どの分析測定においても、装置が適切に作動していることを確認することは、重要な側面です。システムの適合性を確認できないと、結果の信頼性が低下し、誤った結論に至る場合があります。分析種の中でも取り扱い、分離、および測定が難しい化合物についてシステムの適合性を評価する場合、特別な配慮が必要です。金属とキレート化する傾向のある分析種は、そのような分子の 1 種です。これらの種類の分子の分離を容易にするために、ウォーターズは、ACQUITY Premier システムおよび MaxPeak Premier カラムで、金属や金属合金の表面ではなく、ハイブリッドシリカベースのクロマトグラフィー表面を設計しました。MaxPeak Premier 装置を採用する場合、あるいは回避策を採用する場合、金属に吸着しやすい化合物に対するシステムの不活性度を調べる試験法を検討する必要があります。この目的のために、2 つの試験用標準品が開発されました。ヌクレオチドは、化学的に有用な試験用プローブですが、加水分解が発生します。その代替として、アデノシン二リン酸(ADP)の非加水分解性アナログを利用して、標準品の貯蔵寿命と溶液安定性を改善しました。この分子はアデノシン 5'-(α、β-メチレン)二リン酸(AMPcP)で、AMPcP のみの標準品、および AMPcP とアデノシンの等モル混合物の形式で製造されています。
それぞれの種類の標準品を使用して、ACQUITY Premier システムと ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムの両方での金属との相互作用の度合いを特性解析しました。2 つの異なる試験法を用いて、不活性 ACQUITY Premier システムにおける金属との結合の減衰を、標準の ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムと比較することにより実証しました。特に、AMPcP 標準品をサンプル流路を通して注入した場合、より再現性の高い回収率を示しました。ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムから ACQUITY Premier システムに切り替えると、5 回の繰り返し注入でのピーク面積の RSD が 20% から 0.2% に減少しました。さらに、HPS で部分的に構成された ACQUITY Premier システムでの AMPcP とカフェインの繰り返し注入において、ピーク面積の相対標準偏差が増大し、(AMPcP のカフェインに対して相対的な)ピーク面積比が減少したことによって、金属の露出表面の存在が容易に特定されました。絶対ピーク面積の増加とピーク形状の改善も認められました。AMPcP とアデノシンの標準品およびクロマトグラフィー分離による試験に関しては、ACQUITY Premier システムは、AMPcP/アデノシンのピーク面積比が著しく大きく、金属に吸着しやすい分析種の回収率が高いことも分かりました。
システム適合性試験をルーチンで行うことで、分析測定の正確度に対する信頼性が高まります。UV 検出器と液体クロマトグラフを組み合わせた場合、通常、システム適合性試験によって、適切なポンプ機能(例えば、目的のグラジエントと流量を提供する能力)、オートサンプラー機能(例えば、指定量のサンプルを高精度で供給する能力)、検出器機能(例えば、1 つ以上の選択した波長で許容可能なベースラインで UV 吸収を検出する機能)、およびシステム全体の完全性(例えば、リーク、圧力スパイク、および許容できないほど大きい騒音がないこと)を確認します。このような確認は、信頼できるデータを得るために重要であり、民間企業あるいは政府のラボのいずれにおいても必要です。
よく使用されるシステム適合性へのアプローチの 1 つとして、品質管理標準物質(QCRM)の分析があります。例えば、重要なサンプルや物質を分析する前に、多成分混合物を分析する場合があります。目的の分析に必要な分析種を含むカスタマイズした混合物を調製するのが、システムの準備状況を評価する場合の一般的なアプローチです。これらの測定値は、適切なシステム性能を確認する手段として、予想される結果や以前の結果と照らし合わせることができます。
