SELECT SERIES™ 多重反射型 ToF(MRT)質量分析計を用いた組織イメージングアプリケーションにおける成分検出と推定同定の向上
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要約
SELECT SERIES MRT 質量分析計による HRMS DESI イメージングでは、従来の研究グレードの oa-QToF 質量分析計と比較して、質量精度と質量分解能が向上しています。MRT 質量分析計で得られる 200,000 FWHM を超える質量分解能により、優れた分析種の検出が可能になり、500 ppb 以内の質量精度により、推定バイオマーカーの同定が向上します。
アプリケーションのメリット
はじめに
質量分析に基づく組織イメージングは、急速に成長している、ライフサイエンス、製薬、医療、食品科学に応用されている研究分野です。この分野が成功するために重要なこととして、疾患、毒性、汚染、品質などに関連する変化を検出し、結果として生じるこれらの変化の推定「バイオマーカー」を迅速に同定する能力が挙げられます。質量分析の速度、質量分解能、および質量精度が向上すれば、この目的のために、構造同定の効率と信頼性を大きく向上させることができます。
SELECT SERIES MRT 質量分析計は、2 つのグリッドなし静電ミラーを搭載した Q-ToF 質量分析計で、これらにより、イオンビームが質量分析計内で多重反射し、イオンの飛行経路が 48 メートル相当まで伸びます。これにより、トラップをしない装置では前例のない質量精度(500 ppb 以内)と質量分解能(200,000 FWHM)が得られ、広い質量範囲や高速スキャン速度の影響を受けないという利点もあります。この進歩により、ルーチンまたは大規模な組織イメージングアプリケーションで、高質量分解能が得られました。
SELECT SERIES MRT 質量分析計で現在使用できるようになった質量分解能および質量精度の向上を実証するため、凍結切片にしたマウス副腎を、SELECT SERIES MRT 質量分析計と従来の研究グレードの oa-QToF 質量分析計で分析しました。副腎は、重要な脂質が豊富な内分泌器官であり、グルココルチコイド、鉱質コルチコイド、アンドロゲンの合成のための基質であるコレステロールを供給します。本試験の目的は、副腎の構造と組成を可視化することにより、副腎機能の異常が組織の脂質組成の変化とどのように関連しているかを、より深く理解することでした。
結果および考察
健常野生型マウスの副腎を、厚さ 15 µm の凍結切片にしてスライドガラス上に載せました。
これらの切片を、SELECT SERIES MRT 質量分析計、および分解能 20,000 FWHM で動作する従来の研究グレードの oa-QToF 質量分析計を使用して、DESI-MS で分析しました。データは、ポジティブイオン化モードおよびネガティブイオン化モードの両方で、ピクセルサイズ 25 µm の画像解像度で取り込みました。
得られた生データは、High Definition™ Imaging(HDI™)ソフトウェアを使用して調べ、イオン化した化合物の視覚的重ね描きを作成して、副腎内の各イオンの分布をマッピングしました。得られたデータから、髄質、皮質及び皮質の外側領域が、組織内で明確に可視化できていました。ポジティブイオンデータとネガティブイオンデータの両方で、各領域に固有の強い生物学的マーカーが認められました。赤/緑/青(RGB)の重ね描きイメージの例は、各領域を区別できる化合物を示しています(図 1)。このことは、MRT 質量分析計から独自の化合物の局在性に関する情報が得られ、可視化できることを示しています。
MRT 質量分析計による 200,000(FWHM)を超える高い質量分解能により、推定バイオマーカーの微細な同位体構造が明らかになり、500 ppb 以内の質量精度が得られて、元素組成のより信頼性の高い推定が可能になりました。この質量精度の向上により、候補の元素組成の数を大幅に減らすことができ、得られた同定結果の信頼性が高まりました。MRT 質量分析計によって得られる精密質量分解能に基づいて理論上の元素組成を予測することにより、3 種類の脂質の推定構造の同定が行えました(図 2)。次に、提案された分子式について、オンラインデータベースで検索し、候補化合物を同定しました。
RGB 重ね描き(図 1、A)において、ポジティブモードイオン化では次のシグナルが現われています:赤色の m/z 496.33972 が質量精度 20 ppb で LPC 16:0/LPE 19:0(M+H+)と推定同定、青色の m/z 848.55695 が質量精度 39 ppb で PC 38:4/PE 41:4(M+K+)と推定同定(図 2)、緑色の m/z 369.35156 が質量精度 54 ppb でコレステロール(M-H2O+H+)と推定同定。RGB 重ね描き(図 1、B)において、ネガティブモードイオン化では次のシグナルが現われています:赤色の m/z 500.27826 が質量精度 120 ppb で LPE 20:4(M-H-)と推定同定、青色 m/z 899.56519 が質量精度で 356 ppb で PI 39:4(M-H-)と推定同定、緑色の m/z 452.2783m/z が質量精度 133 ppb で LPC 13:0(M-H-)と推定同定。
