖鎖のプロファイルを、インフリキシマブの先発品(Remicade)および承認済みバイオシミラー(Renflexis)について生成しました。この分析により、糖鎖バリアントのパターンにおけるバイオシミラーと先発品の違いがいくつか確認され、違いを特定の構造に割り当てることができました。これは、適切なバイオシミラーとしての同等性の議論に向けての重要なステップです。
実験方法
サンプルの説明
先発品のインフリキシマブ(Remicade)および承認済みバイオシミラー(Renflexis)から酵素的に遊離させた糖鎖サンプルは、GlycoWorks RapiFluor-MS(RFMS)自動化プロトコルに従って、Andrew+ ピペッティングロボットを使用して前処理しました4。 各サンプルについて、2 µL の標識糖鎖(約 0.5 µg の mAb から)をカラムに注入しました。
LC 条件
LC システム: |
ACQUITY Premier BSM UPLC |
検出: |
ACQUITY Premier FLR 検出器(λ励起 = 265 nm、λ蛍光 = 425 nm、2 Hz) |
バイアル: |
MaxPeak HPS を採用した QuanRecovery™ バイアル(製品番号:186009186) |
カラム: |
ACQUITY Premier Glycan BEH™ Amide カラム(1.7 µm、130 Å、2.1 × 150 mm)(製品番号:186009524) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
2 µL |
移動相 A: |
Waters™ ギ酸アンモニウム溶液 - 糖鎖解析(製品番号:186007081)から調製した 50 mM ギ酸アンモニウム(pH 4.4) |
移動相 B: |
アセトニトリル |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Xevo G3 QTof |
イオン化モード: |
ESI、ポジティブ |
取り込み範囲: |
m/z 100 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
3.0 V |
コリジョンエネルギー: |
低エネルギー:6 V 高エネルギーランプ:15 ~ 40 V |
コーン電圧: |
40 V |
イオン源温度: |
120 °C |
脱溶媒温度: |
300 ℃ |
コーンガス: |
35 L/時間 |
脱溶媒ガス: |
800 L/時間 |
インテリジェントデータキャプチャー(IDC)設定: |
低(5) |
データ管理
統合 UNIFI™ アプリケーション(バージョン 3.1.0.16)を搭載した waters_connect インフォマティクスプラットホームを用いて、データを取り込み、解析しました。MS 確認ワークフローによる糖鎖 FLR を使用して、各サンプルの糖鎖を同定しました。次に、先発品とバイオシミラーの比較が容易になるように、同じデータを、同定済み糖鎖をまとめたリストを使用して、精密質量スクリーニングワークフローで再解析しました。
結果および考察
バイオシミラーとしての同等性を評価する際、糖鎖バリアントプロファイルに何らかの違いが検出されると、バイオシミラーの候補中に検出された追加の分子種を速やかに同定することが必要になります。それらのプロファイルにおける存在量の違いが両方のサンプル中の同じ分子種によるものであるという確認を得て、製品の特性解析の作業を効果的に再開することも重要です。mAb サンプル中の遊離糖鎖の特性解析には、複雑な標識遊離糖鎖混合物中の低存在量の N 結合型グリコフォームを検出し、各構造の単糖組成および結合を明確に割り当てるのに十分な感度が必要です。糖鎖を GlycoWorks RapiFluor-MS で標識すると、蛍光検出による高感度の光学検出により、糖鎖プロファイルを包括的に定量することができ、プリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの精密質量データにより、糖鎖の単糖組成および構造に関する情報が得られます。
図 1 に、蛍光検出器や低コリジョンエネルギーおよび高いコリジョンエネルギーの MS チャンネルから得られたクロマトグラムを含む、2 台の検出器から得られた豊富な情報を示しています。これらの MS チャンネルでは、指示したピークについてプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンの質量スペクトル(DIA モード)を生成することができます。このようなデータを使用し、グルコース単位に基づくキャリブレーション済み保持時間値および包括的糖鎖ライブラリーに対して検索した MS1 質量確認を用いて、糖鎖プロファイルのルーチンのプロファイリングおよび正確な確認を行うことができます。この目的には多くの場合、UNIFI の FLR + 質量確認ワークフローを、mAb サンプル中に通常同定される構造を網羅した 177 種類の N 型糖鎖構造を含む Waters RFMS Glycan GU ライブラリーと組み合わせて使用します5。 この情報を使用することで、糖鎖構造を確実に割り当て、mAb 医薬品の糖鎖プロファイルを評価することができます。このワークフローについては、先発品とバイオシミラーのインフリキシマブを比較した以前のアプリケーションノートで詳細に説明されています6。