金属に結合することが既知の化合物、または結合が疑われる化合物の分析に対するシステムの適合性評価は、相互作用しない分析種の場合よりも本質的に複雑です。金属に吸着しやすい化合物を含まない QCRM を使用しても、LC システム中に露出している金属がどれくらいマスクされたり、除去されたりしているかを評価するのに役立ちません。この懸念に対処する魅力的な選択肢の 1 つとして、クロマトグラフィーカラムや検出器など、LC 流路内の露出した金属を容易に検出できることが実証された金属感受性プローブ化合物の使用が挙げられます。ここでは、AMPcP ベースの Waters Premier 標準品を、LC 装置の不活性度を調査するオプションを実施するための、簡単な方法として応用しています。開発した標準品は、金属との結合における有効性、安定性、および製造の再現性について評価済みです。
この実験では、Waters Premier AMPcP 標準品(製品番号:186009754)、Waters Premier AMPcP とアデノシンの標準品(製品番号:186009755)、カフェイン標準品(製品番号:700003233)を使用しています。AMPcP 標準品は 100 μL の水と 100 μL のアセトニトリルに再溶解し、別個の標準品を 40 μL の水と 160 μL のアセトニトリルに再溶解しました。AMPcP + アデノシンの標準品は 200 μL の水に再溶解しました。カフェインの作業用溶液(100 μg/mL)は、1.000 mg/mL のカフェイン標準品を 20:80 水:アセトニトリル で希釈して、調製しています。次に、カフェインの作業用溶液 35 μL をさらに 20:80 水:アセトニトリルで 1 mL に希釈してカフェイン分析標準品(3.5 μg/mL)を調製しました。0.3% 水酸化アンモニウム溶液は、30% 濃縮溶液を、サンプルバイアル内で 18.2 MΩ 水を用いて 5 μL から 500 μL に希釈して調製しています。
IonHance 酢酸アンモニウム pH 6.8 濃縮液(製品番号:186009705)を使用して移動相を調製しました。移動相 A については、濃縮液を水で 1:100 に希釈します。移動相 B は、移動相 A:アセトニトリルが 4:1 になるように調製しました。
LC 条件 |
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LC システム: |
ACQUITY Premier および ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio、バイナリーソルベントマネージャー(BSM)付き 非 HPS 構成に部分的に改変した ACQUITY Premier |
検出: |
10 mm の分析用フローセル付き TUV:260 nm、20 Hz |
カラム: |
カラムの代わりにユニオンを使用 |
カラム温度: |
30 ℃ |
サンプル温度: |
室温 |
注入量: |
1 μL |
流速: |
0.5 mL/分 |
移動相 A: |
水 |
移動相 B: |
アセトニトリル |
LC 組成: |
実験 1(AMPcP のみ)50:50 A:B 実験 2(AMPcP およびカフェイン)20:80 A:B |
LC 条件 |
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LC システム: |
ACQUITY Premier および ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio、バイナリーソルベントマネージャー(BSM)付き |
検出: |
10 mm の分析用フローセル付き TUV:260 nm、40 Hz |
カラム: |
ACQUITY Premier HSS T3 カラム、1.8 μm、2.1 mm × 50 mm(製品番号:186009467) |
カラム温度: |
35 ℃ |
サンプル温度: |
10 ℃ |
注入量: |
1 μL |
流速: |
0.5 mL/分 |
移動相 A: |
10 mM 酢酸アンモニウム含有 99.8:0.2 水:アセトニトリル(IonHance 濃縮液の 1:100 希釈液) |
移動相 B: |
8 mM 酢酸アンモニウム含有 79.8:20.2 水:アセトニトリル溶液 |
MS ソフトウェア: MassLynx v4.2、SCN 1001
