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水素重水素交換は、分子量の大きいタンパク質やタンパク質複合体の研究、薬物候補スクリーニングアプリケーションで採用されることがますます多くなっています。このような難易度の高い実験を行うためには、LC-MS システムの性能を向上させる必要性が生じます。イオンモビリティーと質量分解能が向上した新しい SELECT SERIES Cyclic IMS は、ピークキャパシティの向上により、これらの課題に対処しています。ここでは、水素重水素交換におけるCyclic IMSシステムの性能を、SYNAPT G2-SiおよびSYNAPT XSと比較して、およびサンプル数が制限されたアプリケーションについて実証します。
タンパク質およびタンパク質複合体の高次構造の特性解析は、タンパク質の作用の機能とメカニズムを理解するために不可欠であり、治療用生体分子の評価と開発に不可欠です。水素重水素交換(HDX)により、結合部位や立体構造が変化する領域の特定が容易になり、フレキシビリティーやタンパク質のダイナミクスに関する情報が得られます。HDX は、NMR、クライオ電子顕微鏡、X 線結晶構造解析などの高空間分解能技術を補完するもので、通常、かなり高いスループットで結果を得ることができます。そのため、HDX は、費用効果の高いエピトープマッピングスクリーニング法として使用されており、スループットを向上させるための開発が継続して進められていることで、大きな進歩が期待されています1。
アミド水素交換は溶液中で自然に起こり、タンパク質の骨格に沿って存在する水素結合保護のモニタリングに利用できる可能性があります。一般的な実験プロトコルでは、タンパク質ストック溶液を重水素化バッファー中に希釈します。重水素化バッファー中で様々な時間のインキュベーションを行うことにより、数秒から数時間の時間枠でのタンパク質骨格の反応速度が測定できます。重水素取り込みの測定においては、低温、低 pH でのクエンチの後で、迅速ペプシン消化、LC-MS を行います。クロマトグラフィーのグラジエントを短くすると重水素保持率は高くなりますが、スペクトルが複雑になるため、in silico のデータベース検索が困難になる可能性があります。したがって、実験データの質は一般に、タンパク質のサイズとクロマトグラフィーの長さのバランスを取ることです。近年の傾向として、多くのサブユニットを含む大きいタンパク質複合体の研究において、スペクトルの複雑さが課題になることがますます多くなってきています。
ホスホリラーゼ B(製品番号 186006930)は、10 mM リン酸塩バッファー(pH 7.0)中、8、16、32 µM のストック濃度になるように希釈しました。
インタクトプロテインは、10 mM のリン酸バッファー(pH 7.0)で 1:20 の比になるように混合し、0 ℃ の 100 mM リン酸バッファー(pH 2.4)による 1:1 希釈でクエンチしてから LC システムに注入しました。インタクトプロテインは、Waters Enzymate ペプシンカラムを通し、VanGuard C18 トラップカラムで回収しました。LC-MS は、1 mm × 100 mm BEH C18 カラムを使用して 0 ℃ で実施しました。下の表にグラジエント、トラップ時間、および流量を示します。7 分間の有効グラジエントを使用し、イオンモビリティーセルを 1 回または 2 回通過させる HDMSE 法を用いてペプチドを分析しました。HDMSE はデータインディペンデント取得モードで、すべてのペプチドについて、高速サイクルで低エネルギーおよび高エネルギーのデータを交互に収集します。保持時間とイオンモビリティードリフト時間のアライメントを使用してデータ解析を行い、プリカーサーペプチドと対応するフラグメントイオンを関連付けます。Cyclic IMS の T-Wave およびその他の関連装置パラメーターを以下に示します。SYNAPT G2-Si および SYNAPT XS の装置パラメーターについては、以前に報告されています2。
LC システム: |
HDX-2 自動機能搭載 ACQUITY UPLC M-Class |
検出: |
SELECT SERIES Cyclic IMS |
バイアル: |
トータルリカバリー |
カラム: |
ACQUITY UPLC BEH C18 VanGuard プレカラム 2.1 × 5 mm 製品番号 186003975、ACQUITY UPLC 1 × 100 mm BEH C18 カラム、1.7 µm 粒子 製品番号 186002346、Enzymate BEH ペプシンカラム 製品番号 186007233 |
カラム温度: |
0 ℃ |
サンプル温度: |
0 ℃ |
注入量: |
50 μL |
流速: |
40 µL/分 |
移動相 A: |
0.1 % ギ酸水溶液 |
移動相 B: |
0.1% ギ酸アセトニトリル溶液 |
MS システム: |
SELECT SERIES Cyclic IMS |
イオン化モード: |
ポジティブ |
取り込み範囲: |
50 ~ 2000 |
キャピラリー電圧: |
2.8 kV |
コリジョンエネルギー: |
20V ~ 29V |
コーン電圧: |
30V |
StepWave1 オフセット |
8V |
StepWave2 オフセット |
12V |
周回数: |
1 ~ 2 |
レーストラックの TW 高さ |
25V |
レーストラックの TW 速度 |
375 m/秒 |
ADC プッシュはビンごとに |
1 |
クロマトグラフィーソフトウェア: |
MassLynx SCN 1016 |
MS ソフトウェア: |
Quartz 2.4.1 |
インフォマティクス: |
PLGS 3.0.3、DynamX 3.0 |
