• アプリケーションノート

Progenesis QI および Atlas 天然物ライブラリーを使用する新規化合物探索

Progenesis QI および Atlas 天然物ライブラリーを使用する新規化合物探索

  • Suraj Dhungana
  • David Heywood
  • Jeff Goshawk
  • Giorgis Isaac
  • Waters Corporation

研究目的のみに使用してください。診断用には使用できません。

要約

生物学的および薬理学的活性を有する新規化合物の探索は、科学コミュニティーおよび製薬コミュニティーから非常に大きな関心が寄せられています。長年にわたり研究者らは、健康に有益な新しい治療薬や化合物を探索するため、さまざまな天然物のソース(つまり、植物、微生物、海洋生物など)に目を向けてきました。新規化合物の同定や化合物の新規活性の同定には、包括的なワークフローが必要です。ワークフローの初期段階では最適化した抽出や活性ベースの分析法が必要で、ワークフローを完遂するには複雑な分離、検出、特性解析のツールが必要です。質量分析と組み合わせた液体クロマトグラフィー(LC-MS)は、天然物の抽出物に存在する化合物の分離および特性解析を可能にする強力なアプローチです。生物学的活性を示す抽出物は多くの場合複雑で、高分解能 Q-Tof 装置でのタンデム質量分析の前にオンラインクロマトグラフィー分画が必要です。クロマトグラフィー分離に続く気相中での分子イオンのイオンモビリティー分離により、化合物の同定に有用な分離および衝突断面積(CCS)値が追加され、複雑なサンプル分析にさらなる利点がもたらされます。複雑な天然物データセットの手動解析は現実的ではなく、インフォマティクスソリューションや、合理化されたデータ解析および化合物の同定を行うための適切に開発された化合物ライブラリーが必要です。ここで紹介する探索ワークフローでは、天然化合物の探索および自動同定のための、Atlas 天然物ライブラリー(化合物数 > 25,000)と Progenesis QI インフォマティクスソリューションを組み合わせた使用について説明します。

アプリケーションのメリット

  • 天然物研究のために、UPLC Q-Tof MS およびイオンモビリティーワークフローと NP Atlas ライブラリーを統合
  • Progenesis QI 内の NP Atlas ライブラリーによる、完全な探索ソリューション
  • バッチ検索による化合物の自動同定
  • カスタムデータベース作成による信頼性が高く確信の持てる化合物同定
  • クラスター分析、ノード分析、または GNPS データベースへの問い合わせの実行

はじめに

進展中の天然物研究は、治療的価値のある新規化合物を見つけ、漢方薬として使用される天然物の健康上の利点を理解するための鍵です。天然物に含まれる分子種の特性解析は、サンプルが複雑であるため、入り組んだプロセスです。所定の抽出物の分画は、分析の複雑さを軽減するために用いられる最初のステップです。複数回の分画を行っても、天然物抽出物のフラクションには、何百種もの分子種が含まれている場合があり、分離して検出するには高度の分析ツール、および効率的な特性解析のための合理化されたワークフローおよびライブラリーが必要です。

高分解能質量分析(LC-MS)と組み合わせた液体クロマトグラフィーの、天然物探索用のワークフロー(図 1)により、化学的および構造的な複雑さを把握するために必要な、分析的分離および高分解能タンデム質量分析のデータが得られます。このアプローチにより、複雑な天然物抽出物はその成分に分離され、構造解明のためのプリカーサーイオンおよびフラグメントイオンに関する精密質量の情報を把握できます。イオンモビリティー機能を備えた装置を用いることで、クロマトグラフィー分離を補完するドリフト時間の次元で分子イオンがさらに分離され、化合物の同定に使用できる衝突断面積(CCS)の情報が得られます。データが得られると、そのデータは Progenesis QI ソフトウェアにインポートされ、既知化合物の同定のための分析と適切なライブラリー一致またはデータベース検索、および新規に探索された化合物を絞り込むためのネットワーク/クラスター分析が行われます。 