図 2 に、先発品(Remicade、青線)およびバイオシミラー(Renflexis、赤線)の TIC クロマトグラムの重ね描きを示します。重ね描きクロマトグラムから明らかなように、2 つの mAb 製品の間には多くの違いがあります。クロマトグラム中の、1 つの mAb のみで検出される、または存在量が異なる一部の注目される糖鎖の一部に、GU + 質量を割り当てた構造をラベル付けしています。興味深いことに、認められた違いの多くは、HILIC 分離で遅く溶出するシアル化糖鎖中にありました。非シアル化構造には、高マンノース糖鎖の有無およびその存在量の違い(M5 と M6)や、1 本側鎖(A1)と 2 本側鎖(A2)のα-ガラクトシル化糖鎖の存在量の違いなど、その他の違いがありました。
MS1 TIC クロマトグラムに基づくクロマトグラムの違いの観察に加えて、データ非依存的取り込み(DIA、MSE)を使用して得られた高エネルギー質量スペクトルからも有用な情報を得ることができます。MSE を使用すると、MS スペクトルが低コリジョンエネルギーと高コリジョンエネルギーで交互に取り込まれ、サンプル中のすべての成分からプリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方がキャプチャーされます。この取り込みメソッドにより、高エネルギー質量スペクトルの診断フラグメントイオンから情報を得ることができます。例えば、シアル酸の主要な形態である NeuAc と NeuGc の 2 つは、それぞれ質量が 291.095 と 307.090 です。
高エネルギーチャンネルのこれらのフラグメントイオンの抽出イオンクロマトグラムを生成すると、各サンプルのシアル化糖鎖のプロファイルがすぐにわかります。図 3 に、Remicade および Renflexis の抽出イオンクロマトグラムを、NeuGc(左)および NeuAc(右)に特徴的なオキソニウムイオンについて示しています。これにより、Remicade には NeuGc 糖鎖がより多く含まれ、Renflexis には NeuAc 糖鎖がより多く含まれていることが明らかになります。これらの mAb は異なる細胞株(Remicade はマウス由来の細胞、Renflexis はチャイニーズハムスターの卵巣)に由来するため、この違いは予想どおりです。ただし、これらの違いは医薬品の免疫原性、PK、受容体の相互作用に影響する可能性があるため、確認しておくことが重要になります。
高エネルギーフラグメントイオンスペクトルは、サンプル中の割り当てられた糖鎖のアイデンティティーをさらに確認する目的にも使用できます。立体化学構造を割り当てるには、イオンモビリティーや NMR などの追加の手法が必要ですが、このプラットホームにより、単糖ユニットの有無やグリコシド構造の一貫性を確認することができます。高エネルギースペクトルから有益なフラグメントイオン情報を得るには、単糖単位のフラグメンテーションは見られるが、過剰なフラグメンテーションによってスペクトルが複雑になって重要な情報が不明瞭になることがないように、コリジョンエネルギーを最適化する必要があります。今回、最適なコリジョンエネルギーランプは 15 ~ 40 V であることがわかりました。
RFMS 糖鎖タグによりイオン化が大きく促進されるため、RFMS を含む末端から伸びているフラグメンテーションパターンが優先的に生じるため、構造の解釈が簡単になることに注意してください。MSE 高エネルギースペクトルの例として、ハイブリッドシアル化 N 型糖鎖構造を有する N 型糖鎖 M5A1G1NeuGc1 のスぺクトルを図 4 の上に示します。この糖鎖は、先発品には存在しますがバイオシミラー製品には存在しません。この N 型糖鎖の TIC クロマトグラムでの相対存在量は低いですが(約 1.4%)、高エネルギースペクトルでは糖鎖構造を立証するのに十分なフラグメントイオンが見られます。いくつかの重要なフラグメントイオンにはマッチする構造がラベル付けされており、単糖の一貫性を示すフラグメンテーションが見られます。
