• アプリケーションノート

食品中の残留物分析における Xevo TQ-S cronos の使用に関するベストプラクティス – エビに含まれるトリフェニルメタン色素の測定

食品中の残留物分析における Xevo TQ-S cronos の使用に関するベストプラクティス – エビに含まれるトリフェニルメタン色素の測定

  • Renata Jandova
  • Sara Stead
  • Waters Corporation

要約

このアプリケーションノートでは、タンデム四重極型質量分析計の一種である Xevo TQ-S cronos のエレクトロスプレー(ESI)イオン源を最適化する手順を説明します。特に、シーフード抽出物中のマラカイトグリーンおよびその他の色素の測定において、最高の精度と感度を得るためのプローブ位置とコーンガス流量に焦点を当てています。最適なコーンガス流量は、0 L/時(つまりガス供給なし)近くであることが分かりました。これは、この分析法に含まれる他の色素、ロイコマラカイトグリーンおよびロイコクリスタルバイオレットのピーク面積についての %RSD が最低になるためです。プローブを、イオン源の直交設計内の 2 つの位置について試験しました。ネブライザー付きのプローブをサンプルコーンに比較的近い位置にセットした場合に、エビに含まれるロイコクリスタルバイオレットおよびロイコマラカイトグリーンのシグナルが最大であったにもかかわらず、コーンから最も遠い最適な位置にセットした場合に、分析したすべての化合物のピーク面積について、最低の %RSD で最高の感度が得られました。この最適化された分析法パラメーターを直線性、マトリックス効果、測定精度、および感度などの性能評価に使用しました。データからは、内部標準をターゲット化合物の標識アナログの形で使用して、エビに含まれる「措置を講じる基準点(RPA)」レベルの色素を高い信頼性で定量するための分析法の適合性が実証されています。 

アプリケーションのメリット

  • Xevo TQ-S cronos イオン源の独自の直交設計により、容易に最適化できて信頼性の高い感度が得られる
  • QuEChERS は、エビの色素の分析に適した抽出物の使いやすい迅速な前処理法を提供する

はじめに

一般的に市販されている安価な布用色素であるトリフェニルメタン色素は、その抗菌特性を利用するために養殖において違法に使用されています。マラカイトグリーン(MG)やクリスタルバイオレット(CV)などの色素は、消化後速やかに還元型のロイコ型(LMG および LCV)に代謝されて長時間魚に存在し続ける場合があり、水生生物種や哺乳類に悪影響を及ぼす可能性があります1。 MG は、米国食品医薬品局(FDA)、FAO-WHO の国際食品規格委員会、および欧州委員会の規定に従って、食用動物に対する使用が大半の地域において禁止されています。EU は、輸入を含め、動物由来の食物の管理を確実に機能させるために、MG について 0.5 μg/kg(MG と LMG の合計について)という措置を講じる基準点(RPA)を確立しています。RPA 以上の量の該当物質が残留している動物由来食品は、EU 規制に非準拠であると見なされます2。 したがって、このような規制への準拠についてモニターするための適切な方法が必要になります3

Xevo TQ-S cronos 装置は、広く使用されている ACQUITY QDa 質量検出器に採用されたサンプルコーンの設計要素を取り入れ、ルーチン定量分析用の信頼性の高いシステムとして開発されたものです。逆コーン設計の一環として、最も狭い部分はコーンの中心部であり、コーンの入口は比較的広くなっています。サンプルマトリックスおよび移動相のバッファー塩がオリフィスに凝集して閉塞することがないように設計されています。これにより、コーンの洗浄間の装置の稼働時間が向上し、複雑な食品マトリックスにおいて信頼性の高い感度が得られます。 

また、逆コーン設計に加えて、定評のあるテクノロジーも Xevo TQ-S cronos の頑健な性能に寄与しています。イオン源に二重直交設計を使用しているため、イオンをアナライザーに効率的に透過させると同時に、非イオン化物質(中性分子)を除去できます。StepWave は中性分子種を除去し、ガス負荷を低減するオフアクシスイオンガイドで、イオンビームを平行な「オフアクシス」イオントンネルに積極的に抽出し、これにより透過性が改善して感度と頑健性が向上します。コリジョンセルは、T-Wave テクノロジーを使用してコリジョンセル内におけるイオンの滞留時間を短縮し、隣接する MRM チャンネル間のクロストークを最小限に抑えつつ、シグナル強度を損なうことなく迅速に多成分 MRM データを取得します。これにより、高品質多成分 UPLC-MS/MS 定量分析に必要な高いデータ取り込み速度への完全な対応が保証されます。 

