• アプリケーションノート


SYNAPT XS 高分解能質量分析計を使用したモノクローナル抗体サブユニット分析


SYNAPT XS 高分解能質量分析計を使用したモノクローナル抗体サブユニット分析

  • Henry Shion
  • Scott J. Berger
  • Ying Qing Yu
  • Waters Corporation

要約

SYNAPT XS は、ルーチンの特性分析およびバイオ医薬品の高度特性解析(HDX、CIU、およびその他の高次構造アプローチなど)に柔軟に対応できる多用途の高分解能質量分析計です。これらの目的に向けて、SYNAPT XS には、科学者が分析目的を達成するために利用できるさまざまな取り込みモードとフラグメンテーションモードが用意されています。     

モノクローナル抗体(mAb)の IdeS 消化サブユニットを分析するとき、4 種の質量分解能モード(感度 [Rs 約 12,500]、分解能 [25,000]、高分解能 [56,000]、分解能強化 [75,000])でデータを取り込んで得られた実験結果を比較しました。この試験では、すべての分解能モードで高品質のデータが生成され、MaxEnt1 チャージデコンボリューションを使用して解析した場合に、同様の低 ppm の質量精度およびプロダクトバリアントの一貫した相対存在量が得られることがわかりました。さらに、BayesSpray2 デコンボリューションアルゴリズムを使用することで、高分解能モードを用いて取得したモノアイソトピック分解質量スペクトルから、さらに高い質量精度が得られることを実証しました。  

アプリケーションのメリット

  • SYNAPT XS – バイオ医薬品のルーチン分析および高度な特性解析の両方に対する、多用途で柔軟な質量分析計
  • すべての分解能モードにより、モノクローナル抗体サブユニット分析に対する MaxEnt1 デコンボリューション解析アプローチを使用して、同定成分(グリコフォームなど)に対して同様の低 ppm の質量精度および一貫した相対量が得られる
  • 分解能強化モードにより、より多量のサンプルロードが要求されるが、25 kD の IdeS モノクローナル抗体サブユニットのモノアイソトピック分離が可能になり、BayesSpray デコンボリューション解析によりさらに高い質量精度が得られる

はじめに

SYNAPT XS はバイオ医薬品の特性解析向けの柔軟なツールであり、これによってさまざまな取り込みモード、フラグメンテーションモード、選択可能な分解能オプションが提供されます。これらのオプションは、バイオ医薬品分析アプリケーションを最適化するために、ユーザーが選択できます。インタクト質量、ネイティブ MS1、タンパク質サブユニット、ペプチドマッピング、遊離糖鎖、オリゴヌクレオチドの分析などのルーチン分析は、SYNAPT XS プラットホームの機能です。HCP(宿主細胞タンパク質)、トップダウンタンパク質フラグメンテーション、HDX(水素-重水素交換)、CIU(衝突誘起解離)質量分析などの一次構造を超えたより高度な問題は、SYNAPT XS の高分解能およびイオンモビリティー機能を利用した高度な技術の中に存在します。

この試験では実験結果を、約 25 kD のモノクローナル抗体(mAb)の IdeS 消化サブユニットを分析するために、4 つの異なる分解能モード(感度 [Rs 12,500]、分解能 [25,000]、高分解能 [56,000]、分解能強化 [75,000])で取り込んだデータと比較しました。すべての分解能モードで精密質量データが得られ、質量精度(デコンボリューションに MaxEnt1 を使用して解析した場合)および同定成分の相対量は同等でした。さらに、BayesSpray デコンボリューションアルゴリズムを使用して、最高の分解能モード(分解能強化)で取得したモノアイソトピック分解質量スペクトルの質量精度を改善できることを実証しました。 

