ACQUITY Premier Glycan BEH C18 AX カラムおよび ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システムを用いたエリスロポエチンの遊離糖鎖解析
要約
高度にシアル化された糖鎖の存在量や構造は、多くのグリコシル化バイオ医薬品のクリアランス速度と in vivo 活性に影響を及ぼします。このため、医薬品の品質を確保するには、正確な特性解析およびモニタリングのできる分析法が必要になります。遊離糖鎖の特性解析には、蛍光検出および質量検出を用いる親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)が広く使用されています。しかし、従来の HILIC ベースの分離を使用する場合、高度にシアル化された糖鎖の存在量、不均一性、およびさまざまな異性体フォームの存在により、クロマトグラフィーの分離性能が制限を受けます。本研究では、ACQUITY Premier を搭載した統合型 LC-FLR-MS BioAccord システム内でミックスモードクロマトグラフィーを使用することで、分析種の電荷を利用してクロマトグラフィーの選択性を向上させ、蛍光標識した高度にシアル化された糖鎖を検出する方法を紹介します。
アプリケーションのメリット
ACQUITY Premier およびミックスモード ACQUITY Premier Glycan BEH C18 AX カラムを搭載した BioAccord システムにより、以下のようことが達成されます。
- 高度にシアル化された非常に複雑な糖鎖のクロマトグラフィー分離能が向上
- 従来の HILIC 法と比較して、高度にシアル化された糖鎖の電荷ベースの糖鎖プロファイルが改善
- FLR 検出および MS 検出の使用により、高度にシアル化された糖鎖に対する感度が向上
- BioAccord システムのフラグメンテーション機能により、より詳細な糖鎖構造情報による割り当てが可能に
はじめに
タンパク質のグリコシル化は、バイオ医薬品の安全性と有効性において重要な役割を果たしています。タンパク質に結合した糖鎖は、医薬品のクリアランス速度と免疫応答に直接影響を及ぼす可能性があります1。 グリコシル化はこのような役割を果たしており、市販のタンパク質ベースのバイオ医薬品の 50% 超がグリコシル化されていることから、糖鎖修飾タンパク質の分析およびモニタリングのための分析法開発に多大な努力が払われています。このような分析法のうち、遊離・標識アプローチを用いる分析法は、分離能と感度が高いため、引き続き主流となっています。一方、高度な分岐構造やシアル化構造を含む EPO(エリスロポエチン)などの糖タンパク質の場合は、これらの種類のサンプルに存在する糖鎖の構造の複雑さと不均一性のため、これまでに確立された分析法では依然として課題になっています。
モノクローナル抗体の糖鎖解析に広く使用されている従来の標識遊離糖鎖 HILIC 分析法には十分な選択性がなく、最も複雑な EPO の N 型糖鎖を十分に分離できる有効なクロマトグラフィー分離能がありません。現在の慣行では、まず弱陰イオン交換手法を用いて蛍光標識糖鎖を分画し、続いて分離した各フラクションの HILIC 分離を行います2。シアル酸はリン酸と同様、生理的 pH 下では負電荷を持つため、イオン交換分画は主に電荷ベースで行います。この 2 段階分離法は、開発により多くの時間がかかるだけでなく、分析に必要な 1 サンプルあたりのコストも高くなります。ミックスモードクロマトグラフィー(IEX および RP)を使用して、2AB 標識糖鎖と高度にシアル化された糖鎖のピークの分離が改善されていますが、このような分析法は MS レスポンスが低いため、主に FLR 検出と組み合わせて用いられています3。
最近ウォーターズでは、安定したバリア層を介して金属の影響を受けやすい分析種の分析種/表面間相互作用を低減することが実証されている MaxPeak High Performance Surfaces(HPS)テクノロジーを採用した、Premier ブランドのミックスモードカラムである ACQUITY Premier Glycan BEH C18 AX カラムを発表しました4。このカラムと、ウォーターズの確立した Rapi Fluor-MS(RFMS)糖鎖標識テクノロジーを組み合わせて FLR-MS の感度を改善することで、高度に分岐し、シアル化された糖タンパク質の分析に伴う課題に対処できる可能性があります。
