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マトリックスマッチングか同位体希釈か?乳製品に含まれる PFAS 測定のための 2 種類の定量法の比較

マトリックスマッチングか同位体希釈か?乳製品に含まれる PFAS 測定のための 2 種類の定量法の比較

  • Kari L. Organtini
  • Stuart Oehrle
  • Simon Hird
  • Stuart Adams
  • Renata Jandova
  • Waters Corporation

要約

ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)で汚染された水およびバイオソリッドを家畜用飼料の製造に使用することで、汚染家畜から得られる乳製品の品質に重大な影響が生じます。そのため、乳製品の PFAS レベルをモニターするための感度が高く正確な分析法が不可欠です。QuEChERS メソッドおよび DisQuE 製品を用いて PFAS 抽出を実施してから、Xevo™ TQ-XS と組み合わせた ACQUITY™ I-Class PLUS で高感度 LC-MS/MS 分析を行いました。最寄りの店で購入した牛乳について、分析法の性能を評価したところ、さまざまなケミストリーのクラスの 30 種の PFAS 化合物について、正確かつ頑健であることがわかりました。さらに、マトリックスマッチド検量線および溶媒ベースの同位体希釈検量線を比較したところ、いずれにおいても、サンプル中の化合物の計算濃度が適切であることがわかり、2 つの分析法の間に大きな違いは見られませんでした。

アプリケーションのメリット

  • QuEChERS 抽出メソッドと dSPE クリーンアップを利用した、牛乳に含まれる 30 種の PFAS の、時間効率の良いシンプルな抽出法
  • ng/L レベルの PFAS を検出し、世界中のサンプルで検出されるレベルと同等の牛乳中の PFAS への暴露を効果的にモニターするための Xevo TQ-XS での高感度分析
  • 可能性のあるシステムおよび溶媒からの汚染物質を分離するために、PFAS キットを液体クロマトグラフィー(LC)装置に取り付けることで結果の信頼性が向上
  • 分析する異なるマトリックスの種類の数や予算、内部標準の入手可能性を検討した上で何がラボにとって最善かに基づいて決定できる、定量法(マトリックスマッチドまたは同位体希釈)の柔軟性

はじめに

産業および商用での PFAS の使用により、水以外にもヒトが摂取するものに影響が及んでいます。食品からの摂取は、一般市民における重要な PFAS 暴露の経路として認められています1。 汚染水は、飼料作物の栽培や家畜の給水にも使用されています。さらに、家畜用飼料作物の肥料としてバイオソリッド(下水処理時に除去された有機物)が使用されており、食肉だけでなく、乳製品に対しても PFAS の主要な汚染源になっています。最近の特筆すべき汚染事案では、米国メイン州の酪農家が打撃を受け、すべての乳製品を廃棄して残った家畜を屠殺することが求められて、生計が完全に破綻しました2。 バイオソリッドおよび食品中の PFAS には規制がないことから、この汚染事案により、米国メイン州では、水、土壌、牛乳、牛肉、穀物中の特定の PFASについて、独自のスクリーニングレベルを設定しました3。 参考までに、メイン州の牛乳についての対策レベルでは現在 PFOS のみが対象で、210 ng/L(ppt)に設定されています。牛乳の PFAS 汚染は世界的な問題であり、簡単な文献検索を行うと、牛乳に含まれる PFAS 検出についての論文は、若干の例を挙げるだけでも、ポーランド(5 種の PFAS を 20 ~ 980 ng/L の範囲で検出)、南アフリカ(15 種の PFAS を 10 ~ 2100 ng/L の範囲で検出)、イタリア(最大 97 ng/L の PFOS を検出)から報告されています4,5,6

