• アプリケーションノート

データインテグリティが求められる場合の、再現性の高いルーチンインタクト質量分析の実現

データインテグリティが求められる場合の、再現性の高いルーチンインタクト質量分析の実現

  • Henry Shion
  • Ying Qing Yu
  • Weibin Chen
  • Waters Corporation

要約

このアプリケーションノートでは、規制対象ラボ環境に導入できる、自動データ取り込み、解析、レポート作成のための、BioAccord システムを使用した統合インタクトマス分析ワークフローの性能が実証されています。

はじめに

インタクトレベルおよびサブユニットレベルでのバイオ医薬品タンパク質の質量分析(MS)は、製品開発のライフサイクル全体を通じて行われています。これらの分析により、配列のインテグリティーおよび製品のバリエーションを確認するための情報が提供されます。インタクトマス分析向けのこのテクノロジーの有用性およびアクセスのしやすさが向上したことにより、このテクノロジーは、イノベーター分子およびバイオシミラー分子に関する規制対応のサポートで、幅広く使用されています1。 インタクトプロテイン質量分析が幅広く行われているにも関わらず、通常は、装置の操作、データの解析および解釈を管理するために、経験豊富な MS ユーザーが未だに必要です。インタクトマス機能をその後開発へと拡張し、最終的に QC の役割にまで拡張するには、専門家でない MS ユーザーでも、経験豊富な分析者が日常的に生成する高品質の結果を生成できる、より大きなアクセス可能性が必要です。 

規制対象ラボでの強力な MS 機能の恩恵が、ある企業グループで実現しています2-3。 光学検出分析法に習熟している分析者が MS を採用するのを遅らせてきた課題(認識上の課題および現実の課題)は、MS テクノロジーの本質的な複雑さ、および質量分析の生データを製品品質特性の結果に変換できるコンプライアンス対応インフォマティクスプラットホームが利用できるようになったのが比較的最近であることに、起因しています。

BioAccord システム(図 1)は、バイオ医薬品の最新の開発および品質管理組織向けの頑健なシステムに対する業界の需要の増大によって推進され、タンパク質、ペプチド、糖鎖の自動化された正確で再現性のある質量測定を実現するために、簡素化および最適化された操作モードを提供するように設計されています。BioAccord システムは、小型の高性能な LC-MS プラットホームであり、ACQUITY RDa 質量検出器と ACQUITY UPLC I-Class PLUS システムが組み込まれており、UNIFI 科学インフォマティクスシステムによってコントロールされます。この UNIFI ベースの統合システムという性質により、分析法ベースのワークフロー主導プロセスを使用して、データの取り込み、解析、レポート作成が効率化されます。自動装置キャリブレーション用の内蔵キャリブレーションレファレンス標準試料、および装置と分析法のガイド付きセットアップが組み合わされ、ワークフローの自動化、ユーザーのアクセス可能性の向上、性能の標準化の目標が達成されます。 

図 1. BioAccord システムは、ACQUITY UPLC I-Class PLUS に、光学検出器(TUV/FLR)と、インラインの ACQUITY RDa 質量検出器を組み合わせて構成されています

このアプリケーションノートでは、インタクトモノクローナル抗体および IdeS によって生成されたサブユニットのインタクトマス分析用の BioAccord システムの性能特性が説明されています。データにより、BioAccord システムによって高品質で再現性のあるインタクト質量データが得られることが示されており、ユーザーのデータ解析とデータ管理の負担が軽減され、より多くのラボで情報が豊富な結果が得られ、より優れた分析上の意思決定が効率的に行われます。

実験方法

サンプル調製

この試験では、ヒト化モノクローナル抗体質量チェック標準試料(Waters 製品番号 =186009125)およびモノクローナル抗体サブユニット標準試料(Waters 製品番号 =186008927)を使用しました。インタクト質量分析では、サンプルバイアル(インタクトモノクローナル抗体試料 80 μg を含む)に 400 μL の水を加えて、0.2 μg/µL の溶液を注入(2 μL)前に作成しました。サブユニット分析では、サンプルバイアル(25 μg のサブユニットモノクローナル抗体試料を含む)に 250 μL の水を加えて、0.1 μg/µL の溶液を注入(2 μL)前に作成しました。 