この研究では、ACQUITY Premier C18 AX カラムを用いて開発した分析法と、その RFMS 標識シアル化構造の解析における性能を評価します。RFMS 標識テクノロジーと ACQUITY Premier C18 AX カラムに加えて、標識糖鎖とそれらのフラグメントの質量確認を、ACQUITY システムを搭載した BioAccord システムを用いて行います(図 1)。このシステムは、酸性糖鎖などの金属の影響を受けやすい分析種のクロマトグラフィー性能を最適化する ACQUITY Premier LC システムと、質量検出を行う ACQUITY RDa 質量検出器で構成されています。このシステムをフラグメンテーションモードで動作させると、プリカーサーイオンのデータとフラグメントイオンのデータの両方を含むスペクトルを交互に生成できます。この動作モードは、完全長の糖鎖および関連フラグメントの質量組成データが得られるデータインディペンデント取得(DIA)の一種で、これにより糖鎖構造の割り当てがさらに容易になります。
このアプリケーションノートでは、上記のシステムの性能を実証するため、EPO の遊離 N 型糖鎖解析について、ミックスモードの C18 AX LC-FLR-MS で得られたデータを HILIC-FLR-MS で得られたデータと比較しています。いずれのカラムケミストリーも、MaxPeak HPS テクノロジーを利用して、標識糖鎖と金属表面との相互作用を最小限に抑えています。これらのケミストリーをヒトの EPO サンプルの特性解析に直接適用した場合の、選択性とピーク分離能の違いを説明して考察します。
実験方法
サンプルの説明
- RapiFluor-MS(RFMS)糖鎖性能試験標準試料(製品番号:186007983)。標準試料 1 バイアルを 20 µL の水に再溶解し、最終濃度が 20 pmol/µL になるように調製しました。
- エリスロポエチン(EPO)は欧州薬局方から購入し(レファレンス物質 E1515000)、Milli-Q 水でバッファー交換してから糖鎖を遊離させました。追加の EPO サンプルは StemCell Inc. から購入し(製品番号:78007)、再溶解して濃度 1.5 mg/mL にしました。酢酸アンモニウムは Sigma-Aldrich から購入しました。N 型糖鎖を 15 μg の EPO から遊離させ、GlycoWorks RFMS N-Glycan キット(製品番号176004082)を使用して、RFMS クイックスタートプロトコル(720005470EN)に従って標識付けを行いました。クイックスタートプロトコルに反応停止ステップが追加されていることに注意してください。具体的には、5 分間の標識反応の後、サンプル混合物に 5 μL の 1 M 酢酸アンモニウム溶液を添加して、余分な RFMS 試薬を反応停止させます。反応停止は室温で 5 分間行います。
LC 条件(ACQUITY Premier)
システム: |
ACQUITY Premier を搭載した BioAccord システム |
LC システム: |
ACQUITY Premier BSM UPLC |
検出: |
ACQUITY Premier FLR 検出器(λ励起 = 265 nm、λ蛍光 = 425 nm、2 Hz) |
カラム: |
1. ミックスモード:ACQUITY Premier Glycan BEH C18 AX カラム、1.7 μm、95 Å、2.1 × 150 mm(製品番号:186009760) 2. HILIC モード:ACQUITY Premier Glycan Amide カラム、1.7 µm、130 Å、2.1 × 150 mm(製品番号:186009524) |
バイアル: |
MaxPeak HPS を採用した QuanRecovery 300 µL バイアル(製品番号:186009186) |
カラム温度: |
60 ℃ |
サンプル温度: |
6 ℃ |
注入量: |
1 µL |
移動相 A: |
ミックスモード:Milli-Q H2O HILIC モード:50 mM NH4HCO2 Milli-Q 水溶液* |
移動相 B: |
ミックスモード:100 mM ギ酸アンモニウム、100 mM ギ酸含有 40/60(v/v)水/アセトニトリル** HILIC モード:LC-MS グレードのアセトニトリル |
グラジエント
ミックスモードグラジエント