複数の共溶出する分子種が存在することを示すクロマトグラムが得られる複雑なサンプルの場合、データ依存的取り込み(DDA)では、個々のプリカーサーイオンが分離されてフラグメンテーションされるため、よりきれいなフラグメンテーションスペクトルが得られる可能性があります。DDA スペクトルの例を、複雑なシアル化 N 糖鎖構造 FA2G2NeuAc について、図 4 の下に示します。この糖鎖は、存在量が低く(約 1%)、バイオシミラーの Renflexis でのみ検出されています。異性体の糖鎖は、バイオ医薬品の活性と安全性に大きく異なる影響を及ぼす可能性があるため、このフラグメンテーションデータは、構造が非特異的な場合における割り当ての確認に役立ちます。
結論
分子のバッチごとに、または先発品とバイオシミラーの間で糖鎖バリアントプロファイルに違いが見られる場合、これらの違いが及ぼす可能性のある影響を評価するために、ある程度拡張した製品特性解析が必要です。mAb のグリコシル化の特性解析は、mAb 製品の先発品に対するバイオシミラーとしての同等性を確認するために重要ですが、このプロセスは、糖鎖の構造的多様性のために困難を伴う場合があります。ACQUITY Premier UPLC、インライン ACQUITY FLR、Xevo QTof 検出器で構成されるシステムから得られる定量プロファイルおよび RFMS 標識糖鎖構造の情報により、mAb 製品から遊離した糖鎖の特性解析が容易になり、先発品とバイオシミラー製品の完全な比較が可能になります。高エネルギー MSE 取り込みまたはターゲット MS/MS によって生成されたフラグメントイオンスペクトルによって得られる追加の情報により、これらの糖鎖の組成および構造の割り当てを確認するのに必要なより詳細な情報が得られます。Xevo QTof MS を使用するこのワークフローによって得られる感度と特異性により、mAb のグリコシル化プロファイルを、低存在量の糖鎖バリアントについても特性解析することができます。
参考文献
- Faid V, Leblanc Y, Berger M, Seifert A, Bihoreau N, Chevreux G. C-terminal Lysine Clipping of IgG1: Impact on Binding to Human FcγRIIIa and Neonatal Fc Receptors.Eur J Pharm Sci.2021 Jan, 159, 105730.
- Zhang P, Woen S, Wang T, Liau B, Zhao S, Chen C, Yang Y, Song Z, Wormald MR, Yu C, Rudd PM.Challenges of Glycosylation Analysis and Control: An Integrated Approach to Producing Optimal and Consistent Therapeutic Drugs. Drug Discovery Today. 2016, 21 (5), 740–765.
- Lauber M, Yu YQ, Brousmiche DW, Hua Z, Koza SM, Magnelli P, Guthrie E, Taron CH, Fountain KJ.Rapid Preparation of Released N-Glycans for HILIC Analysis Using a Labeling Reagent that Facilitates Sensitive Fluorescence and ESI-MS Detection.Anal Chem. 2015, 87 (10), 5401–5409.
- Lambert P, Cullen D, Davey L, Koza SM, Reed C, Lauber MA, Fournier JL.Robust Automated High-Throughput N-Glycan Analysis Using the GlycoWorks RapiFluor-MS N-Glycan Kit for Automation.Waters Application Note.720006194. February 2018.
- Yu YQ.Released N-linked Glycan Analysis Using the Glycan Application Solution with UNIFI.Waters Technology Brief.720005598. January 2016.
- DeLaney K, Htet Y, Yu YQ.Comparison of Released N-Glycans in Biosimilar mAb Drug Products using the BioAccord™ LC-MS System.Waters Application Note.720008041.October 2023.
720008084JA、2023 年 10 月