乳製品の PFAS 汚染について世界各地でこれほど多くの既知の事例があることから、牛乳および乳製品のモニタリングに使用できる感度および精度が十分に高い分析手法が必要となっています。牛乳中の PFAS の抽出に使用できるシンプルな抽出手法は QuEChERS(Quick(迅速)、Easy(簡単)、Cheap(安価)、Effective(効率的)、Rugged(頑健)、Safe(安全))です。この手法は、食品中の農薬の抽出に幅広く使用されていますが、その他の汚染物質の測定にもしばしば用いられています。QuEChERS では、塩およびアセトニトリルを使用し、塩析および相分離メカニズムを分散固相抽出(dSPE)クリーンアップステップと組み合わせて、目的化合物を抽出します。この迅速でシンプルな抽出手法を、Xevo TQ-XS と組み合わせた ACQUITY I-Class PLUS を使用する分析において、乳製品からの PFAS の抽出について評価しました。これらのサンプルを例として、2 種類のキャリブレーション・定量メソッド(マトリックスマッチングおよび溶媒キャリブレーションを用いた同位体希釈)を比較しました。

実験方法

分析法情報

食用農産物に同じ QuEChERS、dSPE プロトコル、および装置メソッドを使用して、牛乳に含まれる PFAS の分析を行いました(詳細はウォーターズのアプリケーションノート(720007333JA)を参照)7。最寄りの店で入手した牛乳に 30 種類の PFAS を 0.1 ng/g および 1.0 ng/g (バイアル中でそれぞれ 0.025 ng/mL および 0.25 ng/mL)になるようにスパイクし、分析法の性能を評価しました。

抽出前に、20 種類の安定同位体標識内部標準の混合物をサンプルにスパイクし、同位体希釈キャリブレーション法における回収率の調整に使用しました。さらに、3 種類の同位体標識内部標準を抽出後のサンプルにスパイクし、注入標準として用いました。マトリックスマッチドキャリブレーション法では、定量計算時に抽出標準 2 種のみ(13C8-PFOA および 13C8-PFOS)を用いました。

結果および考察

濃度 0.1 ng/g になるように牛乳にスパイクしたそれぞれの PFAS の定量に用いたトランジションを示すクロマトグラムを図 1 に示します。ペルフルオロウンデカン酸(PFUnDA、ピーク 8)の通常の定量的 MRM(562.9 > 269)と定性的 MRM(562.9 > 518.9)がこのマトリックスについて切り替えられている点が注目されます。これは、通常使用される定性的 MRM において、同重体のピークがマトリックスと近接して溶出するためです。

図 1. 牛乳に 0.1 ng/g になるようにスパイクした各 PFAS の定量イオンの抽出イオンクロマトグラム。ピークの同定結果:(1)PFBA (2)PFPeA (3)PFHxA (4)PFHpA (5)PFOA (6)PFNA (7)PFDA (8)PFUnDA (9)PFDoDA (10)PFTriDA (11)PFTreDA (12)PFBS (13)PFPeS (14)PFHxS (15)PFHpS (16)PFOS (17)PFNS (18)PFDS (19)HFPO-DA (20)ADONA (21)9Cl-PF3ONS (22)11Cl-PF3OUdS (23)4:2 FTS (24)FBSA (25)6:2 FTS (26)FHxSA (27)8:2 FTS (28)NMeFOSAA (29)NEtFOSAA (30)FOSA。

タンデム質量分析(LC-MS/MS)を備えた液体クロマトグラフィーを使用した食品分析では、マトリックス効果が定量に大きな影響を及ぼす場合があるため、非常に困難になることがあります。この評価では、マトリックス効果の影響を軽減するように設計された 2 種類の検量線のオプション(同位体希釈を使用した溶媒キャリブレーションとマトリックスマッチドキャリブレーション)を評価しました。食品分析においては、サンプルの種類に厳密にマッチしたキャリブレーション条件が得られるマトリックスマッチングの方が好ましいですが、この方法は、単一のバッチで多くの異なる種類のマトリックスを扱う場合は非現実的であることがあります。溶媒曲線を使用する際に、マトリックスに誘発されたレスポンスの差を補正するために、このアプローチでは幅広い安定同位体標識内部標準の混合物を使用しました。同位体希釈定量において、23 種の内部標準をサンプル抽出前(抽出標準)およびサンプル抽出後(注入標準)にスパイクしました。マトリックスマッチド標準をブランクの牛乳抽出物中に調製しました。抽出前のサンプルには内部標準を 2 種のみスパイクしました。図 2 に 2 つのアプローチの差およびそれぞれに使用した内部標準をまとめています。

