RPLC、自然蛍光、オンライン MS によるアデノ随伴ウイルスベクタータンパク質の分析
要約
アデノウイルス(AdV)はワクチンや遺伝子治療用のウイルスベクターとして使用されています。アデノウイルスは比較的複雑なプロテオームで構成されています。この研究では、ジフルオロ酢酸(DFA)イオン対および 2.7 µm 450 Å フェニル結合固定相の使用により、AdV タンパク質を迅速に分離でき、感度の高いマススペクトルが得られることを実証しています。これは、タンパク質のコピー比の調査やインタクトプロテイン質量の測定が容易になる RPLC 分析法です。したがって、現在および将来における AdV ベースのワクチンおよび遺伝子治療の特性解析のための最適な出発点となります。
アプリケーションのメリット
- サンプル前処理ステップを行う必要なく、製剤サンプルの直接分析が可能
- DFA イオン対により、MS 感度を大きく損なうことなくクロマトグラフィー分離を最適化し、幅広いダイナミックレンジの分析に対応
- 2.7 µm の表面多孔性粒子により、UPLC および UHPLC に対応し、さまざまなラボに設置されている装置にすぐに適用できる分離を実現
はじめに
既知のヒト疾患 7,136 件のうち、80% が機能不全遺伝子によるものでした1。 このリスト内の単一遺伝子疾患の多くを治療するための遺伝子治療が開発される可能性があります。同時に、SARS-CoV-2 に対するウイルスベクターワクチンが使用できたことで、バイオテクノロジー業界では、遺伝子治療薬の次の進化のステップを遂げるための準備が整っています。体内(in vivo)遺伝子治療の一般的なデリバリーでは、実際にウイルスベクターが使用されています。ウイルスベクターや血清型を選択する場合、免疫応答、挿入型遺伝子変異、ウイルス親和性、オフターゲット効果、導入遺伝子の機能など、重要な考慮事項がいくつかあります1。 これらの考慮事項により、ウイルスベクターのリストが大幅に絞られた結果、残った 1 つの候補がアデノウイルス(AdV)です。
何百ものワクチンおよびがんの治験でヒト AdV ベースのベクターがこれまでも今も使用されており、一部の治験は 40 年以上前に行われています。現在、50 を超える AdV の試験が開発中または臨床段階に進んでいます2。 既存の液性免疫を避けるため、特定のヒト血清型(AdV5 など)やヒト以外の血清型(chAdV など)が使用されています2。
AdV は非エンベロープウイルスで、ゲノム情報は二本鎖の直鎖 DNA に格納されています。AdV は、大きい導入遺伝子を封入して複製不能型に改変でき、エピソーム DNA フォームに留まって組み込まれない遺伝子ペイロードを送達できるため、遺伝子治療において有効なツールとなります3。 他のウイルスと同様、分子量が非常に大きく(150 MDa)、サイズは直径約 90 nm とかなりコンパクトです。つまり、通常の mAb よりも直径で 6 倍、質量で 100 倍大きいサイズを有します。キャプシドは、いわゆるヘキソンタンパク質と呼ばれる 240 個の三量体で構成されており、ウイルス本体から延びたタンパク質繊維で覆われています3。 プロテオームは比較的複雑で、ヘキソンや繊維タンパク質以外に更に多くのタンパク質が含まれています。図 1 にプロテオームおよび一般的な構造の模式図を示します。ヘキソンおよび繊維タンパク質に加えて、キャプシド内にはペントンベースタンパク質と呼ばれる主要分子種が存在します。これらに加えて、キャプシドの構成成分を保持する役割を担うセメントタンパク質が存在します。また、粒子のコア部分には、ゲノム DNA とともに別の一群のタンパク質が存在します(表 1)4-6。
AdV タンパク質の分析は、AdV ベクターによる先端医療医薬品の特性解析において重要です。この研究では、DFA イオン対試薬および 2.7 µm 450 Å フェニル結合固定相の使用により、AdV タンパク質を迅速に分離でき、感度の高いマススペクトルが得られることを実証しています。これは、タンパク質のコピー比の調査やインタクトプロテイン質量の測定が容易になる RPLC 分析法です。したがって、現在および将来における AdV ベースのワクチンおよび遺伝子治療の特性解析のための最適な出発点となります。
実験方法
ヒトアデノウイルス 5(HuAdV5) CMV GFP
この研究に用いたヒトアデノウイルス 5 型のサンプルは Applied Biological Materials(カナダ、ブリティッシュコロンビア州、リッチモンド)から入手しました。これは -E1/-E3 欠失変異体で、複製不能です。これにサイトメガロウイルス(CMV)プロモーターと緑色蛍光タンパク質(GFP)を遺伝子組換えで導入し、1 mL あたり 1 × 1012 プラーク形成単位(pfu)の滴定濃度になるように調製しました。このサンプルを、それ以上のサンプル前処理ステップを行わず、直接 RPLC クロマトグラフィーに注入しました。
