医薬品の封入に使用する脂質の組成は、その構造機能特性にとって非常に重要です。脂質ナノ粒子中の各脂質の相対存在比を定量するための信頼性の高いアッセイが、製剤開発や品質管理検査に必要不可欠です。表面電位固定相および単純な移動相を使用することで、パチシラン(ONPATTRO)脂質ナノ粒子製剤に用いられている 4 種の脂質を確実に分離できる頑健な方法を開発しました。表面チャージハイブリッドを利用することで、イオン性脂質である DLin-MC3-DMA について、左右対称の狭いピークが得られました。低疎水性フェニルヘキシルリガンドにより、極めて疎水性の高いリン脂質である 1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリンが容易に溶出されました。検出モードとしてエバポレイト光散乱を使用していますが、荷電化粒子検出やエレクトロスプレーイオン化 MS(ESI-MS)も同等に適用できる可能性があります。
脂質ナノ粒子に封入した短鎖干渉 RNA(siRNA)や新しい mRNA ベースのワクチンの有効性が証明された結果、脂質ナノ粒子に関する調査および薬理学的研究が爆発的に増加しています。これらの治療法の成功は、安全で効率的なデリバリー担体が利用できるかどうかによって左右されます。粒子形成に使用する脂質によって、封入した RNA のバイオアベイラビリティを向上させ、製剤の全体的な構造を安定化することができます。脂質ナノ粒子製剤の最適化の最良の例として、2018 年に米国食品医薬品局(FDA)が承認した最初の siRNA ベースの薬剤であるパチシラン(ONPATTRO)の開発が挙げられます。パチシランの開発中に得られた知見は、新型コロナウイルス感染症に対する mRNA ワクチンの急速な開発に確実に寄与しました1。
脂質ナノ粒子テクノロジーの薬剤送達への使用の増加に伴って、製剤中の脂質の相対存在比を測定できる迅速で頑健なクロマトグラフィー分析が必要になっています。このアプリケーションノートでは、脂質ナノ粒子の組成分析の出発点として、正の荷電表面電位で修飾された低疎水性固定相の利点について説明します。逆相分離を開発する際の共通の課題として、必要なレベルの保持を得ることが挙げられます。このような課題は、保持しにくい極性の高い低分子の酸の場合に多く発生します。逆に、この課題は、分析種を溶出するのに十分な溶出強度を得ることが困難な場合がある、脂質のような非常に疎水性の強い化合物の場合にも発生することがあります。このため、6 種類の逆相固定相について、パチシランの脂質ナノ粒子に含まれている化合物の分離に適用できるかどうかを評価しました。本研究の分析目的は、6 分間のグラジエントで 4 種の脂質のピークを分離し、パチシラン製剤に使用されている各脂質について左右対称の狭いピークを得ることでした(図 1)。試験の検出モードとしてエバポレイト光散乱を採用しましたが、揮発性移動相が適用されていることから、荷電化粒子検出やエレクトロスプレーイオン化 MS(ESI-MS)も同等に適用できる可能性があります。
保持係数は低分子マーカーであるアセナフテンを使用して決定し、カラムの相対的疎水性を確認しました。使用した移動相はアセトニトリル/水 70/30(v/v)で、流速は 300 μL/分でした。サンプル濃度について、チオ尿素は 10 μL/mL(Vo)で、アセナフテンは 200 μg/mL でした。
データ管理: |
Empower 3 クロマトグラフィーデータソフトウェア FR4 |
LC システム: |
ACQUITY UPLC I-Class |
検出器: |
ACQUITY UPLC フォトダイオードアレイ検出器 |
波長: |
254 nm |
カラム温度: |
30 ℃ |
サンプル温度: |
24 ℃ |
注入量: |
1.5 μL |
流速: |
0.3 mL/分 |
以下の実験条件を使用して ONPATTRO の処方情報文書で参照されている 4 種の脂質を分析しました(図 1)。
注:ACQUITY UPLC エバポレイト光散乱検出器は、高性能表面を採用しておらず、外側の青色のパネルで識別されます。この検出器には、金属の影響を受けやすい分析種の回収率に影響を与える可能性のあるコンポーネントがあることから、分析種の損失とピークテーリングを軽減するために、分析法条件とサンプルによる不動態化の検討が必要な場合があります。
