高分解能質量分析によるノンターゲットスクリーニングを使用した Δ8-THC 蒸留物の特性解析
要約
米国で、デルタ-8 テトラヒドロカンナビノール(Δ8-THC)の使用が、消費者安全に関する懸念を引き起こしています。デルタ-9 テトラヒドロカンナビノール(Δ9-THC)は大麻植物中の主な中毒成分です。異性体である Δ8-THC も中毒作用があり、大麻植物中に天然に微量に存在します。Δ8-THC が含まれている製品は、2018 年の米国農場法で定義および合法化された大麻由来のカンナビジオール(CBD)の化学変換によって作られた Δ8-THC を使用して、配合されています。大麻由来の合成成分の使用を規定する規制は明確には対処されておらず、このことが Δ8-THC の市場拡大につながっています。CBD を Δ8-THC に変換するには、多くの場合、反応副生成物が発生する厳しい条件が必要です。この試験では、ノンターゲットスクリーニングおよび高分解能質量分析(HRMS)を使用して Δ8-THC 蒸留物を特性解析するワークフローが実証されています。利用可能な真正標準試料を用いて、精密質量フラグメントや保持時間などの追加の特性が含まれているカンナビノイドライブラリーを生成し、これを使用してターゲット成分を同定しました。UV によって測定した蒸留物サンプルの純度は 79.0 ~ 93.6% でした。UV データではいくつかの未同定ピークが検出されました。UV スペクトルから、未知成分と蒸留物中の主要化合物である Δ8-THC の間に構造的類似性がある可能性が示されました。HRMS 分析で、提案された元素組成が C21H30O2 のいくつかの未知成分のベースピークとして m/z 315.2318 がソフトウェアによって強調されました。フラグメンテーションデータにより、これらの成分では Δ9-THC などの C21 中性カンナビノイドと構造的特性が共通していることが示唆されています。提案された元素組成が C21H31ClO2 の塩素化成分、および Δ9-THC の多くの異性体と共通のフラグメントも、精製された蒸留物中に観察されました。
アプリケーションのメリット
- 精密質量プリカーサーイオンおよびプロダクトイオンのデータを同時に収集する分析ソリューションを、化合物ライブラリーと組み合わせて使用することで、化合物同定での信頼性が強化され、既知成分および新規成分の測定結果の信頼性が向上
- 一般的なフラグメント検索などの構造解析ツールは、構造的に関連する成分を同定するのに役立つ
はじめに
米国では、消費者向け製品での Δ8-THC 使用の急速な増加によって、安全性の懸念が引き起こされています1–4。Δ9-THC は、大麻植物に存在する、中毒効果を引き起こす原因となる主要化合物であり、連邦規制物質法でのマリファナの法的定義である 0.3% を超えるレベルで、規制対象にされています。デルタ-8 テトラヒドロカンナビノールは、Δ9-THC の二重結合異性体であり、これも中毒効果を引き起こし、大麻植物中に微量レベルで天然に存在します5–7。ただし最近では、2018 年農業改善法(一般的には 2018 年農場法と呼ばれる)の下で、多くの生産者が合法と考えている大麻由来の CBD(0.3% 未満の Δ9-THC、米国/カナダ)から、多量の Δ8-THC が製造されています8。大麻由来の合成成分の使用を規定する規制は明確には対処されておらず、このことが Δ8-THC の生産と使用の市場拡大につながっています。Δ8-THC の使用の増加により、Δ8-THC に直接関連する複数の有害反応のレポートによって、CDA と FDA が警告を発しました3,4。CBD を Δ8-THC に変換するには、複数の反応副生成物が生成される可能性のある条件が必要であり、これらの副生成物を特性解析して、製造される成分の化学的理解を深める必要があります9-13。
この試験では、PDA 検出に加えて超高速液体クロマトグラフィー(UPLC)および高分解能飛行時間質量分析計(ToF-MS)によるノンターゲット分析で得られたデータを使用して、Δ8-THC 蒸留物中の成分を測定するワークフローが実証されます。社内のカンナビノイドのレファレンスライブラリーを使用して、検出された化合物にアイデンティティーを割り当てました。これらのライブラリーは、in-silico データおよび実験データから生成されたものです。マススペクトル情報は、利用可能な真正レファレンス標準試料の分析で得られた実験データによって裏付けられた、既知成分の化学構造から予測しました。ライブラリーには分子イオン([M+H]+)およびフラグメントイオンの精密質量、同位体パターンが含まれており、レファレンス標準試料が使用できる場合は、保持時間などの追加のクロマトグラフィー特性を用いて成分を同定しました。次に、残りの成分のデータを、共通のフラグメント検索などの追加のソフトウェアツールを使用して評価しました。
実験方法
サンプル前処理
真正カンナビノイド標準試料の混合液をアセトニトリルで連続希釈し、濃度 100 µg/mL にしました。 蒸留物サンプルは、ガラスシンチレーションバイアル内に秤量してアセトニトリルに溶解し、アセトニトリルで濃度 1 mg/mL に希釈して注入しました。
分析条件
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class PLUS |
検出: |
Xevo G3 QTof 質量分析計 |