逆相液体クロマトグラフィー(RPLC)
LC システム: |
ACQUITY UPLC H-Class PLUS Bio システム |
検出器: |
ACQUITY UPLC FLR |
励起波長: |
280 nm |
蛍光波長: |
360 nm |
スキャンレート: |
20 Hz |
カラム: |
BioResolve RP mAb Polyphenyl 450 Å、2.7 µm、2.1 × 150 mm(ウォーターズ製品番号:186008946) |
カラム温度: |
80 ˚C |
サンプル温度: |
8 ˚C |
注入: |
10 × 1012 pfu/mL を 10 μL |
流速: |
0.4 mL/分 |
移動相 A: |
0.1% DFA(v/v)(IonHance DFA、ウォーターズ製品番号:186009201)含有 18.2 MΩ 水 |
移動相 B: |
0.1% DFA(v/v)含有 LC-MS グレードアセトニトリル |
質量分析法
MS システム: |
Vion IMS QTofイオンモビリティー四重極飛行時間型質量分析計 |
モード: |
ESI+ |
取り込み幅: |
m/z 1000 ~ 4000 |
イオン源温度: |
150 ℃ |
サンプルコーン: |
150 V |
オフセット: |
100 V |
コリジョンエネルギー: |
15 eV |
スキャンレート: |
2 Hz |
脱溶媒温度: |
650 ℃ |
脱溶媒ガス流量: |
1200 L/時間 |
コーンガス: |
300 L/時間 |
装置コントロール: |
UNIFI v1.9.13 |
結果および考察
2018 年、Van Tricht らは、Janssen AdVac テクノロジーのウイルスベクターに存在するタンパク質の分析のための、LC 分析法の頑健な設計について報告しました7。彼らの分析法開発の研究により、分析時間を 130 分からわずか 17 分にまで短縮するとともに、AdV タンパク質の分離が改善できることが示されました。そのため、1.7 µm BEH 300 Å C4 を充塡した 2.1 × 150 mm カラムではなく、5 µm 300 Å C4 結合シリカを充塡した 2.1 × 250 mm カラムを使用しました。ワクチン候補 AdV 26 型および 35 型の試験を行い、多因子 DoE を行って最適な移動相を決定しました。トリフルオロ酢酸(TFA)イオン対試薬を使用し、濃度 0.175% で最適な結果が得られることが分かりました。高分離能でのハイスループット分離が達成できましたが、イオン化抑制に対する懸念があったため、オンライン MS は追及しませんでした。一方、フラクション回収および二次的ペプチドマッピング分析によりピーク同定が容易になりました。今回、AdV タンパク質の特性解析における RPLC の使用を調査しましたが、MS への直接ハイフネーションを優先しました。TFA の代わりに DFA を使用しました。更に、DFA の使用に加えて、2.7 µm の表面多孔性粒子に基づく固定相および構造が強固でカバー率が高いフェニル結合を組み合わせました。このカラムテクノロジー(BioResolve RP mAb Polphenyl)は、より高いタンパク質回収率が得られ、よりマイルドな溶出条件に適していることが以前からわかっていました8。
このアプローチを用いて、GFP 導入遺伝子を含むヒトアデノウイルス 5 型(HuAdV5)サンプルの分析を行いました。自然蛍光検出および飛行時間型質量分析計による ESI-MS により、溶出タンパク質の直列検出が達成できました。またサンプルは、事前のサンプル前処理を行わず、カラムに直接注入しました。10% アセトニトリルから 50% アセトニトリルへの変化で構成される 20 分のグラジエントを 0.1% DFA 移動相とともに適用しました。2.1 × 150 mm カラムを、流速 0.4 mL/分、分析中の最大システム圧力 6700 psi で操作しました。クロマトグラムの例を図 2 に示します。蛍光検出は感度が十分で、タンパク質サンプルの詳細な情報が得られました。コピー数に最大 3 桁のばらつきがあるタンパク質成分で構成される AdV サンプルおよびウイルス粒子について予想されるように、ピーク面積は広いダイナミックレンジにわたっていました。観察された分離のピーク幅は、50% の高さで 7.46 分のピークと同様に 2.5 秒から、14.46 分のピークと同様に 5.8 秒までの範囲にわたっていました。この分離の平均ピークキャパシティは、分離全体にわたって選択したピークについて 200 ~ 480 の範囲と推定されました。