データ管理: |
Empower 3 クロマトグラフィーデータソフトウェア FR4 |
LC システム: |
ACQUITY Premier クオータナリーシステム |
検出器: |
ACQUITY UPLC エバポレイト光散乱 |
ガス圧力: |
40.0 psi |
ネブライザーモード: |
加熱 |
電力レベル: |
70% |
ドリフトチューブ温度: |
48 ℃ |
カラム温度: |
50 ℃ |
サンプル温度: |
24 ℃ |
注入量: |
3 μL |
流速: |
0.4 mL/分 |
さらに分析法を最適化するための出発点の固定相としてどれが最適かを評価するため、当初は 0.1% ギ酸含有アセトニトリルを用いるリニアグラジエントを適用しました。6 分間で 60% 移動相 B から 100% 移動相 B まで送液するグラジエント 1 では、0.1% ギ酸含有 100% 水を移動相 A(MP A)、0.1% ギ酸含有 100% アセトニトリルを移動相 B(MP B)として使用しました。100% 移動相 B での 2 分間のホールドをプログラムし、6 分間のグラジエントウィンドウ内で溶出しなかった脂質を溶出しました。合計分析時間は 12 分でした。グラジエント 2 では、10% アセトニトリルの代わりに、一定量のイソプロパノールを MP A と MP B の両方に添加した移動相を使用しました。移動相 A は、0.1% ギ酸(v/v)含有イソプロパノール/アセトニトリル/18MΩ 水(10/50/40)(v/v/v)でした。移動相 B は、0.1% ギ酸(v/v)含有イソプロパノール/アセトニトリル/18MΩ 水(10/80/10)(v/v/v)でした。グラジエント 2 では、6 分間で 100% A から 100% B まで送液し、100% B で 2 分間のホールドを行いました。
パチシラン製剤に使用した脂質ナノ粒子は、中性リン脂質、コレステロール、ポリエチレングリコール(PEG)脂質、陽イオン性脂質の 4 種の主要成分を用いて調製されています。イオン性脂質である DLin-MC3-DMA は、粒子形成、および siRNA の複合体形成と放出に重要です。PEG2000-C-DMGは、LNP の循環中での安定性、循環時間の最適化、肝臓へのパチシランの取り込みに役立ちます。DSPC とコレステロールは、LNP に物理化学的安定性を与えます2。 これら 4 種の脂質の構造を図 1 に示します。
脂質標準品は複数の供給元から購入しました。DSPC(1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン)は Sigma(PN 1138)、DLin-MC3-DMA(陽イオン性脂質)(6Z,9Z,28Z,31Z)-ヘプタトリアコント-6,9,28,31-テトラエン-19-イル4-(ジメチルアミノ)ブタノエートは Ambeed(Arlington Hts、IL 60004、USA)、PEG2000-C-DMG(1,2-ジミリストイル-rac-グリセロ-3-メトキシポリエチレングリコール-2000)は Avanti Polar Lipids、コレステロール USP は Sigma(PN 8667)からそれぞれ購入しました。標準品は -80 ℃ で保存しました。
1 mg/mL の個々の標準ストック溶液を 100% メタノール中に調製し、-20 ℃ で保存しました。希釈は、ストック溶液を室温に戻してからアセトニトリルを用いて行いました。4 種の脂質の混合物は、最終濃度が 300 μg/mL PEG2000-C-DMG、100 μg/mL DLin-MC3-DMA、50 μg/mL コレステロール、50 μg/mL DSPC になるように調製しました。最終容量にサンプルを希釈するために 0.1% ギ酸含有 100% アセトニトリルを用いました。このサンプル濃度を分析法開発に使用し、これを解離型 LNP RNA 製剤のサンプルの出発点としました。使用した陽イオン性脂質 DLin-MC3-DMA およびコレステロールの量はパチシラン製剤に使用されている量の半分未満で、DSPC はほぼ同量を使用しました。PEG2000-C-DMG については、選択したクロマトグラフィー条件下では幅の広いピークで溶出したため、確実に同定するために 10 倍の濃度を使用しました。