図 1. Progenesis QI インフォマティクスソリューション内の天然物ライブラリーを用いる天然物研究のための新規化合物探索ワークフロー

アクセス可能で LC-MS データに対応するライブラリーおよびデータベースは、天然物探索プロジェクトを適時に確実に完遂するために不可欠です。Atlas 天然物ライブラリー(npatlas.org)は、世界中のデータキュレーターのコンソーシアムによって作成され、Simon Fraser 大学の Roger Linington 教授の研究グループの研究者らによって維持されており、天然物研究コミュニティーのための素晴らしいリソースであるとともに、進展中の天然物研究のために膨大な知識ベースを提供しています1。 Atlas 天然物(NP Atlas)ライブラリーは、査読済一次科学文献に掲載されている微生物由来の天然物をすべて網羅するように設計されており、2021 年 6 月現在のバージョンには、29,000 を超える化合物(約 11,000 の細菌由来化合物および 18,000 の真菌由来化合物)が含まれ、データベースにはさまざまな生物種由来の化合物の分布を調べるための分類上の情報が含まれています。NP Atlas には、研究者の知識を深めるための検索、探索、発見の機能もあります。化合物は、その構造、化合物名、分子量、化学式、InChiKey、SMILES、などに基づいて、または構造描画ツールを使用して、検索できます。NP Atlas ライブラリーの探索機能により、構造的な類似性による化合物のクラスター分析およびノード分析が可能になり、探索機能により、著者やジャーナルなどの別の視点からの調査が可能になります。

オープンアクセスの NP Atlas ライブラリーには、天然物創薬のための膨大なリポジトリーおよびツールであるにもかかわらず、天然物抽出物から生成される LC-MS データを使用して直接調査する機能が欠けています。ウォーターズは、NP Atlas との提携により、Progenesis QI および UNIFI ソフトウェア対応のデスクトップバージョンまたはローカルバージョンの NP Atlas ライブラリーを生成しました。Progenesis QI および UNIFI バージョンの NP Atlas ライブラリーは、marketplace.waters.com からダウンロードできます。この開発により、NP Atlas に対する検索および化合物同定プロセスを自動化することで、天然物研究を進めるために必要な柔軟性が得られます。ウォーターズマーケットプレイスには、NP Atlas に加えて、自由にダウンロードでき、Progenesis QI および UNIFI で使用できる他の天然物ライブラリーがあります。

結果および考察

新規化合物探索において、ワークフローに沿った主要なステップの 1 つは、化合物の同定です。化合物同定は天然物ワークフローのボトルネックであり、化合物を効率的に同定するには包括的なデータベースが不可欠です。Progenesis QI バージョンの NP Atlas ライブラリーは、このワークフローのために特別に開発されたもので、これによって同定プロセスが自動化されます。Progenesis QI バージョンの NP Atlas の化合物データベースとしての設定、およびプリカーサー質量の許容範囲および理論上のフラグメンテーションの許容範囲の検索パラメーターの指定がワンステップで行えます(図 2)。Progenesis 内の検索機能では、化学式に基づいて理論的同位体分布が算出され、化合物の同定およびスコアリングの際にそれが考慮されます。図 3A に、精密質量、理論上のフラグメント、同位体類似性スコアを使用したエリスロマイシン G の同定の例が示されています。同定の際には、エリスロマイシン G の実験データがエクスポートされ、実験で得られた MS および MS/MS スペクトル、LC での保持時間(RT)、イオンモビリティーを使用する HRMS 実験で生成された CCS 情報が含まれる、社内カスタムライブラリーが生成されます(図 3B)。

図 2. NP Atlas を Progenesis QI 内のデータベースとして追加し、初期検索パラメーターを設定する簡単な方法
図 3. A)NP Atlas を Progenesis QI 内のデータベースとして使用した未知化合物の同定、および B)実験で得られた MS/MS スペクトル、RT、CCS パラメーターをエクスポートして作成した社内カスタムライブラリー 

