本アプリケーションノートの内容は次のとおりです。AAV キャプシドタンパク質をインタクトの状態で分析するための LC 光学検出および LC-MS 分析法を開発することにより BioAccord システムのパフォーマンスを示し、これらの分析法を AAV8 セロタイプにケーススタディとして適用し、それらの同定、ストイキオメトリー、および翻訳後修飾を含む、キャプシドタンパク質の改善された特性解析を行いました。さらに、開発された分析法をその他の rAAV セロタイプにも適用して、AAV ベクターのインタクトタンパク質分析に対する一般的な適用可能性についても示しました。
組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)は、毒性が低く長期発現能力があるため、遺伝子治療開発で最も広く使用されているベクターです1。AAV は組織親和性の違いから、合計 13 の一般的なセロタイプが分離され、その多くは複数の疾患に対する治療用として検討されています2。AAV キャプシド(図1)は、ウイルスゲノムのプロテクターおよび細胞内在化のメディエーターとして、セロタイプ間でも高い配列相同性を共有するタンパク質で構成されており3、遺伝子治療の開発および製品化中にベクターを同定するための信頼できる特異的な分析法が必要です。さらに、AAV キャプシドの組成は、ウイルスの感染力と遺伝子導入に重要であると報告されています4,5 。医薬品の安全性と品質を確保するには、AAV キャプシドおよびその構成タンパク質の構造と特性を、遺伝子治療製品の開発プロセス全体にわたって十分に特性解析およびモニターする必要があります。ELISA、ウエスタンブロット、SDS-PAGE などの従来の分析法は、基本的な機能的・組成的情報を得るために頻繁に使用されますが、これらの分析法は、展開と検証に手間がかかるか、AAV セロタイプを区別できません6。このため、堅牢な AAV キャプシドタンパク質の同定と特性解析には、信頼できる結果をタイムリーに提供できる特異的な分析法が強く望まれています。
質量分析(MS)は、その感度と特異性からタンパク質の構造分析に広く利用されています。ただし、MS 機器を操作して分析法を開発するためには、従来より広範なトレーニングを必要とし、バイオ医薬品業界での MS テクノロジーの幅広い展開が制限されてきました。堅牢で使いやすく、設置面積の小さい LC-MS プラットフォームとして設計された Waters BioAccord システムは、これまで LC-MS を導入できなかった組織やオペレーターがアクセスできるバイオ医薬品に適したMS分析を提供するために開発されたテクノロジーです。以前の文献などで示されているように7,8,9、BioAccordシステムは、ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムと ACQUITY RDa 質量検出器の統合により、自動化された再現性の高いクロマトグラフィー分離と精密質量測定を実現します。規制に対応したwaters_connect™ インフォマティクスプラットフォームで動作するこのシステムは、rAAV キャプシドの構造、構成、および同定情報を提供する遺伝子治療製品の開発および製品化チームに最適です。
本アプリケーションノートの内容は次のとおりです。AAV キャプシドタンパク質をインタクトの状態で分析するための LC 光学検出および LC-MS 分析法を開発することにより BioAccord システムのパフォーマンスを示し、これらの分析法を AAV8 セロタイプにケーススタディとして適用し、それらの同定、ストイキオメトリー、および翻訳後修飾を含む、キャプシドタンパク質の改善された特性解析を行いました。さらに、開発された分析法をその他の rAAV セロタイプにも適用して、AAV ベクターのインタクトタンパク質分析に対する一般的な適用可能性についても示しました。
AAV サンプルの複数のセロタイプは、BioReliance(米国メリーランド州ロックビル)から提供されたか、Vigene Bioscience(ロックビル、メリーランド州、米国)から購入しました。酢酸はSigma-Aldrich(米国ミズーリ州セントルイス)から購入しました。LC-MS グレードの水とアセトニトリルは Honeywell(米国ノースカロライナ州シャーロット)から購入し、そのまま使用しました。Waters IonHance ジフルオロ酢酸(DFA)(製品番号:186009201)を添加剤として使用して、移動相を調製しました。
AAV サンプルは Milli-Q 水で最終的に 1×1013 GC/mL の力価に希釈するか、受け取ったサンプル濃度が 1×1013 GC/mL 未満の場合にはそのまま使用しました。以前に報告されているように6、AAV サンプルを 10%(v/v)濃度の酢酸で 15 分間処理し、12,000 rpm で 5 分間遠心分離しました。LC-MS 分析では、各注入で 10 L(約1 g のタンパク質)AAV サンプルを使用しました。LC 蛍光(FLR)分析では、特に明記されていない限り、1 L(約0.1 g のタンパク質)AAV サンプルが使用されました。
システム: |