バイアル: |
ポリエチレン製キャップ(製品番号:186005826)で密封するガラス製オートサンプラーバイアル(製品番号:186002802) |
カラム: |
CORTECS C18、2.1 × 100 mm、1.6 µm(製品番号:186007095)カラム |
カラム温度: |
25 ℃ |
サンプル温度: |
8 ℃ |
注入量: |
0.5 µL |
流速: |
0.560 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
グラジエントテーブル
MS 条件
MS システム: |
Xevo G3 QTof質量分析計 |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
50 ~ 1200 Da、0.1 秒 |
キャピラリー電圧: |
1.0 kV |
コーン電圧: |
15 V |
コリジョンエネルギー(CE): |
低 CE:4 eV、高 CE: 15 ~ 45 eV ランプ |
脱溶媒温度: |
450 ℃ |
イオン源温度: |
100 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1000(L/時間) |
コーンガス: |
100(L/時間) |
ロックマスレファレンス: |
ロイシンエンケファリン、200 ng/mL |
データ管理
インフォマティクス: |
UNIFI™ アプリケーション |
MSE と呼ばれるデータインディペンデント取得モードを使用して、単一の注入でプリカーサーイオンおよびプロダクトイオンから精密質量測定値を収集しました14。複数の特性(つまり、保持時間、精密質量、予測フラグメント)を用いて、化合物ライブラリーのエントリーを検索すると、偽陽性の数が大幅に減少し、同定の信頼性が大幅に向上しました。使用できる真正標準試料の分析で得られた解析データファイルを、関連する構造の .mol ファイルと併用し、対象化合物のカスタムライブラリーを作成しました。データのインポートを利用することにより、それをソフトウェア内のライブラリーに変換できます。レファレンス標準試料を入手できない化合物については、文献に記載されている構造をライブラリーに追加しました9–12。Δ8-THC のライブラリーエントリーが図 1 に示されています15。
結果および考察
デルタ-8 THC 蒸留物サンプル A の分析
図 3A に、8 種類の異性体カンナビノイド(図 2)の真正標準試料混合液の、228 nm での PDA 検出を使用したクロマトグラフィー分離が、示されています。
PDA データで、保持時間(tR)とスペクトル検索を用いて、Δ8-THC 蒸留物サンプル中に Δ9-THC、exo-THC、Δ8-THC の存在が検出されました。UV で、面積 % 値が 0.1% を大幅に上回るいくつかの未知成分が検出されました(図 3A、3B)。HRMS データを用いて PDA で検出された未知成分を調べたところ、ベースピークが m/z 315.2318 の複数の成分が、メインの Δ8-THC のピークより 3.28 分前の領域で溶出していることがわかりました(図 3B)。
図 3B. 228 nm で得られた PDA クロマトグラム(上)。UV のベースラインと MS BPI の拡大図(下)が示されています。
社内のカンナビノイドレファレンスライブラリーを使用して、蒸留物サンプル中に検出された化合物に推定的同定を割り当てました。PDA データおよび質量分析(MS)データの両方に見られる未同定の主要成分を構造解析ツールを用いて評価しました。
Δ9-THC、exo-THC、Δ8-THC に加えて、CBN と CBD が蒸留物サンプルで同定され、MS ライブラリーの tR、プリカーサーイオン、フラグメントイオンの情報を使用して検証できました(図 4、表)。カスタマイズ可能なワークフローが図の左側に示されています。ワークフローの項目は、データをレビューしやすいように配置できます。[Identified Components](同定成分)ステップが選択され、成分サマリーテーブルにソフトウェアによって同定されたすべてのライブラリー成分が自動的に表示されます。成分サマリーテーブルに、m/z、質量誤差、保持時間、検出された付加イオンなどの、同定された分析種に関する情報が表示されます。Δ8-THC のエントリーが強調表示され、プリカーサーおよびフラグメントの抽出イオンクロマトグラム(XIC)、関連する質量データと UV スペクトルデータ、および構造割り当てが示されます。
UNIFI ソフトウェアには、サンプル中に存在するが社内ライブラリーには存在しない成分の同定および解析に役立つ、一連のツールが含まれています。このツールには、共通フラグメント、ニュートラルロス、質量欠損の検索が含まれます。共通の構造特性を共有する検出された複数の未知成分には、成分サマリテーブルで自動的にフラグ付けすることができます。共通フラグメント検索の場合、既知のフラグメントを解析メソッドの検索条件に入力して、これらの共通の構造特性について自動検索できます。図 5 では、いくつかの成分に、Δ9-THC およびその異性体と共通のフラグメント(青色で強調表示)があることを示すフラグが付けられています。