図 2. この分析で評価した 2 種類の検量線のまとめ

全体的に、各キャリブレーション法を用いた牛乳抽出物サンプルにおいて同様の結果が見られました。4 種類の PFAS ケミストリーグループにおける溶媒曲線とマトリックスマッチド曲線の間のピーク面積レスポンスの比較を図 3 に示しており、全体的なレスポンスが牛乳マトリックスの存在による影響を受けていないことを実証しています。溶媒曲線(内部標準による補正に基づいた相対回収率)を使用して計算した回収率の実測範囲(0.1 ng/g スパイクでは 58 ~ 134%、1.0 ng/g スパイクでは 58 ~ 109%)は、マトリックスマッチド曲線の絶対回収率(0.1 ng/g スパイクでは 76 ~ 130%、1.0 ng/g スパイクでは 68 ~ 96%)よりもやや幅広くなりました。それでも全体的な傾向は同様であり、図 4 に示すように鎖長が増すほど回収率が減少していました。範囲内の最小回収率および最大回収率以外には、それぞれのキャリブレーション法を使用した場合大きな差は見られませんでした。また、これらの回収率の値から、QuEChERS メソッドによるサンプル前処理が、米国 FDA(40 ~ 120%)および EURL(65 ~ 135%)の分析許容ガイダンスに基づいて、牛乳からの PFAS の抽出に適していることが実証されました8.9

図 3. 溶媒曲線およびマトリックスマッチド曲線における PFHxS、PFTreDA、GenX、NMeFOSAA の 100 ng/L ポイントでのピーク面積の比較
図 4. 牛乳に 0.10 ng/g(上)および 1.0 ng/g(下)の各 PFAS をスパイクした場合の回収率

最後に、濃度既知の分析種を牛乳サンプルにスパイクした(n = 5)場合の計算濃度を図 5 に示す結果と比較して、各キャリブレーション法の正確性を評価しました。いずれのキャリブレーション法でも正確性は良好で、平均正確性は、マトリックスマッチド曲線および溶媒曲線でそれぞれ 85% および 97% でした。同位体希釈を使用した溶媒標準曲線では、わずかに正確性が広がっていましたが、平均正確性は全体的に高い値でした。溶媒曲線の場合の下端の外れ値は、補正用の正確な同位体標識化合物がない化合物によるものでした。マトリックスマッチド曲線では、濃度計算に回収率を考慮しないため、平均正確性が低くなることが予測されました。計算濃度の併行精度(%RSD)も、同位体希釈を使用した溶媒曲線の方がわずかに良好で、%RSD が 15% 未満でした。マトリックスマッチド曲線では、計算濃度の %RSD は、PFNS 以外ほぼすべて 20% 未満でした。同位体希釈を使用した溶媒曲線の計算では、サンプル固有の回収率およびマトリックス効果に由来するばらつきがより補正されるため、この結果も予測の範囲内でした。いずれの場合も、正確性は米国 FDA(RSD ≤22%)および EURL(RSD ≤25%)のガイドラインの許容範囲内でした8.9

