LC-MS によるペプチドマッピングは、タンパク質配列の確認、翻訳後修飾(PTM)の分析、相対的定量にによく用いられている強力な特性解析手法です。詳細な特性解析を実現するには、十分なクロマトグラフィーピークの分離を達成し、サンプル前処理時およびデータ取り込み時に生じる分析種の損失を最小限に抑える必要があります。これは、シアル化 O-結合型糖ペプチドのように、サンプル前処理および実験の間に接触する表面との非特異的相互作用で生じる吸着損失を起こすペプチドにおいて、ますます問題になる可能性があります。具体的には、高度にシアル化した糖ペプチドがカラムおよび LC システムの金属表面に吸着される場合があり、ピークテーリングおよび分析種の損失につながります。このアプリケーションブリーフでは、MaxPeak High Performance Surface を採用した ACQUITY Premier カラムのメリットと、これによりバイオ医薬品の特性解析においてシアル化 O-結合型糖ペプチドの分離および回収率が向上できることを実証します。
バイオ医薬品業界では、ペプチドマッピングが医薬品の特性解析および品質管理における非常に重要な分析法となっています。そのため、これらのタンパク質分析種の正確な特性解析、モニタリング、および同等性確認のための、頑健で再現性の高い分析法が必要不可欠となります。多くのペプチドについては、現在使用できる手法でニーズを満たせますが、一部のケースでは、リン酸化ペプチド2やシアル化糖ペプチドなどの酸性ペプチドが課題となり1、一定の条件下で良好なピーク形状が得られず、回収率が低くなります。移動相の添加剤としてギ酸を使用する逆相分離においては、これらのペプチドは一般に正味の負電荷を帯びており、ルイス酸/塩基様相互作用によって、カラムおよび LC システムの金属表面への非特異的吸着が発生しやすくなります。これがクロマトグラフィーのピークテーリングや分析種の損失の原因となり、不正確で再現性の低い結果につながります。そこでウォーターズは、金属表面との望ましくない相互作用を軽減するバリア層を提供する MaxPeak High Performance Surface(HPS)テクノロジーを採用した、ACQUITY Premier カラムシリーズを開発しました。3。
この試験では、MaxPeak High Performance Surface テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラムと従来のステンレススチール製カラムのクロマトグラフィー性能を、シアル化糖ペプチドの回収率およびピーク形状について比較調査しています。このケーススタディーでは、ダイナミックなグリコシル化プロファイルを示し、治療用生体分子としての臨床的妥当性のある、エリスロポエチン(EPO)を使用しています。
低分子の糖タンパク質である EPO には 3 つの N-グリコシル化部位と 1 つの O-グリコシル化部位(図 1)があり、金属表面との相互作用により、クロマトグラフィーのアーティファクトが生じる可能性が高くなります。トリプシン消化によって生じる O-結合型糖ペプチド(T13)には、T13 アグリコシル化型、T13 + HexNAc(1)Hex(1)、T13 + HexNAc(1)Hex(1)NeuAc(1)(単一シアル化型)、T13 + HexNAc(1)Hex(1)NeuAc(2)(二重シアル化型)の 4 つの型がみられます。この試験では、EPO(バイオシミラー候補)のサンプルについて、変性、還元、アルキル化、トリプシン消化を行ってから、BioAccord システム(ACQUITY UPLC I-Class に ACQUITY RDa 検出器を搭載)を用いて分析しました。クロマトグラフィー性能を比較するために、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラム(ACQUITY Premier CSH C18、130 Å、1.7 µm、2.1 × 100 mm、製品番号:186009488)および同等のステンレススチール製カラム(ACQUITY UPLC CSH C18、130 Å、1.7 µm、2.1 × 100 mm、製品番号:176002141)の両方を用いて、60 ℃ での従来の分析法を使用し、ペプチド消化物(0.5 µg 注入)を分離しました。簡単に説明すると、表面チャージハイブリッド(CSH)ケミストリーを用いました。これは、ギ酸(FA)を使用した RPLC ベースの分離において、ペプチドのピーク形状の向上およびピークキャパシティーの改善に関する性能が実証されているためです。標準移動相として、0.1% ギ酸水溶液(MP A)および 0.1% ギ酸含有アセトニトリル(MP B)を調製しました。分離には 50 分にわたる 1 ~ 35% MP B のグラジエントを使用しました。MS データは、ポジティブ ESI モードで、m/z 50 ~ 2000 で収集しました。ACQUITY RDa MS イオン源は、キャピラリー電圧 1.2 kV、コーン電圧 30V、脱溶媒温度 350 ℃、データインディペンデント測定モード(DIA)での衝突誘起フラグメンテーションについてエネルギーランプ 60 ~ 120V に設定しました。