高強度で精密 m/z が 315.2318 の未知成分の選択した高 CE スペクトルが、図 6 に示されています。これらの未知成分のプリカーサーそれぞれについて提案された元素組成は C21H30O2(質量誤差 -0.3 mDa)でした。さらに、このスペクトルを Δ8-THC の真正標準試料のスペクトルと比較すると、多くの共通フラグメントが認められ、これらの未知成分が構造的に関連しており、異性体である可能性が示されました。異性体の検出は、クロマトグラフィー分離が必要になる分析上の課題をもたらします。
CBD 変換の生成物に関する最近の文献で報告された、成分に基づく構造の .mol ファイルがライブラリーに含まれており、これを蒸留物サンプルで検出された未知成分の暫定割り当てに使用しました9–12。0.8 分 ~ 3.0 分の領域で溶出する他の高強度未知ピークのいくつかについて提案された元素組成は、最近のジャーナルの論文に報告された成分の元素組成およびフラグメントとマッチできました。各成分について別の割り当てが、分析データに基づいてライブラリーによって提案されましたが、確認のための真正標準試料を入手できませんでした(図 7)。
デルタ-8-THC 蒸留物サンプル B の分析
蒸留物サンプル B では、2 つの主要成分が 228 nm での PDA 検出によって同定されました。蒸留物サンプル中の主要成分は Δ8-THC と同定され、tR は 3.27 分、純度は 79% でした。追加の成分が、PDA データで tRが 3.10 分、面積 % が 19.4% で認められました(図 8)。この未知成分の UV スペクトルは Δ8-THC のスペクトルと一致し、Δ9-THC の真正標準試料の tR の近くで溶出しました。
MS データでは、未知成分のベースピークは m/z 351.2080 でした(図 9)。特に、観察された同位体パターンで、化学構造に塩素が存在することが示されました。ソフトウェアにより、Δ9-THC およびその異性体に存在する共通のフラグメントにもフラグが付けられました。未知成分の提案された元素組成は、iFit 信頼度 99.7% で C21H31ClO2(質量誤差 -0.49 mDa)であり、同位体パターンの測定値と理論値が一致していることが示されました。(図 10)。
図 10. m/z 351.2080 の未知成分の提案された元素組成 C21H31ClO2(質量誤差 –0.49 mDa)
1 Da の四重極ウインドウを用いた確認ターゲットタンデム質量分析(MS/MS)実験を行い、フラグメントは同位体ではなく、m/z 351 に由来することが確認されました(図 11A)。さらに、Cl-37 を通すように設定された 2 つ目の四重極分離を使用しました(図 11B)。両方の MS/MS 実験とも、最初の高 CE フラグメンテーション分析で観察されたフラグメントが同一であることが確認されました(図 9)。
これらのデータにより、未知成分が、Δ9-THC 異性体と構造が類似した一塩素化物であることが示唆されています。観察された m/z および提案された元素組成によって、元素組成が C21H29ClO2 の一塩素化 CBD や一塩素化 Δ9-THC の検出は裏付けられていませんが、CBD および Δ9-THC のモノハロゲン化およびジハロゲン化誘導体は以前に報告されています16-18。
結論
化合物ライブラリーを使用して、複数の既知のカンナビノイドが同定されました。このライブラリーは、tR、プリカーサー質量、フラグメントイオン、同位体パターンなどの複数の特性に基づいているため、化合物の割り当てに非常に役立ちました。
ノンターゲットスクリーニングアプローチを用いて、大きな影響を与える m/z 315.2318 および提案された元素組成 C21H30O2 の複数の未知成分が、蒸留物サンプル中に検出されました。共通フラグメントイオンが含まれている分析結果により、これらが Δ9-THC の構造異性体である可能性が示唆されました。
面積 % は 0.13 ~ 4.9% の範囲であり、この値は 228 nm の UV シグナルから抽出されました。UNIFI は、共通フラグメント、ニュートラルロス、質量欠損の検索などの構造解析ツールキットを使用して、ライブラリーに存在しない未知成分の同定に役立ちます。これらの検索機能により、構造的類似性を示す成分を簡単にフィルタリングできます。
PDA で発見された、面積 % が 19.4% で提案された元素組成が C21H31ClO2 の未知成分が蒸留物 B 中に検出され、フラグメンテーションデータから Δ9-THC およびその異性体との構造的類似性が示唆されました。蒸留物 B の純度は 80% 未満でした。
ノンターゲットスクリーニングアプローチを用いて、蒸留物中に複数の未知成分が検出されました。未知成分の探索および特性解析は、複雑なケミストリーへの理解を深め、消費生活用製品の安全性を確保するために重要です。
UPLC-QTof-MS を使用した蒸留物サンプルの分析により、元素組成やその他の構造情報に関する情報が提供され、未同定成分と既知成分の間の構造上の関係の理解を深めるのに役立ちます。
参考文献
- Erickson BE.(2021).“Delta-8-THC craze concerns chemists.”C&EnNews.99(31). https://cen.acs.org/biological-chemistry/natural-products/Delta-8-THC-craze-concerns/99/i31.
