• アプリケーションノート

SELECT SERIES™ Cyclic™ IMS を使用したガングリオシドの異性体の分離

SELECT SERIES™ Cyclic™ IMS を使用したガングリオシドの異性体の分離

  • Giorgis Isaac
  • Hernando Olivos
  • Robert S. Plumb
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

生物学的プロセスにおける脂質の役割と機能を理解することは、健康状態および疾患状態に対応する新しいバイオマーカーの開発に不可欠です。オリゴ糖鎖とセラミド部分の構造のばらつきに起因するガングリオシドのケミストリーの複雑な性質により、この分子の特性解析は困難な課題になっています。化学組成や分子配座のわずかな差異により、物理化学的特性や生物学的機能に大きな差異が生じます。SELECT SERIES Cyclic IMS 装置は独自の複数周回機能を持ち、それによってイオンモビリティー分解能を高めることができます。ここでは、SELECT SERIES Cyclic IMS の複数周回機能でのみ可能なイオンモビリティー分解能 145 Ω/ΔΩ(20 回周回)を必要とするガングリオシド異性体 GD1a(d18:1/18:0)および GD1b(d18:1/18:0)の完全な分離を実証します。

アプリケーションのメリット

  • 従来は分離不能であった SELECT SERIES Cyclic IMS を用いた脂質異性体の完全な分離
  • イオンモビリティーの分解能を拡張してピークキャパシティを最大化し、分析上のあらゆる課題に対応
  • ミリ秒単位の迅速な分析時間によりスループットを向上

はじめに

ガングリオシドは、ヘキソース、N-アセチルノイラミン酸(NANA、シアル酸とも呼ばれる酸性糖)、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)単位からなるオリゴ糖鎖とグリコシド結合によって結合したセラミドからなるスフィンゴ糖脂質です。その構造の多様性は、糖残基の組成や配列のばらつきに起因します(図 1)。ガングリオシドは、脳のガングリオン細胞から初めて分離され、現在までに糖残基の位置と数が大きく異なる多くのガングリオシドの存在が知られています。これらの脂質について完全に記述し、生物学的役割と機能を理解するには、その異性体の特性解析を行う必要があります。さまざまな糖鎖ヘッドグループ、長鎖塩基、実験的に決定した脂肪酸アシルを組み合わせることで、液体クロマトグラフィーおよびタンデム質量分析を用いたガングリオシド分析が達成できました1

液体クロマトグラフィーを用いてガングリオシドの異性体を分離することは可能ですが、多くの場合、徹底的なメソッド開発と長い分析時間が必要になります。液体クロマトグラフィーとは異なり、イオンモビリティーでは、分析種をその形状と電荷に基づいて分離します。分析種の間の類似性が高いほど、分離が困難になります。Waters SELECT SERIES Cyclic IMS では、Tof-MS アナライザーの前に高分解能イオンモビリティー(IM)分離を採用することで、分析種の分離に直交的なメカニズムを提供しています2,3。GD1a(d18:1/18:0)と GD1b(d18:1/18:0)は、化学的構成(図 1に示す NANA 配列に基づく)にわずかな違いがあり、これにより物理化学的特性と生物学的機能に大きな違いがもたらされています。GD1a、GD1b、およびその他のガングリオシドの異性体は構造的に非常に類似しているため、従来の脂質分析法を使用して分離や同定を行うことは困難です。ここでは、GD1a 異性体および GD1b 異性体を完全に分離できる拡張可能な IM 分離が行える複数周回 SELECT SERIES Cyclic イオンモビリティー MS の使用について実証します(図 1)。

図 1.  ガングリオシド GD1a(d18:1/18:0)および GD1b(d18:1/18:0)の構造。ガングリオシドは、グルコース(Glc)、ガラクトース(Gal)、N-アセチルノイラミン酸(NANA)、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)単位を含むオリゴ糖鎖にグリコシド結合によって結合したセラミドで構成されています。 

実験方法

サンプルの説明

ガングリオシド標準試料 GD1a(d18:1/18:0)(製品番号:860055)および GD1b(d18:1/18:0)(製品番号:860056)は、Avanti Polar Lipids から二アンモニウム塩粉末として入手しました。ストック溶液は、クロロホルム/メタノール(1/2)中に濃度 1 mg/mL になるように個別に調製しました。これらの標準試料は、純粋な個別の標準試料として希釈するか、濃度 1 ng/mL のそれぞれをクロロホルム/メタノール(1/2)中に 1:1 混合して希釈し、SELECT SERIES Cyclic IMS の ESI イオン源に 5 μL/分で注入しました。

分析条件

MS 条件

m/z 917.4875 [M-2H]-2 の二価の脱プロトン化イオンを、低トラップおよび低トランスファーコリジョンエネルギーの四重極中で選択しました。孤立したイオンはサイクリックモビリティーセルに移動し、複数回周回しました。必要な周回数に応じて、装置の分離設定を調整しました。

MS システム:

SELECT SERIES Cyclic IMS

イオン化モード:

ESI-

取り込み範囲:

m/z 50 ~ 2000

キャピラリー電圧:

2 kV

コーン電圧:

30 V

トラップのコリジョンエネルギー:

6 V

トランスファーのコリジョンエネルギー:

4 V

コーン電圧:

30 V

TW 静的高さ:

30 V

TW 速度:

375 m/秒

注入流速:

5 μL/分

データ管理

MS ソフトウェア:

MassLynx™ 4.2

結果および考察

標準試料のガングリオシド脂質混合液を流速 5 μL/分で SELECT SERIES Cyclic IMS システムに注入し、ネガティブ ESI イオン化モードでモニターしました。この混合物を、サイクリックイオンモビリティーセルで 1 回、2 回、3 回、4 回、または 5 回周回させました(図 2)。図 2A に示すデータから、IMS セルの 1 回周回(モビリティー分解能 65 Ω/ΔΩ)では、ガングリオシドの異性体が分離されず、18.10 ミリ秒を中心とする到着時間の分布(ATD)として検出されたことがわかります。ピークの頂点を詳しく調べると、非ガウスプロファイルを示しており、2 つの分子種の存在が示唆されます。IMS セルの周回数を 2 回に増やすと(IMS 分解能は約 90 Ω/ΔΩ)、ピーク幅が顕著に広くなります。また、ピークの立ち上がり部に明確なショルダーが現れ、メジャーピークの到着時間が 24.14 ミリ秒であるのに対して、その到着時間は 23.63 ミリ秒でした。IMS セルの周回数を 3 回に増やすと(IMS 分解能は約 110 Ω/ΔΩ)、2 つの分子種が存在することが明らかになり、両者は 80% の谷で分離されていました。周回数を 4 回にすると(IMS 分解能は約 130 Ω/ΔΩ)、ほぼベースライン分離した 2 つの明確なピークになり、周回数を 5 回にすると(IMS 分解能は約 145 Ω/ΔΩ)、GD1b(d18:1/18:0)と GD1a(d18:1/18:0)がベースライン分離し、それぞれ ATD は 41.22 ミリ秒と 42.58 ミリ秒を中心としています。SELECT SERIES Cyclic IMS システムの複数回の周回および拡張可能という特性により、IMS の分解能が向上し、特定の課題に対応することができます。 

図 2.  イオンモビリティーデバイスで(A)1 回、(B)2 回、(C)3 回、(D)4 回、(E)5 回周回を使用した m/z 917.488 [M-2H]-2 の混合物の GD1a(d18:1/18:0)と GD1b(d18:1/18:0)の分離における到着時間の分布。

分子種 GD1a(d18:1/18:0)および GD1b(d18:1/18:0)の到着の順序を決定するために、個々のガングリオシドとその等モル混合物を個別に SELECT SERIES Cyclic IMS システムに導入し、ネガティブ ESI イオン化モードでイオンモビリティーセルの 5 回周回を行いました。得られたデータを図 3 に示します。ここで、ガングリオシド脂質 GD1a(d18:1/18:0)の ATD は、41.39 ミリ秒(図 3B)を中心とし、GD1b(d18:1/18:0)の ATD は 42.67 ミリ秒(図 3A)を中心として検出されました。これらの個別の標準試料のデータは、IMS 分解能 145 Ω/ΔΩ(5 回周回)のガングリオシド脂質異性体のベースライン分離を示す混合物を反映しています。

図 3.  イオンモビリティーデバイスでの 5 回周回を使用した、個々の(A)GD1a(d18:1/18:0)、(B)GD1b(d18:1/18:0)、または(C)m/z 917.488 [M-2H]-2 の ガングリオシド異性体 2 種の等モル混合物の分離における到達時間分布

結論

脂質の正しい同定は、その生物学的役割と重要性を理解する上で不可欠です。独自の複数周回サイクリック IM 機能により、イオンモビリティー分解能を高めて特定の課題に対応することができます。SELECT SERIES Cyclic IMS を備えた cIMS 装置での 5 回周回を使用して、イオンモビリティー分解能 145 Ω/ΔΩ で 2 種のガングリオシド異性体 GD1a(d18:1/18:0)と GD1b(d18:1/18:0)の優れた分離を達成できました。2 種の脂質異性体を完全に分離するには IMS セルでの 5 回周回が必要でしたが、IMS セルでの 3 回周回の後では 2 つの分子種が明確に観測され、IMS セルでの 4 回周回の後では 80% が分離されていました。このデータは、リピドミクス試験における脂質異性体の検出と同定における SELECT SERIES Cyclic IMS の能力を証明しています。

参考文献

  1. Li Z, Zhang Q. Ganglioside Isomer Analysis Using Ion Polarity Switching Liquid Chromatography-Tandem Mass Spectrometry.Anal Bioanal Chem.2021; 413: 3269–3279.
  2. Giles K, Ujma J, Wildgoose J, Pringle S, Richardson K, Langridge D, Green M. A Cyclic Ion Mobility-Mass Spectrometry System. Anal Chem. 2019; 91: 8564–8573.
  3. Ujma J, Ropartz D, Giles K, Richardson K, Langridge D, Wildgoose J, Green G, Pringle S. Cyclic Ion Mobility Mass Spectrometry Distinguishes Anomers and Open-Ring Forms of Pentasaccharides.Am Soc Mass Spectrom. 2019; 30: 1028–1037.

720007592JA、2022 年 4 月

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