HILIC モードMS 条件(RDa 検出器)
MS システム: |
ACQUITY RDa 質量検出器(図 1) |
イオン化モード: |
ESI+ |
取り込み範囲: |
m/z 50 ~ 2,000 |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
コーン電圧(CV): |
45 V |
フラグメンテーション CV: |
70 ~ 90 V |
データ管理
インフォマティクス: |
waters_connect(UNIFI v1.9.4) |
結果および考察
HILIC とミックスモードのクロマトグラフィーの比較
モノクローナル抗体から遊離させた標識 N 型糖鎖の分離には HILIC FLR 分析法または FLR-MS 分析法を一般に使用します。これは、これらの N 型糖鎖は通常、二分岐の中性分子種で構成されており、関連糖鎖の 5% 未満がモノシアル化またはジシアル化されているためです。HILIC と新しい C18 AX カラムの性能を比較すると、ヒト化 IgG モノクローナル抗体から遊離した N 型糖鎖に対して明確な選択性の違いが認められました(図 2)。HILIC カラムでは、主に親水性によって糖鎖が分離していましたが、C18 AX カラムの溶出プロファイルでは、主に電荷に基づいて、中性糖鎖、単一シアル化糖鎖、および二重シアル化糖鎖が明確に分離していることが分かりました。各電荷グループ内では、例えば FA2G1 の方が FA2 よりも先に溶出するというように、親水性の強い糖鎖が類似した分岐構造を持つ糖鎖よりも(疎水性に基づいて)わずかに早く溶出しました。また、Man5 糖鎖は、同様の分子量を持つ複合型糖鎖と比較してより親水性が高いことも認められました。このことは、図 2 において、C18 AX のクロマトグラムでは Man5(M5)のピークが A2 糖鎖よりも先に溶出しているのに対し、HILIC カラムでは溶出順序が逆(Man5 が A2 より後に溶出)であることから分かります。C18 AX による分離で得られたピークは、選択性の違いに加え、HILIC で分離されたピークよりも幅が狭く(平均で約 20% 狭い)、ミックスモードカラムでは高いピークキャパシティに達することが示唆されます。
C18 AX カラムの広範な適用性を、複雑なグリコシル化プロファイルを持つ分子の例として、多くの高度にシアル化された分子種が含まれるヒト EPO を用いて評価しました。この例では、HILIC の分離能に制限があり、さまざまなレベルのシアル酸を持つ高度に分岐した構造を示す糖鎖の分離が「過密状態」になっていました。一方、C18 AX カラムには、シアル酸が増えていく糖鎖分子種を分離できる性能があり、同じ構造に対するクロマトグラフィー分離が向上していました(図 3)。ここでも、C18 AX クロマトグラフィー分離におけるピーク幅は HILIC 分離でのピークよりも狭いことが分かりました。このことは、ミックスモードカラムには、高度にシアル化されたサンプルのピークキャパシティとカラム効率の点で、クロマトグラフィー性能が向上する可能性があることを示しています。最適化した分析法を用い、C18 AX カラムを使用して、固有の質量を持つ EPO からの蛍光標識 N 型糖鎖が計 82 種観測されました。カラムにロードした糖鎖は、推定 1 μg の EPO タンパク質から遊離したものです。
この分析法で使用する RFMS 標識テクノロジーのさらなる利点として、MS レスポンスの増大が挙げられます。この例では、質量分析のシグナルにより、完全なサンプル前処理プロセス(変性、脱グリコシル化、RFMS タグによる標識)の出発材料としてわずか 15 マイクログラムの EPO を使用して、0.1%(相対濃度)という低濃度の糖鎖の質量確認ができました。糖鎖 FA4S3(1 つのフコース、4 つの分岐、3 つのシアル酸を含む)の抽出イオンクロマトグラム(XIC)を使用して、HILIC と C18 AX のカラム選択性と分離能の違いをさらに調査しました。図 3(右側のパネル)に示すように、両方の XIC に構造異性体と推測される 2 つの良く分離したピークが見られますが、2 つの異性体のベースライン近くでの分離が見られたのは C18 AX カラムでのみでした。