図 1. SYNAPT XS システム(左)および SYNAPT XS システム(右)の概略図

結果および考察

質量分解能のチャージデコンボリューションサブユニットに対する影響

この試験では、SYNAPT XS システムで実行するするモノクローナル抗体(mAb)IdeS 消化サブユニットの RP LC-MS 分析について報告します。使用したサンプルは、1 NISTmAb サブユニット標準試料(ウォーターズ製品番号 186008927)および 2 IdeS 消化の前に強制分解(酸化)を行ったトラスツズマブのサブユニットでした。scFc(単鎖 Fc)、LC(軽鎖)、Fd サブユニットについて、4 種の分解能モード(感度、分解能、高分解能、分解能強化)を使用して生成されたデータの感度、バリアントの相対量、質量精度を比較しました。さらに、分解能強化モードで得られたモノアイソトピック分解データに BayesSpray デコンボリューションアルゴリズムを使用することの、可能性のあるメリットを評価しました。 

SYNAPT XS QTof で使用したインレット LC システムは、ACQUITY UPLC I-Class PLUS でした。移動相は、(A)0.1% ギ酸含有脱イオン水および(B)0.1% ギ酸含有アセトニトリルでした。移動相 B のグラジエントは 10.5 分にわたって 25% ~ 35%、各注入の合計分析時間は 20 分でした。サブユニットの分離は、Waters BioResolve RP mAb Polyphenyl カラム、450 Å、2.7 μm、2.1 mm × 50 mm (製品番号 186008944)を使用して 80 ℃ で行いました。各注入ごとに 0.4 μg のサンプルをカラムにロードしました。SYNAPT XS は、感度、分解能、高分解能、または分解能強化のモードを使用し、ESI ポジティブモードで操作しました。すべての分析で、キャピラリー電圧を 2.0 kV、サンプリングコーンを 50 V、イオン源オフセットを 30 V に設定しました。イオン源温度および脱溶媒温度はそれぞれ 125 ℃ および 400 ℃ に維持しました。脱溶媒ガス流量は 800 L/時間、コーンガス流量は 50 L/時間、ネブライザーガスは 6.5 Bar でした。システムは MassLynx(バージョン 4.1.2)でコントロールしました。すべてのデータを、waters_connect(1.9.7)にインポートして、UNIFI インタクト質量データ解析ワークフロー内で MaxEnt1 および BayesSpray デコンボリューション解析を使用して解析しました。   

図 2 に、NISTmAb IdeS 消化サブユニット標準試料(ウォーターズ製品番号 186008927)について、感度、分解能、高分解能、および分解能強化モードで取り込んだデータからの TIC(トータルイオンカレント)クロマトグラムが示されています。サンプルからの scFc、軽鎖(LC)、Fd の 3 種の主要な約 25 kD サブユニットフラグメントがよく分離され、保持時間が一貫しています。低分解能モードから高分解能モードに切り替えるとイオン輸送効率が低下するため、TIC レスポンスは 4 つの質量分解能モードで異なります。これは一般的に観察されることです。その理由は、より狭いイオンビームおよびより長い TOF 検出光路長を生成するために必要な光学系によって、輸送効率が低下するためです。感度モードでのレスポンスは、分解能モードの約 2 倍、高分解能モードの 20 倍、分解能強化モードの最大約 80 倍です。

図 2. 感度、分解能、高分解能、分解能強化モード(それぞれ質量分解能 12,500、25,000、56,000、75,000)で取り込んだデータの TIC の比較。MS 感度と Tof 検出分解能の間で逆の関係が示されています。

生スペクトルと MaxEnt1 デコンボリューションスペクトルとの組み合わせにより、同じ傾向が示されます(データは示されていません)。MS レスポンスは分解能によって異なりますが、MaxEnt1 デコンボリューション後の 4 種の分解能モードの間には、同定成分の有効質量精度の差はありません(データは示されていません)。4 つのモードで割り当てられた成分はすべて、予測平均質量から 15 ppm 未満であり、ほとんどが 10 ppm 未満の範囲内です。   

