熱分解-ガスクロマトグラフィー-ソフトイオン化を用いた高分解能質量分析によるポリマー特性解析の信頼性の向上
要約
このアプリケーションノートでは、従来の EI-タンデム四重極 MS を用いる熱分解-GC と QToF MS に結合した熱分解 APGC の比較について紹介します。ソフトイオン化と高分解能精密質量取り込みの分析上の利点を、ポリマー標準試料およびバイオベースのプラスチック袋の分析について検討しました。さらに、化合物の推定同定を支援するソフトウェアツールも紹介します。この装置構成により、複雑な使用済みの工業用またはバイオベースのポリマー材料の特性解析に有効なツールが実証されます。
アプリケーションのメリット
- 熱分解-APGC-QToF MS は、気相分離を用いた複雑なポリマー材料の組成分析を専門とするラボに有効な分析ツール
- APGC を用いるソフトイオン化により、分子イオン検出が化学元素組成の確認、構造解析、および化合物の同定に役立つ
- 従来の真空 GC-MS 装置よりも時間効率のよいワークフローでソフトイオン化が実現
- MSE データ取り込みモードにより、サンプル内の未知物質の構造解明にとって重要な、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量が収集可能に
はじめに
持続可能なポリマーと天然素材に対する科学的関心の高まりにより、リサイクルの増加と、単回使用のオイルベースのプラスチックに代わるバイオベースのプラスチックの開発が進められています。一方、工業原料などの天然由来のポリマーは複雑であり、使用する前に特性解析が必要です。さらに、使用後のリサイクルおよびバイオベースのプラスチックの使用が増加すると、添加剤や潜在的な汚染物質の存在に関する規制が増加する可能性があります。これには、ポリマー配合の化学成分のより詳細な評価が必要になる可能性があります1。
ポリマー研究の分野では、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)と組み合わせた熱分解が広く使用されており、難溶解性サンプル2 においては、ますます顕著になっています3。
一方、高エネルギーの電子イオン化(EI)においては、ポリマーの特性解析や添加剤や潜在的な汚染物質を同定するのに十分な感度と選択性が得られません。ソフトイオン化高分解能質量分析(HRMS)を用いる熱分解 GC は、このような制約の一部に対処するために、この分野で使用される補完的な手法です。大気圧ガスクロマトグラフィー(APGC)は、コロナ放電を使用する大気圧化学イオン化と同様のイオン化手法で、よりソフトなイオン化が可能になります。その結果、分子式の確認に役立つ分子イオンの検出が可能になります。APGC は、MSE モードでデータ取り込みができる四重極飛行時間型質量分析計(QToF MS)と結合することができ、低コリジョンエネルギースペクトルと高コリジョンエネルギースペクトルの両方を同時に取り込むことができます。この手法を使用することで、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量を利用して、構造解析に必要な情報が得られ、最終的に化合物の同定に役立ちます4。
この実験では、従来の EI-タンデム四重極 MS を用いる熱分解-GC と QToF MS に結合した熱分解-APGC の比較を行いました。ソフトイオン化と精密質量取り込みの分析上の利点について検討しました。さらに、化合物の推定同定を支援するソフトウェアツールである MassFragment を紹介します。
実験方法
サンプルの説明
ポリマー標準試料と市販のバイオベースのプラスチック袋(Biotec GmbH & Co. KG)を約 0.1 mg ずつ秤量し、石英ウール製の 2 つのプラグ間のガラスキャピラリーにロードして、熱分解装置のオートサンプラー中に配置しました。すべてのサンプルは、EI イオン源を備えた Xevo™ TQ-GC と APGC™ イオン源を備えた Xevo G2-XS QToF の 2 台の装置で 3 回繰り返しで取り込みを行いました。
分析条件
熱分解の条件 |
|
熱分解装置: |
CDS 5000、CDS 分析用 |
インレット温度: |
310 ℃ |
昇温速度: |
20 ℃/ミリ秒 |
最終温度: |
750 ℃ |
GC 条件 |
|
インレットモード: |
スプリット |
スプリット比: |
75:1 |
スプリット流速: |
75 mL/分 |
インレット温度: |
310 ℃ |
カラム: |
Rtx-5MS、30 m × 0.25 mm × 0.25 μm、RESTEK |
カラム流速: |
1 mL/分 |
セプタムパージ流速: |
