脂質ナノ粒子の分析:MS の活用によるリスク低減
要約
脂質ナノ粒子(LNP)は、実行が困難な遺伝子ベースの医薬品のデリバリーにおけるエレガントなソリューションとなります。多成分バイオ医薬品は多様な特性を持つ脂質分子種からなり、クロマトグラフィーおよび検出器のレスポンスに影響を与えるため、その特性解析およびモニタリングには新たなアプローチが必要となります。このアプリケーションノートでは、脂質ナノ粒子ワークフローにおける感度および診断力を向上させる液体クロマトグラフィー(LC)ベースの光学/マススペクトル(MS)デュアル検出器プラットホームを提案します。このワークフローでは、ACQUITY™ QDa™ 質量検出器により、原料の不純物スクリーニング、MS スペクトルライブラリーベースの脂質成分確認、安定性モニタリングのための補完的な質量データが得られます。提案されたワークフローは Empower™ ソフトウェアベースの分析法であり、規制対象あるいは規制対象外の環境のいずれにおいても容易に展開できて、脂質ナノ粒子ワークフローの効率の良い開発および移管が可能になります。
アプリケーションのメリット
- MS により不純物分析の検出下限値が低くなり、診断力が向上
- 補完的な質量データにより、脂質分子種の直交的な検出および確認が可能に
- Empower ソフトウェアベースのワークフローにより、コンプライアンスおよび容易な分析法移管が確保
はじめに
遺伝子または核酸ベースの医薬品およびワクチンは、製薬業界で最も速く成長している分野となっています。これらは、新しいモダリティーとして、疾病の治療、また最近では COVID-19 のワクチンとして非常に有効であることが証明されています1。 このようなモダリティーに固有の側面として、これらが作用するためには「デリバリー担体」によるターゲット細胞へのデリバリーが必要です。LNP は、医薬品有効成分(API)である核酸ペイロードの標的を定めたデリバリーのアプローチの 1 つとなっています2。
「デリバリー担体」としての LNP の概念は、理論的には単純ですが、その実行はかなり複雑です。多成分送達担体として、LNP には 4 つの脂質成分が用いられます。それぞれが特異的な機能を担っており、API ペイロードを有効かつ安全に送達するには、特定の比率が必要です。4 つの成分のうち 3 つが LNP 組成の 50% を占めます。これらの 3 成分とは、粒子の流動性に寄与するコレステロール(約 38.5%)、粒子の構造に寄与するリン脂質などのヘルパー脂質(約 10%)、ナノ粒子に安定性と親水性を与えるポリエチレングリコール脂質(約 1.5%)です。一般的で構造と安定性をもたらす役割を果たすこれらの成分は、多くの場合、サードパーティーベンダーから原料調達されます。残りの半分の LNP は、陽イオン性脂質またはイオン化脂質で構成されます。これらの脂質は、安定性および構造に加えて、効力の主な原動力であり、API ペイロードに結合して保護します。イオン化脂質は多くの場合、治療対象の疾病に対する役割および特異性により特許取得済みであり、知的財産を保護するために社内製造されています。成分を外注している場合、社内製造している場合のいずれにおいても、これらの医薬品の安全性および有効性を確認するための分析手法が必要となります3。
LNP の分析における主なプラットホームとして、LC ベースの手法が多く使用されています。MS ベースのメソッドは、アップストリーム活動での特性解析および同定目的で導入される傾向があり、エバポレイト光散乱検出器(ELSD)などの検出器を使用する光学ベースのメソッドは、開発の後期段階あるいは製造環境で、モニタリングまたはアッセイのスクリーニングの一環として使用されています。ただし、図 1 で明らかなように、脂質ナノ粒子で使用される成分は、異なる検出器にわたって同等のレスポンスが得られないため、検出器の選択は微妙です。検出限界(LOD)により低存在量の分子種や不純物の定量が妨げられる場合があり、この点が課題となる場合があります。この試験の目的は、デュアル検出器ワークフローに MS を設定した場合に、LNP の分析を改善し、これらの新たなモダリティーの生産および製造に関連するリスク軽減に使用できることを実証することにあります。このワークフローでは、Empower クロマトグラフィーデータシステム(CDS)および ACQUITY QDa 質量検出器を活用することで、ダウンストリームラボまたは製造環境での導入が容易になります。
実験方法
