最近の新型コロナウイルス感染症に対する mRNA ワクチンの成功は、脂質ナノ粒子(LNP)デリバリーシステムの開発が一因となっています。LNP には 4 種の脂質成分(コレステロール、DSPC、イオン性脂質、PEG 修飾脂質)が含まれており、これらの脂質の品質と純度をコントロールすることが重要です。ACQUITY Premier CSH C18 カラムおよび BioAccord システムを使用する、LNP 成分の特性解析および分析のために、シンプルかつ迅速な LC-MS ルーチン分析法が開発されました。LNP 成分である 1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DSPC)、1,2-ジリノエイルオキシ-3-ジメチルアミノプロパン(MC3)、PEG 修飾脂質は 5 pg/μL の濃度レベル、コレステロールは 250 pg/μL の濃度レベルで検出されました。開発した分析法は複雑なウシ肝臓脂質抽出物の分析に適用し、すべての主要な脂質クラスが検出されました。この分析法は、LNP 中の 4 種の脂質成分と、合成プロセス、分解、または原料汚染のいずれかに起因し得るその他の不純物の同時分析に有用です。
脂質ナノ粒子(LNP)は、mRNA 医薬またはワクチンに適したデリバリー担体です。最近の SARS-CoV-2 臨床試験での mRNA ワクチンの成功は、脂質ナノ粒子(LNP)デリバリーシステムの開発が一因となっています1。 LNP はカプセル化効率が高く、mRNA のサイズへの制限がほぼないため、他の導入遺伝子のデリバリー担体と比較して独特です1,2。 具体的には、ワクチンでのその役割については、免疫原性を誘発することなく自然免疫系を刺激する利点があります2。 さらに、mRNA を LNP に封入することで、mRNA は酵素による攻撃から保護され、細胞への取り込みと発現量が高くなります1。LNP は通常 4 種の脂質(図 1)で構成され、それぞれの脂質には固有の役割があります。LNP の大部分は、有効性を発揮させるためのイオン性/陽イオン性脂質で構成されており、現在、通常は LNP の半分を占めるこの成分には、重要な開発使用権と知的財産権が存在します。臨床試験で使用された初期の LNP は、1,2-ジリノエイルオキシ-3-ジメチルアミノプロパン(Dlin-MC3-DMA (MC3))に頼っていました2。コレステロールは次に広く使用されている分子種であり、LNP の安定性を高め、膜融合を促進します3,4。 その他に、ヘルパー脂質とも呼ばれる、ポリエチレングリコール脂質(PEG 修飾脂質)およびリン脂質様 1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン(DSPC)の 2 種の脂質があります。ポリエチレングリコール(PEG)は凝集傾向を低減し、免疫細胞による非特異的エンドサイトーシスから LNP を遮蔽します。DSPC とコレステロールは天然脂質であり、イオン性脂質および PEG 修飾脂質は合成脂質です。イオン性脂質の化学構造、PEG 修飾脂質の安定性、および 4 種の脂質の比のわずかな変化により、その特性と LNP デリバリー効率が変化する可能性があります1。
同定および純度はいずれも、LNP に使用する脂質材料の重要品質特性であり、原料に含まれる不純物と潜在的な分解物の完全性のモニタリングと定量はほぼ同程度に重要です。液体クロマトグラフィー(LC)により複雑な混合物中の脂質を分離することができ、質量分析計を使用することで、特に可能性のある低レベルの不純物や分解物のモニタリングで、同定の信頼性がさらに高まります。本研究では、ACQUITY Premier CSH C18 カラムおよび BioAccord システムを用いて LNP の脂質成分を分析するための、シンプルかつ迅速な LC-MS ルーチン分析法を紹介します。BioAccord のシステム構成には、ACQUITY UPLC I-Class PLUS、ACQUITY TUV 検出器、ACQUITY RDa 検出器が含まれます。堅牢で使いやすく、設置面積の小さい LC-MS プラットホームとして設計された Waters BioAccord システムは、これまで LC-MS を導入できなかった組織やオペレーターがアクセスできる、バイオ医薬品や核酸の分析に適した MS 分析を提供するために開発されたテクノロジーです。BioAccord システムは、以前のアプリケーションノートなどで実証されているように、ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムと ACQUITY RDa 質量検出器との統合により、自動化された再現性の高いクロマトグラフィー分離と精密質量測定を実現します。規制に対応した waters_connect インフォマティクスプラットホームで動作するこのシステムは、脂質成分の構造、構成、同定に関する情報を提供し、脂質ナノ粒子製品の開発および製品化チームに最適です。