ヌクレオチドは昔から、LC 分離による回収が最も難しい分析種の 1 つでした。そのため、ATP 等の分子は、試験用プローブを検討する際の妥当な選択肢ですが、残念ながら、上述したように、加水分解の影響を受けやすいという性質があります。この点は、凍結乾燥した多量の ATP の強制分解試験で確認されています。40 ℃ でインキュベートした ATP サンプルのクロマトグラフィー試験では、10 日以内にかなりの分解が見られ、0 ℃ 未満で保存しても 3 か月で分解する可能性を示しています(図 1A および 1B)。このため、40 ℃ で 69 日間のインキュベーション後に分解を示さない試験用プローブとして、非加水分解性ヌクレオチドの使用を検討しました(図 1C および 1D)。この分子、アデノシン 5'-(α、β-メチレン)二リン酸(AMPcP)の化学構造を構造 1 に示します。AMPcP は、電子豊富なリン酸基により露出した金属部位に吸着しやすく、結合部位として作用する可能性のある露出した金属表面を評価するのに理想的なプローブ化合物です。実際、並べて試験したところ、AMPcP は ATP と同程度に強く金属フリットに吸着することが分かりました(図 2)。インラインのチタンフリットで ATP と AMPcP のいずれか 10 ng を 10 回連続注入した場合、ATP と AMPcP の平均回収率はそれぞれ 1.6% および 0.7% でした。フリット試験では、移動相に 10 mM 酢酸アンモニウム(pH 6.8)、流速 0.2 mL/分を使用しました。2 つの形式の AMPcP ベースの QCRM が用意されています。そのうち 1 つは AMPcP のみで、もう 1 つは AMPcP とアデノシンが等モル量で含まれます。2 つ目の形式では、陰性対照プローブ(アデノシン)が含まれているため、試験法の一部として分離を適用した場合に、2 つの成分のピーク面積を比率で比較することができます。
LC の不活性度を調査するための 1 つの方法として、Waters Premier AMPcP 標準品(AMPcP のみ)をカラムなしで使用し、UV 検出器を使用して繰り返し注入を行いました。金属に吸着しやすい化合物を金属ベースの装置に注入する場合、各注入にわたる再現性が低下するのが一般的です。具体的には、ピーク面積とピーク高さのばらつき、並びに分析種のシグナルの全体的な低下が見られます。このため、ピーク面積、ピーク高さ、およびピーク面積(または高さ)の %RSD を調べることで、金属表面の存在を判定することができます。ばらつきの程度は、分析対象の特定の化合物、システムの使用履歴、移動相など、多くの要因によって異なります。図 3 に、ACQUITY Premier システムと、流路系チューブをすべて新しくした ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムでの Waters Premier AMPcP 標準品の繰り返し注入の比較を示します。
予測どおり、AMPcP を金属製流路に注入すると、ピーク面積(48%)とピーク高さ(47%)の大幅な減少が見られました。さらに、金属ベースの生体高分子用システムのピーク面積の RSD は 6.4% でしたが、不活性な ACQUITY Premier システムのピーク面積の RSD はわずか 0.4% でした。ACQUITY Premier システムで見られたこのピーク面積の再現性の向上は、金属との相互作用の減少に起因します。金属表面が露出しているシステムでは、繰り返し注入の間にピーク面積の増大が見られます。これは、金属と相互作用する分析種が露出した金属表面に吸着し、部分的にスクリーニングされて、それ以降の測定における回収率が高くなるためです。したがって、金属表面が露出しているシステムでは、ばらつきが大きくなり、分析種の回収率が制御しにくくなります。これらの影響は図 4 で明らかに見られ、この場合、ACQUITY Premier システムに HPS 部品が部分的に用いられていました。AMPcP の 4 回の繰り返し注入と、0.3% アンモニア水の 6 回の繰り返し注入の後の、カフェインの 4 回の繰り返し注入で、分析は完了しました。水酸化アンモニウムの注入により、システム使用履歴の影響をベースラインに戻すことができ、システム適合性およびトラブルシューティングのチェックの有効性が向上することがわかりました。さらに、露出した金属表面への AMPcP の吸着しやすさは、移動相中の有機物(ACN)含量を増加させることによって、より顕著になりました。これらの測定において、AMPcP のピーク面積の標準偏差が 1.6% から 8.0% に増加したことによって、金属表面の露出が確認されました。さらに、カフェインの相対標準偏差には目立った変化は見られず、両条件下で 0.5% でした。また、非 HPS システムコンポーネントの導入によって、ピーク面積比(カフェインに対する AMPcP の比)が 0.98 から 0.42 に減小し、ピークに顕著な変化が観察されました。この例では、不活性 LC システムを使用する利点だけでなく、金属の影響を受けやすい化合物のサンプル分析前に、システム適合性の判定に使用できる注入用標準品を用意しておくことの重要性についても説明しています。