この研究では、6 種の逆相固定相について分離能、選択性、および保持力を評価しました。これらの固定相には、ACQUITY Premier CSH C18(CSH C18)、ACQUITY UPLC Premier BEH C18(BEH C18)、Atlantis Premier BEH C18 AX(BEH C18 AX)、ACQUITY UPLC BEH C8(BEH C8)、ACQUITY Premier CSH Phenyl-Hexyl(CSH フェニルへキシル)、および ACQUITY UPLC BEH Phenyl(BEH フェニル)カラムなど、さまざまな種類のリガンドおよび表面電位を持つ固定相が含まれています。すべての固定相において、カラム構成は 2.1 × 50 mm、1.7 μm 粒子でした。CSH C18、CSH フェニルへキシルは MaxPeak High Performance Surfaces (HPS)ハードウェアで評価し、BEH フェニルと BEH C8 は ACQUITY ステンレススチールハードウェアで評価しました。以前の評価において、より疎水性の強い C18 固定相では、リゾグリセロホスホコリンが、形状が悪く、幅が広いピークとして溶出する傾向があることが示されています。リン脂質の保持は、フェニル固定相で最も弱いことが分かっています3。 脂質に対する保持力が低いと、カラムインレットに脂質が蓄積し、カラム性能が低下することがあります。
脂質分析種を用いてカラムの性能を評価する前に、これらの脂質分析種を低分子マーカーであるアセナフテンを用いて評価し、その相対的疎水性を確認しました(表 1 を参照)。ACQUITY Premier CSH C18 1.7 μm、ACQUITY UPLC BEH C18 1.7 μm、Atlantis Premier BEH C18 AX 1.7 μm の 3 種のカラムでは、アセナフテンの保持係数が 3.0 以上になりました。残りの 3 種のカラム、ACQUITY Premier CSH Phenyl-Hexyl 1.7 μm、ACQUITY UPLC BEH Phenyl 1.7 μm、ACQUITY BEH C8 1.7 μm では、アセナフテンの保持係数が約 1.5 と低い値でした。
エバポレイト光散乱による検出法は、さまざまな移動相および添加剤を使用して、アイソクラティックモードまたはグラジエントモードのいずれかで使用できます。推奨している移動相は通常、質量分析(MS)に適合性があり、分析を MS 検出に移行するための論理的な出発点となります。0.1% ギ酸含有アセトニトリルのみを使用するグラジエント 1 を使用して、CSH C18 および BEH C8 カラムの最初のスクリーニングを行いました。両方のカラムにおいて、DSPC のピークはグラジエントの最後の 2 分間のホールドのセグメントで溶出しており、グラジエントは溶出にほとんど影響しなかったことが分かります。さらに、図 2 で BEH C8 カラムについて示すように、ピーク面積が両方のカラムで大幅に低下し、0.1% ギ酸含有アセトニトリル/水移動相は、これら 2 種の固定相からリン脂質(ピーク 1)を溶出させるのに十分な強度を持たない可能性を示しています。これら 2 種の固定相では、不完全な溶出によりサンプルがカラムに蓄積し、時間の経過とともに性能が低下することがあります3。 これらの固定相には、イソプロパノールやメタノールなどの他の有機溶媒を使用する別の移動相や溶媒の組み合わせの方が適している可能性があり、分析法開発の別の選択肢として検討できると考えられます。例えば、アセトニトリル/メタノール 60/40(v/v)によるアイソクラティックメソッドを用いて、コレステロールを溶出させる別の研究例もあります4。 とはいえ、この初期の結果では、単純な移動相組成に合致した保持を得ることが好まれるため、それ以上の BEH C18 と BEH C18 AX の評価は行っていません。