コレステロール、Dlin-MC3-DMA、PEGDMG-2000、SM-102、DSPC、DOTMA は、市販のものを購入しました。異なるベンダーからのサンプルを使用して、比較試験を実施しました。購入したすべての脂質は、研究およびデモンストレーション用途にのみ使用しました。
脂質のストックをメタノール中に 1 mg/mL になるように調製しました。水とメタノールを用いて、作業用サンプルをさまざまな濃度に希釈しました。最終組成を 10:90 水:メタノールとしました。PDA、ELSD、QDa を実験開始前に点検し、検出器が製造者の仕様の範囲内で動作していることを確認しました。
LC システム条件
LC システム: |
ACQUITY™ Premier™ システム(BSM の改良版) |
検出: |
ACQUITY™ PDA、FC = Ti 5 mm、λ 範囲 = 190 ~ 400 nm |
バイアル: |
TruView™ マキシマムリカバリーバイアル(製品番号:186005662CV) |
バイアルのキャップ: |
ポリエチレン製セプタムレススクリューキャップ(製品番号:186004169) |
カラム: |
ACQUITY Premier CSH™ Phenyl-Hexyl カラム、1.7 µm、2.1 × 50 mm(製品番号:186009474) |
カラム温度: |
50 ℃ |
サンプル温度: |
室温 |
注入量: |
3 µL |
流速: |
0.400 mL/分 |
移動相 A: |
H2O、0.4% FA v/v(MS グレード) |
移動相 B: |
25:75 IPA:MeCN、0.6% FA v/v(MS グレード) |
ELSD 設定
ゲイン: |
100 |
サンプリングレート: |
5 Hz |
ネブライザーモード: |
加熱 |
電力レベル: |
80% |
ドリフトチューブ温度: |
48.0 ℃ |
ガス圧力: |
20.0 psi(1.64 slpm) |
QDa 設定
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込みモード: |
フルスキャン |
取り込み範囲: |
高(150 ~ 840 m/z) |
スキャンレート: |
5 Hz |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
コーン電圧: |
15 V |
プローブ温度: |
600 ℃ |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
Empower 3、FR4 |
グラジエントテーブル
結果および考察
脂質ナノ粒子アッセイに MS を加えたメリットの 1 つとして、MS 検出により感度および特異性が向上したことが挙げられます。ELSD は非揮発性/半揮発性分析種の検出に適しており、小さいダイナミックレンジのナノグラム単位の低濃度サンプルの検出において、ほとんどの分析ニーズを満たすことが可能であり、一方、ACQUITY QDa 質量分析計では検出限界が何桁にも広がり、非常に低濃度のサンプルを検出できます。さらに、直交的なスペクトルデータにもアクセスでき、これを利用してサンプルおよびプロファイルの差を見定めることができます。LNP ワークフローにおける補完的な質量データ活用の主な例を、以下で説明します。
原料スクリーニング
図 2 に示すように、質量データにアクセスできることで、LNP の生産および製造における原料の評価時に重要な差が生じます。この例では、一般的な成分である脂質の 1 種(DSPC)を 3 社の異なるベンダーに外注し、ELS および質量検出器の両方で同じメソッドを用いて分析しました。この例では、ELSD クロマトグラムで余分なピークは比較的見られませんが、ACQUITY QDa 質量検出器を使用した場合、同じサンプルでメインピークの前にさまざまなレベルの半揮発性不純物が見られました。これは ELSD のみのワークフローでは検出されず、主な不純物を検出するには、質量ロードを 9 倍に増やす(0.3 µg vs. 2.7 µg)必要がありました(図 2A、上の挿入図)。低濃度分子種の検出に加えて、ACQUITY QDa を使用するワークフローではスペクトル情報が得られ、これを利用して複数の不純物の有無を評価することができました。図 2A の下の挿入図に示すように、3 種類の不純物が合計ピーク面積の 6.4% を占めることがわかりました。この場合、存在する不純物の数は、質量データ内で抽出イオンクロマトグラム(XIC)を活用して、5.4 分時点で部分的共溶出が明らかになったことで初めて識別できました。ベンダー 2 および 3 からのサンプルも同様の方法で評価しましたが、ELSD および質量データの両方において、ベンダー 3 には検出可能な不純物がないことがわかりました。この例は、補完的な質量データを使用することで、LNP 製造に用いるのに適した原料を特定できることを実証しています。