金属に吸着しにくい化合物を含むシステム適合性サンプルには、金属に吸着しやすい化合物を用いてシステムの準備状況を評価できること以外の利点もあります。アデノシンは基本分子構造が AMPcP と同じですが、金属表面に吸着するリン酸部分がありません。したがって、アデノシンでシステムの全体的な正常性と性能を評価することができ、AMPcP で金属結合の可能性を評価することができます。言い換えると、アデノシンは構造が類似した陰性対照化合物としての役割を果たします。以下の例では、AMPcP/アデノシンの組み合わせサンプルの繰り返し注入を、ACQUITY Premier システムと、主にチタンと MP35N で構成される生体高分子用流路を採用した ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムで行いました(図 5)。サンプルには各成分が等モル量で含まれているため、システム吸着による損失がない場合、LC-UV 測定においてそれぞれ同等のピーク面積が期待されます。AMPcP とアデノシンのピーク面積比は、金属表面が露出しているシステムでは 1.0 未満になるはずです。アデノシンが検出されたが、AMPcP が検出されていない場合、サンプルの流路に金属が過剰に露出していることが示されます。アデノシンが正常に測定された場合、注入の失敗や不適切なサンプル前処理など、他の原因に関連するシグナルの欠如の可能性が排除されます。
予測どおり、これらの結果は、不活性 ACQUITY Premier システムを金属を含む生体高分子用システムと比較した場合、AMPcP のピーク面積が大幅に増加したこと(16%)を示しています。対照的に、金属に吸着しにくい化合物であるアデノシンは、2 つのシステムで同等のピーク面積を示し、差はわずか 1% でした。アデノシンのピークは、保持時間とピーク面積の再現性が非常に高いことを示しており、システムコンポーネント(ポンプ、オートサンプラー、インジェクター、および検出器)がすべて適切に機能していることを示しています。このことから、組み合わせのサンプルにより、金属吸着の可能性が浮き彫りになり、全体的な LC 性能を迅速に評価することができました。
装置が適切に機能していることを確認することは、あらゆる分析測定の重要な側面です。システム適合性試験により、結果の信頼性を高めることができます。この研究では、最近導入された、金属と分析種との二次相互作用を回避するように設計された ACQUITY Premier システムの不活性度を評価する能力について実証しました。このために、AMPcP と呼ばれる ADP の非加水分解性アナログが、新しい Waters Premier 標準品の形で使用されています。この非常に安定な分子は、Waters Premier AMPcP 標準品、および Waters Premier AMPcP + アデノシン標準品として製造されています。一連のカラムなしの注入に AMPcP のみの標準品を使用した場合、この ACQUITY Premier システムでは、金属合金ベースの ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システムと比較して、より一貫した回収率が得られました。AMPcP のみの標準品を陰性対照としてのカフェイン標準品と組み合わせる能力も実証されました。この試験では、一部の露出した金属表面を意図的に組み込んだ ACQUITY Premier システムにおいて、この分析法によって金属の露出が正常に確認されました。一方、ACQUITY Premier カラムおよび Waters Premier AMPcP およびアデノシンの標準品を使用したクロマトグラフィー分離で、2 種類の LC 装置間の相対回収率の違いが検出できました。AMPcP 測定において性能の向上が見られたこれらの例から、ACQUITY Premier テクノロジーが、金属と相互作用するその他の化合物の分析にもたらすメリットが実証されます。
著者らは、Waters Premier 標準品を製造して頂いた Koley Hall 氏に謝意を表します。また、本論文をレビューおよび編集して頂いた Baiba Cabovska、Kim Haynes、Jim Karafilidis の各氏にも感謝いたします。
720007105JA、2021 年 3 月 改訂