BioAccord システム:

ACQUITY UPLC I-Class PLUS

ACQUITY RDa 質量検出器

TUV 光学検出器

UNIFI 科学情報システム v1.9.4

インタクトマス分析 – LC-MS 分析法のセットアップ

カラム:

ACQUITY UPLC-BEH300 C4、2.1 × 50 mm(Waters 製品番号 = 186004495)

カラム温度:

80 ℃

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液(または 0.1% TFA、図 6 のデータを参照)

移動相 B:

0.1% ギ酸アセトニトリル溶液(または 0.1% TFA、図 6 のデータを参照)

光学検出器:

UV 280 nm

インタクトモノクローナル抗体分析用の LC グラジエントテーブル

時間(分)

流速(mL/分)

組成 A(%)

組成 B(%)

曲線

0.00

0.400

95.0

5.0

初期条件

1.00

0.400

95.0

5.0

6

3.50

0.400

15.0

85.0

6

3.70

0.400

15.0

85.0

6

4.00

0.400

5.0

95.0

6

4.50

0.400

15.0

85.0

6

5.00

0.400

95.0

5.0

6

5.50

0.400

95.0

5.0

6

7.00

0.400

95.0

5.0

6

合計分析時間 = 7.0 分

インタクトマス分析の MS 条件

取り込み設定

モード:

フルスキャン

質量範囲:

高(m/z 400 ~ 7000)

極性:

ポジティブ

スキャンレート:

2 Hz

コーン電圧:

カスタム(70 V)(または 150 V、0.1% TFA 含有移動相)

キャピラリー電圧:

カスタム(1.50 V)

脱溶媒温度:

カスタム(550 ℃)

インテリジェントデータキャプチャー(IDC):

オフ

サブユニット質量分析 LC-MS 分析法のセットアップ

カラム:

BioResolve RP mAb Polyphenyl 450、2.7 µm、2.1 mm × 50 mm(Waters 製品番号 = 186008944)

カラム温度:

80 ℃

移動相 A:

0.1% ギ酸水溶液

移動相 B:

0.1% ギ酸アセトニトリル溶液

光学検出器:

UV 280 nm

インタクトモノクローナル抗体分析用の LC グラジエントテーブル

時間(分)

流速(mL/分)

組成 A(%)

組成 B(%)

曲線

0.00

0.300

80.0

20.0

6

10.00

0.300

60.0

40.0

6

10.30

0.300

20.0

80.0

6

11.30

0.300

20.0

80.0

6

11.60

0.300

80.0

20.0

6

15.00

0.300

80.0

20.0

6

合計分析時間 = 15.0 分

サブユニット分析の MS 条件

取り込み設定

モード:

フルスキャン

質量範囲:

高(m/z 400 ~ 7000)

極性:

ポジティブ

スキャンレート:

2 Hz

コーン電圧:

カスタム(30 V)

キャピラリー電圧:

カスタム(1.00 V)

脱溶媒温度:

カスタム(450 ℃)

インテリジェントデータキャプチャー(IDC):

オフ

結果および考察

BioAccord システム内でのインタクトマス分析ワークフローのセットアップ

BioAccord システムにより、UNIFI ソフトウェアプラットホームによるコントロールの下で、一般的な分析ワークフローを自動化および標準化することで、取り込みメソッドの作成からデータ解析、最終のレポート作成まで、インタクトタンパク質質量分析プロセス一式が効率化します(図 2)。特別な注意を払って、ACQUITY RDa 装置の操作の複雑さを 4 つの標準化モードに軽減しています。

図 2. 自動化および標準化したインタクトマスワークフロー

(1).ポジティブモードの低質量分析(m/z = 2000 までのデータ取り込み、ペプチドマッピングに適切)、

(2).ポジティブモードの高質量分析(m/z = 7000 まで、インタクト質量およびサブユニット分析に適切)、

(3).ネガティブモードの低質量分析(m/z = 2000 まで)、および

(4).ネガティブモード高質量分析(m/z = 5000 まで)。 

操作モードのこの標準化とこれに含まれる簡潔で直感的なユーザーインターフェース、詳細なチューニングパラメーターの自動最適化、事前にプログラムされたキャリブレーションチェックにより、標準的な操作手順へのシステムの統合が容易になり、異なるオペレーターの間や異なるラボの間での一貫性が確保されます。図 3 に、ACQUITY RDa 装置コントロール画面のスクリーンキャプチャーが示されています。ここには、チューニングパラメーターの一般的な設定が表示されています。