DFA イオン対試薬を用いてタンパク質の RPLC を行うことの価値は、TFA の使用に伴うイオン化抑制や気相付加イオン形成を導入することなく、クロマトグラフィー分離を最適化できることです9。 この分析で観察されたオンライン MS 検出の感度は、DFA ベースの LC-MS の可能性の証です。図 2B および 2C に、HuAdV5 サンプルについて得られたトータルイオンカウント(TIC)クロマトグラムおよびベースピーク強度(BPI)クロマトグラムを示します。これらのデータより、2 × 107 に近いトータルイオンカウントが得られたことが分かります。また、すぐに分子量情報にデコンボリューションできる生マススペクトルも得られたことが分かります。分離した最初の 2 つのピークの質量は 1.3 kDa および 3.6 kDa でした。荷電状態、同位体分解能、モノアイソトピック質量により、ペプチドサイズの分析種であることが確認されました。このような分子種は AdV プロテオームに含まれていることから、これは予測された結果でした。より強く保持されたピークを大まかに見てみると、質量 10 ~ 約 110 kDa のタンパク質分子種が存在することがわかりました。これらの分子種の一部およびそれらの質量について、詳細に調査しました。
10.99 分に溶出するピークについて、図 3A に示す合計マススペクトルが得られました。MaxEnt1 によるデコンボリューションにより、分子量 22,100 Da が得られました。これは HuAdV5 タンパク質 VI 型 と一意に一致する固有の質量であり、この割り当ての質量誤差は 0.0 Da です。つまり、UniProt KB アクセッション番号 P24937 と注釈付けされた配列と正確に一致しています。またこのタンパク質は、エンドソーム溶解タンパク質として知られており、AdV 粒子に存在するコピー数が最も大きいセメントタンパク質です。17.13 分の LC ピークの分析により、可能性のあるタンパク質同定をさらに示すことができます。このピークの合計マススペクトルを、図 3B に示します。挿入図に対応するデコンボリューションしたマススペクトルを示しており、質量は 14,369.2 Da です。この分子量範囲で予測される AdV タンパク質は、タンパク質 IX 1 つのみです。これもセメントタンパク質です。タンパク質 IX は、AdV キャプシド構造の主要構成成分を結び付ける役割を担っています。タンパク質 IX の分子量は、UniProt P0328 の予測質量(14,327.0 Da)とは厳密には一致していませんでした。その質量差は 42.2 Da で、アセチル化または配列変異に起因する可能性があります。他の UniProt の登録内容と照合すると、AdV の タンパク質 IX に配列のばらつきが見られ、この質量差はアラニンからロイシンやイソロイシンへの置換などによって説明できます。
クロマトグラム中で最も含有量が多い分子種の分析は特筆に値します。図 3C に、保持時間 14.46 分とマークしたこのタンパク質のマススペクトルを示します。このシグナルのデコンボリューションにより、実測分子量 107,899.1 Da が得られました。この実測質量に近い予測分子量を持つ唯一の AdV タンパク質はタンパク質 II(ヘキソンタンパク質)です。Uniprot KB アクセッション番号 P04133 では、このタンパク質の分子量は 107,875.9 Da と予測されており、約 23 Da 軽い値です。実測質量と理論質量に差があるものの、このタンパク質のヘキソンタンパク質という同定結果は極めて信憑性が高いものです。それは、このタンパク質が、1 ウイルス粒子あたり 720 コピーと推定される、AdV 粒子中で最も含有量が多いタンパク質であるためです。別の UniProt AdV5 配列の分析から、ヘキソンタンパク質に共通の配列変異が多数あることがわかります。1 つまたは複数の配列変異および対応するアミノ酸置換により、このサンプルのヘキソンタンパク質について観測された分子量を説明できる可能性があります。観測された質量の偏差を確認するには、ペプチドレベルでの更なる調査が必要と考えられます。
結論
光学検出およびオンライン MS 検出が容易になる AdV タンパク質の RPLC 分析のための手法が提案され、これにより、タンパク質のコピー比が調査できると同時に分子量情報を確認することができます。この分析法では、DFA イオン対試薬および 2.7 µm 450 Å フェニル結合固定相を使用し、AdV タンパク質を効果的に分離できるとともに高感度のマススペクトルが得られました。
この分析法は、現在および将来における AdV ベースのワクチンおよび遺伝子治療の特性解析のための最適な出発点となります。この分野は、ワクチンおよび遺伝子治療の両方において成長して需要が伸びることが期待され、深い分析的理解が一般消費者による承認および採用に関わる障壁を克服するのに役立つと思われます。AdV ウイルスベクターは、高力価、効率的な形質導入、大きいパッケージングキャパシティーを得ることができることから、さらに先端的な治療用医薬品のためのデリバリー担体として期待されます。
参考文献
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