薬物抗体比(DAR)は、抗体薬物複合体(ADC)の治療効果および薬物動態に直接影響を与える重要品質特性(CQA)です。ADC 開発プロセスの全体を通じて、製造工程、品質管理工程内での DAR の測定およびモニタリングは不可欠です。システイン結合 ADC では、ADC 分子がジスルフィド結合による架橋で追加された場合に、抗体のサブユニット間での非共有結合の完全性を維持するために、ネイティブ MS 分析が不可欠です。 そのため、MS による DAR およびインタクトな分子の薬物負荷分布の正しい測定を行うためには、ネイティブ MS は不可欠のツールとなります。この試験では、SYNAPT XS によるネイティブ MS 検出を特徴とする分析スケールのネイティブ SEC LC-MS 分析の測定ワークフロー(図 1)を使用して、さまざまな薬物負荷での複数のシステイン結合 ADC の分析を行いました1-3。 次に、この結果を従来の Q-Tof システムで得られた結果と比較して、時間およびこれらのさまざまなシステムにわたるネイティブ SEC LC-MS ワークフロー(図 1)の頑健性を実証しました。
近年、複合体の分析や、その他の種類の非共有相互作用の分析における質量分析の機能が拡張され、ネイティブ質量分析の人気がますます高まっています。このような進歩の理由の 1 つは、オンライン SEC LC-MS ネイティブ分析の改善です1-3。 オンライン SEC-MS により、サンプル前処理の必要性が最小限に抑えられ、分析プロセスが自動化されて、分析法はよりルーチンで頑健になります。逆相 LC-MS 分析の変性条件では、生体分子の非共有結合が破壊されます。より高い次元の構造情報にアクセスするために、酢酸アンモニウムなどの MS に適合する揮発性バッファーと、ソフトエレクトロスプレーイオン化 MS 条件を用いて、ネイティブ LC-MS ワークフローを使用することで、非共有相互作用が損なわれず、生体分子をネイティブまたはネイティブに近い状態に維持できます。通常、モノクローナル抗体ベースのバイオ医薬品の機能は、タンパク質-タンパク質間またはタンパク質-リガンド間の相互作用により達成されるため、このクラスの分子を特性解析するには、この非共有相互作用を直接測定できることが非常に重要です。1 つの例として、システイン結合抗体薬物複合体(ADC)では、小さな薬物分子は、一般的にサブユニット内およびサブユニット間の結合に関与するチオール基により、宿主抗体に共有結合しています。これらのチオール基は、2 つの重鎖または軽鎖と重鎖の間をつないでいる(主に)鎖間ジスルフィド結合の還元により生成されます。図 2 に示されているように、還元されたジスルフィド結合からの 2 つの遊離チオール基の放出により、理想的には、低分子薬物のロードは、2、4、6、8 のペアで付着部で発生することが予想されます。ジスルフィド結合が切断された後、システイン結合 ADC 分子を保持させるのはサブユニットの残存する非共有相互作用です。
図 2.IgG1 抗体および可能性のあるシステイン結合 ADC の薬物負荷分布(異性体構造を含む)。サブユニットを接続しいる還元ジスルフィド結合により、小さな薬物分子が宿主抗体に付着し、通常は、各抗体で 2、4、6、または 8 薬物分子のペアで観察されます。
薬物抗体比(DAR)は、ADC の治療効果および薬物動態に直接影響を与える重要品質特性(CQA)です。ADC の開発および製造に成功するためには、開発および製品化のプロセスを通した DAR の測定およびモニタリングが不可欠です。逆相 LC-MS 実験では、溶出に用いる酸性移動相の条件および移動相の高い有機組成により、システイン結合 ADC はハーフ抗体または軽鎖と重鎖のサブユニットの複合体に解離されます。そのため、インタクトな分子でシステイン結合 ADC の DAR の特性解析を行うには、ネイティブ質量分析条件が不可欠です。この実験では、さまざまな薬物負荷によるネイティブ MS 分析を、システイン結合 ADC のセットで実施するために、SYNAPT XS QTof システムを用いた分析スケールのネイティブ SEC LC-MS 分析を使用しました1-3。 従来の Q-Tof システムの結果と比較することで、これらのさまざまななシステムにわたるネイティブ SEC LC-MS ワークフロー(図 1)の一貫性が実証されます。