図 3. (A) インタクトマス分析のための ACQUITY RDa MS イオン源のコントロールパラメーターおよびメソッドのセットアップ、(B) 0.1% ギ酸が含まれている移動相を使用したインタクトマス分析用の ACQUITY RDa MS データ取り込みパラメーター

BioAccord システムによるインタクトモノクローナル抗体分析

2.1 × 50 mm の ACQUITY BEH カラムに 400 ng の Waters ヒト化モノクローナル抗体質量チェック標準試料(製品番号 = 186009125)を注入して取得したフル MS スペクトルが、図 3 に示されています。m/z 400 ~ 7000 にわたって取り込まれた質量スペクトルにより、高分子タンパク質に観察される一般的な電荷分布が示されています。4 種類の高存在量の荷電状態(51+ ~ 54+)のスペクトルには、m/z 2730 ~ 2950 の範囲で(拡大図 4B)、インタクト抗体の最も存在量の多い 5 種類のグリコフォームが示されており、異なる荷電状態にわたってグリコフォームの相対量が一貫していることが示されています。

これらの最も存在量の多い 5 種類のグリコフォームと存在量のより少ない一連のグリコフォームのインタクト質量は、フル MS スペクトルのデコンボリューションの後に取得されました(図 4C)。ピークの割り当ては、タンパク質配列からの in-silico 計算に基づいており、マウスのモノクローナル抗体に共通の二分岐糖鎖構造が含まれています。デコンボリューション済みスペクトル(図 4C)は、生スペクトルと比較して、主要なグリコフォームの相対存在量に関して、非常に類似したパターンを示しています。

図 4. 0.1% FA を含む移動相からのインタクト質量スペクトル

Waters ヒト化モノクローナル抗体質量チェック用標準試料を 13 回注入した自動 LC-MS 分析を取り込み、解析し、報告しました(図 5)。簡単な分析法開発セットの代表的なデータを使用して、製品の糖バリエーションおよび分析再現性の程度を評価しました。13 回の注入についてソフトウェアによって同定された 5 種類の主要グリコフォームの平均相対存在量が、トレンドプロットに示されています(図 5A)。%RSD の値が 2.5% 未満と小さいことは、MaxEnt1 で解析されたデータが、LC-MS プラットホームで経験豊富なユーザーが作成したデータと、同等の品質であることを示しています。

図 5A. スペクトルの品質およびデータの一貫性は、インタクトマス分析に成功するための重要な要素です。NIST モノクローナル抗体レファレンス標準試料中の主要なグリコフォームの相対的定量が、ここに示されています。13 回の注入にわたって、グリコフォームの一貫した相対パーセントを得ることができました。RSD% は、赤色で強調表示されているように、2.5% 未満です。5B. UNIFI レビューパネルに表示されている、自動計算された NIST モノクローナル抗体インタクトマス分析の実験結果。個々の注入およびデータセット全体について、優れた質量正確度が達成されています。

Waters ヒト化モノクローナル抗体質量チェック標準試料のインタクトマス分析(図 5B)には、MS レスポンスによる上位 5 種類の主要グリコフォームの成分テーブル、実測質量および予測(理論)質量、算出された ppm 質量誤差、および各注入でのそれぞれのグリコフォームの相対存在量が含まれます。以下のサマリープロットでは、13 回の注入で同定された 5 種類の主要グリコフォームの質量誤差が単一の簡潔な表示で示されます。