3 mL/分 |
オーブングラジエント: |
45℃ で 5 分間、20℃/分で 300℃ まで上昇させ、最後に 10 分間ホールド。 |
合計 GC 実行時間: |
27.75 分 |
MS 条件 |
||
システム 1: Xevo TQ-GC |
||
イオン化モード: |
EI+ |
|
電子エネルギー: |
70 eV |
|
蛍光波長: |
300 µA |
|
イオン源温度: |
250 ℃ |
|
質量範囲: |
m/z 10 ~ 650 |
|
スキャン時間: |
0.1 秒 |
|
GC インターフェース温度: |
300 ℃ |
|
システム 2: Xevo G2-XS QTof |
||
イオン化モード: |
APGC+ |
|
コロナ電流: |
3 µA |
|
サンプルコーン電圧: |
30 V |
|
イオン源温度: |
150 ℃ |
|
質量範囲: |
m/z 10 ~ 1500 |
|
スキャン時間: |
0.2 秒 |
|
コーンガス: |
50 L/時間 |
|
補助ガス: |
550 L/時間 |
|
GC インターフェース温度: |
280 ℃ |
|
MSE コリジョンエネルギー: |
低エネルギー 6 V 高エネルギー 15 ~ 45 V |
データ管理
データ取り込み、解析、およびレポートは Waters MassLynx™ 4.2 ソフトウェアを使用して実行しました。推定同定は、MassFragment を用いて行いました。
結果および考察
2 種類の装置で取り込んだポリマー標準試料のトータルイオンピログラムを比較しました。初期評価から、py-APGC-QToF MS 手法の方が明らかに情報が豊富でした。このことは、図 1 に示すポリスチレン標準試料の場合でもわかります。12 ~ 17.5 分の強調表示した領域に、より多くのピークが存在することがわかります。TQ-GC のカラムの出口に真空状態が存在するのに対して、APGC イオン源は大気圧であるため、2 つのデータセット間の保持時間に違いが生じます。
特性解析を行う場合には、分子イオンが生成するソフトイオン化が重要です。従来の真空 GC-MS 装置では、ソフトイオン化は通常、ポジティブイオン化モードまたはネガティブイオン化モードの化学イオン化(CI)によって行います。これには多くの場合、MS の真空解除、イオン源の専用の CI ソースとの交換に続いてイオン源のコンディショニング、および追加の化学試薬ガスの使用が必要になるため分析のコスト、時間がかさみ、分析が複雑になります。APGC を用いると、これらのステップなしでソフトイオン化を行うことができ、より時間効率の高いワークフローになります。
2 つの手法でのピログラム内のピークを調べると、APGC を使用する利点がさらに浮き彫りになりました。ポリスチレン標準試料の場合、通常は熱分解-GC-MS で検出される質量の有無について質量スペクトルを調べました1。スチレンのモノマー、ダイマー、およびトライマーは、いずれのイオン化手法でも検出できますが、m/z 416.2504 のテトラマーは、イオン化によるフラグメンテーションの減少により APGC(図 2)でのみ検出できました。
一部の化合物では、APGC のよりソフトなイオン化を使用すると、分子イオンの生成につながります。このことは、分子イオンの検出と確認が必要な場合に非常に重要です。ここでは、ポリマーであるポリカプロアミド(ナイロン 6)について実証します。図 3 では、m/z 194.2374 で同定された化合物(N-(5-シアノペンチル)ペンタ-4-エンアミド、C11H18ON2 と割り当て)2 が APGC ピログラムで検出され、プロトン化分子イオンが存在していました。EI ピログラムの対応するクロマトグラフィーピークには、適切な質量フラグメントがありましたが、分子イオンは存在しませんでした。
APGC-QToF MS のもう 1 つの利点は、高コリジョンエネルギーと低コリジョンエネルギーを交互に用いる MSE の使用によって、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの精密質量を両方、同時に取得できることです。これは未知物質の構造解析に役立ちます。図 4 に、m/z 194.2374 で同定された化合物のピークの高エネルギースペクトルと低エネルギースペクトルを示しています。コリジョンエネルギーが高いと、フラグメンテーションが増加することがわかります。
同定