この研究の目標の 1 つは迅速な分析の達成であったため、100% 有機溶媒で実行時間を長くすることは望ましい選択肢ではありませんでした。この移動相システムを使用した場合の最も有望なクロマトグラフィーは、図 2 に示すように、CSH フェニルヘキシルカラムおよび BEH フェニルカラムを使用して達成できました。コレステロール(ピーク 3)と DSPC(ピーク 1)の両方についてシャープなピークが得られています。両者の性能の違いは、CSH フェニルヘキシルカラムの方で、DLin-MC3-DMA(ピーク 2)のピーク幅が狭く、形状がより対称的であったことでした。
固定相は両方とも、BEH 粒子に結合したフェニルヘキシルシランを使用して調製していますが、CSH フェニルヘキシル相は、酸性移動相で再現性が良好な、低レベルの正の表面電荷を使用して調製しています5。 この修飾により、pKa が 6.44 の DLin-MC3-DMA などの陽イオン性分析種のピーク幅と対称性が改善することが示されています。低イオン強度の酸性移動相(グラジエント 1 とグラジエント 2 で使用されている移動相など)を使用すると、プロトン化 DLin-MC3-DMA とプロトン化した固定相表面との間でイオン反発が発生します。ピーク高さ 13.4% の位置で測定した DLin-MC3-DMA のピーク幅は、CSH フェニルヘキシルカラムでは 6.4 秒、表面チャージモディファイヤーのない固定相を充塡した BEH フェニルカラムでは 16.6 秒でした。ここでは、無機-有機ハイブリッド表面を持つハードウェアで構成されている ACQUITY Premier カラムの形で、CSH フェニルヘキシル固定相を適用するという選択肢についても調べました。このような表面では、カラムのコンディショニングの必要性が低減し、初回の使用時や、リン酸基を含む DSPC 脂質などの金属キレート化合物を扱う場合でも、より対称的なピークを得ることができます。
もう 1 つの脂質成分、PEG 修飾脂質についても議論する価値があります。この分子種は比較的幅が広いピークとして分離されています。例えば、高さ 13.4% での PEG2000-C-DMG のピーク幅は、両方のフェニルカラムでのコレステロールのピーク幅の約 4 倍でした。PEG 修飾脂質は、CSH フェニルヘキシルカラムでピーク幅 17.5 秒の幅が広いピークとして分離されたのに対し、同じカラムでのコレステロールのピーク幅は 4.5 秒でした。ピーク幅が広いのは PEG2000-C-DMG に固有であり、カラム効率に起因するとは言えませんでした。
脂質ナノ粒子が siRNA と mRNA ワクチンの送達に有効であることが証明されているため、脂質に対して大きな関心が寄せられています。これら 2 種の封入製剤で使用されている脂質の組成は、その構造機能特性にとって非常に重要です。したがって、脂質ナノ粒子中の各脂質の相対存在比を定量するための信頼性の高いアッセイを開発することが、製剤開発においても品質管理検査においても必要です。このようなアッセイの信頼性は、クロマトグラフィーを検討することから始まります。
今回の結果から、CSH フェニルヘキシル固定相という荷電表面電位を有する低疎水性固定相の利点が実証されました。この種の固定相を充塡したカラムは、脂質ナノ粒子の組成の分析法を開発するための有効な出発点となります。フェニルヘキシル固定相の低疎水性は、DSPC(1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン)などの極めて疎水性の高い分析種の完全な溶出に役立ちました。疎水性の高い C18 固定相では、グラジエントにおいても、有機比率の高い移動相でのホールド時間内においても、DSPC が完全には溶出しませんでした。また、CSH フェニルヘキシル固定相の CSH テクノロジーにより、陽イオン性脂質である DLin-MC3-DMA のピークがシャープで幅が狭くなるという追加の利点も得られました。結論として、単純な移動相組成を用いる 6 分間の分析法で、ELS 検出と MS 検出の両方で、パチシラン製剤中の 4 種の脂質を分離することができました。
720007331JA、2021 年 8 月