個々の脂質(コレステロール、DSPC、MC3)標準試料は Sigma から購入し、DMG-PEG-2000 は Avanti Polar Lipids から入手しました。濃度 1 mg/mL のコレステロールストック溶液および DMG-PEG-2000 ストック溶液はメタノール中に調製しました。DSPC および MC3 の 1 mg/mL のストック溶液は、メタノール/クロロホルム(1/1)中に調製しました。これらのストック溶液から各脂質のさまざまな作業濃度の標準試料または混合物をメタノール中に調製しました。
ウシ肝臓の総脂質抽出物は Avanti Polar Lipids から購入しました。この抽出物は、クロロホルム/メタノール(2/1、v/v)中に 5 mg/mL のストック溶液を調製しました。次にこのストック溶液をメタノールで希釈して 0.1 mg/mL 溶液を調製しました。
LC-MS システム: |
BioAccord LC-MSシステム |
バイアル: |
Waters トータルリカバリー UPLC バイアル(製品番号:186005669CV) |
カラム: |
ACQUITY Premier CSH C18、2.1 × 100 mm、1.7 μm(製品番号:186009461) |
カラム温度: |
55 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
5 µL |
流速: |
400 µL/分 |
移動相 A: |
600/390/10 の ACN/水/1 M ギ酸アンモニウム水溶液含有 0.1% ギ酸溶液 |
移動相 B: |
900/90/10 の IPA/ACN/1 M ギ酸アンモニウム水溶液含有 0.1% ギ酸溶液 |
MS システム: |
ACQUITY RDa 質量検出器 |
モード: |
フラグメンテーション(低(固定)および高(ランプ)コーン電圧での同時デュアル機能取り込み)のフルスキャン MS |
質量範囲: |
m/z 50 ~ 2000 |
極性: |
ESI ポジティブ(1.5 kV) |
スキャンレート: |
10 Hz |
コーン電圧: |
30 V |
フラグメンテーションコーン電圧: |
120-200 V |
精密質量スクリーニングワークフローを備えた waters_connect 下の UNIFI 科学情報システムを使用してデータの取り込みおよび解析を行いました。
LC-MS 分析法は、さまざまな検体由来の脂質を脂質クラスや分子種に分離および分析するために、広く使用されています。順相(NP)クロマトグラフィーと親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)の 2 つは、脂質分子種をクラスに分けるために使用される一般的な手法であり、逆相(RP)クロマトグラフィーは、主に同じクラス内の脂質分子種の分離に有用です。LNP の脂質成分を RP ACQUITY Premier CSH C18 カラムを使用して分離することにより、その他の RP カラムよりも適用範囲と分離度が向上しました5,6。 これらの脂質は、UV 吸光度が低いか無いため、ACQUITY RDa 質量検出器などの別の検出器を使用して分析感度を改善する必要があります。メタノールで原液を希釈して目標濃度に調製した標準混合物を、BioAccord システムで分析しました。代表的な抽出イオンクロマトグラムが図 2A に示されています。脂質は、DMG-PEG-2000、コレステロール、イオン性脂質 MC3、DSPC の順に溶出しました。図 2B に、代表的な 4 種の脂質、DMG-PEG-2000、コレステロール(m/z 369.352)、イオン性脂質 MC3(m/z 642.627)、DSPC(m/z 790.618)に対応するスペクトルが示されています。DMG-PEG-2000 の組み合わせスペクトルが図 2B (上のパネル)に示されています。DMG-PEG-2000 により、スペクトル中に複数の荷電状態(+2、+3、+4)が観察される LC-MS 条件下で、アンモニウム付加イオンが形成されます。
個々の脂質成分を同定するために、まずさまざまな脂質化合物が含まれているカスタムデータベース(ライブラリー)を UNIFI サイエンスライブラリー内に作成しました。UNIFI サイエンスライブラリーを使用してデータベースを作成する方法の詳細なステップごとの説明は、別のアプリケーションノートに記載されています7。UNIFI 成分分析ワークフローを使用した、成分の概要、クロマトグラム、スペクトルビューが含まれているサンプル分析結果の例が、図 3 に示されています。図 3A に、カスタム脂質-LNP データベースから同定されたすべての成分を記載した成分サマリー表が示されています。同定された各脂質について、抽出イオンクロマトグラム(図 3B)、低エネルギープリカーサーイオンスペクトル(図 3C)、および対応するフラグメントイオンスペクトル(図 3D)が表示されています。UNIFI により、構造解析のために、in silico 予測フラグメントを実験的に得られた HRMS フラグメントと比較して、マッチングされます。必要に応じて、各フラグメントイオンスペクトルを、青色のアイコンをクリックして調べ、UNIFI サイエンスライブラリーに送信して、フラグメントイオン情報が含まれているカスタム脂質-LNP データベースを作成できます。