Xevo TQD システムを使用したエビ中のトリフェニルメタン色素とその代謝物を測定する方法は以前にも報告されており、このような禁止物質の測定のための費用対効果の高いソリューションであることが示されています4。このアプリケーションノートでは、エビがヨーロッパの規制に準拠しているかどうかを確認するのに適した、色素とその代謝物を正確かつ精密に定量するための、最新の Xevo TQ-S cronos 装置を使用した UPLC-MS/MS 分析法を紹介します。この試験で測定した色素の構造を図 1 に示します。 

図 1. この試験で測定した色素の化学構造 

実験方法

抽出およびクリーンアップ

エビ抽出物の調製には、QuEChERS の改良バージョンを使用しました4。簡単に説明すると、均一化したサンプル 10 g を 10% 酢酸を含むアセトニトリル 10mL を用いて抽出し、手で 1 分間振とうしました。酢酸ナトリウム 1.5 g と硫酸マグネシウム 6 g を含む QuEChERS パウチ(P/N 186006812)を加え、その混合物を超音波水浴中に 10 分間置いた後、遠心分離しました。上清を硫酸マグネシウム 900mg と PSA 150mg を含む 15 mL の DisQuE QuEChERS PSA チューブ(P/N 186004833)に移しました。サンプルを手で 1 分間振とうして遠心分離し、これを用いて 0.05 ~ 10 μg/kg の範囲に相当する 8 濃度(0.05、0.1、0.25、0.5、1、2、5、10 ng/mL)のマトリックスマッチド標準試料を調製しました。  サンプル抽出後、安定同位体アナログを内部標準として添加しました。色素を安定化するために、サンプルを保存する前にアスコルビン酸(0.05 mM)などの抗酸化剤を添加するか、または抽出の前に塩酸ヒドロキシルアミン(9.5 g/L の溶液 500 μL)を添加することを推奨します。 

ESI イオン源の最適化

マトリックス抽出物中に調製した標準試料の繰り返し注入にわたるピーク面積と %RSD によって定義される信頼性の高い感度を得るには、ESI キャピラリーの突出と印加電圧、脱溶媒ガス流量、ガスとソースブロックの温度などのイオン源設定を最適化する必要があります。また、UPLC カラムからの分析種の溶出に使用する移動相の組成を考慮することも重要です。これらのパラメーターの最適化は、溶媒液滴の形成、電荷トランスファー、並びに ESI イオン源の大気圧から StepWave イオン光学系および MS アナライザー領域の高真空にトランスファーするイオンの形成に影響を与えます。 

複雑なマトリックスにおける感度と再現性の最適化に関するこの研究の一環として、調整可能な ESI イオン源のパラメーターは、ESI プローブの位置とコーンガス流量の 2 つが重要であることが分かりました。Xevo TQ-S cronos のイオン源は二重直交設計であり、それによって非イオン化物質(中性分子)を除去しつつ、イオンを効率的にアナライザーに透過させることができます。目盛付きノギスを使用して、ネブライザーや ESI キャピラリーなどの ESI プローブの位置(水平および垂直)が調整できるため、最適なシグナル強度と良好な精度が同時に得られるように調整できます。試験を行った水平位置 1 および 2 のノギスを図 2 に示します。 

図 2. エビの色素の分析に用いる ESI プローブの水平位置用のノギスの設定。A)エビの色素の分析用の位置 1。B)ロイコクリスタルバイオレットについて最良のシグナルが得られる位置 2。 

この試験で調査した 2 つ目のパラメーターはコーンガス流量です。この窒素流により、イオンが MS アナライザーにトランスファーされるサンプルコーンのオリフィスに大きな液滴が入るのを防ぐことができます。MS に入る溶媒の大きな液滴を低減または阻止することで、[M+n (H2O) +H] などの溶媒クラスターの形成が低減され、生成されたデータの解釈が簡素化されます。エビ抽出物中の色素のレスポンスと精度に対するプローブ位置とコーンガス流量の影響を調査しました。 

UPLC-MS/MS 条件

UPLC システム:

ACQUITY UPLC I-Class PLUS(FTN サンプルマネージャを搭載)

カラム:

ACQUITY UPLC BEH C18 カラム(1.7 µm、2.1 × 100 mm、製品番号:186002352)