最初の実験は、Cyclic IMS システムの性能を SYNAPT G2-Si および最近リリースされた SYNAPT XS 質量分析計と比較して評価するために実施しました。HDMSE と 32 µM タンパク質ストック溶液を使用し、SYNAPT XS と Cyclic IMS とで同じ StepWave 設定を使用してデータを収集しました。複雑な混合物中のペプチド同定に関して、ホスホリラーゼ B のペプチドマップ実験を用いてシステムの性能を評価しました。三回の注入について、標準的な解析パラメーターを用いて PLGS 3.0.3 で個別に解析し、得られたペプチドファイルを DynamX にインポートして、以前報告されている方法でフィルタリングしました3。同定されたペプチドの数と、3 つの装置で得られたシーケンスカバー率を図 2 に示します。同定されたペプチドの数とシーケンスカバー率に関し、SYNAPT XS および Cyclic IMS では、SYNAPT G2-Si と比較して性能が向上していることがわかります。SYNAPT G2-Si、SYNAPT XS、および Cyclic IMS を使用して、それぞれ約 240 種、360 種、および 560 種のペプチドが同定されました。StepWave XS デバイスを SYNAPT XS および Cyclic IMS に追加することで感度の向上が得られ、これによって同定できる数が増加する可能性があります。Cyclic IMS システムには、拡張性のある IMS 分解能、XS トランスファーデバイス、並びに SYNAPT XS よりも優れた性能に寄与している可能性の高いデュアルゲイン ADC 検出システムなど、他にもいくつかの特性があります。特に、デュアルゲイン ADC により、非常に存在量の多いイオンのダイナミックレンジが改善します。3 つの装置のシーケンスカバー率は 89%、98.5%、および 100% でした。SYNAPT XS と Cyclic IMS のカバー率の違いが小さいのは、すでに非常にカバー率が高いことによる直接的な結果です。タンパク質の配列が長いほど、カバー率が大きく向上する可能性があります。そのため、Cyclic IMS について、ロード量およびグラジエントを小さくする実験を行い、低ロード量および短時間でのクロマトグラフィー分離における HDX ペプチドマッピングの性能を評価しました。
HDX 実験の課題として、タンパク質配列の特定の領域にアクセスするために、低頻度のペプシン切断によるペプチドのモニタリングが多くの場合に必要になることが挙げられます。そのため、これらのペプチドのシグナルをより良く得るために、実験的に高いサンプルロード量を使用することがしばしばあります。その結果、存在量が非常に多いペプチドは、飽和して歪んだ同位体比を示し、検出器の過負荷によるアーティファクトのピークが生じることがよくあります。Cyclic IMS システムは、存在量が非常に多いイオンの検出のダイナミックレンジを改善するデュアルゲイン ADC 検出器を備えており、ADC により高イオン電流での検出器の直線性レスポンスが改善します。この機能により、HDX 実験でよく見られるイオン飽和が改善すると仮定されており、実際に得られたデータはこの仮説を裏付けています。図 3 に、SYNAPT XS(下段)および Cyclic IMS(中段)での 2 つのペプチドイオンの同位体分布を示しており、高強度のイオンにおける同位体測定の正確度が向上していることがわかります。両方のイオンの理論上の同位体分布を上段に示します。
ホスホリラーゼ B のペプチド同定およびシーケンスカバー率については 8、16、32 µM のストック溶液を用いて調べ、サンプルがより限られた条件下での Cyclic IMS の HDX 性能を評価しました。標識(1:20)とクエンチ希釈(1:1)、および 50 μL ループを用いた場合、これらは 10、20、40 pmol の注入に相当します。上記と同じ条件を使用し、HDMSE モードでデータを収集しました。データは PLGS 3.0.3 を使用して解析しましたが、特にモビリティー分離が長い場合に観測されるわずかに広い到着時間分布を説明するために、ペプチド 3D パラメーターを調整しました。これにより、32 µM のストック溶液注入の場合のペプチド数が 588 に増加するという効果がありました。図 4 に、この実験の結果をまとめています。予想どおりロード量が少ないほど同定されるペプチドの数が減少しますが、3 つの条件すべてに同じスレッシュホールドを使用していることに注意が必要です。ロード量が少ない場合のデータのスレッシュホールドを下げることで、一部のペプチド同定が回復する場合があります。ただし、16 µM および 8 µM の溶液では 90% 以上のフィルター処理後シーケンスカバー率(それぞれ 93% および 95%)が得られています。このことは、低濃度のストック溶液でも HDX ペプチドマッピングが可能であり、サンプル量が限られたタンパク質の研究が可能であることを示しています。
以前、SYNAPT XS で取得した HDX データの品質が、旧世代のシステム(SYNAPT G2-Si システム)と比較して、大幅に向上していることを示しました。ここでは、新しい SELECT SERIES Cyclic IMS が、最高レベルの性能を発揮し、水素重水素交換実験で得られるデータの質に大きな影響を与えることが実証されました。質量およびイオンモビリティーの分解能と感度が向上したことにより、SYNAPT XS よりも 30% 多い数のペプチドが同定でき、デュアルゲイン検出器のダイナミックレンジにより、存在量の多いペプチドの同位体分布がより正確に測定できます。システムの感度の向上により、95% 以上のシーケンスカバー率を保ちつつ、ロード量を 4 分の 1 に減らすことができます。このようにピークキャパシティと感度が向上することで、短くしたクロマトグラフィーグラジエントを使用できるようになり、日々のスループットが向上するとともに、システムの注入あたりのコスト削減が期待できます。
720007151JA、2021 年 2 月