カスタムデータベースが作成されると、創薬サンプルの次のセットをカスタムデータベースに対して検索し、自信をもって化合物を同定できます。カスタムデータベースでは、5 つのパラメーター(プリカーサーイオンの精密質量、同位体類似性スコア、RT、精密質量のフラグメントイオン情報、CCS)を使用して、イオンモビリティーを用いたワークフローで化合物を同定します。イオンモビリティーなしでカスタムライブラリーが生成されている場合は、同定は 4 つのパラメーターに基づきます。RT および CCS(イオンモビリティー実験で)を追加すると、相補的な情報が得られ、同定の信頼性が高くなります。図 4 に、カスタム作成データベースに対する検索の例が示されています。ここでも、エリスロマイシン G の同定に目を向けていますが、この例ではカスタムデータベースに対して検索しています。この検索では、ライブラリーマッチにはプリカーサーイオンの精密質量、同位体類似性スコア、RT、精密質量のフラグメントイオン情報、CCS 値が含まれます。同定が確認されたら、Progenesis 内のハイパーリンクに従って、NP Atlas ウェブサイトの化合物固有のページにアクセスし、化合物の調査および探索のために NP Atlas 内で利用できるすべての機能を利用して化合物をさらに調査することができます。NP Atlas により、GNPS や MIBiG などの追加の外部リンクが提供されます。図 5 に、分子ネットワーク解析のために、NP Atlas を GNPS とリンクして GNPS 内の化合物をさらに調査する例が示されています(図 5)。 

図 4. イオンモビリティー機能を備えた装置での、検索パラメーターのセットアップ、および作成されたカスタムライブラリーに対する検索の実施
図 5. 分子ネットワーク解析のために、NP Atlas から GNPS に直接アクセスできます

NP Atlas ライブラリーの有用性を最大化するために、装置の推奨構成には、複雑な天然物抽出物を分離するための ACQUITY Premier システムが含まれており、これにはサンプル分析のためのイオンモビリティー機能を備えた Q-Tof SYNAPT XS 高分解能質量分析計が搭載されています。イオンモビリティーを用いるデータインディペンデント取得モード(HDMSE)は、サンプルの複雑さおよびプリカーサーイオンとフラグメントイオンの両方の精密質量情報を 1 回の注入で取得できるため、推奨されます。天然物の探索のためのターゲットを絞らないデータ取得に続いて、データベース検索のための NP Atlas ライブラリーが含まれている Progenesis QI ワークフローを使用してデータを解析します。

同様の結果を達成できる別の装置構成には、Xevo G2-XS Q-Tof HRMS システムが含まれます。このプラットホームはイオンモビリティー分離に対応しないため、気相イオンモビリティー分離を用いて共溶出化合物を分離する機能は使用できません。ただし、データインディペンデント取得 MSE モードに従って、プリカーサーの精密質量およびフラグメントイオン情報の両方を 1 回の注入で取得できます。イオンモビリティー実験によって CCS 値を取得していない場合、Xevo G2-XS プラットホームでの化合物同定は、前述のように、5 つではなく4 つのパラメーターに基づいて行われます。 

結論

天然物 Atlas は、天然物研究コミュニティーにとって素晴らしいリソースです。NP Atlas の利点をさらに活用するために、NP Atlas ライブラリーのデスクトップバージョンを開発しました。デスクトップバージョンの主な利点は、LC-MS データへの適合性と、化合物を同定するために NP Atlas に対して LC-MS データを直接検索する機能です。この機能は現在オープンアクセスバージョンでは利用できません。この適合性により、プリカーサーイオンの精密質量、理論上のフラグメント分布と理論上の同位体分布、保持時間およびイオンモビリティーから生成される CCS 値に基づいて、化合物のバッチ検索と自動同定が可能になります。デスクトップバージョンの NP Atlas ライブラリーは自由に入手でき、marketplace.waters.com にアクセスしてダウンロードできます。

参考文献

  1. Santen, Jeffrey A. van, Grégoire Jacob, Amrit Leen Singh, Victor Aniebok, Marcy J. Balunas, Derek Bunsko, Fausto Carnevale Neto, et al. “The Natural Products Atlas: An Open Access Knowledge Base for Microbial Natural Products Discovery.”ACS Central Science 5, no.11 (November 27, 2019): 1824–33.https://doi.org/10.1021/acscentsci.9b00806.

謝辞

このプロジェクトでの共同作業に関して、Simon Fraser 大学の Roger Linington 教授、Jeffrey van Santen、および Linington 研究グループに感謝いたします。

720007297JA、2021 年 6 月

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