図 3. 成分サマリープロット:(A)同定された脂質ナノ粒子コレステロール、陽イオン性脂質 MC3、DSPC、および 13 種の DMG-PEG-2000(B)DSPC の抽出イオンクロマトグラムの例、(C)DSPC の低エネルギーの精密質量、(D)DSPC の対応するフラグメントイオンスペクトル。青色のアイコンは、一致した in silico 予測フラグメントイオンおよび実験のフラグメントイオンを示します。
同定されたすべての脂質の結果は、確認済み成分表(図 4A)または成分プロット(図 4B)として表示できます。図 4A に、DMG-PEG-2000、コレステロール、イオン性脂質 MC3、DSPC に対する同定された脂質の完全な成分サマリーリストが示されています。PEG 修飾脂質は図 4A に、ESI ポジティブイオンモードでの多価荷電状態 +2、+3、+4 として示されています。さらに DMG-PEG-2000 は、不均一な多分散性ポリマーとして存在し、38 ~ 50(CH2CH2O)単位の長さが不均一な PEG 鎖が含まれています。単分散性ポリマーは、すべての分子が同じ PEG 重合度で、同じ単一の m/z 値の均一なポリマーです。PEG 単位の多分散性に基づいて、計 13 種の PEG 化脂質が同定されました。
各脂質のストック溶液から濃度範囲 0.1 ~ 500 pg/μL の一連の希釈液を調製し、6 濃度レベルで分析して、BioAccord システムの検出限界を評価しました。図 5 に、濃度レベル 1、5、50、100、250、500 pg/μL のイオン化脂質 MC3 の代表的なサマリープロットが示されています。検出下限値は、イオン性脂質 MC3、DSPC、DMG-PEG-2000 では 5 pg/μL(オンカラムで 25 pg)、コレステロールでは 250 pg/μL(オンカラムで 1.25 ng)でした。
UNIFI のバイナリー比較機能を使用して、未知脂質サンプルの分析結果とレファレンスサンプルの分析結果を直接比較できます。これは、未精製脂質材料または対象製品の LC-MS プロファイルを生成することで、類似製品との区別、一般的でない不純物の同定、複数の製造バッチからの脂質の品質の比較が可能になる有用な機能です。この機能を使用し、抽出イオンクロマトグラム(図 6A)または指定したスペクトル(図 6C および 6E)に基づいて、未知サンプル中の個々の脂質分子種の存在量をレファレンスサンプル中の量と比較し、ミラーイメージプロットとして表示することもできます。このバイナリーサンプル比較モードでは、特定の一致基準(RT および質量精度に関して)を設定し、未知サンプルとレファレンスサンプルの 2 つのピークが同じ脂質成分であると見なすために、これらがどれだけ近くにピークが検出される必要があるかを決定できます。図 6A に、0.1 mg/mL Avanti ウシ肝臓脂質抽出物(レファレンス)の注入、および DMG-PEG 2000 とイオン性脂質 MC3 をスパイクした 0.1 mg/mL Avanti ウシ肝臓脂質抽出物の注入(「未知」と表示)による、ミラークロマトグラムの比較が示されています。保持時間 2.02 分および 6.62 分に 2 つの固有のピークが観察されたのは未知(スパイクされた)サンプルのみであり、スパイクされた DMG-PEG 2000 および MC3 脂質の存在が示されています。クロマトグラム差プロット(図 6B)では、これら 2 つのピークは未知サンプルでのみ確認されたことが示されています。バイナリー比較機能で最高の比較結果を得るには、LC-MS 分析に、サンプルセット内のすべての注入にわたって再現性の高い RT 測定および一貫した MS レスポンスが必要です。
DMG-PEG 2000 の未知サンプルとレファレンスサンプルを組み合わせたスペクトルのバイナリー比較(保持時間 2.02 分での)が、図 6C に示されています。レファレンスサンプルと未知サンプルの間のスペクトル差プロットが、図 6D に示されています。荷電状態 +2、+3、+4 の固有の PEG のスペクトルパターンが、未知サンプルのスペクトルでのみ明確に観察されます(図 6C および 6D)。同様に、イオン性脂質 MC3 の未知サンプルとレファレンスサンプルのバイナリー比較(保持時間 6.62 分での)が、図 6E に示されています。レファレンスサンプルと未知サンプルの差プロットが、図 6F に示されています。未知サンプルにのみ MC3 (m/z 642.601)が存在し、スペクトルの差プロットは、MC3 は未知サンプルに固有であることを示しています(図 6E および 6F)。
開発された分析法を複雑なウシ肝臓抽出物の分析に適用し、その他の種類の脂質化合物の分析に一般的に適用できることが実証されました。主なリゾリン脂質、リン脂質、および中性脂質はすべてこの分析法で検出されました(図 7)。これによりこの分析法は、LNP の組成、および LNP 配合時の分解、酸化、加水分解、水素化、凝集、二量体形成に起因するあらゆるその他の不純物の同時測定に有用です。
LNP の組成を分析するために、シンプルで迅速な逆相 LC-MS ルーチン分析法を開発しました。この分析法の性能を BioAccord システムで評価した結果、プロセス開発および品質管理での LNP 成分と不純物の同時分析に使用できることが実証されました。
720007296JA、2021 年 6 月