BioAccord システム(下記の構成) ACQUITY UPLC I-Class PLUS ACQUITY UPLC FLR 検出器 ACQUITY RDa MS 検出器 |
LC カラム: |
ACQUITY UPLC Protein BEH C4, 1.7 μm, 300 Å, 2.1 × 100 mm(製品番号:186004496); ACQUITY UPLC BEH C8、1.7 μm, 130 Å, 2.1 × 100 mm(製品番号:186002878); ACQUITY UPLC Peptide BEH C18, 1.7 μm, 300 Å, 2.1 × 100 mm(製品番号:186003686) |
カラム温度: |
80 ℃ |
サンプルバイアル: |
QuanRecovery with MaxPeak HPS 12 × 32 mm Screw Neck Vial, 300 μL(製品番号:186009186) |
移動相 A: |
LC-MS-grade water with 0.1% DFA |
移動相 B: |
LC-MS-grade acetonitrile with 0.1% DFA |
λexcitation: |
280 nm |
λemission: |
350 nm |
サンプリングレート: |
2 Hz |
マスレンジ: |
400~7000 m/z |
取り込みモード: |
ESI positive |
サンプリングレート: |
2 Hz |
コーン電圧: |
65 V for full scan |
脱溶媒温度: |
550 ℃ |
キャピラリー電圧: |
1.5 kV |
ロックマス: |
Leu-enkephalin at 50 fmol/μL in 50/50 water/acetonitrile with 0.1% formic acid |
インフォマティクス: |
waters_connect platform with UNIFI v1.9.9 intact mass workflow |
AAV キャプシドは、約 1:1:10 の比率で質量が 50~85 kDa の 3 つのウイルスタンパク質(VP1、VP2、および VP3)から構成されています。限られたサンプルの入手可能性とタンパク質の相対的存在量の違いにより、AAV キャプシドタンパク質の特性解析は、従来の LC-MS ベースの分析法では困難でした6。移動相添加剤としてギ酸を使用した AAV8 タンパク質の逆相 LC-MS 分析では、すべての VP タンパク質が単一の TIC ピークとして共溶出しました(図 2A)。VP1 と VP2の質量は、積算の MS スペクトルのデコンボリューションからは得られませんでした(図2A挿入図)。これは、共溶出している大量の VP3 イオンからのイオン抑制に起因します。VP タンパク質の分離を改善するために、移動相添加剤としてジフルオロ酢酸を使用する新しい RPLC-MS メソッドが ACQUITY UPLC BEH C8 カラムで開発されました。ギ酸などの従来の移動相添加剤と比較して、十分な MS感度を維持しながら、キャプシドタンパク質間のクロマトグラフィー分離能が向上しました(図 2B)10。共溶出していた VP1 および VP2 は VP3 と分離され、12.2 分に追加のピークが検出されました。この追加のピークはインタクトの質量に基づいて VP3 タンパク質のフラグメント(「VP3 クリップ」というラベルが付いている)として割り当てられました。VP タンパク質の分離をさらに最適化するために、代替の固定相(C4 および C18 リガンドなど)をもった BEH 粒子を充填したカラムを評価しました。図 2C に示すように、VP1および VP2 は C4 カラムでさらに分離が向上しました。これは、C4 固定相によって提供される選択性の向上に起因する可能性があります。充填された粒子のポアサイズは、表面化学の選択性に加えて、分離の改善に貢献しました。ポアサイズ 130 Å の粒子の ACQUITY UPLC BEH C8 カラムの使用と比較して、大きなポアサイズ(300 Å)の C4 カラム(図2C)を使用するとピーク幅が狭くなり、MS 応答がさらに向上しました。
最適化された移動相とカラムにより、クロマトグラフィー分解能が改善され、個々の VP タンパク質の詳細な MS 分析が容易になりました(図 3A)。0.5 gの AAV8 をロードすると、3 つすべてのキャプシドタンパク質とその変異について MS データが得られました(図 3B–E)。6.74 分、7.10 分 および 8.32 分におけるピークのデコンボリューション後の質量は、それぞれ 81,668 Da、66,518 Da および 59,805 Da でした。表 1 に示すように、これらのタンパク質の質量は、VP1、VP2、および VP3 の理論的な質量と一致しており6、開発された分析法がウイルスのタンパク質の質量を測定するのに適していることが確認されました。さらに、バリアントの精密質量測定により、VP1 および VP3 での N 末端メチオニンの除去を確認しながら、アセチル化およびリン酸化を含む、VP での潜在的な翻訳後修飾(PTM)の割り当てが可能になります。遅く溶出する 9.38 分のピークは、50,592 Da の質量であり、不安定な Asp659-Pro660 結合の加水分解による VP3 フラグメントの分子量と一致することがわかりました11。これらの結果をまとめると、AAV 関連製品の開発における特性解析に必要な分析機能を有することが実証されました。