- Hudalla.C. (2021).“We believe in unicorns (and Delta-8)”.The Cannabis Scientist.https://thecannabisscientist.com/testing-processing/we-believe-in-unicorns-and-delta-8.
- Increases in Availability of Cannabis Products Containing Delta-8 THC and Reported Cases of Adverse Events.https://emergency.cdc.gov/han/2021/han00451.asp [accessed on August 9th, 2022].
- 5 Things to Know about Delta-8 Tetrahydrocannabinol – Delta-8 THC.https://www.fda.gov/consumers/consumer-updates/5-things-know-about-delta-8-tetrahydrocannabinol-delta-8-thc [accessed on August 9th, 2022].
- Adams, R. (1942)."Marihuana: Harvey Lecture, February 19, 1942."Bulletin of the NY Academy of Medicine, 18(11): 705-730.
- Tagen, M. and L. E. Klumpers (2022)."Review of delta-8-tetrahydrocannabinol (Δ8-THC): Comparative pharmacology with Δ9-THC."British Journal of Pharmacology n/a(n/a).
- Babalonis, S., et al.(2021)."Δ8-THC: Legal Status, Widespread Availability, and Safety Concerns."Cannabis and Cannabinoid Research 6(5): 362–365.
- Agriculture Improvement Act of 2018 H.R.2, 115th Cong. (2017–2018).
- Golombek, P., et al.(2020)."Conversion of Cannabidiol (CBD) into Psychotropic Cannabinoids Including Tetrahydrocannabinol (THC): A Controversy in the Scientific Literature."Toxics 8(2).
- Kiselak, T. D., et al. (2020)."Synthetic route sourcing of illicit at home cannabidiol (CBD) isomerization to psychoactive cannabinoids using ion mobility-coupled-LC-MS/MS."Forensic Sci Int, 308: 110173.
- Watanabe, K., et al.(2007)."Conversion of cannabidiol to Δ9-tetrahydrocannabinol and related cannabinoids in artificial gastric juice, and their pharmacological effects in mice."Forensic Toxicology, 25(1): 16–21.
- Meehan-Atrash, J. and I. Rahman (2022)."Novel Δ8-Tetrahydrocannabinol Vaporizers Contain Unlabeled Adulterants, Unintended Byproducts of Chemical Synthesis, and Heavy Metals." Chemical Research in Toxicology 35(1): 73–76.
- Webster GRB, Sarna, LP, Mechoulam.US Patent Application Publication.Pub.Np.: https://patentimages.storage.googleapis.com/ed/9f/1b/58e43cc4792306/US20040143126A1.pdf.
- An overview of the principles of MSE, the engine that drives MS performance.Waters White Paper, 720004036EN.
- ElSohly MA, Radwan MM, Gul W, Chandra S, Galal A. Phytochemistry of Cannabis sativa L: in Phytocannabinoids: Unraveling the Complex Chemistry and Pharmacology of Cannabis sativa.A. Douglas Kinghorn, Heinz Falk, Simon Gibbons, Jun'ichi Kobayashi.(Eds).Springer International Publishing: Cham, Switzerland.2017, 103, 1-36.
- Usami, N., et al. (1998)."Synthesis and Pharmacological Activities in Mice of Halogenated delta -9 Tetrahydrocannabinol Derivatives." CHEMICAL & PHARMACEUTICAL BULLETIN 46(9): 1462–1467.
- Usami, N., et al. (1999)."Synthesis and Pharmacological Evaluation in Mice of Halogenated Cannabidiol Derivatives."CHEMICAL & PHARMACEUTICAL BULLETIN 47(11): 1641–1645.
- Morales, P., et al. (2017)."An Overview on Medicinal Chemistry of Synthetic and Natural Derivatives of Cannabidiol."Frontiers in Pharmacology 8.
720007720JA、2022 年 10 月