ポリマーに APGC-QToF MS を使用すると、ソフトイオン化により高質量が検出され、分子イオンが生じて元素組成の予測に役立ちます。さらに、MSE を実施すると、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量が得られます。これらのツールを組み合わせることが、ライブラリー内に該当する化合物が見つからない未知物質を明らかにするために重要です。市販のバイオプラスチック袋(Biotec GmbH & Co. KG)を分析しました。MSE を備えた APGC-Xevo G2-XS QToF を使用したプラスチック袋のサンプル(Bioplast 500)のピログラムの例を図 5 に示します。
保持時間 19.62 分のピークの高エネルギーおよび低エネルギー質量スペクトルが生成されました(図 6)。分子イオンの精密質量を用いて元素組成を予測し、ピークをエルカ酸アミドと推定割り当てしました。化合物の同定を補助するソフトウェアツールである MassFragment をスペクトルに直接使用しました。この化合物の *mol ファイル(ChemSpider から入手)を、多くの一致が見られた高エネルギースペクトルの精密質量フラグメントに対して検索し、この同定の信頼性が高まりました。MassFragment は、既知のプリカーサー構造に新規のアルゴリズムを適用することで、測定されたフラグメントイオンに提案された *.mol 化学構造であるエルカ酸アミドを割り当てます5。 このアプローチは、従来のルールベースのアプローチではなく、プリカーサー構造の体系的な結合切断に基づいています。100% の一致にはレファレンスサンプルが必要ですが、このツールを使用すると、解析プロセスにかかる時間を短縮できます。
結論
このアプリケーションノートに記載した実験で得られた結果により、熱分解-APGC-QToF MS は、気相分離を使用して複雑なポリマーサンプルや溶解しない物質の組成分析を行うラボにとって有効な分析ツールであることが実証されました。
通常の py-GC-EI-MS には、ポリマーの特性解析、添加剤や潜在的な汚染物質の同定を行うには感度と選択性が不十分であるという問題が伴います。APGC では、ソフトイオン化を使用してフラグメンテーションを低減し、元素組成の予測に役立つ分子イオンの生成を促進します。この手法により、フラグメンテーションした電子イオン化化合物の分子イオンを確認するのに必要な手順である、専用の真空 GC-MS システムで通常用いられる時間のかかる化学イオン化が不要になります。化学イオン化には、装置の真空解除、イオン源の交換とコンディショニング、および試薬ガスの最適化が必要であり、これらすべてに余分の分析時間とコストがかかります。
さらに、MSE データ取り込みでは、サンプル中の未知物質の構造解析において重要な、プリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量が収集できます。まとめると、このテクノロジーにより、使用済みの工業用またはバイオベースのポリマー材料中の未知物質の特性解析において、データの信頼性を高める独自のソリューションが提供されます。
参考文献
- Welle F., Franz R. Recycling of Post-Consumer Packaging Materials into New Food Packaging Applications—Critical Review of the European Approach and Future Perspectives.Sustainability 2022;14, 824.
- Tsuge S., Ohtani H., Watanabe C. Pyrolysis-GC/MS Data Book of Synthetic Polymers.2011.
- Peacock P. M., McEwen C. N. Mass Spectrometry of Synthetic Polymers.Anal.Chem.2006;78(12): 3957–3964.
- Stevens DM, Cabovska B, Bailey AE.Detection and Identification of Extractable Compounds from Polymers.Waters Application Note 720004211, 2012.
- Hill AW., Mortshire-Smith RJ.Automated Assignment of High-Resolution Collisionally Activated Dissociation Mass Spectra Using a Systematic Bond Disconnection Approach. Rapid Commun. Mass Spectrom. 2005,19(21): 3111–3118.
720007599JA、2022 年 4 月