このアプリケーションブリーフでは、抗体薬物複合体(ADC)分析における、生化学的実験および生物物理学的実験の結果を統合した包括的なアプローチの付加価値について説明します。
薬物抗体比(DAR)に注目した抗体薬物複合体(ADC)の物理化学的分析。
抗体薬物複合体(ADC)は、バイオ医薬品のサブクラスであり、モノクローナル抗体(mAb)、リンカー、ペイロード(通常は低分子薬物または毒素)で構成されています。これら 3 つの構成要素を適切に組み合わせることにより、その細胞毒性ペイロードが、特定のターゲット細胞集団中に最適な薬物動態で遊離します¹。バイオ医薬品の有効性は、薬物抗体比(DAR)に直接関連しており、その測定およびモニタリングが不可欠です。
ADC の特性解析および DAR のモニタリングでは、生化学的ツール(LC-MS)および生物物理学的ツール(DSC)の両方が使用できます。
セパレーションテクノロジーを MS と組み合わせることで、サイズの違い(凝集体およびフラグメント)、薬物分布、DAR、溶液中の遊離 mAb の含有量測定に対応できます。バイオ医薬品の組成および構造により、その ADC に対してどの分析手法が適しているかが決まります²。
mAb の構造の乱れは、リンカーと薬物が結合していることから、DSC スキャンの解釈により評価することができます。ここで、タンパク質の安定性は、エンタルピー(ΔH)および Tm(ΔG との関係)によって説明されます。一般的な mAb DSC のサーモグラムには 2 ~ 3 回のドメインアンフォールディング反応が見られます。CH2 または CH3 が Fab ドメインとオーバーラップする場合は 2 回で、ドメインのアンフォールディングが別々に起きる場合は 3 回になります(図 1)³。反応が 4 回以上観察された場合、Fab のアンフォールディングの協同性が失われたか、構造に大きな不均一性があると推測されます3,4。
疎水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)およびサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)などの非変性条件での分離は、リジンまたはシステインの共役部位のいずれかに疎水性の高い薬物が結合している場合の DAR 定量に適しています5-8。 ACQUITY RDa 検出器と光学検出器をインラインで接続した ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムと組み合わせた Waters BioAccord システムにより、リジンが結合した ADC およびシステインが結合した ADC の両方について、DAR および薬物分布データが得られました⁸。同じ ADC サンプルを用いた別の試験では、TA Instruments(ウォーターズ関連会社)の Nano DSC を用いて ADC の評価および DAR の特性解析を行いました⁹。BioAccord システムおよび Nano DSC で収集したシステイン結合型のデータを、共通点および相乗効果を同定するために再検討しました。
BioAccord システムで収集したデータから位置異性体の頻度および程度が明らかになり、最も可能性が高い薬物リンカーは、CH2 ドメイン中のシステイン残基上にあることがわかります(図 2)。この観察結果は、DSC サーモグラムおよびネイティブ CH2 ドメインの下の追加のピークの検出とも一致しています(図 3)。
BioAccord システムのデータに基づいて、この低 Tm DSC のピークを、リンカー‐薬物の修飾を受けた CH2 ドメインと割り当てることができます。この割り当ては、共役部位周辺の疎水性が高くなり、その領域の安定性が低くなっていることから、Tm の低下と一致しています。さらに、DAR が低レベルから高レベルになるにしたがって新しいピークのエンタルピーが大きくなり、不安定な集団が増加していることを示しています。
総エンタルピーの減少も同様に解釈でき、低 DAR で 20% 低下し、続いて平均 DAR の増加に伴って 10% という小さな漸減が見られます。疎水性の高い分子を加えても高 DAR でのシステムの乱れが生じますが、追加が局所的であるため、乱れの程度は小さくなっています。この議論は、BioAccord システムからの位置異性体の割り当てによって裏付けられます。Fab のアンフォールディングのピークは、その対称性のために協同性が保たれており、MS データ中の位置異性体における占有率の対称性と一致しています。最後に、CH3 ドメインの安定性には変化が見られませんでした。この点は MS データからも裏付けられました。
物理化学的特性解析は、対象のバイオ医薬品のシステムについての理解を深めるための戦略の 1 つです。独立した判定を確認できる直交的プラットホームでサポートされた探索で得られた信頼性に基づいて、分子の生化学的特性解析を行って重要品質特性を特定し、生物物理学的特性解析を行うことが必要です。Waters/TA Instrument のラインナップのメンバーとして、BioAccord システムおよび Nano DSC から得られる相乗効果により、分子の化学特性および物理特性についての厳密かつ補完的な評価を容易にする物理化学的戦略が可能になります。
720006810JA、2020 年 3 月