移動相 A:

5 mM ギ酸アンモニウム、pH 4.5

移動相 B:

0.1 % ギ酸アセトニトリル溶液

流速:

0.25 mL/分

注入量:

5 μL

カラム温度:

40 ℃

サンプル温度:

10 ℃

グラジエント

MS 装置:

Xevo TQ-S cronos

イオン化:

ESI

極性:

ポジティブ

キャピラリー電圧:

0.3 kV

脱溶媒温度:

600 ℃

脱溶媒ガス流量:

1000 L/時間

イオン源温度:

150 ℃

コーンガス流量:

0 L/時間

分析する色素について最適化されたコーン電圧とコリジョンエネルギーを表 1 に示します。ポジティブモードでの最終的な MRM メソッドの MS サイクルの計算には MassLynx ソフトウェアのオートデュエル機能を使用し、ピークあたり 12 ポイントを必要とするピーク幅 5 秒に自動的に最適化されました。 

表 1. エビ中のトリフェニルメタン色素の検出用に最適化した MRM 条件 

結果および考察

ESI プローブ位置により、エビ抽出物中の特定のトリフェニルメタン色素のピーク面積と平均ピーク面積の精度(n = 6)に及ぼされる影響を図 3 に示します。調査した ESI プローブの 2 つの異なる水平位置について、各分析種の合計に対して正規化したピーク面積を示しています。位置 1 は、エビのほとんどの色素の測定に最適な設定でしたが、位置 2 は、ロイコクリスタルバイオレットに対して最大のシグナルを示すことが分かりました。エビ中の色素分析のための Xevo TQ-S cronos の性能評価用に、最適なプローブ位置として位置 1 に設定しました。その理由は、すべての化合物に対して %RSD が 2 ~ 3 分の 1 の低さを示していたと同時に、ロイコクリスタルバイオレットおよびロイコマラカイトグリーンについて良好なピーク面積が維持され、相対レスポンスが最も低いこれら 2 つの分析種について最高の感度が得られるためです。 

図 3. ESI プローブ位置がエビ抽出物中の 0.5 μg/kg のトリフェニルメタン色素に対する Xevo TQ-S cronos の感度に与える影響 

図 4 に、エビ抽出物中の色素の定量精度に対するコーンガス流量の影響を示します。コーンガスを 0 L/時間に設定することで、ロイコマラカイトグリーンおよびロイコクリスタルバイオレットに対する精度が大幅に向上し、その他の化合物に対する精度も維持されることが示されました。化合物の全体的なレスポンスが、試験範囲にわたって大幅に異なることはありませんでした。Xevo TQ-S cronos での以前の実験により、50 L/時間を超えるコーンガス流量によってシグナルが減少する場合があると示されています5。 Xevo TQ-S cronos、Xevo TQ-S micro、および Xevo TQD 装置では、コーンガス流量を 0 ~ 300 L/時間に設定できます。最適なガス流量は、サンプリングコーンのオリフィス径によって決まり、径が大きくなると最適流量が増加します。同時に、コーンガス流量が実験に最適な値を超えると、シグナルの減少が大きくなる可能性があります。この場合、エアロゾルの生成を促進し、続いてイオンの形成を促進する高いキャピラリー電圧を印加することで、シグナルを回復することができます。ただし、キャピラリー電圧が高すぎると、望ましくない還元または酸化プロセスが起きたり、放電効果によりキャピラリー上に電光が観察され、シグナル強度が低下したりする可能性があります。これは、キャピラリーの突出に応じて、ネガティブモードでは約 2.3 kV、ポジティブモードでは 3.5 kV を超える値で発生することがあります。一般に、キャピラリーの突出が大きい場合、より低電圧で放電効果が観察されます。 

図 4. 異なるコーンガス流量(L/時間)を使用した場合のエビ抽出物中の色素のピーク面積の %RSD(n=6) 

直線性およびマトリックス効果

検量線のプロットには、重みづけ係数 1/x を適用しました。全濃度範囲で直線性を評価したところ、R2 係数は 0.99 を超えていることが分かりました。また、内部標準法により、ほとんどの分析種において、真の値からの計算値の逸脱を表す残差が 20% を下回ることが分かりました。 