図 5. マトリックスマッチド法および溶媒曲線法を使用した場合の、すべての化合物についての計算濃度の正確性および %RSD

結論

食品中の PFAS の影響についての認識がますます高まる中、多種多様な食品中の PFAS 化合物を検出できる分析法が重要になります。以前に食用農産物の分析に使用したものと同じ QuEChERS ベースの抽出法を適用することで、牛乳中の PFAS 分析を正常に行えました。QuEChERS 抽出は、少量のサンプルと少量の有機溶媒を用いて、迅速で簡単に行えます。LC-MS/MS データの取り込みにおいて、2 種類の一般的なキャリブレーション法について調査し、結果を比較しました。少数の内部標準を使用するマトリックスマッチングと、直接のアナログである内部標準をできるだけ多く含む溶媒ベースの検量線とを比較しました。いずれの方法を使用した場合も、回収率の計算値は全体的に同様で、溶媒標準法では測定された相対回収率が通常 60% を超え、マトリックスマッチング法では絶対回収率が 70% を超えていました。長鎖 PFAS は回収率が低く、その他の化合物では、いずれの方法でも回収率が 80% 以上でした。各キャリブレーション法について、スパイク濃度既知の PFAS についての計算濃度の正確性も比較しました。マトリックスマッチングの平均正確性は 85% であったのに対し、同位体希釈を使用した溶媒キャリブレーションでは 97% でした。同位体希釈の計算では計算濃度の報告に回収率を考慮するため、正確性が高いことは予想通りでした。最後に、測定の再現性は、同位体希釈(1 つの外れ値を除き 15% 未満)の方がマトリックスマッチング(20% 未満)よりもわずかに良好であることが分かりました。全体として、これらの結果から、QuEChERS メソッドの後で ACQUITY I-Class および Xevo TQ-XS を使用して LC-MS/MS 分析を行うことで、いずれのキャリブレーション法でも、牛乳に含まれる PFAS の迅速かつ簡単な分析において、結果の信頼性を高められることが実証されました。キャリブレーションのアプローチは、分析するマトリックスの種類の数や予算、内部標準の入手可能性、PFAS を含まないマトリックスブランクが利用できるかどうかを検討した上で、何がラボにとって最善であるかによって異なります。この分析法は、いずれのアプローチを使用するにせよ、PFAS 汚染の影響を受けた可能性のある地域における乳製品の安全性を確保するために、正常に導入することが可能です。

参考文献

  1. Schrenk D, Bignami M, et al.EFSA Panel on Contaminants in the Food Chain (EFSA CONTAM Panel), Risk to Human Health Related to the Presence of Perfluoroalkyl Substances in Food.EFS2.2020;18(9).
  2. Treat SA.Forever Chemicals and Agriculture Case Study: Maine Accelerates Across-The-Board Action to Address Pfas Chemicals Harming Farmers and Rural Communities.Institute for Agriculture and Trade Policy.November 2021.
  3. Maine Department of Agriculture, Conservation and Forestry.https://www.maine.gov/dacf/ag/pfas/index.shtml#impact.Accessed 15 June 2022.
  4. Sznajder-Katarzynska K, Surma M, Wiczkowski W, Cieslik E. The Perfluoroalkyl Substance (Pfas) Contamination Level in Milk and Milk Products in Poland.International Dairy Journal.96, 2019, 73–84.
  5. Macheka LR, Olowoyo JO, Mugivhisa LL, Abafe OA.Determination and assessment of human dietary intake of per and polyfluoroalkyl substances in retail dairy milk and infant formula from South Africa.Science of the Total Environment.755, 2021.
  6. Barbarossa A, Gazzotti T, Zironi E, Serraino A, Pagliuca G. Monitoring the presence of perfluoroalkyl substances in Italian cow milk.J. Dairy Sci.97, 2014, 3339–3343.
  7. Organtini K, Hird S, Adams S. QQuEChERS Extraction of Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS) from Edible Produce with Sensitive Analysis on Xevo TQ-XS.Waters Application Note 720007333.August 2021.
  8. Food and Drug Administration Foods Program.Guidelines for the Validation of Chemical Methods in Food, Feed, Cosmetics, and Veterinary Products, 3rd edition.October 2019.
  9. European Union Reference Laboratory.Guidance Document on Analytical Parameters for the Determination of Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS) in Food and Feed.Version 1.2. May 2022.

720007687JA、2022 年 8 月

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