この試験では、分析スケールの SEC(ACQUITY UPLC Protein BEH SEC カラム、200 Å、1.7 µm、2.1 mm × 150 mm、製品番号: 186008471)を、0.1 mL/分のアイソクラティック溶出(50 mM 酢酸アンモニウム)で分析時間 10 分で実行しました。ネイティブ SEC LC-MS システム構成では、ACQUITY UPLC H-Class PLUS システムがインラインで SYNAPT XS に連結されています。システムでは、データの取り込みに MassLynx(バージョン 1.4.2)が使用され、データは、自動 DAR 計算および薬物分布の比較など、合理化されたデータ解析およびレポート作成のために waters_connect インフォマティクスプラットホーム内の UNIFI アプリ(または UNIFI 科学インフォマティクスシステム、いずれも バージョン 1.9.4)にインポートされました。
逆相 LC-MS 分析と比較して、ネイティブ MS 分析での生体サンプルでは、質量電荷比の高い荷電分子が少なくなります。これは、ネイティブ SEC-MS 条件ではネイティブ構造が小型のままであるためです。非結合抗体 mAb、および結合 ADC の 3 つの負荷レベル(低、中、高)について、生スペクトルの荷電状態エンベロープの組み合わせ(図 3、左、m/z= 5,600 を中心に、エンベロープ内で主要な 5 ~ 6 つの荷電状態のみ)、特定価数領域の拡大(中央)、デコンボリューションしたスペクトル(右)が、示されています。非結合モノクローナル抗体スペクトルに表示されたグリコシル化パターンは、3 つのレベルの結合サンプルすべてにおいて、各結合型(0、2、4、6、8)について繰り返されています。デコンボリューションスペクトルからの各グリコフォームの解析されたピーク面積の組み合わせを使用して、以前に詳述したように、waters_connect/UNIFI データ解析ワークフロー内で、合計平均 DAR および薬物負荷分布を自動カスタム計算しました1。
表 1 では、HIC 分析データ(2014 年)1、および Xevo G2-S QTof システム(2014 年)、Vion IMS QTof MS(2017 年)、SYNAPT XS システム(本実験、2020 年)で得られたネイティブ SEC LC-MS 分析データについて計算した、ADC の 3 バッチの DAR および薬物負荷分布が比較されています。Xevo G2-S データは ADC を PNGase F で処理した後に収集されました。その他の測定はすべて、グリコシル化抗体を使用して行われました。これらの実験結果により、複合的アプローチ(HIC 対 MS)に対して、さまざまな Q-Tof MS プラットホーム(Xevo G2-S、Vion IMS QTof MS、SYNAPT XS システム)にわたる MS ベースの DAR 測定を、サンプルの脱グリコシル化の有無とは無関係に、長期にわたって一貫して実行できることが示されています。全体として、分析スケールのネイティブ SEC LC-MS 分析のワークフローは、DAR および薬物負荷分布の両試験で、ロットの同等性を判定するための ADC のネイティブ分析において非常に有効であることが示されています。
このアプリケーションブリーフでは、システイン結合 ADC の分析で LC-MS システム全体に適用できるネイティブ SEC LC-MS 分析の測定ワークフローを実証しています。SEC-MS ベースのワークフローにより、注入ベースの分析での自動サンプル操作で効率が高くなります。さらに、DAR の MS 分析および ADC 分子の薬物分布分析前のサンプル前処理(バッファー交換および脱グリコシル化など)が不要にもなります。
720007026JA、2020 年 10 月