プロセス開発
スペクトルレベルでサンプルを検討することにより、より効率的に開発および製造工程を理解し、採用する手段が得られます。図 3 に、遺伝性トランスサイレチン介在性アミロイドーシスの治療に用いられる医薬品パチシランに使用されるイオン化脂質である Dlin-MC3-DMA の研究グレードサンプルを例として示します。アミンや不飽和脂肪酸を含む脂質は、製造工程/目的物質関連の不純物の一部として、酸化や不飽和化/飽和化を受ける可能性があります。このような場合、光学ベースのクロマトグラムは、存在する不純物によって、事象ごとに固有のピークやピーク群が生じるため、その解釈が困難になります(図 3A)。MS データからの抽出イオンクロマトグラムを使用することで、不純物プロファイルに関連付けられる経路の暫定割り当てが可能になり(図 3B)、高分解能 MS プラットホームを用いた不純物の同定に導かれます。イオン化脂質の多くが社内製造されることを考慮すると、この例により、補完的な質量データを利用することにより、バッチ間での工程の一貫性を改善できることが実証されます。
製剤化試験および安定性試験
別の側面において、製剤化試験および安定性試験の一環として、補完的な質量データを検討しました。脂質ナノ粒子の成分は、酸化および飽和化/不飽和化に加えて、加水分解を受ける可能性があり、これが脂質ナノ粒子医薬品の安定性と安全性に影響を及ぼす可能性があります。この点を実証するため、リン脂質 DSPC の強制分解試験を実施しました。図 4 の ELSD クロマトグラムに示されているように、NaOH の 0.01 N 溶液に暴露すると、DSPC のメインピークが複数のピークに分かれます。このデータのみから、DSPC は pH の影響を受けやすいと結論付けられます。ただし、ACQUITY QDa 質量検出器で取り込んだ付随するマススペクトルを調べると、0.3 分および 4.2 分のピークを、それぞれ高極性のヘッドグループ(258.0 m/z)およびメチル化脂肪酸であるステアリン酸メチル(299.2 m/z)と暫定的に割り当てることができます。この情報により、DSPC のエステル結合が加水分解されやすいことが暫定的に確認され、製剤のための安定性の高いマトリックスを決定するための情報になります。
MS データの管理
質量データの値を調査ツールとして用いると、LNP 成分および確立された関連不純物を理解するのに役立ちますが、脂質ナノ粒子の開発および製造におけるリスクを軽減するために、既存のワークフローに質量情報を組み込む実際の方法が問題として残ります。ACQUITY QDa 質量検出器には、その設計の一環として、Empower 2(FR5)および Empower 3 CDS ソフトウェアが完全に統合されています。この統合により、ダウンストリームラボに分析法を容易に移管して幅広く展開できるとともに、Empower CDS 内で MS ベースの機能を活用できるようになります。これらの機能には、スペクトル情報を管理およびカタログ化したスペクトルライブラリーおよび「不純物」や「限界値」の解析ワークフローへのアクセスが含まれ、これによって、規制ガイダンスおよび/またはバリデーション試験に基づいて結果の許容スレッシュホールドを定義することが可能になります。
スペクトルライブラリーのサポート
Empower 内のスペクトルライブラリー機能の一例を図 5 に示します。この例では、ELSD および ACQUITY QDa 質量検出器がデュアル検出器ワークフローに構成され、カラムからの溶離液は 2 台の検出器に分割されています。この方法で取り込まれたスペクトル情報は、自動的に光学データとリンクされ、ユーザーは、スペクトルデータにアクセスし、LNP 分子種の直交的な確認や不純物の同定の手段とすることができます。この場合は、スペクトルライブラリーは、リン脂質 DSPC の原料スクリーニングの一環として作成しています。ELSD の結果に関連付けられたスペクトル情報を解析メソッド(図 5)内で選択すると、ライブラリーと一致するものが相互参照されます。各ピークのベストの「スペクトルマッチ」が、解析データの表の結果に示されています(図 5B)。表形式の結果のうち、規制ガイダンスに基づいて定義された不純物のスレッシュホールドを超える(面積比 で 0.1% 以下)結果は、自動的に色分けされ、規格外結果であることがわかります。このように、提案した Empower ベースのデュアル検出器ワークフローにより、統合された不純物解析ワークフローを用いて LNP サンプルの不純物を迅速に評価でき、スペクトル情報を利用してピークのアイデンティティーを確認できると共に、新たな不純物があった場合にも、スペクトルライブラリーに保存されているスペクトルに基づいてそれらを同定することができます。