ミックスモードカラムを用いて分離した RFMS 標識 EPO の N 型糖鎖の荷電分離プロファイルを図 4A に示します。ここで、グループ化した糖鎖が、シアル酸の数に基づいて分かれています。興味深いことに、高マンノースリン酸糖鎖が、サイズと電荷数が似ている複合糖鎖より先に溶出していました。これはおそらく、親水性の上昇によると考えられます。
また、選択性の向上によって得られるクロマトグラフィー分離能の向上も観察され、フラグメンテーションモードの BioAccord システムを使用して得られたデータインディペンデント MS フラグメンテーションスペクトルの解釈が直接的に簡素化されました。フラグメントイオンデータにおいて一連の連続した中性単糖の損失が見られた例(図 4B)では、提案された糖鎖組成に基づく M7P2(2 つのリン酸を含む高マンノース型)という糖鎖割り当てが裏付けられました。
B. BioAccord システムは、低エネルギー(プリカーサー)イオンと高エネルギー(フラグメント)イオンのスペクトルを交互に生成できます。高マンノース二重リン酸化 M7P2 糖鎖のフラグメンテーションに関するデータを示します。単糖の連続したニュートラルロスを、糖鎖組成を確認するために注釈しています。星印は、MaxEnt 3 でチャージデコンボリューションしたスペクトルの(M+H)+ プリカーサーイオンを示します。
最適化した C18 AX LC 分析法を用いて、複数のソースのヒト EPO に由来する糖鎖について比較分析を行いました(図 5)。2 つの N 型糖鎖サンプルの電荷プロファイルは一貫しており、開発したこの分析法が複合糖タンパク質サンプルの電荷ベースの比較プロファイリングに一般的に使用できることが示唆されました。
結論
LC-FLR-MS 分析法について、ACQUITY Premier Glycan C18 AX カラムを取り付けた ACQUITY Premier LC を搭載した BioAccord システムで最適化を行いました。新しいミックスモード C18 AX カラムは、従来の HILIC ベースの分析法と比較して、より高レベルのシアル酸を含む複合 N 型糖鎖に対して、より高い分離能を示します。最適化した LC-FLR-MS 分析法により、BioAccord システムで得られるシアル酸の数と質量データに基づいて、明確な電荷ベースの分離と組成の割り当てが可能になりました。より多くの糖鎖構造において、同一電荷(シアル酸の数に基づく)の保持時間枠内で、親水性に基づいてさらに分離が進みました。結論として、MaxPeak HPS テクノロジーと BioAccord LC-MS システムの SmartMS 機能を組み合わせることで、高度にシアル化された複合 N 型糖鎖の分析において、ピーク形状、分離能、MS 感度に関して高品質のデータを生成することができます。
参考文献
- Zhang P. et al. Challenges of Glycosylation Analysis and Control: An Integrated Approach to Producing Optimal and Consistent Therapeutic Drugs.Drug Discovery Today, Volume 21, 2016; 5, 740–765.
- Bones J. et al.2D-LC Analysis of BRP 3 Erythropoietin N-glycosylation Using Anion Exchange Fractionation and Hydrophilic Interaction UPLC Reveals Long poly-N-acetyl Lactosamine Extensions.Anal.Chem.2011 June; 83(11):4154–4162.
- Udayanath A. et al.Separation of 2AB labeled N-glycans from Bovine Fetuin on a Novel Mixed-Mode Stationary Phase.Thermo Fisher Scientific Application Note 2075A.
- Liu X. et al. Increased Resolving Power for Acidic Glycans with an MS-Compatible Anion Exchange Reversed-Phase Separation.Waters Application Note, 720007038, 2020.
720007356JA、2021 年 9 月