SELECT SERIES Cyclic IMS システムの ECD 機能を使用した ENBREL(エタネルセプト)の O-結合型グリコシル化部位の信頼性の高い同定
要約
逆相液体クロマトグラフィーとタンデム質量分析(RPLC-MS/MS または MSE)を組み合わせて使用する従来のぺプチドマッピングメソッドでは、ペプチドレベルでのグリコシル化の特性解析が困難です。通常、これらの分析法では、フラグメンテーション手法として衝突誘起解離(CID)を採用しており、不安定な修飾の部位特異的な分析においては限界があります。電子捕獲解離(ECD)の使用により、糖鎖をペプチド骨格上に保持することができ、結果として生じるフラグメントイオンを使用して、その部位を確信を持って割り当てることができます。この試験では、ENBREL(エタネルセプト)に含まれる 11 種の O-結合型糖ペプチド分子種のグリコシル化部位の明確な割り当てにおける SELECT SERIES Cyclic IMS 装置での ECD の有用性を実証しています。
アプリケーションのメリット
- ECD フラグメンテーションにより、重要な部位特異的 O-グリコシル化の情報を生成
- SELECT SERIES Cyclic IMS 装置の感度、分解能、IMS 機能が改善され、複雑なバイオ医薬品の特性を解明するための総合的な分析ツールが実現
はじめに
哺乳類系で製造される組換えバイオ医薬品には、一般に多数の翻訳後修飾(PTM)が含まれており、そのうち最も複雑なものはグリコシル化です。グリコシル化は、バイオ医薬品の安定性、有効性、免疫原性において非常に重要な役割を果たしており1、明確な特性解析およびモニタリングが必要となります。アスパラギン部位を占有するコンセンサス配列が存在する N-グリコシル化1 とは異なり、曝露しているセリン部位またはスレオニン部位が、適切な 3 次元構造モチーフで糖転移酵素やグリコシダーゼに提示されると、O-グリコシル化を受ける可能性があります。つまり、O-グリコシル化は予測不可能で、事前に構造についての情報がない限り、特性解析が困難であることを意味します。
PTM は通常、b イオンおよび y イオンの形成によるペプチド配列確認のための CID フラグメンテーション付き RPLC-MS/MS など、ペプチドマッピングの手法を用いて部位レベルで分析します。CID の短所は、グリコシル化などの不安定な修飾において明白です。これらの条件ではグリコシド結合が切れやすいため、糖鎖が切断された完全長ペプチドの糖ペプチドが生じます。一方、ECD は直交的なフラグメンテーション手法であり、密閉された低エネルギー電子ビーム中を多重荷電ペプチドイオンが通過します2。エネルギー電子は、直接プリカーサーイオンにトランスファーし、結果として生じるフリーラジカル分子種が N-Cα 結合における迅速なペプチド骨格のフラグメンテーションを促進し、c タイプおよび z タイプのイオンが生成します3。SELECT SERIES Cyclic IMS 装置では、ECD セルを、実験のニーズに基づいて IMS セルの前後いずれにも柔軟に設置できます(図 1 参照)。
この試験では、LC-HDMSE CID フラグメンテーションまたは LC-HDMS(ECD MS)フラグメンテーションメカニズムによる O-グリコシル化部位の同定を調査するモデルとして ENBREL(エタネルセプト)を使用しました。ENBREL は高度にグリコシル化された二量体の融合タンパク質で、延びた O-グリコシル化転移ドメインを介して TNFR ドメインがモノクローナル抗体の Fc ドメインと融合しています。以前の研究4 により、この転移ドメインには 3 つの N-グリコシル化部位および最大 13 の O-グリコシル化部位が存在することが報告されています。これらの O-グリコシル化部位の多くは互いに近接しているため、位置異性体を区別するには ECD フラグメンテーションパターンが重要です。
結果および考察
ACQUITY UPLC I-Class システムと SELECT SERIES Cyclic IMS 装置を組み合わせて使用して、還元およびアルキル化した ENBREL(エタネルセプト)のトリプシン消化物の LC-MS 分析を行いました。消化物のクロマトグラフィー分離は、ACQUITY Premier CSH C18 カラム(130 Å、1.7 mm、2.1 × 100 mm、製品番号:186009488)で行い、60 ℃ に維持しました。移動相 A および B は、それぞれ 0.1% ギ酸水溶液および 0.1% ギ酸アセトニトリル溶液で、25 分で 1 ~ 35 %B のリニアグラジエントを用いました。HDMSE について、SELECT SERIES Cyclic IMS を単一周回 IMS モードに設定しました(イオンモビリティー設定:T-Wave 高さを 1.8 V/ms で 12 V から 26 V まで上昇、注入時間 10 ms、分離時間 2 ms、合計サイクル時間 46 ms)。
図 2 に ENBREL トリプシン消化物の LC-HDMSE 分析の BPI クロマトグラムを示します。11 種の O-結合型糖ペプチド分子種が MS1 により検出され、ECD フラグメンテーション(ECD セルを cIMS の後に配置)によるターゲット LC-HDMS/MS 測定により、特徴的なグリコシドのフラグメンテーションパターンについて更に調査しました。これらの分子種それぞれの部位占有を評価するため、糖ペプチド ECD フラグメントについて手動で分析しました。
ECD は迅速なフラグメンテーション手法で、これによって糖鎖構造が保持されている c および z のペプチド骨格イオンが生成し、部位占有の情報が得られます。この手法は、単一および複数の部位でのグリコシル化ペプチドの位置異性体を区別するのに特に有用です。多くの場合、このような異性体はクロマトグラフィー分離されますが、ECD フラグメンテーションによる明確化を行わないと、どの部位が修飾されているかを知ることができません。