MRT によって得られる MS 分解能の向上の影響が、m/z 806.55 の脂質の分離において見られます。許容範囲のウィンドウ ±50 mDa で動作する従来の oa-QToF 質量分析計では、13 種類の候補化合物が同定され、ベストマッチは PC 38:6(M+H+)でした。MRT 質量分析計では、このシグナルを、次の 3 つの異なる質量を推定同定して区別することができました(セントロイド質量):m/z 806.51007 を質量精度 508 ppb で PE 35:4(M+K+)、m/z 806.55829 を質量精度 260 ppb で PE 36:4(C132 M+Na+)、m/z 806.56909 を質量精度 422 ppb で PE 38:6(M+H+)。
両方の質量分析計で得られたスペクトルの例を示します(図 3)。従来の oa-QToF によって生成されたスペクトルには、m/z 806.55 の単一イオンシグナルが見られます。一方、MRT 質量分析計を使用してこのシグナルを調査したところ、この質量分析計における質量分解能の向上により、観察された m/z シグナルを、m/z 806.50964、m/z 806.55829、m/z 806.56726 の 3 つの明確な(ほぼ)ベースライン分離した質量/電荷比特性(非セントロイド質量)に分離できました。
HDI ソフトウェアを使用してこれらの質量を可視化すると、従来の oa-QToF で見られた m/z 806.55 のイオンは、副腎の髄質と皮質の両方で強いシグナルを示し、非局在性または非分化脂質マーカーのように見えます(図 4A)。MRT データを使用してこの同じシグナルを調査したところ、3 つの別々の脂質分子種が検出され、それぞれ異なる組織局在性を示しています(図 4 B、C、D)。m/z 806.51007(B)および m/z 806.55829(C)の 2 つのシグナルは、副腎の皮質領域内に主に局在しているように見えます。シグナル B は髄質内でのレベルが低く、シグナルC は髄質内には存在しないように見えます。m/z 806.56909(D)のシグナルは、副腎の髄質内に主に局在し、皮質内ではより低レベルで認められます。
MRT 質量分析計で生成されたデータは、MassLynx™ や HDI などのウォーターズのソフトウェアや LipoStar™ MSI(Molecular Discovery)などのサードパーティーのソフトウェアなど、多くのさまざまなソフトウェアパッケージでの解析に適合します。このアプリケーションにおける副腎組織切片の解析に使用されるワークフローには、スペクトルの質を判定するための MassLynx 調査および元素組成ツールが含まれます。化合物マップの HDI により、組織画像の生成および各組織領域のピークのリストの生成が可能になり、オンライン統計ソフトウェア MetaboAnalyst2 でターゲットマーカー化合物を見つけるための統計分析が可能になります。
結論
このアプリケーションでは、マウス副腎の分析を例に取って、SELECT SERIES MRT 質量分析計での DESI-MSI が、哺乳動物の組織のイメージングに適したツールであることを実証しました。SELECT SERIES MRT 質量分析計の高い質量分解能により、微細同位体構造が明らかになり、分子量が近接するより多くのイオンを分離することで、観察される特性の数が増加します。500 ppb 以内の質量精度が得られ、候補の元素組成の数が減るとともに、データベース検索(例 LIPID MAPS™ リピドミクス Gateway の Web サイト)または専用ソフトウェアを用いることで、推定同定の信頼性が高まります。この手法を使用して取り込まれたデータは、MassLynx ソフトウェアで容易に解析でき、HDI などの画像解析ソフトウェアにインポートして、Metaboanalyst などの統計ソフトウェアを用いてさらに詳細な調査を行うことができます。
参考文献
- US Department of Health Sciences, NIH (National Institute of Child Health and Human Development), Adrenal Gland Disorders.
- Ref: Pang, Z., Zhou, G., Ewald, J. et al. Using MetaboAnalyst 5.0 for LC–HRMS spectra processing, multi-omics integration and covariate adjustment of global metabolomics data. Nat Protoc (2022). https://doi.org/10.1038/s41596-022-00710-w.
- Update of the LIPID MAPS® comprehensive classification system for lipids.Fahy E., Subramaniam S., Murphy R., Nishijima M., Raetz C., Shimizu T., Spener F., van Meer G., Wakelam M., and Dennis E., Journal of Lipid Research 50, S9-S14 (2009).
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720007810JA、2022 年 12 月