VP1:VP2:VP3 の理論的な比率は 1:1:10 ですが、生産プロセスが VP タンパク質の相対的な存在量に影響を与える可能性があると報告されています12。VP タンパク質のストイキオメトリーはベクターの効力に影響を与える可能性があるため13、AAV 関連薬生産のために比率を測定するための信頼できるルーチン測定法を開発する必要があります。開発された RPLC 分析法によって実現した分離の向上により、UV または蛍光(FLR)などのシグナルを使用して、個々の VP の存在量を直接測定し、積算されたピーク面積を使用して VP1:VP2:VP3 比を計算できます。
図4 は、分離された各クロマトグラフィーピークの計算された相対存在量を示しています。感度は、検出シグナルとしてタンパク質内在の蛍光応答(λexcitation: 280 nm, λemission: 350 nm)を選択することでより強化できます。FLR 検出(図 4B)を使用すると、VP3 のシグナル/ノイズ比は、UV 検出(図 4A)と比較して約 50 倍に向上しました。蛍光検出を使用すると、AAV キャプシドタンパク質の高感度(50 ng)で信頼性の高いピーク解析が容易に行えます。この目的のために、開発された LC-FLR 分析法を低濃度のrAAV サンプルに使用して、サンプルの純度を確認したり、製品リリースのセロタイプ同一性テストとして使用したりできます。
その他の rAAV セロタイプのインタクト質量分析およびストイキオメトリーのために開発された分析法のより広い適用可能性を評価するために、異なるサプライヤーから得られた 6 つのセロタイプの AAV(1、2、5、6、8 および 9)を分析しました。図5 は、これらのAAV セロタイプ(AAV1、AAV6、AAV8 および AAV9)の大部分が同様のクロマトグラフィープロファイルを持っていることを示しています。さらに、VP3 の構造異性体である可能性があるこれらのセロタイプでは、VP3 と同じ質量の VP3 ピークのフロントショルダーが検出されました(*で注釈されたピーク)。リン酸化は VP1 と VP2 で検出されましたが、アセチル化はすべての AAV セロタイプの VP1 とVP3でも検出されました。表2 は、VP タンパク質の測定質量と理論質量、およびこれらの値の一致に基づく同定結果を示しています。これらのデータは、開発された分析法が AAV セロタイプ全体の VP の効率的な分離と質量測定に幅広い適用可能性を持っていることを示しています。
開発した分析法は、ほとんどの AAV セロタイプの分離に効果的ですが、AAV2 サンプルと AAV5 サンプルではクロマトグラフィー分離プロファイルが異なります。AAV2 では VP1 と VP2 の共溶出が観察され(図5B)、ピークを完全に分離するにはより緩やかなグラジエントが必要になる場合があります。AAV5 セロタイプ(図5C)の VP は AAV2 と同様のクロマトグラフィープロファイルを示しましたが、6.95分のピークのデコンボリューションされた MS スペクトルは VP1 ではありませんでした。このため、分析法を改善するために追加の条件検討を行いました。さらに、代替のカラムケミストリーである ACQUITY UPLC BEH C18 カラムを評価して、期待される結果が得られるかどうかを確認しました。図5H は、最適化されたグラジエント条件下で ACQUITY UPLC BEH C18 カラムを使用した AAV5 サンプルのトータルイオンクロマトグラムを示しています。ACQUITY UPLC BEH C18 カラムを使用すると、VP1 タンパク質の回収率が向上し、VP3 よりも遅く溶出します(図 5H)。この溶出順序の変化は、AAV5 の VP1 の疎水性が高いことを示唆しています。まとめると、これらの結果は、開発された LC-FLR/MS ベースの分析法が、遺伝子治療の開発で一般的に確認が必要な AAV セロタイプの範囲からの rAAV キャプシドタンパク質の測定に有効であることを示しました。
本アプリケーションノートでは、最適化された RPLC 分析法を、適切な質量分析感度を維持したまま AAV キャプシドタンパク質の分離を改善するために移動相添加剤として DFA を使用して開発されました。移動相とカラムケミストリーの選択の組み合わせにより、クロマトグラフィー分離が行われ、個々の VP アイソフォームとそのバリアントの完全な質量測定が容易になります。開発された分析法は、サブマイクログラムレベルで LC 光学応答を通じて VP のストイキオメトリーを定量化する手段も提供します。全体として、BioAccord システムで得られた結果は、このプラットフォームが、製品開発と商品化を通じて遺伝子治療製品の理解を向上させるために必要な構造情報を提供できることを示しています。
720006869JA、2020 年 5 月