図 3 には、4 つの MS 分解能モードを適用して得られた、NISTmAb サブユニットからの主要なプロテオフォームの相対パーセンテージが示されています。質量スペクトルプロットに示されているように、主要プロテオフォームの相対パーセンテージは、取り込んだ MS 分解能とは無関係に一貫しています。すべてのモードにわたる低 ppm 質量精度と一貫した結果の組み合わせから、サブユニット分析での分解能モードの既定の選択肢として感度モードが推奨されることがわかります。これにより、IdeS サブユニットバリアントについて、最高感度、優れた質量精度、一貫した相対存在量が得られます(このサンプルの中の相対存在量約 3% のレベルまで特定されます)。

図 3. 同定された NISTmAb Fc サブユニットのグリコフォームと Fd および軽鎖バリアントにより、繰り返し注入およびすべての MS 分解能モードで、一貫した相対レスポンスが実証されています

質量分解能強化用 BayesSpray チャージデコンボリューション

分解能強化モードでは、仕様はウシインスリン(m/z 956)の(M+6H)6+ 同位体クラスターの測定で FWHM 75,000 であり、25 kD モノクローナル抗体 IdeS 消化サブユニットについて同位体分離が実現します。分解能強化モードでの結果をさらに調査するために、IdeS 消化トラスツズマブサブユニットのサンプルを、オンカラムで 4.0 μg をロードして分析しました。トラスツズマブは、消化を行う前に、0.03 % 過酸化水素(H2O2)で 37 ℃ で 4 時間インキュベートしました。MaxEnt1 デコンボリューションおよび BayesSpray デコンボリューション処理で得られたデコンボリューションスペクトルを比較することにより、BayesSpray デコンボリューションスペクトルは MaxEnt1 解析で得られたスペクトルよりも質量誤差が少なく、より厳密であることがわかりました(図 4)。この分析では、MaxEnt1 ピーク幅を選択して平均質量スペクトルを生成し、BayesSpray アルゴリズムを使用する解析を最適化してモノアイソトピック質量を返しました。この結果によって BayesSpray デコンボリューションアプローチによる優れた質量精度が示されていますが、これらの差異によって、一般的なサブユニットスペクトルの解釈に実質的な差異が発生することはありません。

図 4. チャージデコンボリューション前後の酸化トラスツズマブ scFc サブユニットフラグメントのスペクトルの比較。上:モノアイソトピック分解 scFc サブユニットピークの単一(20+)荷電状態の生スペクトル。3 種類の主要なグリコフォームの未修飾、単独酸化バリアント、二重酸化バリアントが示されています。中央:平均質量でデコンボリューションした MaxEnt1 デコンボリューションスペクトル。セントロイド処理した平均質量誤差が重ね合わされています。下:BayesSpray デコンボリューションから得られたモノアイソトピックセントロイド処理スペクトル。計算したモノアイソトピック質量に対する相対質量誤差が重ね合わされています。

結論

SYNAPT XS は多用途の質量分析システムであり、複数の質量分解能モードによりルーチン分析および高度なバイオ医薬品分析に柔軟性をもたらします。モノクローナル抗体(mAb)IdeS 消化サブユニットを分析する場合は、最高の MS 感度、低 ppm の質量精度を得ると同時に、消化成分の一貫した相対存在量を得るために、感度データ取り込みモードを推奨します。通常のサブユニットベースの分析ワークフローには必要ありませんが、分解能強化モードでは、BayesSpray チャージデコンボリューション処理を使用する場合に、より高い質量精度(< 2 ppm)が得られる可能性があるモノアイソトピック分解 IdeS サブユニットスペクトルが生成されます。このモードを使用する場合の感度の低下を補正するために、サンプル注入量を増やす必要があります。

参考文献

  1. Shion H, Quinn C, Berger S, and Yu Y. W. Analysis of Cysteine-Conjugated Antibody Drug Conjugates (ADCs) Using a Native SEC LC-MS Workflow on the SYNAPT XS.Waters Application Note 720007026EN.2020 October.  
  2.  Skilling, J and Richardson K. Method and System of Identifying a Sample by Analyising a Mass Spectrum by the Use of a Bayesian Inference Technique.EU patent EP2558979A1, 2011.

720007279JA、2021 年 6 月

トップに戻る トップに戻る