質量分析計のイオン化プロセス中に発生するマトリックス効果(ME)は、正確度と感度の両方に影響を与える可能性があるため、定量的 ESI-LC-MS 分析法のバリデーションにおけるルーチンステップの 1 つとしてこれを評価する必要があります6。 エビの色素に関わる ME を表現するには、マトリックスで作成した検量線の傾きと溶媒で作成した同等の検量線の傾きの比を使用しました。
                                                                                 ME = aM/aS
ここで、aM および aS はそれぞれ、マトリックスおよび溶媒で作成した検量線の傾きを表す係数を示します。ME の計算値が 1 に近いほど、マトリックス効果は低くなります。ME が 1 未満の場合はシグナル抑制、ME が 1 を超える場合はシグナル増強になります。   

ルーチンの定量 LC-MS/MS で ME を補正するには、マトリックスマッチド検量線の作成が有用です。ME によるレスポンスの変化を補正する別のアプローチとして、同位体標識アナログを内部標準として使用する方法があります。抽出手順の前に標識標準試料を添加することで、回収率と ME を補正することができます。ME の度合いは、サンプルから抽出している分析種の損失、および共溶出する分子が原因となった ESI イオン源のイオン化プロセス中に発生する ME、の両方を反映します。図 5 に ME の定量の例を示し、エビの色素について観測されたマトリックス効果のまとめを表 2 に示します。LCV のみが有意のマトリックス効果を示しているため、内部標準またはマトリックスマッチド検量線を使用することが必要になります。

図 5. エビの抽出物におけるクリスタルバイオレットのマトリックス効果の計算例 
表 2. エビの抽出物中のターゲット化合物についてのマトリックス効果の測定値 

測定精度と感度

測定の再現性を調査するために、2 種類のエビのマトリックスマッチド標準試料(0.5 および 5.0 µg/kg)を複数回注入しました(n = 10)。色素のピーク面積の %RSD の計算値を表 3 に、すべての分析種の代表的なクロマトグラムを図 6 に示します。これらの表からも、この分析法がエビの色素の規制準拠を確認するのに適していることが分かります。 

表 3. 色素を 0.5 および 5 μg/kg にスパイクしたエビの抽出物において、TQ-S cronos によって検出された色素のピーク面積の %RSD 
図 6. エビ中の 0.5 μg/kg の色素の 2 つの MRM クロマトグラムの例 

結論

マラカイトグリーンなどのトリフェニルメタン色素は非常に毒性の強い化合物であり、動物由来の食品においては EU の規制に従ってモニターする必要があります。Xevo TQ-S cronos のイオン源の直交設計内の ESI プローブの位置を、最適な感度で %RSD が 6% 未満になるように調整しました。これにより、RPA レベルのマラカイトグリーンおよびその他の対象色素をエビ抽出物中で検出できました。コーンガス流量を 0 L/時間に最適化し、最高のレスポンスと精度の最適なバランスが実現しました。マトリックス効果を評価し、ロイコクリスタルバイオレットについては有意であることが分かりました。このようなマトリックス効果は、マトリックスマッチド標準試料を使用し、同位体標識内部標準を使用することで緩和されました。この分析法は、シーフード中のこれらの色素が規制に準拠しているかどうかを確認するのに適していることが示されました。 

参考文献

  1. Penninks A, et al. Scientific report on the dyes in aquaculture and reference points for action.EFSA Journal 2017;15(7):4920, 43 pp.https://doi.org/10.2903/j.efsa.2017.4920.
  2. Commission Regulation (EU) 2019/1871.on reference points for action for non-allowed pharmacologically active substances present in food of animal origin. 
  3. Verdon E. et al. The Monitoring of Triphenylmethane Dyes in Aquaculture Products Through the European Union Network of Official Control Laboratories.J AOAC Int. (2015) 98(3):649–657. 
  4. Determination of Triphenylmethane Dyes and their Metabolites in Shrimp using QuEChERS Extraction and the ACQUITY UPLC H-Class System with Xevo TQD.Accessible via link: https://legacy-stage.waters.com/webassets/cms/library/docs/720005307en.pdf.
  5. Investigation of the Xevo TQ-S cronos System’s Robustness for the Determination of Acrylamide in Processed Potato Chips.Accessible via link: https://legacy-stage.waters.com/webassets/cms/library/docs/720006701en.pdf
  6. Blog about matrix effects and their determination in complex food samples.Accessible via link: https://blog.waters.com/understanding-sample-complexity-determining-matrix-effects-in-complex-food-samples

720007202JA、2021 年 3 月

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