リリースアッセイ
メソッドをダウンストリームに移管する際には、メソッドのバリデーションの一環として、質量データにアクセスして許容スレッシュホールドを定義する必要があります。Empower では、不純物解析ワークフローに加えて、さまざまなフィールドの種類のスレッシュホールドを定義することができます。調合済み原薬に対応する一連の脂質の一例が図 6 に示されています。図 6A に示されるように、各脂質の質量の許容スレッシュホールドとして、それらの [M+1H]+ m/z 値に基づいて、許容基準 ±1 m/z が使用されています。この基準に加えて、特異性を高めるために[Retention Time Presearch](保持時間予備検索)を有効にした「マスタープール」スペクトルライブラリーを用いて、結果を解析しています。図 6B の解析結果でわかるように、LNP 混合物に含まれるすべての成分が RT およびスペクトルに基づいて正しく同定されています。ただし、コレステロールは赤色になっており、関連する質量情報が、「Limits」(範囲)解析パラメーターの範囲内に定義された許容基準と一致しなかったことがわかります(369.3 m/z 対 387.6±1 m/z)。この場合、差(∆ 18.3 m/z)は 0.3 Da 以内の水の減少で、イオン化プロセス中に発生したものである可能性があります。以前の例と同様、この例でも、デュアル検出器ワークフローで質量情報を使用することで、データレビューが迅速に進み、分析法をダウンストリームラボに移管した場合にも、結果の信頼性が高まることが実証されます。さらに、図 7 からわかるように、Empower 内の包括的レポート作成機能を活用することで、光学データおよびスペクトルデータの両方を用いて結果のカスタマイズやフォーマッティングを行い、脂質ナノ粒子ワークフローの一環として、効率的にメソッドの開発および移管を行うことができます。
結論
医薬品開発において、遺伝子ベースの医薬品は活発な新分野であり、疾病の治療および予防に大きな可能性を秘めています。「デリバリー担体」としての脂質ナノ粒子は、最終的な医薬品の一部であり、このような新たなモダリティーに関連する追加の複雑性および分析上の課題を反映しています。この試験では、デュアル検出器構成の ACQUITY QDa 質量検出器で取り込まれた補完的な質量データを活用することで、LNP ワークフローの分析感度および診断力を高められることを実証しています。提案したワークフローは、Empower ベースの分析法であり、規制環境あるいは非規制環境のいずれにおいても容易に展開できるとともに、脂質ナノ粒子医薬品およびワクチンの開発および製造における効率の良い開発および移管が可能になります。
参考文献
- Schoenmaker, L. et al, mRNA-Lipid Nanoparticle COVID-19 Vaccines: Structure and Stability.International Journal of Pharmaceutics 601 (2021): 120586.
- Evers, M. et al, State‐of‐the‐Art Design and Rapid‐Mixing Production Techniques of Lipid Nanoparticles for Nucleic Acid Delivery.Small Methods 2, no.9 (2018): 1700375.
- Packer, M. et al, A Novel Mechanism for the Loss of mRNA Activity in Lipid Nanoparticle Delivery Systems.Nature communications 12, no.1 (2021): 1–11.
720007716JA、2022 年 9 月