2 つの同重体 T19(SMAPGAVHLPQPVSTR) + 2 HexNAc + 2 Hex + 1 NeuAc(m/z 890.7, 3+)糖ペプチド の ECD スペクトルを示す顕著な例(図 3)。c シリーズのフラグメントイオンは c14 フラグメントまでは両方の異性体で同一であり、位置 Ser199 に対応しています。RT 11.7 分のピークに由来する c14 イオンにより、1 つのシアル化した「コア 1」O-結合型糖鎖が Ser199 に存在することが確認されます。このピークに由来する c15 イオンには、Ser199 に結合したシアル化コア 1 O-結合型糖鎖および Thr200 の位置に結合した非シアル化 O-結合型糖鎖が含まれています。z2(Thr200 に対応)が非シアル化 O-結合型糖鎖に存在し、z3(S199 および Thr200 の両方を含む)がシアル化および非シアル化 O-結合型糖鎖の両方に存在することから、このシリーズの z イオンによりこの割り当てが裏付けられます。RT 11.9 分の 2 つ目の T19 のピークの場合、ECD スペクトルは逆の割り当てに対応しています。つまり、Ser199 に非シアル化 O-結合型糖鎖が認められ、Thr200 にシアル化 O-結合型糖鎖が認められます。
同様の方法で残りの 9 つの O-結合型糖ペプチド分子種の ECD スペクトルを調べました。O-結合型糖鎖の部位占有についての結果を表 1 に示します。T1 ペプチド(LPAQVAFTPYAPEPGSTCR)は、一重シアル化または二重シアル化された O-結合型糖鎖のいずれかを Thr8 の位置に含むことがわかりました。T19 ペプチドについて以前報告された 2 種の O-結合型糖鎖バリアントに加え、更に 5 種類のグリコフォームが検出されました。RT 10.9 分および 12.2 分の分子種は、1 HexNAc を含む Ser199 と 1 HexNAc + 1 Hex または 1 HexNAc + 1 Hex + 1 NeuAc のいずれかを含む Thr200 にそれぞれ対応します。T19 でも単一 O-グリコシル化フォームが検出され、Ser199 または Thr200 のいずれかに 1 HexNAc + 1 Hex + 1 NeuAc が結合しています。最後の T19 グリコフォームには 2 つの糖鎖が結合しており、Ser199 および Thr200 のそれぞれに 1 HexNAc + 1 Hex + 1NeuAc が結合しています。最後の例は T22-23(THTCPPCPAPELLGGPSVFLFPPKPK)で、この融合タンパク質のヒンジ領域のトリプシン分解ペプチドの 1 つです。ECD データにより、一重シアル化または二重シアル化コア O-結合型糖鎖のいずれかを含む単一の O-グリコシル化部位 Thr245 が確認されました。
結論
ECD は CID を補完する強力で直交的なフラグメンテーション手法であり、グリコシル化などの不安定な修飾が一般に保持されることで、ペプチド骨格の好ましいフラグメンテーションが可能になります。これにより、単一の糖ペプチドの複数の部位に糖鎖が結合している場合でも、信頼性の高いグリコシル化部位の特性解析および明確な結合部位の割り当てが可能になります。ENBREL(エタネルセプト)は複数の O-グリコシル化部位が近接して含まれるタンパク質ですが、Cyclic IMS プラットホームでの ECD により、このタンパク質の特性解析が適切に行えることが実証されました。
ENBREL は IMMUNEX Corporation の商標です。Cyclic、SELECT SERIES、ACQUITY は Waters Technologies Corporation の商標です。
参考文献
- Houel S, Hilliard M, Yu YQ, McLoughlin N, Martin SM, Rudd PM, Williams JP, Chen W. N- and O-glycosylation Analysis of Etanercept Using Liquid Chromatography and Quadrupole Time-of-Flight Mass Spectrometry Equipped with Electron-Transfer Dissociation Functionality.Anal Chem.2014.86, 576–584.
- Voinov, VG; Deinzer, ML; Barofsky, DF.Electron Capture Dissociation in a Linear Radiofrequency-Free Magnetic Cell.Rapid Commun.Mass Spectrom.2008.22, 3087–3088.
- Bakhtiar R, Guan Z. Electron Capture Dissociation Mass Spectrometry in Characterization of Post-translational Modifications.Biochem and Biophys Res Comm. 2005, 334(1), 1–8.
- Mulagapati S; Koppolu V, Raju T.S. Decoding of O-Linked Glycosylation by Mass Spectrometry.Biochem. 2017 56 (9), 1218–1226.
720007458JA、2021 年 12 月