トリフルオロ酢酸(TFA)は、タンパク質およびペプチドの逆相 LC(RP-LC)分離用の移動相添加剤として一般的に使用されます。TFA は、イオン対試薬として作用し、タンパク質の官能基とシリカ LC 粒子上の残留シラノール基の間の相互作用を最小限に抑えることで、タンパク質のクロマトグラフィーピーク形状が改善されます。TFA が MS シグナルに干渉して低下させ、これにより分析の絶対 MS 感度が低下する場合がありますが、UV 検出による定量にはプラスの効果があります。そのため、TFA は従来から光学ベースの分析法に関わってきたラボで添加剤として広く使用されており、将来の LC-MS 分析法の基礎となる可能性があります。

0.1% TFA が含まれている移動相を使用するインタクト Waters ヒト化モノクローナル抗体質量チェック標準試料の LC-MS スペクトルは、0.1% ギ酸が含まれている移動相の場合と比較して、m/z 荷電エンベロープの拡がりが m/z 2000 ~ 6500 より大きくなっています。使用するサンプル量を多くすると(約 5 倍)、エレクトロスプレープロセスで一般的に見られる TFA によるイオン化抑制効果を克服でき、ギ酸を用いる分析と同等のデータが生成されます。コーン電圧を高くすると(60 ボルトに対して 150 ボルト)、TFA 付加イオンがより効果的にクラスター分離され、0.1% ギ酸を用いて得られるデータと同等の高品質のスペクトルデータ(図 6B)が BioAccord システムで得られます(図 5B)。

図 6. 0.1% TFA が含まれている移動相で得られるインタクト質量スペクトル

BioAccord システムによるモノクローナル抗体サブユニット標準試料(scFc、LC、Fd)の分析

サブユニット分析(図 7A-B)は、モノクローナル抗体サブユニット標準試料(Waters 製品番号 = 186008927)を使用して行いました。TIC クロマトグラム(図 7A)には、分離した 3 つのクロマトグラフィーピーク(scFc、LC、Fd)が含まれており、報告された保持時間はそれぞれ 4.06、5.39、7.93 分です。Waters ヒト化モノクローナル抗体質量チェック標準試料(オンカラムで 200 ng)サブユニット(scFc)の各ピークに対応するコンバインされたスペクトル(図 7B)。LC および Fd では高い s/n 比、つまりサブユニットの多価スペクトルエンベロープが示され、これらは自動的に解析されて、デコンボリューションされた結果が得られます(図 7C)。成分サマリーテーブルに、同定された LC、scFc、Fd サブユニットが、それぞれの MS レスポンス、デコンボリューション後の質量、算出された質量誤差、保持時間、サブユニットの修飾のパーセントとともに示されます。レビューパネルに、成分プロットでのデコンボリューション後の scFc から自動的に同定され、ラベル付けされた主要なグリコフォームも示されます。

図 7. TIC、コンバインされたスペクトル、および NIST モノクローナル抗体(オンカラムで 100 ng)の IdeS 消化サブユニットである scFc、LC、Fd の主要ピーク

結論

この試験では、新しいコンパクト設計の質量検出器、ワークフローの自動化、簡素化したシステムのインタラクション機能による、BioAccord システムの再現性の高いクロマトグラフィーおよび卓越した性能が実証されました。このシステムによって得られた UNIFI インフォマティクスプラットホームのモノクローナル抗体およびモノクローナル抗体サブユニットの質量データにより、メソッドのバリデーションやルーチン操作のサンプルセットに一般的な自動割り当ておよびグリコフォームの相対存在量の測定が容易になりました。規制環境および非規制環境の両方にこのシステムを展開できることにより、迅速な分析法開発が実現し、より情報に基づいた分析上の意思決定を迅速に行わなければならない、開発後期および品質組織へのこれらの分析法の下流への移行の簡素化が促進されるはずです。

参考文献

  1. Rogstad, S., Faustino, A., Ruth, A., Keire, D., Boyne, M., and Park, J. J Am Soc Mass Spectrom. 2017, Vol 28(5):786–794.doi: 10.1007/s13361-016-1531-9. 
  2. Sokolowska, I., Mo J., Dong, J., Lewis, M. J. and Hu, P. MAbs.2017, Vol 9, 498–505.
  3. Xu, W., Jimenez, B. R., Mowery, R., Luo, H., Cao, M., Agarwal, N., Ramos, I., Wang, X. and Wang, J. MAbs.2017, 9, 1186–1196.

720006472JA、2020 年 10 月 改訂

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