目的のペプチドの最も強く荷電した状態の抽出イオンクロマトグラム(XIC)を使用して、O-グリコシル化ペプチドのピーク形状および回収率を評価しました。図 2 に、表 1 の予想質量の各 XIC の重ね描きを示します。ピーク 1(緑色)は T13 コア O-結合型糖鎖分子種(+HexNAc(1)+Hex(1))、ピーク 2(黒色)はアグリコシル化 T13 ペプチド、ピーク 3(赤色)は単一シアル化 T13 分子種、ピーク 4 (青色)は二重シアル化 T13 分子種にそれぞれ対応しています。得られた XIC クロマトグラムは、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラムを使用した場合に、すべての XIC ピークにわたって感度(検出器レスポンス)が大幅に向上していることを示しています。MaxPeak テクノロジーを用いた ACQUITY Premier カラムを使用した場合、すべての分子種でピーク面積が少なくとも 2.5 倍増加しており、O-結合型糖ペプチドの回収率が向上することを示しています。注目すべき点として、二重シアル化 T13 O-結合型糖ペプチドのピーク面積が 4 倍も増加しており、このカラムテクノロジーにより、金属が誘起する吸着によるアーティファクトが生じやすいシアル化糖鎖の回収率が大幅に向上することが実証されました。O-結合型糖ペプチドの MS シグナルの向上により、特にペプチドの含有量が低い場合に、LC-MS 分析でのペプチド同定および構造解析のための MS/MS データの品質改善が予測されます。
更に、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラムを使用した場合に、二重シアル化型のピーク形状の大幅な改善が観察されました。図 3 に示すように、ピークの非対称性(ピーク高さ 10% で計算)が 6 分の 1 に減少し(As ≈ 6 vs. As ≈ 1)、シアル化糖ペプチドの形状がガウス分布に近づいています。この新しく観察されたピークの対称性により、明確で再現性の高いピークの波形解析が可能になり、より正確な相対的定量ができます。これらのペプチドマッピング実験で得られた値を、以前に分析した同じバッチのインタクト脱 N-グリコシル化 EPO サンプルの相対的定量値*と比較しました。インタクトレベルでは、タンパク質は、マクロ構造の物理化学的特性が溶出プロファイルにおいて優勢であるため、ペプチドほどの顕著な吸着によるアーティファクトが生じるとは予測されません。そのため、インタクトレベルでの O-グリコシル化プロファイルは、O-グリコシル化の内容をより正確に反映していると予想されます。表 2 に示すように、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラムでの相対的定量値は、インタクトプロテイン分析で測定された値により緊密に一致しています。特に二重シアル化型について、ACQUITY Premier カラムでは、直交する補完的分析法と比較して、サンプル組成がより正確に反映できることが実証されました。まとめると、これらの結果から、単純な O-結合型糖鎖ペプチドの相対的定量のためのより頑健で正確な分析法を可能にする、MaxPeak HPS テクノロジーを採用した ACQUITY Premier カラムの価値が実証されました。
*以前に分析したインタクト EPO サンプルは、RPLC-MS 分析の前に PNGaseF で脱グリコシル化していました。
従来のステンレススチール製 LC-MS カラムではペプチド分子種の非特異的相互作用および吸着により、分析種の回収率が悪くなり、ピークが非対称になっていました。シアル化糖鎖を含む O-結合型糖ペプチドなど、金属の影響を受けやすい分析種の特性解析においては、この点が重大な課題となっています。MaxPeak High Performance Surface を採用した Waters ACQUITY Premier カラムテクノロジーは、金属によって誘起される吸着によるアーティファクトの課題を解決します。EPO の T13 O-結合型糖ペプチドの場合、ACQUITY Premier CSH カラムでは、従来のステンレススチール製ハードウェアと比較して、二重シアル化 T13 O-結合型糖ペプチドの感度が全体的に向上し、ピーク形状および相対的定量が大幅に改善しています。このことは、O-結合型糖ペプチドの分析において、頑健で再現性の高い分析法を作成する上で画期的な進歩となっています。
720007227JA、2021 年 4 月